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9 運行指令書なしの運行
しおりを挟む「「うわぁ~~~~!!!」」
ゼンジとポムの悲鳴は続いていた。
荷台の入り口からは空しか見えない。
しかし次の瞬間、フワリと一瞬の浮遊感と共に上下が逆になった。
「うわっ!」
「何じゃ?」
入り口から見える景色もガラリと変わり、今度は一面ゴツゴツとした岩肌が見える。
「着いたみたいじゃ!!」
「静かに!隙を見て逃げるぞ!」
その岩肌には大きな穴が開いており、ドラゴンはそこへゆっくり降下して、そのまま中へと入って行った。
「ドラゴンの巣なのじゃ!餌にされるのじゃ!」
「分かったから静かにしろ!」
「きっと子供がいるのじゃ!子供の餌にするつもりなのじゃ」
「あ~もう!喋り方!」
「……」
「ったく!」
地面がもう目の前といったところで、バッサバッサと翼を動かす音が激しく聞こえたのと同時に、砂埃が荷台の入口から入ってきた。
そしてゆっくりと水平になり、地面に接触する音と、振動が伝わってきた。
ニ人は、ゆっくりと荷台の床に降りた。
「シーッ!動くなよ」
息を潜め微動だにせず、それぞれ自分の胸を押さえていた。それは心臓の鼓動が、ドラゴンに聞こえるのではないかと錯覚してしまうほど、大きく聞こえていたからである。
そんな心配を余所に、グルルと満足げな唸り声と共に羽ばたく音は遠ざかって行った。
しかし、砂埃が舞っていて外がよく見えないこともあり、入り口を見据えたまま、動く事が出来なかった。
とてつもなく長い時間に感じていたが、次第に砂埃が収まり視界が晴れてきた。
「こ、これは……」
「き、金じゃ!」
ニ人は慌てて外に飛び出した。
「す、凄いのじゃ」
「黄金郷か?」
そこでニ人が目にしたモノは、視界一面に広がる金銀財宝であった。
天井は吹き抜けになっており、その先からは青い三日月が覗いていた。
黄金たちは青い月光を浴びて更に美しく輝いていた。
(青い……雨が上がってる…)
「あのドラゴンが集めたのか?」
「きっとそうじゃろう。ドラゴンは、黄金の輝きに目が無いと聞くしのう」
「それにしても集めに集めてこの量か……凄いなぁ。まさか一匹じゃないのかも」
「!?何をボサッとしとるのじゃ!早う逃げるのじゃ!妾を担いで登るのじゃ!」
「喋り方!!」
「!?とにかくここを登るには高すぎます。他の逃げ道を探しましょう」
(こいつ二重人格か!?興奮すると別人格になるぞ!)
乗って来た荷台を見ると、黄金では無くなっていた。
「普通の荷台に戻ってるぞ!」
「錬金術が解けたのでしょう。ドラゴンに運ばれてる時じゃなくて良かったですね」
「そうだな。しかしここの黄金はどうする?」
「マジックバッグが有れば良かったのですが、所持してませんし、有るのか分からない、この黄金の中から探すのも時間が掛かります」
「マジックバッグ?何だ?それは」
「マジックバックも忘れているのですね。アイテムが大量に入るバッグです。サイズや種類によって入る量も異なりますが、手の平サイズのバッグでも馬車一台分の荷物が入るそうです」
「便利だな!」
(黒の魔女が言ってたアイテムボックスの事か?自分も女神様に貰ったはずだけど、城の奴らに奪われたのか?)
「上級冒険者は必ずと言っていい程所持しています」
「そうか、どうして上級冒険者なんだ?」
「とても珍しく、とてつもなく高額だからです」
「じゃあここの金を持てるだけ持って帰って、アイテムバッグを買ってから、またここに戻って来るって手もあるな。ドラゴンがいなければの話だが」
「そうじゃった!ドラゴンが戻って来る前に、早く抜け道を探すのじゃ!あの大きな黄金の鳥が怪しいのじゃ!」
「喋り方!」
「シ~ッ!静かに!手分けして抜け道を探しましょう」
(…ワザとやってないか?)
