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25 シスター
しおりを挟む教会の前に着いたアスカは、いつまでも続く悪寒を払拭するごとく首を振ると、屋根を見上げ天辺にある十字架に向かって話しかけた。
「ギルドの前にお祓いだ!女神。遅れてすまない!」
教会前の開けた道で、人間と亜人の子供たちが楽しそうに遊んでいる。
「出たな水蛇!これでも喰らえ!牙!」
「ぐわぁ!やられたぁ!」
「今度は私にも、お姫様をさせて!」
「だめだよ!さっきもしただろ!」
子供達は戦いごっこをして走り回っている。
「ご飯の支度ができたよ~」
教会の入り口から年配のシスターが、フライパンを叩きながら出てきた。
(フライパンを叩いて呼んでる!漫画でしか見たことねぇ!)
その時、奥の通路から騎士が先導する豪華な馬車が近付いてきた。
「お前たち!早くこっちに来なさい!ボケボケするんじゃないよ!」
それを見たシスターは血相を変えて、子供達を呼び集めた。
しかし、一人の男の子が馬車の前で転んでしまった。
「ワイアット!」
シスターは血相を変えて少年の名前を呼んだ。
「何だ?そのガキは!ワシの道を塞ぐか!無礼者!ゲレイド排除しろ!」
「はっ!」
馬車の中からホイッスルでも鳴らしたかのような、甲高い男の声が聞こえた。
すると馬車を先導していた騎士が、角が二本生えた馬から降りて、ワイアットと呼ばれた少年の腹を蹴り上げた。
「邪魔だ」
「ぐぼっ!」
(嘘だろ!子供に何てことをするんだ!)
ワイアットは、シスターの前に顔から着地してしまい、鼻血を出し泣きながらシスターに縋り付いた。
「ジズダー。いだいよ~」
「ワイアット!我慢しな!頭を下げるんだよ!」
周りをよく見ると、子供を含めた他の人たちは皆、貴族に対して片膝をつき頭を下げていた。
(みんな何してるんだ?あいつはこの街の偉いやつなのか?)
「うわぁ~ん、だずげで~」
ワイアットは座ったまま大声で泣き始めた。
「うるさいガキだな!ゲレイド黙らせろ!」
「はっ!」
ゲレイドは腰の剣を抜き、ワイアットへと歩き始めた。
「この子はまだ子供です。貴族様どうかお許し下さい」
「子供だろうと関係ない」
(貴族?)
シスターが必死にワイアットを庇っているその時、教会の扉が開き、中からフードを被った長身の女性が出てきた。
「何事ですか?……っ!!!」
しかし、その女性も貴族に気が付くと、素早く片膝を付き頭を下げた。
女性の顔立ちはとても美しかった。
肌の色が緑色だと言うことと、縫合の跡が2箇所、目を通るように額から顎にかけて、痛々しく残っている事を気にしなければ。
「ゲレイド待て」
「はっ!」
馬車の中から声がすると扉が開き、中から太った貴族が降りて来た。
「おやぁ?ここには汚い亜人がいるのか?よく見ると、子供の中にも亜人が混ざっているな!」
ホイッスル声の貴族はゲレイドの元まで歩くと、剣を奪い、その切先を亜人の女性へ向けた。そのままワイアットへと歩き始めた。
「亜人は好かん!汚らわしい……貴様の顔を見て気が変わった。ワシに無礼を働いたこのガキには死んでもらう。その後は、亜人の子供だ。だが貴様は簡単には殺さん、ワシの屋敷に連れて行く。ヒッヒッヒ。死ね!」
亜人の女性は震えたまま動けない。
それを横目に貴族は剣を振り上げ、ワイアットの首目掛けて振り下ろした。シスターが叫ぶ。
「ワイアット!」
しかし振り下ろした剣は、ワイアットに届かなかった。
「ぐあっ!」
りんごが手に当たり、剣は貴族の手から抜け落ちた。
「り、りんご?何者だ!このワシにりんごを投げた不届き者は!!」
貴族が左を向くと、アスカが走って向かっていた。
「俺だよ!当たって良かった!」
アスカはりんごを投げた直後、既に走り出していた。りんごは絶対に、当たらないと思っていたから。
「誰だ貴様!ワシが誰だか知らんのか!この街一番のきぞぐぼっ!」
アスカは貴族の左頬を力一杯殴りつけた。
「貴族だろ?知ってるよ」
太った貴族は放物線を描き馬車の前に顔面から着地した。腫れた頬を押さえて顔を上げると、鼻血を撒き散らし叫び出した。
「いだいぃぃ~!ゲレイドォォォ!助けてくれぇ!ミハイル、ヒールだぁ!!」
ゲレイドは貴族の元まで駆け寄った。
「申し訳ございません。ダズカス様が、突然出立されたのでミハイルは来ておりませんし、回復薬も持ってきておりません」
「何だとぉ!痛いぃ~!直ちに屋敷に戻るぞぉ!」
「はっ!御者、屋敷に戻るぞ!」
ゲレイドは貴族を馬車に乗せると、自分の馬に跨り再び先導を始めた。
すると馬車の窓を開けて貴族が顔を出した。
「貴様ぁ!顔は覚えたからな!そこを動くなよ!殺しに戻ってぐばっ!」
アスカは先程のりんごを拾い貴族に投げつけた。
左の頬にヒットしたりんごは砕けてしまった。
「うるせぇ!逃げる奴が言う言葉か!一昨日来やがれ!いや、二度と来るな!って聞こえてないか」
貴族は窓にもたれかかり、白目を剥いて気を失っていた。貴族一行はそのまま逃げるように、来た道を戻って行った。
アスカは両手の人差し指を舌に付け、それを眉毛に付けてサイドに伸ばす。キリリと眉毛を釣り上げて、目を擦り無理矢理二重にすると、クールを装って振り向いた。
「君、大丈夫かい?」
(完璧だ!珍しく完璧に決まった!これは俺に惚れるしかないだろ!)
アスカは、緑の肌の亜人に手を差し伸べた。
「……」
亜人の女性は片膝を付いたまま顔を上げ、両目と口を開けたままアスカを見て固まっている。
(この目は完全に惚れてる!瞳の色が赤と青だ!綺麗なオッドアイだな)
「俺が来たからには、もう大丈夫だ」
「な、何て事をしたんだ!」
ワイアットを抱きかかえたシスターが、アスカに向かって叫んだ。
「へ?」
フリーズしたアスカを他所に、亜人の女性はアスカの手は取らず、一人で立ち上がり無表情で喋り始めた。
「あら。貴方、私の前から消えてくださいね」
「は?」
女性の意外な言葉に、アスカはハテナが頭から飛び出した。
『教会へと辿り着いたアスカ。そこで子供が貴族に殺されそうになっていた所を間一髪救助した。結果、下心ダダ漏れの救助劇。それを見透かされたか、美女からのお礼は、冷ややかな視線と冷たい言葉のみ。
逃げろアスカ!救助劇の次は逃走劇だ!
次回予告
合体』
「珍しく上手く行ったのに、意味がわからん!」
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