ダイキライ

ジャム

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真っ白なシーツ。


裸でも不快感の無い空調に 部屋に射し込む新しい陽射しが心地よかった。

身体中の筋肉痛のような重だるささえなければ、快適な一日の始まりだ。

一度閉じた目を開いて ゆっくりと起き上がる。

いつものことで、目が覚めると渋木さんの姿はなかった。

慣れたことで、シャワーを浴びに裸のままベッドから出た。

誰もいないはずの部屋を真っ裸で通り過ぎようとして、軽い咳払いがして、オレは飛び上がった。

「よう」

声の主は、ベッドルームの隣の部屋でコーヒーを片手に新聞を読んでいた。

「王ちゃん…! 」

「いいナリ(容姿)だな 」

兄貴はいつからいたのか・・・

コーヒーに食いかけのトースト 、イチゴの入ったヨーグルトと、同じものがもうワンセット用意されていた。

「メシ持ってきたから、 顔洗ってこいよ」

「う、うん」

慌てて前を隠して シャワールームに逃げ込む。

心臓が爆発しそうな勢いで胸を内側から叩いてる。


なんで兄貴が!?

しかも、あんな・・・あんな、なんでフッツーに!?

とにかく、シャワーを出して、お湯を頭から被った。

自分の体を摩りながら、おかしなところは無いか、見てみる。

乳首の周りに赤い痕がいくつも付けられていた。

「うわ…」

さっきまでのコトを思い出して、頭に血が上る。

手首にもベルトを巻かれてた痕が薄っすらとついている。

内股にも擦り傷のような赤い線が少し入っていた。

震える手で自分を抱きしめて、涙が浮かんでくる。


見られた…

ぜったい 見られた!


誤魔化しようのない状況に、言い訳が浮かぶわけもなかった。

一気に絶望感が押し寄せてくる。


どうしよう・・?

兄貴に知られた?

オレどうしたら・・・!?


数分そのまま出しっぱなしのシャワー に打たれて立ち竦んでた。


もうどうしたらいいのかわからなかった。


なんて言えばいい?

渋木さんに脅されてエッチしてたって?

イヤイヤ、ヤラレテタって?