その後ニ人はドラゴンに警戒しつつ、落とし穴のような縦の洞穴を隅々まで探したが、結局抜け道は見当たらなかった。
「隠し通路らしい物はどこにも無いな……そうだ!さっき何故かレベルが上がったな。役に立つスキルを覚えてるかも!」
「錬金術ですか?早く確認して下さい!」
「よしきた!ステータスオープン」
ゼンジは期待を込めて、眼前に現れたステータスウィンドウを凝視した。
「レベルが9になってるぞ!6も上がってる。何があったんだ?階級も一等陸士に昇任してるぞ!」
「ステータスの確認は後にしてください!錬金術はどうなんですか?」
居ても立っても居られない、と言うように催促した。
「あ、ああ、すまん、え~っとスキルは、双眼鏡とヘルメット、それに防弾チョッキ…」
ポムが祈るように見ている。
「ビックリするくらい、使えそうな物がない…すまない」
明らかに落胆するポム。
「これってかなりやばくないか?脱出するには何処かに隠れて、ドラゴンが降りて来るのを待って、さらに気付かれずに背中に乗って外まで行くのか?」
「無理ですね。絶体絶命……」
そう言ってポムは壁際にある、黄金の柱に寄り掛かった。
すると、突然柱がグラつき始めた。
「え?」
「危ない下がれ!崩れるぞ!」
柱は、グニャングニャンと更に激しく揺れ始め、四つに折れて地面に倒れた。
「…これは黄金の樽だな。樽が重なってて柱に見えてたんだな?ん?」
何かが割れるような音が響き渡る。
足元を見ると、黄金の樽の下の地面に、亀裂が入るのが見えた。
「おいおい!ヤバいぞ樽から離れろ!」
ゼンジとポムは慌てて樽から離れた。
黄金の樽が崩れた衝撃で、地面に亀裂が入り、その亀裂が壁に到達すると、壁の岩がゴロゴロと向こう側に落ちて穴が空いた。
そして壁の傍にあった幾つかの財宝と、二つの樽が穴から外へと落ちて行った。
(なんと隠し通路を発見した…ってゲームなら言いそうだな)
「なんと隠し通路を発見したのじゃ!妾のお陰なのじゃ!」
「はぁ。台無しだな…」
ゼンジはそう呟き、穴に向かって歩き始めた。
「風が強いな」
穴の外からは風が吹き込み、外を覗く邪魔をする。飛ばされないように踏ん張りながら、外を覗いたゼンジの目には、絶望的な光景が広がっていた。
「ここは……」
「どうしたのですか?」
「ここは山の中腹だ。しかも木や岩みたいに、隠れる場所がない真っ平な山の斜面だ……ちんたら降りてたら、途中でドラゴンに見つかるぞ!走って降りる分けにもいかないし……」
「良い案が有ります」
ポムはそう言うと、残ったニつの樽に近寄り、樽の向こう側から中を覗き込んだ。
樽には模様のように、赤いラインがニ本あるだけで、蓋や底が無く筒抜けであり、ゼンジは中を覗くポムと目が合った。
「まさか…」
「そのまさかです!樽の中に入り転がり降ります」
「絶対死ぬぞ」
「ここにいても、ゆっくり下山しても結果は一緒です。ならば一番可能性のある樽に賭けましょう!そして、絶対と言う言葉は有りません!」
しかしゼンジは、冷静になるために深く息を吐き腕組みをすると、壁の穴を見据えて考え始めた。
(歩いて降りた方が生き残る可能性があるんじないか?しかし、隠れる木や岩が無いから直ぐ見つかるか?他にもモンスターはいるかもしれない。樽の方が安全なのか?だがもし、何かに衝突したり、落ちたりしたら)
「いや!やはり危険すぎる。もし途中に崖や谷が…!?」
ふと辺りが暗くなった。
空を見上げると、入り口付近でドラゴンがホバリングをしていた。
「やばい!戻って来た!」
「樽を押すのじゃ!早う押すのじゃ!」
ポムは樽の中からゼンジを呼んでいた。
(いつの間に樽に入ったんだ…)
「こうなったら覚悟を決めるか!!少しでも生存確率を上げるぞ!ヘルメット!防弾チョッキ!よし出た!」
「な、何じゃそれは!」
「これを装備しろ!この穴に頭と腕を通せ!そしてこれを被るんだ!」
