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8 飛行計画なしの飛行
しおりを挟むニ人はしばらく無言で歩き続けた。
(自然と歩く足並みが揃ってる。行進してるみたいだ。これも自衛官の性だな)
ゼンジは無意識の内に、少年と歩幅を合わせて歩く自分が可笑しくなり、クスリと笑った。
(しかし何て声を掛けたらいいか分からん。さっきは勢いで何とかなったけど、今更色々聞けないよなぁ…気不味い…そうだ!名前)
「あのさ、まだ自己紹介してなかったよな。自分の名前は、鏡 善士だ。君の名前は?」
「……ポム。と言います。宜しくお願いします」
(あれ?なんだか更に気不味くなったんだけど。聞いたらダメだったか?)
「そうだ、君達は何者だ?」
ポムはビクッとして前を見たまま答えた。
「何者だとはどういう意味でしょうか?」
暗くて表情が分からないが、何故か慌てているように見える。
(真実を話して良いのか?転移は秘密にするべきか?そこんとこ女神様に聞かなかったな。一応伏せとくか)
「ああ。すまない。俺は記憶がないから、聞いて良い事なのか分からないんだが、君達はエルフか?」
(聞いたらダメだったかな?)
「え?勿論エルフですよ。記憶がないって、記憶喪失ですか?エルフの事も忘れているのですか?」
(アレ?案外素直に教えてくれたぞ。自分の勘違いか?)
「実はそうなんだ。緑の小人に襲われて頭を打ったみたいなんだが、そこから前の記憶がなくなってるんだ」
(苦しいか?)
「…そうでしたか。ゴブリンの事まで忘れてしまってるんですね。」
(信じた!純粋。しかしやっぱりゴブリンだったか)
「あいつはゴブリンっていうのか。あのブタは君が言ってたように、オークでいいのか?」
「はい。オークです」
「なる程あいつがオークか…」
「そうです。ゴブリンもオークも集団を作り、村や街を襲うモンスターです」
「そうか。だからゴブリンは、次から次に出てきたんだな」
「あいつらのせいで…」
(ヤバい、話を変えないと)
「それで、ポムの職業はなんだ?」
「……」
ポムは答えなかった。
(しまった!つい調子に乗った。これが聞いたらダメなやつか)
「あ~あれだ、言いたくなかったら言わなくても構わないよ」
「いいえ。私の職業は、魔法使いです」
「何ぃ!凄いな!!いいな!魔法が使えるのか?見てみたい!」
「……」
(しまった。魔法が見たくて、ついつい調子に乗ってしまった)
「そうですが、今は…無理です」
ポムは悲しそうな顔でそう答えた。
「無理って、道具がないとか、MPが足りないからか?」
「いいえ。それは言えません」
(しまった。深入りし過ぎた!ついつい調子に乗ってしまった)
「そ、そうか…何か事情があるんだろうな」
(もう無理だ!これ以上は聞かない方がいいな。
普段人の話を聞かないから、こんなことになるのかも…反省)
雨で視界が悪い中、少ない月光を反射して、キラキラ輝くものが見え始めた。
「何か光ってないか?」
「多分馬車です。まだあって良かった」
「はあ?結構光ってるぞ!あんな目立つ馬車に乗ってたのか!?」
「この辺りには大きな盗賊団があるんです。その盗賊団に出会ってしまった時の為の黄金です」
「あの光り方からすると相当な量の黄金だぞ!」
「これは生き残るための策なのですが、まず黄金の樽を馬車に乗せておきます。盗賊が出たらそれを落とすのです。無駄に血を流さず大量の黄金が手に入るとなれば、盗賊も追って来ようとはしません。ここに来るまでに、3樽落として逃げてきました」
ポムは得意げにそう言った。
「何を言ってるんだ!!例え命と引き換えだとしても、そんなに大量の黄金を盗賊に渡したら、もっと大勢の人が犠牲になるだろ!」
「はい。ですからあれは偽物です。」
「に、偽物?メッキか何かか?」
「あなたなら分かると思いますが、錬金術で木を黄金に変えています。後少ししたら全て木に戻ります」
「へ、へぇ~」
(錬金術凄いね)
「…良い人ですね」
「何?」
「なんでもありません。着きましたね。これが我々の馬車です」
そこには黄金に輝く馬車の荷台が倒れていた。
しかし黄金ではあったが、王女が乗るような豪華な馬車ではなく、幌が掛かっているだけの、後部が開いた幌馬車だった。
「こ、これは凄いな!本物の黄金みたいだ」
