傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第二部

第19話

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「お前は俺の神になる」
 運転席に座った白髪の男は呟く。
 ハンドルを握り、アクセルを踏み込んで二人を乗せた車が発進する。
「……いや、俺達……のか」
 後部座席に倒れ込んでいる少女、アリエルが目を覚ますことは無いだろう。このまま目的地に連れて行き、監禁する。
 初めから目的は決まっていた。
 計画のために彼女が必要となった。
 そして、全ては予定通りに進む。
「エンジェル……」
 彼もアリエルという少女に対して並々ならぬ恋情を抱いているのか。彼が彼女と会ったのはたったの一回。今回を含めれば二回だ。未だに肋が痛む。
 ただ、違う。彼の抱く感情はカタリナの物とは全く異なる物だ。
 例えるのであれば、それは神への信仰と同一の物だ。
「それにしても……」
 車内のバックミラーに視線を向けてアリエルの血のついた顔を確認する。先程のオスカーの膝蹴りがよく効いているようだ。効きすぎている様にも思える。
「センセイ、容赦がないな」
 苦笑いを浮かべて、赤に変わった信号機で停まる。路地から抜けたからか少しずつ車輌も増えてきている。
「死なせない様にと言われていたのに……」
 あの光景を思い出して、ゾワリと寒気を覚える。まさか、意識を奪うにしてもあそこまで容赦の無い攻撃を加えるとは思ってもいなかったのだ。
「俺が気にすることではないか」
 現状、死んではいないのだから問題はない。怪我はしているが無事に回収は出来た。過ぎたことを口にしても仕方がないのだと、信号機が青に変わったのを確認してゆっくりと車を再発進させる。
「何はともあれ、流石はエンジェルだな」
 Project:A、或いはA計画と呼ぶべきか。
 計画の中で生まれた唯一の成功作。
 神の使徒エンジェルの名前を授けられた、とある男の体細胞から作り出された人造人間クローン。そして、この計画は八年前に完全に失われたのだ。事故によって。
 アリエル・アガター、彼女こそがProject:Aによって誕生した唯一の神の使徒Angelである。
 だが、この事実を少女は知らない。
「だからこそ、俺達の神に成るに相応しい」
 ニヤリと彼は笑う。
 求めて止まなかった全てを救済する究極の神。争いを終わらせる最強の武力を。彼女こそが神話を、アスタゴ新生神話を綴るに相応しき神なのだと。
 逸る心が鎮まらない。
「期待している、エンジェル……」
 眠り姫に告げる。
「俺達を救ってくれ」
 縋り付き、願う様に。
 ただの人間という弱者として、人を救う神を求めてファントムは動き続けている。
 彼らは自らをアスタゴを救済する、真の正義だと思い込んでいるのだ。





 
 一先ずの仕事の完了にオスカーは胸を撫で下ろす。
 基地内に入って普段通りに。
 ポーカーフェイスは苦手ではない。目を細めて、『牙』副団長のオスカー・ハワードへと代わる。
「よし、こんなもんだろ」
 さて、いつも通りの世界に生きようか。
 言い聞かせて基地の扉を開く。
 扉を開けば、偶然、目の前を通り過ぎかけた男が足を止めた。
「見つけたぞ、ハワード。話がある」
 声をかけてきたのは『牙』という部隊の中で唯一、オスカー以上の権力を持つ人物、マルコ・スミスだ。
 さて、どう話したものか。
 後からアリエルの所在に関して尋ねられて仕舞えば面倒極まりない。ならばさっさと話して問題として表面化させた方が今後の動きとしても楽になりそうだ。
「オレからも、団長」
「……そうか。付いてきてくれ」
 オスカーは思考する。
 今、求められるのは時間を稼ぐ事だ。目的の為に。ならば嘘を吐く方が何も知らないフリを見せるより、説得力が増す。
 いつも通りに団長執務室へと案内を受けて、椅子に座り込んだ団長が口を開くのを待つ。
「ーー戦争だ」
 成る程。
 オスカーは顎に右手を添えて、指先で撫でる。常ならぬ顔を覗かせるマルコの顔を見れば『牙』にとっても関係性が全くの透明である訳ではないくらい理解できる。
「どこと、ですか?」
「テロ組織、アダーラ過激派、アンクラメトとの戦争。ロナルド大統領が宣言したんだ」
 計画通りに事は進んでいる事をオスカーは実感する。これだ。この通りなのだ。
 初めから計画は戦争を起こす土壌を完成させるつもりで動いていた。ニヤつきそうになる口元を無理矢理に押さえ込む。
「軍部から我々に協力要請が出た」
「そうですか」
 納得出来ないわけがない。
 『牙』のパワードスーツのスペックは相当に高い。性能の高さを軍が理解していない筈がない。
「だが、我々はアスタゴ内部の治安維持にも努めねばならない。何せ、あの事件があった後だ……」
 アスタゴと言う国はかつてない程に混乱している。丁度いい。だからこその計画とアリエルの誘拐の指示であったと言うわけだ。
「どうしますか?」
「何人かを武力として送る」
 結論は出たようで、どこかすっきりとしたような顔を見せる。
「……他のメンバーに話す前に副団長である君に話したのは私の心の整理をする為だった」
 溜息を吐いて彼は続けた。
「君は常に冷静で、頼りにしている。……団長として、私は務めて冷静でなければならぬと言うのに」
 現状も焦るばかりであった。
 などと天井を見上げ話す彼から顔を逸らすことはない。
「君と話して頭も先ほどより回るようになった」
「すみませんが、団長」
 また混乱に陥れるような事を言うことになるが。
「アリエルと共に外へ出かけたところ、不意を突かれ攫われてしまいました」
 さて、どう指示を出す。
 現在、『牙』の団長であるマルコに課された三つの問題。戦争への協力、治安の維持、アリエルの捜索。
「何……?」
「すみません、オレの不手際で……」
「いや……君だけの所為ではないだろう」
 マルコはオスカーを信じている。信じ切ってしまっている。疑うと言う行為をしない。
「治安維持に当たる面々にアリエルの捜索も任せる。……大丈夫だろうか?」
「分かりました」
 暗く深い闇がマルコの前にいると言うのに、柔らかに閉ざした目蓋にくらまされる。
 