迷彩色の鉄ヘルと、防弾チョッキをポムに渡した。
「これも錬金術?凄いのじゃ!」
「感心してる場合か!急げ!」
ポムは受け取った物を、慌てて身に付け始めた。
「頼む!出てくれ!ヘルメット!防弾チョッキ!」
ゼンジの祈りが届いたのか、もう一組出てきた。
「よし出た!やはり、幾つでも出るんだな!」
そしてそれらを、急いで装備した。
「ドラゴンが来るのじゃ!早う押すのじゃ!」
「準備は良いか?一か八かだ!全身で固定しろ!弾き出されるなよ!そらっ!」
ゼンジはポムの入った樽を穴に向かって転がした。
「ひっ…キャァァァァ…………」
「ポム、死ぬなよ」
見えなくなるのを確認して、もう一つの樽も穴に向けて転がした。
それを追いかけて走り出す。
「危険手当を頂くぞ!」
走りながら黄金に手を伸ばし、掴んだ物をポケットにねじ込んだ。
そして転がる樽に飛び込むと、更に反動をつけて穴へ向かった。
ゼンジは歯を食い縛り覚悟を決めた。
「男は度胸!」
ーパッパッパッパカパ~ンー
その時レベルアップの曲が聞こえた。
「え?今?…まさか、ポム?自分が押したから…そんな…」
先程の覚悟が嘘のように冷めて行く。
しかし時既に遅し。樽はゴロゴロと転がり、ガッコンという若干の停止の後に、徐々にスピードを上げ、とんでもない速さで樽が転がり始めた。
「痛っいたっああああああああああ!!!」
弾き出されないように力一杯踏ん張った。
グルングルンと天地が回り、ガッタン、バッキンと何かに当たって砕けるような音がする。
ドゴッ 『ギャ』
ガコン 『グワッ』
ドッゴーン『ゴボッ』
ーパッパッパッパカパ~ンー
「レ、レベルがあぁぁぁ」
ドガッ『ギャッ』
バキッ『ウホッ』
ドンッ『ウホホッ』
ガンッ『ニャー』
ーパッパッパッパカパ~ンー
「またレベルゥゥぅぅぅ~」
その後も様々な物にぶつかり、そして弾かれた。それでも順調に転がって行く。
しばらくすると徐々にスピードが落ち、永遠に続くと思われた長い長い時間に、ようやく終わりが訪れる。
「ハァハァ。と、止まった…」
樽から顔を出して周囲を確認する。
ちゃんと雨が降っており、地面は黒っぽい岩肌が続いているが、平坦で緩やかな地面である。
「溶岩が固まって、そのままって感じだな」
草木は全く生えていなかった。
「ポムは無事か?」
運良く近くに、他の三つの樽も転がっている。
「無事でいてくれよ」
ゼンジは一番近くの樽に駆け寄り、中を覗き込んだ。そこには、ずれたヘルメットが目元を隠し、歯を食い縛るポムの姿があった。
「ビンゴ!ポム無事か?」
「ハァハァ。カガミゼンジさん。ぶ、無事でしたか。見ての通り、手足を突っ張ったまま固まって動きません。ハァハァ」
「良かった。ほら、リラックスしろ。もう大丈夫だ。引っ張るぞ」
ゼンジはポムを引っ張り出した。
「動かないな。それ!」
ガチガチに固まったポムを、力一杯引き抜くと樽から飛び出しその場に倒れた。
ニ人は大の字で仰向けになった。
「ふふふ」
「ははは」
「「あはははははは」」
「ははは……し、死ぬかと思いました。ふふふ」
「はははは。もうダメかと思ったな。ふははは」
雨がニ人の笑い声を掻き消して行く。
「…生きててよかったな」
「怖かった…雨が気持ちいいですね…生きてて良かった」
「そうだな」
「はい」
しばらくの間、雨に当たり興奮と恐怖を洗い流した。
「聞いていいか?」
「な、何でしょうか?」
質問をすると、やはりポムは身構えた。
「レベル、上がらなかったか?」
「知りません!」
(女神様、こちら自衛官、
ドラゴンの巣でレベルアップしたのは、自分が押したポムの樽が、モンスターを轢いたからですね。ビビらせないでくださいよ。どうぞ)
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