センパイ2

ジャム

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60、夏の総体の続き

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パワーだとか、野心だとか、フィジカルだとか。

とにかく、サッカーを語る人々の口からは、無いものネダリの発言ばかりが溢れてくる。
確かにこの世界の頂点には、フットボールの全てを持っている人間が、君臨していて、それが何で出来てるのかが話題の中心。
体脂肪から筋肉量、果ては彼が生まれたルーツを求め、フットボールを解明しようとしている。
そうして、彼がどれだけ真面目に腐らず努力し、エリートコースを歩んできたのか、広く世間に知られるところとなる。


全てはチームの勝利のためーーー


賞賛すべき、速く滑らかなパスに、正確無比なボールコントロール。
削られても弾かれても倒れない、圧巻の体幹筋力とボディバランス。
それが世界一のフットボールプレーヤー。

けれど、彼がどうしてそんなプレーが出来るのか。
彼がタイトルを総ナメに出来た本当の理由は?
同じ様に身体の素質だけ見るなら、彼に見劣りしないプレーヤーは実は少なくない。



つまり、彼の才能を際限まで出す事が出来る環境が、その時整っていたと考えられる。



サッカーは一人ではない。
どんなチームにも二度と組めない奇跡の瞬間がある。
チームメイトとの連携、一体感、フィーリング、そして、信頼。


お互いに、全てが安定したバランスを保った瞬間、最高のプレーが生まれる。


目が合っただけで、彼がどんなプレーをしたいか、わかるのだ。

点だったものが線になり、線がやわらかな糸になったと思うと、一瞬で針のように鋭いラインを描く。

視線が合図になる。

瞬く間もなく、お互いを理解した。

感じ合い、押し上げ、いっそ、共鳴していると言っても過言ではない、その瞬間。

そこには、到底、一人ではなし得ない奇跡が起こるーーー

人間(チームメイト)を信じるという奇跡がーーー最高のプレーへと自分を押し上げた。








グラウンドから担架で運ばれたオレは、医務室で簡素な革張りの診察用のベッドの上に寝かされていた。
「いてて・・」
ミシミシとなんとなく疼くような痛み。
それが一体どこから感じるのか脇腹に手を当てて探ってみてもよくわからない。

「ナギ」

仰向けに寝転がってたオレの上に汗だくのワタヌキが顔を出す。
その隣にはアキタさんもいる。

「大丈夫か?」
「ハイ。ちょっと痛いけど、平気ッス。ってか、マジで・・1点取った?」

「取った、取った。4分もサービスタイム延長してくれたから、超余裕」
そうクタクタの笑顔でアキタさんが笑う。

「4分!?」

この炎天下でアディショナル4分。

「地獄・・」
思わず呟くと、ワタヌキの手に頭を撫でられた。

「あんま無茶すんじゃねえよ、バカ」
眩しそうな目に見つめられて、ドキリとする。

「マジ、今日のはやばかったな。オレ、お前が人殺すとこ見るかと思ったワ」
ニヤリと笑うアキタさんに、ワタヌキが首をコキコキと回す。

「さすがに、グラウンドを殺人現場にできねえだろ。でも、あとでアイツは殺す」

「ハイハイ。半殺しまでな。ガッコにバレたらウルセーから」

「・・お前が言うと、本当シャレに聞こえないな」

「え!?シャレだったのか・・マジだと思ってたワ・・。いや、ごめん、オレマジで行く気だった」

「じゃ、行ってもいいけどな」

そう言って、スポーツドリンクのボトルに口を付けるワタヌキに、ナギが青褪める。

「行くな!絶対行くなっつーの!」

二人の会話を聞いてるだけで背筋が寒くなる。
超汗だくで、たった6分で1点取るなんて神業した後で、今にも倒れそうなくらい疲れ切ってる筈なのに、どうしてこういうとこで生き生きしてるんだろう。

