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32 泥酔のロックジョーと泥

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「ガッハッハ!ちょっくら害虫駆除に行ってくるわ!」

便所から戻ったロックジョーは、首をゴキゴキと鳴らした。

「はぁ。村人の避難完了です。くれぐれも家は壊さないでくださいね」

「こんなにお酒を飲んだのに大丈夫ですか?」

テーブルの上に転がるジョッキを見て、テープルは眉をひそめた。

「ガッハッハ。心配には及ばんよ。俺の魔力は酒で出来てるからな。飲んだ分だけ強くなる!」

「はぁ。そんな訳ないでしょ。ただのザルですよ」

「誰がサルだ!村長。仕事が片付いたら俺を酔わせる極上の酒を飲ませてくれよ」

「それは勿論です。村を救ってください!」

「はぁ。ザルがサルに聞こえるくらいにエールで十分酔ってるでしょ。暴れて酔いを覚ましてきてください。それと一般人に怪我をさせないようにしてくださいね」

「誰がチンパンジーだ!酔いが覚めた!嬢ちゃんエールを樽で持ってきてくれ!」

「はぁ。それは後にしてください。それとも、錬金術師の彼が戻るのを待ちますか?」

「ガッハッハ……今のはカチンときたな。樽は無しだ!極上の酒の為にひと汗かいてくる!お前らも、何があってもここから出るなよ」

ロックジョーは扉を開けると、窮屈そうに体を縮めて出て行った。

「本当に一人で大丈夫でしょうか?」

二人のやり取りで不安を覚えたテープルは、窓まで近寄りロックジョーを覗いた。リオはテープルの後ろで、成り行きを見守っている。。

「はぁ。多分大丈夫でしょう。戦う理由が欲しかったのです」

「た、多分。ですか……」

村長も窓辺に来ると、外を見るなり大声を出した。

「雨が止んでます!」

「本当だ!!ロックジョーさんに気を取られ過ぎて、全く気付かなかった!キーラさん!キーラさん!」

テープルは椅子にぶつかりながら調理場へ消えた。リオもそれを追って行った。

「はぁ。普通気付くでしょ」

窓からは暖かい日差しが差し込んでいる。しかし、それが突然何かに遮られた。

「あれは!レッドイーター!ロックジョー殿に向かっている」

エールを浴びるように飲んだロックジョーの顔は、程よく赤くなっていた。レッドイーターはここぞとばかりに、一斉にロックジョーへと急降下を開始した。

そのロックジョーはフラフラとして体を前に倒すと、その場に右手をついた。

「ロックジョー殿!上!上です!」

迫り来るレッドイーターの大群を、見向きもしないロックジョーに焦り、村長は大声を上げ窓を両手で叩いた。

「ガッハッハ。なかなか上質な泥だな」

ロックジョーは地面につけていた右手を、ズブズブと押し込み、地面の中に肘まで突っ込んだ。

「ガッハッハ。マッドハンマー」

体を起こすと、右腕も地面の中から引き上げた。
その手には泥の棒が握られていた。それをゆっくりと持ち上げ肩に担ぐ。棒の先には泥で造られた巨大な塊が姿を表した。いささかハンマーとは形容し難い物である。

「な……」

村長はあまりの光景に言葉を失った。

およそ人が持つ事は不可能であろうそのハンマーは、白い雄鶏亭よりも大きく、窓からではその全貌は確認できなかった。

「ガッハッハ!折角の晴天が台無しだな!」

上空を見上げると、目前に迫り空一面を覆うレッドイーターにより太陽は遮られ、ロックジョーはその影の中にいた。

「ぬん!」

ロックジョーが右腕に力を込めると、筋肉が膨れ上がり、幾重にも血管が走った。

「マッドメテオ」

迫り来るレッドイーターに向けて、まるでテニスのラケットでも振るかのように、巨大な泥の塊となったハンマーを振り上げた。

物理の法則を無視した攻撃は、ジェット機を彷彿させる轟音を鳴動させた。

その衝撃波で、窓ガラスが粉々に割れた。

そして、先陣を切るレッドイーターとのインパクトの刹那、泥のハンマーの塊は、柄の部分から切り離された。

縛られていた物から解放された巨大な泥の塊は、レッドイーターの群れを飲み込みながら、青い空へと消えて行った。運良く免れた数匹のレッドイーターは、脱兎の如く蠢きの森へと逃げて行った。