 ーーさあ、神話を始めよう。
 
 暗躍する幻影ファントムは静かに嗤う。





 
 十歳迄の記憶がない。
 目を覚ました頃の彼女はすでに十歳だった。年若い女性と、年齢をそれなりに重ねただろう男が自分を見つめていた。
 男の顔が目に入って彼女は雛鳥の様に口を動かして、この世に生まれ落ちた第一声。
『おと……う、さん』
 産声の代わりに言葉を紡いだ。
 瞬間、男は顔を顰めた様で眉間に皺が入って少女はこてりと首を傾げた。ただ、仕方がないと言う様に溜息を吐いて彼は諭す。
『俺はお前の親父じゃない』
『おとう……さん?』
 精神性の未熟、彼女は男の言葉を無視して呼び慕う。
『良いじゃない、お父さん』
 隣に立っていた若い女性が揶揄う様に言って、男はまた更に顔を顰めた。
『他人事だと思ってんじゃねぇ……。それにコイツはーー』
 文句を最後まで言う事は出来なかった。
『はいはい、分かってるわよ』
『てか、俺にパスポートと金を出すって話どこに行ったんだよ』
 どこか無愛想な父と、美人な近所のおばさん。それとアリエルという少女。文句を言いながら父は料理を作って、プレゼントも用意してくれて、幸せな生活を送っていた。
 それが八年間の家族の思い出だ。
 生まれるまでの十年を知らなくとも、八年の幸せを噛み締めて生きてきた。
 恩を返したかった。育ててくれた恩を。
 
 痛い。
 
 ヒリヒリと焼ける様な熱さを口周りに感じて薄らとアリエルは目を開いた。拘束具が嵌められ、身動きをすることが出来ない。
 窓は見当たらず、扉が一つ。
 歪む視界に滲んで見える。
「ここは……」
 見覚えがない。
 抜け出そうにも一人では絶対に抜けられる訳もなく。
 白一色の世界。
 突然に扉が開いて入ってきたのは白髪の男性。見た目は若い。
「目を覚ましたか」
「誰……?」
 オスカーではないことにアリエルも不審さを感じて普段とは違った剣呑な雰囲気を醸し出しながら尋ねる。
「俺はエスター。以後、お見知り置きを」
 丁寧な挨拶に余計に不安が募る。
「エンジェル」
 初対面の人間から向けられる感情としては、アリエルには理解出来ないものだ。この彼女個人に向けられる敬愛の籠った信仰心は。
「そのエンジェルって言うの止めてくれない」
 心の奥底がムズムズして仕方がない。自分という人間をどこまでも軽視している様に感じる。異性愛を囁く様な声色でも無いのだから。アリエルを害するつもりがない事くらいは誰にでも分かるはずだ、狂信的なこの感情を見れば。
「……ふむ。エンジェルの気を損ねてしまったか。失礼した。ではアリエルと」
 やはり、悪意も敵意もない。
 だからこそ、底の知れない気味の悪さが彼女の心を飲み込んだ。
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