「今は本物です。囲まれたので荷台を黄金に変えました。ですが、襲ってきたのがオークだったので……馬車を置いて逃げたのですが、黄金には興味を示さずに皆襲われました」
「そうだったのか」
ポムはそのまま荷台の中に入って行った。
「荷物は無事です。良かった。食糧と回復薬があれば少しは楽になりますね」
「少しじゃない。かなり楽になるぞ!武器や防具よりも」
そこでゼンジは、ポムの服がボロボロである事を思い出した。
(男だと言ってるけど、多分女の子だよな。これ以上破れるとマズイだろ)
「迷彩戦闘服!ポム今更だけどこれに着替えるか?」
「……」
陸自の戦闘服を、スキルで出現させた事でポムは驚き固まった。
「ここに置くからな。自分は向こうに行ってるよ」
迷彩戦闘服を馬車の入り口に置くと、ポムが見えない位置まで移動した。
「……ありがとうございます。それにしても凄いスキルですね」
ポムはそれを受け取り、いそいそと着替え始めた。
そして着替え終わるとゼンジを呼んだ。
「似合ってるじゃないか」
「お揃いですね。でもちょっと大きいです」
しかし突然、迷彩戦闘服がポムの体型に合わせて縮み始めた。
「凄い……ピッタリになりました」
「……みたいだな。スキルって凄いな」
ゼンジも荷台に入った。
「この中、わりと広いんだな。その箱の中に食糧が入ってるのか?」
「そうです。五箱ありますが、持ち運ぶのは無理そうですね。これに入るだけ持って行きましょう」
ポムは、リュックのような革の袋をニつ取り出し食糧を入れ始めた。
その時ゼンジの腹が鳴った。
「はは…食べ物を見たら腹減ってたのを思い出した」
「これをどうぞ」
ポムは箱の中から、赤い物を取り出した。
「いいのか?これは……」
「りんごです」
「りんご?そのまんまなんだな」
(口の動きと言葉が合ってなかったぞ。言語理解だな。本当は違う名前なのかもな。まあ食えれば問題なし!)
おもむろに、りんごをシャリっと齧った。
「旨い!りんごだ!」
「そうですよ。りんごです。干し肉もどうぞ」
「おお!助かる!順番が逆だけど!」
二人は馬車の食糧で腹を満たした。
「ふ~落ち着いた」
「傷だらけですね。ポーションもありますよ」
「これはどうすれば良いんだ?」
ポムは青い瓶をゼンジに渡した。
「飲むんですよ。直接その傷口に付けても効きます」
「飲んで良いのか?」
「はい。まだありますから」
「いただきます」
ゼンジは一気に飲み干した。
(スポーツドリンクみたいだな)
「お!痛みが引いてきた!」
ギルダーツに殴られた顔や、裸足で歩いて傷だらけの足の裏、そしてゴブリンに切られた腕が、見る見るうちに治っていく。
「凄いなポーション!!」
「持っていてください。エーテルもどうぞ」
「ああ。ありがとう。エーテルってなんだ?」
ゼンジは黄色い瓶に入った液体を、目の前で揺らした。
「エーテルは、MPを回復する薬です」
「なる程。今は腹がタプンタプンだから後で飲むよ」
ゼンジは革の袋に、ポーションとエーテルをそれぞれニつ入れた。そして干し肉とりんごを詰め込みそれを背負い、水の入った革の袋をズボンのベルトにくくり付けた。
それを見たポムも、もう一つの袋を背負った。
「よいしょっ…と」
「大丈夫か?しかしこれだけあれば当分は、なんとか…」
その時、馬車が突然大きく揺れた。
「きゃっ!」
「うわっ!何だ?」
突然の衝撃で、荷台がグラリと大きく揺れる。それにより、ニ人ともその場に倒れてしまった。
そして強烈な風が外から入ってきて、荷台の中をかき乱した。
突然の風に驚き、ゼンジは荷台の入り口に目をやった。しかしそこには、今まであった景色が何も無かった。
「どういう事だ?森がない!」
ゼンジは荷台の床を匍匐前進で入り口へ向かった。そこから少し顔を出した後、一瞬の停止を経て、巻き戻しのような動きで元の場所まで戻ってきた。
そして、引きつった笑顔でポムを見た。
「大丈夫だ。落ち着け。良いか?落ち着けよ。まずは今、自分たちが何処に居るかだが…空だ」
「え?」
「空を飛んでるんだよ!落ちないようにしっかり掴まっとけよ!落ちたらシャレにならんからな!」
「と、飛んで……えぇぇぇ~!?」
「ド、ドラゴンだ!黒いドラゴンが、自分たちの乗ってる荷台を掴んで飛んでるんだよ!」
「ど、どうして飛んでおるのじゃ!?」
「知らん!ドラゴンに聞いてくれ!」
(どうなってるんだ?異世界に来て、まだ1日も経ってないのに色々起こり過ぎだろ!もう、ラスボスか?)