「センパイ、ありがと・・」
『1点取って』なんて無茶苦茶言ったのに、ちゃんとサッカーで仇取ってくれた事が嬉しかった。
「まだ、あいつら引退させる訳にいかねえからな」
「そうそう。お前のファールで引退とか本気でサイアクだから」
そう言って、アキタさんがワタヌキの脇を肘で突く。
「ちょっとキレただけだろ・・」
「お前の『ちょっと』は首締めか、恐過ぎるワ」
「あんなの締めた内に入んねえだろ。肩揉みだ肩揉み」
そう言って手を握る形に動かすワタヌキに、思わず噴き出してしまった。
「センパイが肩揉みって・・」
絶対やった事なさそう。
緊張が解けて、3人で笑ってたら、少し離れた所から集合の声が聞こえて来る。
慌てて起き上がろうとしたオレを「まだ寝てろ」と止めて、二人がスパイクを鳴らして駆けて行く。
一気に静まり返った医務室の空気に居心地が悪くなった。
シンと物音一つしない空間に、一人取り残されると急に不安になる。


一人ぼっち。

こうやって、いつか、本当に置いていかれるんだ。



そう思うと、途端に目頭が熱くなった。


総体が終れば、夏休み。
夏が終れば、秋が来て。
長そうで短い冬になって。
そして、春にはーーー



考えたくない。
見たくない未来が、どんどん近づいて来る。


少しでも長く、一緒にいたい。
もっと一緒にプレーしたい。
ワタヌキのプレーをもっともっと、傍で見ていたい。
残り少ない時間だと、限りのあるものだと思うと、何もかもが惜しくなった。




念のため、と、病院へ行く事を監督に約束させられて、出た診断は肋骨骨折。
骨折のわりに、固定も無く、痛み止めだけを処方されて、なんだか気が抜ける。
それでも、骨にヒビが入っているには違いない。
『激しい運動は控えるように』
お決まりの台詞に、礼を言い、診察室を出るとワタヌキとアキタさんがオレを待っていた。
二人が待ってるってわかっていたけど、今のオレの顔、誰にも見せたくなかったな。

指でVサインを作って、無理やり口元を引き上げる。

「・・何て言われた?」
アキタさんもワタヌキも、そんなオレの演技には、やっぱり騙されてくれなかった。

「2週間の安静・・肋骨骨折だって・・」
深い溜め息に、涙が滲む。
「バーカ!思い詰めた顔しやがって・・。激しいセックス出来ねえくらいで泣くな」

ちがうし!!

そう言い返したくても、情けなくて声が出せない。
すると、ワタヌキがとんでもない台詞を吐いた。
「心配すんな。出す時だけ挿入するから」
「お前、その発想間違ってる。出そうになったら抜くもんだろ?普通。妊娠したらどうすんだ?」
ふざけた調子のアキタさんのツッコミに、ワタヌキが少し考えるような素振りを見せる。
「妊娠したら、結婚して生ませる。ーーてか、結婚はする」
と、断言したワタヌキの背中を、アキタさんが大笑いしながらバシバシと叩いた。
それから、
「あー、心配して損した。じゃあ、また明日な~!」
と、片手を上げて、病院のロビーから出て行ってしまった。
そんな彼の後ろ姿を見送っていると、ワタヌキがオレの腕を掴んで引っ張った。
「守ってやれなくて、ごめんな」
掠れたワタヌキの呟き声に、胸の奥が詰まる。
なのに、次の瞬間。
「冬までに、倒されない体作り。筋トレ5倍」

5倍・・
え?腕立て30回が・・150回?
腹筋50回が・・250回?

無理。
無理です。
絶対無理。

違う意味で泣きそうなオレの顔を見たワタヌキが、滅多に見せない極上の微笑みを口元に浮かべる。

「冬の大会、絶対レギュラー取れよ?(取れなかったら、わかってんだろうな。縛り付けて三日三晩犯すぞ)」

ワタヌキの低く重みのある声に、オレは奈落の底に突き落とされたような気分になったのだった。
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