僕の体で神様を送ります。

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睡蓮の代わり

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憂火が呼ぶと、お馴染みの黒いスーツに身を包んだ暮が二人の目の前へ立つ。

その背中からドスを取り出し、ヌルリと銀色に光る刃を抜くと、その鞘を放り投げた。

鈍色の真剣を白面の狐に向けて、暮が構える。

リュウトは、成り行きを見つめながら、憂火の体にしがみ付いた。


その手が恐怖で震える。


目の前では暮が気合いと共に狐にドスを振り下ろし、その首を滅多指しに斬りつけた。


その冷酷無比な光景に、思わずリュウトは身を縮め、目を強く瞑って憂火の胸に顔を埋めた。


「コイツはオレ達が追ってた『禍神』って言ってな・・この世に災いばっか起こす頭のイカレちまったヤツだ。お前の事を何処で知ったか、神の国へトンズラこくつもりだったようだ」


リュウトの背後では、暮の「シネ!コノヤロ!」という掛け声と、何度も刃物を抜き刺しする音が続いている。


「悪かった、怖がらせて。お前に辿り着く前に取っ捕まえるつもりが、何回かダミーに騙された」


憂火が言いながら上着を脱ぎ、自分のYシャツを脱ぐとそれをリュウトの肩に掛けた。

リュウトの服は、さっきの狐の攻撃を受けたせいで前が大きく裂けてしまっていた。

憂火は素肌の上に上着を羽織り直し、胸のポケットから煙草を出すと、それを一本咥えた。


「え・・それ、もしかして・・・睡蓮が!そいつと戦ってるかも!」

「あん?」

憂火が、だから何だ?とそっぽを向く。


「憂火あ!・・オレを逃がすために睡蓮が・・」
「死にゃあしねえよ。こっちがホンモンなんだからよ。大丈夫だろ」


「憂火!」
リュウトは憂火の襟首を掴みガクガクと揺さぶった。
「ったくよぉ。オレがあいつを助ける義理があるか?」
頭を掻く憂火にリュウトは縋り付く。
「お願い!憂火!!『神送り』でも何でもまた協力する!だから」


唐突に、静かになった背後の二人を不思議に思い、暮は刀の刃を拭きながら振り返って、目を見開いた。

膝を地面について座り込んだリュウトの顔を上に向かせ、覆い被さるように生々しく唇を合わせる二人の姿を目にし、暮は慌てて体の向きを元に戻してから叫んだ。

「終わりましたよ!憂火さん!」

暮は気を使い、大声で呼んでからもう一度振り返ったが、それでもまだ憂火はリュウトの後頭部を掴んで、濃厚なキスを続けている。

それを見た暮は顔を引き攣らせ、額を押えて、もう一度、

「憂火さん!」

と、叫んだ。



ようやくリュウトの唇から口を離した憂火が体を起こし、暮の傍に転がっていた狐の面を、グシャッと、足で踏みつぶしてから、顎をしゃくった。


「暮、もう一匹・・もしかしたら居るってよ。行くぞ」

「ええ!?本体をヤッたんだから、そんなのもう大丈夫ですよ!?・・ちょっと、憂火さん・・!?」


え、どうして?、と、ブツブツ文句を言いながら、暮が憂火の後ろを追う。

ぺったりと地面に膝を崩してしゃがみ込んだリュウトは、二人の背中が遠ざかって行くのを見て、大きな溜め息を夜空に吐いた。


「・・オレ、憂火とキスしちゃった・・」


憂火の熱い体温。
骨張った指に、少し痩けた頬。
自分の顔に添えられた掌の熱さ。


全てが、リュウトの胸の奥底に、衝撃を与える。

リュウトは、自分の膝を手で掴んで俯いた。
その目尻から、涙が一雫、零れる。


睡蓮が、好きだ。


だけど、憂火に体に触られる度、憂火の火で自分の中をジリジリと焼き焦がされてしまう。


「激しすぎるよ・・」


リュウトは大きく息を吸って吐いて、震える身体を抑え、なんとか立ち上がる。

破れたシャツを脱いで、肩に掛けられていた憂火のYシャツに袖を通す。
ぶかぶかの憂火のYシャツからは、濃い煙草の匂いがした。

「煙草臭い・・憂火のヘビースモーカー・・」

その匂いを深く肺に吸い込んで、拳を握りしめると、リュウトは睡蓮の元へと向かった。






既に睡蓮の元へ到着していた憂火と暮は。

「こりゃ派手にヤラレちまって・・」

元々がそういう目的なのだろう、ダミーの体は爆発し跡形も無くバラバラに飛び散っていた。
それとそう違わず、霊験新たかな杉並木の間に倒れていた睡蓮の体も、三分の一程が砕け散り、ボロボロの状態だった。