そんな事を考えてる間も、もの凄いスピードで飛んでいる。
「雨が強くなったのじゃ!何処へ向かっとるのじゃ!?」
「俺たちを食うつもりかな?」
「隙を見て逃げるのじゃ!!」
「しかし問題は速力と高度だな!川とか水の上で高度が低くなったら飛び降りよう!」
『グォォォォ!!』
ビリビリと身体中を刺激する程の唸り声を上げ、ドラゴンは急上昇を始めた。
「まずい!」
ドラゴンの上昇により、馬車が傾き始めた。ゼンジは慌てて右足に付けていた警棒を取り出し、床の隙間にねじ込んだ。
「うわ~!」
ポムはそのまま滑って外へと向かい始めた。
「掴まれ!」
そう叫んで手を伸ばすとポムも手を伸ばし、キャッチする事に成功した。
「落ちるのじゃ~!」
「絶対離すなよ!」
しかし、命の次に大切な食糧の入った黄金の箱が、ゼンジの横を滑り始めた。
「あ~!待ってくれぇ!!」
ゼンジは足を伸ばして箱を止めた。
「くっ、重、い……ダメだ」
重さに耐えられなくなったゼンジの足は、プルプルと震え出し、黄金の箱に弾かれた。すると五個全ての箱が、雨の降る外へと飛び出して行ってしまった。
「あ~ぁ……」
名残惜しそうにに人は入り口を見ていた。
(そろそろ腕がヤバくなってきた)
「ポ、ポム、どこか掴めるか?」
ポムは手を伸ばすが、どこにも届かなかった。
「無理じゃ届かぬ」
警棒を握る手が滑り始めた。
「くっ!まずい!」
その時低く重い音が聞こえた。
『ブォーン ブォーン』
直後、とてつもなく巨大な何かが直下を通過し始めた。
新幹線が、トンネルの中ですれ違うような、音と風圧が二人を襲った。
その風圧により二人の体は浮き上がる。
ここがチャンスと目配せをして、空中を平泳ぎで壁際まで進み、全身を使って荷台にしがみ付いた。
二人は安堵のため息を吐いて、お互いの無事を確認した。
「ポム大丈夫か!?」
「平気じゃ!」
「何だか分からんが助かったな!」
下を見たゼンジは、驚愕の声を張り上げた。
「何だこりゃ!?」
体感速度100キロ以上もある中で、その黒い何かはまだ見えている。
「で、デカいな!」
「こやつを避けるために上昇したんじゃな?」
「ドラゴンが避けるヤツがいるなんて、異世界恐ろしいな」
「なんじゃ?異世界?」
「いやぁ、あれだ、良い世界だなぁって」
「お主、何か隠しておるな?」
「…おい。喋り方」
「…何のことでしょうか?」
すると黒い何かは突然、あの低い音と共に姿を消した。
浮力のなくなった二人の体は、ズンと重くなったが、それぞれしっかりと壁にしがみついている為、落ちることはなかった。
「取り敢えず何とかなったな」
ーパッパッパッパカパ~ンー
「何だ!?レベルが上がったぞ!レベルは定期的に上がるのか?」
すると今度は、荷台がゆっくりと水平に戻ったかと思うと、水平を通り越して真っ逆さまに急降下し始めた。
「「うわぁ~~~~!!!」」
二人の絶叫は、しばらくの間、雨が降る夜の空に、やまびこのように続いた。
(女神様、こちら自衛官、
ゴブリン、オーク、そしてドラゴン。ボスキャラまでの過程が短過ぎませんか?どうぞ)
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