「ガッハッハ。鳥ひとつ無い快晴!」

「はぁ。多分大丈夫と言ったでしょう。あれは撤回します。大丈夫じゃありませんでした。衝撃波で窓が割れましたね。向こうの家は二軒ほど潰れてますが、あそこに人はいますか?」

窓ガラスが割れた瞬間、リズベスは村長を窓際から移動させていた。

「あ、ありがとうございます。あれはテープルの家と倉庫です。今はここにおるので誰もおりません」

「はぁ。そうですか。ロックジョーさんが全て責任を取ります」

「ガッハッハ!残りはバルーンモスキートだな」

二人のやり取りなど聞こえないロックジョーは、大股を開き相撲取りのようにしゃがみ込むと、片足を大きく上げてシコを踏んだ。

「マッドロック」

火山が噴火したかのような爆音と地響きと共に、村全体の泥水が数メートル飛び上がった。

「じ、地震ですか!?早く外に逃げないと」

慌てる村長に、リズベスはため息混じりに嗜める。

「はぁ。何があっても出ないように言われたでしょう。時期に治ります」

リズベスが言ったとおり、地震は数秒で治った。そして、泥水が全て落ちると、バルーンモスキートは泥で包まれていた。まるでバルーンモスキートのチョコレートのように。

「ガッハッハ。汗はかかなんだ」

~~~

リズベスが戻った後、ゼンジはステータスの確認を行った。海自のレベルが14になっており、MPが100を超えていたので、すぐさま陸自にマークチェンジをした。

ゴードンが先陣を切り、虫と戦闘をしている。そこにゼンジは、自ら虫の攻撃を受けに行き、正当防衛のロックを解除した。

ノックたちが首を捻る中、ゼンジはそそくさと内職を始めた。
無反動砲を20基、手榴弾を20個呼び出し、全て衣のうに収納した。その間、干し肉を吐くほど食べていた。そしてレベルを上げるために、再び海自にマークチェンジし直した。

「うっぷ。これ以上は食べれない……」

『見てるこっちが吐きそうだよ』

「皆さん気を付けて!モンスターの動きが変です!」

リッキーの言葉の直後、目の前から森の虫が、一斉にゼンジたちに向かい走ってきた。

「何だ!」

「ウォ~ン。ウォ~ン。イモい!」

「みんな落ち着くのじゃ!何か変じゃ!」

ポーラが言ったように、虫のモンスターたちは、何かから逃げるように、ゼンジたちには見向きもせずに横を通過して行く。
羽があるモノは空に飛び上がり、森からは生き物の反応が無くなった。

「音が消えた……」

不気味に静まり返った蠢きの森であったが、前方の木々がザワザワと揺れ始めた。

「何が来る!」

ゼンジは、足のホルダーから拳銃を取り出し構えた。

しかしそれは、地鳴りと共にやってきた。

「うおっ!デカイぞ!」

「揺れてるのじゃ!」

「地震!?」

地震は数秒で治った。

「みんな無事か?結構デカかったな」

「ビックリしたのじゃ」

「オゥ~ン!ありがたい!虫がいなくなった!」

「それもそうだな。今のうちに先を急ごう」

地震の影響で、その後モンスターと出会うこともなく、日が沈む頃には、ゼンジたちは蠢きの森と、ラムドールの村との境目まで戻ってきていた。

「この匂いは何だ?アルコールのような、鼻につく独特な匂いがするな」

「ウォ~ン!ゼンジもやっと気付いたか!これが黄金のマタタビだ!最高だろ!」

「ん~。自分にはちょっと分からないな。しかし行きには、この匂いはしなかったような気がするけど」

「きっと雨が止んだからだろうな。虫どもはこの匂いも苦手なんだ。良かった。これでバルーンモスキートも村には来ないぞ!」

ゴードンは軽く拳を握った。

「そう言えば全くモンスターが出て来なくなったな。後は、村のバルーンモスキートとレッドイーターを何とかすれば元に戻るな!」

「ワイバーンもいますよ」

ポーラの言葉に続き、ノックが声高々にゼンジに肩組みをした。

「ウォ~ン!ゼンジがいるから心配ない」

「はは……もう、おだてには乗らないよ」

『分かればよろしい。以後気を付けるように』

「はい。返す言葉もありません」

メロンの皮肉にも、素直に答えるゼンジであった。