「体の修復にどれだけ掛かる?」

憂火が睡蓮の横に片膝をついて屈み、睡蓮の姿を見下ろした。

「さあ・・なんとも言い難いけど、まあ、ザッと見積もって・・3日・・」

睡蓮は自分の体のあちこちを見回し、苦笑する。

「分かった。お前を死神の医療班に預ける。あそこなら多分1日もあれば十分だろう」

憂火の提案に、睡蓮が目を見開いた。

「なんで、そこまでってか?リュウトに頼まれたからだ」

「そう・・。だが結構だ。恩着せがましい態度はやめて貰おう」

そう言って顔を背ける睡蓮を、憂火は無理に引き起こした。

「お前の気持ちも分かるが、悪いが前払いを貰っちまってな。オレ達もこの後の予定がまだ詰まってる。ここは大人しく拉致られてくれ」

そう言って抱き起こした睡蓮を、暮に肩に担がせ、憂火は携帯を取り出すとリュウトにコールした。

3回目で出たリュウトは、泣いていたのか、上ずった声だった。

「睡蓮は無事だ。が、1日だけうちの施設へ入院させる。その間は・・」

憂火は言い掛けて、フと睡蓮を振り返った。

恨めしそうな睡蓮の目が、憂火を睨みつける。

憂火は睡蓮の目を見つめ返し、

「睡蓮の代わりに、1日、オレがお前を護る」

と、続けた。









憂いの火、と、書いて『憂火』。

 
それが、死神の名前。







「1日だけ、オレがアイツの代わりをする」
「え、睡蓮は…?」
「暮に運ばせた。そう心配するな。そんなヤワな作りじゃねえ。うちの医療班に任しておけば、明日の夜には傷一つ残ってねえよ。行くぞ」


睡蓮の姿を求めて振り返るリュウトの肩を憂火が抱き、賑やかな祭りの中、雑踏を通り抜けて行く。


何度も後ろを振り返ろうとするオレの姿は、この人ごみの中でいったいどんな風に映っただろう。

すれ違う人達と一瞬、一瞬、目が合う。

祭りの中で知り合いとはぐれて一人悲痛な顔をして歩いている様に見えただろうか?

その途中で、テッタとすれ違った。

テッタは『あれ?』と自信なさげに首を傾げている。

人ごみの中、憂火のYシャツを羽織ったオレが『オレ』なのかよく見えなかったんだろう。


「憂火、今、友達が」
「あとでメールしとけ」


オレは憂火の腕に肩を抱き寄せられ、そのまま引っ張られるように無理やり歩かさせられる。

人ごみを早足で抜ける憂火。
その力強い体温に抱かれ、オレは躓きそうになっても、足を止める事は出来なかった。



憂火の姿は誰にも見えていない。


リュウトの背中に回された腕は誰にも見えていない。
けれど、熱い。

リュウトを抱くその手の熱さに、リュウトの胸が疼いた。

睡蓮を助ける約束と引き換えに、リュウトは死神に自分を売った。

死神に唯一、求められる能力。

『神送り』と交換に。


それが出来るのは、オレが、八百万の神々を昇天させるための門を開ける、この世で唯一の人間だからだ。


憂火は、神社の近くに停めてあった、黒塗りの車の助手席にリュウトを押し込み、自分は運転席側へ回る。

車のドアを開けた憂火が体を屈め、素早く車に乗り込む。

車のエンジンを掛けると、静かな心地のいい低音がリュウトの体の下から響いてきた。


「オイ、ベルトしろ」

憂火に顔の向こうを指差され、思わず慌てる。

「え、これ?あれ!?」

リュウトがベルトの金具を引いてもベルトが伸びて来ない。

「アホ、強く引っ張るな」

焦るリュウトの手を憂火の手が重ねて握り、ゆっくりとベルトを引く。

リュウトの体の上をなぞるようにベルトが引き延ばされ、カチャリと金属音がしてベルトが止められた。

そこから視線を上げたら、身を乗り出していた憂火の顔が目の前にあって焦る。
リュウトは顔を赤くして、慌てて憂火から顔を背けた。

そんなリュウトの態度に憂火は笑いたいのを堪えて、静かに車を発進させる。





車の中は静かだった。

外を走る車の音や、街の中を流れる音楽、喧噪、そんな日常的な騒音が、この車の中では全てシャットアウトされ、まるで水族館の中で魚でも眺めているような感覚に陥る。


「静かだね・・」


ゆったりと、体をシートに預けたリュウトの呟きに、憂火の目尻が下がる。

無言の憂火の横顔をチラリと覗いたリュウトは、憂火の表情に慌てて、また外へと視線を移した。

普段クスリとも笑わなそうな顔をしている憂火が、穏やかな笑みを携えている。
その表情に、リュウトは動揺する。

ついさっき、自分は憂火とキスをした。

自分から『何でもする』と、言ったけれど、あの場でキスされるとは思わなかったのだ。
口の中を貪るような、耳の中が心臓の音でいっぱいになるような、すごいキスだった。


頭の中が、憂火の熱に蕩けた。

痛くも悲しくもないのに、憂火のキスに、涙が溢れた。

粘膜に押し付けられた、憂火の熱い唇。

唾液に塗れた唇を食み、口の中でお互いの舌を絡ませた。



体中の血が、憂火に沸騰したーーー





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