言えない。

言えない気がする。

オレ、半分わかってて、ここに来てた。

写真なんて返して貰えないって。

ただ、セックスされるだけだって。

わかってて、それで、オレ自身も柴木さんにシテ欲しくて。


「ワカ」

バスルームのドアが開けられて、オレの背後から兄貴の腕が伸びる。

自分が濡れるのも構わず、兄貴がシャワーを止めた。

振り返れないオレの頭にバスタオルが被せられて、ガシガシと拭かれる。

「・・・王ちゃん」

「ん?」 

頭を拭き終わると、兄貴はオレの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「頭乾かしてやろっか」

オレにバスローブを着せて、鏡の前に座らせると兄貴はタバコを咥えながら、ドライヤーを得意そうに持って言った。

「なつかしー・・・。お前の髪、よく乾かしてやったんだぜ?お前ちっちゃくて、本当、姫か若かって感じでな」

兄貴はでっかい手のくせに、やさしくやさしく髪を梳いてくれる。

静かな時間だった。

あんなに焦ってた気持ちが落ち着いてく。

「よし、メシ食うぞ」

完全に湿り気がなくなって髪が軽くなる。

鏡越しに兄貴の顔を見ると、眼が合った。

数秒見つめ合ってから、兄貴がオレを立たせた。

部屋に戻って、兄貴はコーヒーを淹れ直す。

オレには牛乳をたっぷりと注いで、椅子に座ると、兄貴はタバコの煙をオレが居ない方に吐き出す。

「いただきます」

「ん」

さっきまでのパニック状態がうそみたいに普通になってた。

兄貴はまたコーヒーにタバコに新聞。

オレはゆっくりとパンを齧って、好きなイチゴの乗ったヨーグルトを食べた。

お腹がいっぱいになる。

オレが食べてるのを、兄貴はチラと見て、静かに口元を上げた。

ただ静かにパンを齧った。

時々、兄貴がコーヒーカップを置く時の音と新聞を捲る音だけがした。

時間がゆっくりと流れた。

オレは牛乳を最後に飲み干して、口元を拭った。

視線を上げると、オレが食べ終わるのを、ニンマリと兄貴は新聞越しに眺めてた。



「それじゃ、若様、参りましょうか」

兄貴がふざけてオレの手を取る。
バスローブのままで、オレ達は手を繋いで渋木さんの部屋を出た。

「王ちゃん・・・」

見上げると、兄貴は口の端を上げてオレを振り返る。

「んー?」

何にも言葉が出ないオレの頭を、またくしゃくしゃと撫でて、兄貴は歩きだす。


なんにも。

なんにも聞かないんだ。


涙が出そうで、オレは唇を軽く噛んだ。

その後、オレは服を着替えてから兄貴の部屋で過ごした。

兄貴はチカラさんを部屋に呼んで、そこで残りの曲作りをした。

二人が作る曲を聴きながら、一緒に歌ったり、本を読んだり、眠ったり、ずっと傍にいた。

眼が覚めると3人でベッドに寝ていたこともあった。

それが3日間くらい。

その間、渋木さんがオレの前に現れることはなかった。

兄貴達も渋木さんのことを気にしてない。

逆に不自然にも感じたけど、ホッともしてた。

それと同時に少しの寂しさも感じてた。

あんなにオレのことを欲しがってた人間なんて初めてだったから。

好きだって囁かれるのは快感だった。

突かれながら、服従されてるような感覚だった。

望めば何でも叶えてくれる。

錯覚でも、渋木さんには大人の魅力があった。

あんな形振り構わないみたいな欲情を向けられたことなんてない。

無意識に、何かを望んでた。

それは形がわからない。

ただ、ぽっかりと胸に穴が空いてる。

なにかを失くしてしまったんだ。

それが渋木さんなのかはわからなかったけど。


合宿が終わる日、オレはチカラさんに、こっそりと聞いてみた。

「チカラさん、あの、し・・渋木さんはどこにいるのかな?」

チカラさんは部屋の荷物を鞄に詰めながら、少しこっちを振り返った。

「やっぱ・・・気になったか」

仕方ないって笑顔。

「ワカ、こっち来て」

チカラさんは一度作業を止めて、鞄を下に置くとベッドに座ってオレを呼んだ。
オレが隣に座ると、オレの頭を自分の方へ引き寄せて撫でた。

「気になるよな・・・。誰も何も言わないんだもんな」

抱き寄せられながら、オレはチカラさんを見上げた。

「ワカ・・・」

視線が合う。

チカラさんの顔が近づいてきて、オレは抵抗なく後ろに倒された。

自分の体の上に、人の体重が掛かる感覚。

眼を閉じて、一気にスイッチが入るのがわかった。

「やばいでしょ」

チカラさんの顔を見ると、少し上から苦笑いして見下ろしてた。

「今のワカ、ヤバイ」

わかってないだろうけどってチカラさんは、軽くオレにキスした。

唇が吸い付くようにピッタリと合わさった瞬間、心臓がドクドクと跳ね出した。

「ワカ、許して・・・。オレだって、ワカを抱きたい。

ワカを独り占めして、体中にキスしたい。

ワカに求められたら我慢できない。

でも、・・・それじゃダメなんだ。

ただ、抱いたって・・・。

それじゃ、渋木と一緒になっちゃう」

渋木さんの名前が耳に入って、オレはハッとした。

「渋木さんは・・・?」

チカラさんがオレの体を引き起こして、悲しそうな顔でオレの前に立った。

「渋木を・・・好き?」


好き?


頭の中にその言葉がポツンと浮かぶ。

まるで、静かな湖面の真ん中に静かに漂う落ち葉のように。


好き?


好きって・・・?


どんな気持ちだっけ?
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