~~~

一行は、黄金のマタタビがなる木々を越え、ラムドールの村に入った。

「モンスターがいません!」

「ウォ~ン!リッキーそれは本当か?」

「はい!一匹もいません!」

「ギルマスだな」

ゴードンは腕組みをして村の入り口にある、白い雄鶏亭へ顔を向けた。

「白い雄鶏亭に行ってみるか。ん?どうしたゼンジ?そんな所で固まって」

一行は振り向いてゼンジを見た。ゼンジは遠い目をして固まっていた。

「……忘れてた。品位を保つ義務の事を……」

ゼンジは後退りをしてポーラを呼んだ。そしてポーラが抱えるメロンに、マスタークリーンをかけてもらった。

「メロン助かるよ。これで村に入れる」

『うむ。気にするな。それよりゼンジ、あそこに何かあるよ』

メロンが言う場所にはチョコレートのような、バルーンモスキートが二つ置いてあった。

「これは何でしょうか?」

ポーラの疑問にゴードンが答える。

「間違いないギルマスだ。村はもう安全みたいだな」

「ロックジョーさんがこれを?」

疑問が残るポーラは棒切れを拾い、泥で包まれたバルーンモスキートを突いた。

「ギルマスの職業は『魔法剣闘士』だ」

ゴードンはそう言うと、白い雄鶏亭へ歩き始めた。ゼンジたちも後を追い、ポーラも突くのをやめて追いかけた。

「魔法剣士じゃなくて?剣闘士?聞いた事ないな。グラディエーターって事か?」

ゼンジが知るゲームの知識には無い職業だ。

「魔法剣士よりもレアな職業が魔法剣闘士だ。しかも土属性だぞ。ロックジョーさんは、最強の一角だ」

「しかもの意味が分からないが、土魔法は見てみたいな。見せてもらおう」

「見せてもらうのはゼンジの勝手だが、絶対に怒らせるなよ!」

「分かってるって。でも良いな、魔法が使えて」

白い雄鶏亭の前に着くと、豪快な笑い声が聞こえた。

「ガッハッハ!戻ったか!お前たち良くやった!」

上機嫌のロックジョーが、白い雄鶏亭の中から、ガラスが無くなっている窓越しに声をかけてきた。

「ロックジョーさん!村のモンスターは全てロックジョーさんが?」

「ガッハッハ。お前たちだけに美味しいところを持って行かれたら、後ろ指さされるからな」

「そんな事無いですよ。でもあんなに巨大な、しかも、クィーンヴァンパイアが出て来るとは思いませんでしたよ」

「ガッハッハ。それは俺のミスだ。まさかワイバーンキングとは思わなんだ。二匹とも仕留めて来たがな」

「ワイバーンを倒したんですか!自分たちが戻る間に街道に行ったんですか?」

「ガッハッハ。酒の前の軽い運動だ」

「そんなに強いなら、全て一人で……」

ゼンジの話の途中でノックが前に出ると、ロックジョーの持つ泡立つジョッキを指さした。

「ウォ~ン!それは、黄金のマタタビールですか!」

「ガッハッハ!めざといな!しかも採れたてだ!」

「ウォ~ン!黄金のナマタタビールですね!」

ノックは窓から白い雄鶏亭に飛び込むと、慌ただしくロックジョーの向かいに座りキールに注文した。

「ウォ~ン!とりあえずナマ!」

「……」

ゼンジ絶句。


(女神様、こちら自衛官、
異世界でも『とりあえず生!』が聞けるとは思いませんでした。どうぞ)
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