ユメノオトコ

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39、蜂高 x 西遠

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2日後。
春になった。
たった48時間を経て、世間はあっという間に様変わりを見せる。
冷えたコンクリートのような灰色の景色に、薄紅色に膨らんだ蕾がポツリポツリと咲き始め、桜の季節になったと教えてくれる。
カレンダーが繰り返す同じ数字を数えるだけの日々が過ぎていく中で、季節の移ろいにも気付かない自分に、ザワリと石を舐めるような気分を味わった。
毎年、どこの誰かが、受験や卒業といった人生の分岐点を踏み越えていく。
世の中の時間軸が自分を置いて進んでいくのか、それとも自分が先に進んでいくのかわからないが、そんな時代があった事もすっかり忘れ、結婚もせず、子どももいない自分にとって、何の感慨も持たない3月が終ろうとしていた。

ただ、西遠は、この日の事だけは心に留めてある。
新藤の母、西遠からすれば義母にあたる菫の命日だからだ。
新藤を中学に上がるまで女手一つで育て上げた菫は、体の丈夫な方ではなかった。
女らしくたおやかで、血の?壓がらない西遠に対しても気配りが出来、手先も器用で母親と呼ぶには理想的な人だった。
菫がどんな事情で勝貴の子を身ごもりながら別れて生活していたのかは、西遠にはわからない。
わかる事と言えば、彼女が新藤を連れてここへ来た時には、菫の体調は良いとは言い難いものだった事だけ。
まだ小学生だった自分を、新藤に対するよりも可愛がってくれ、時には甘い菓子を焼いてくれた事もあった。
やさしい人だった。

23時過ぎ、フラリと外へ出て、適当にタクシーを拾う。
この時間になれば、玄関前の見張りも適当になる事を知っているからだ。
自分のビルの事だと考えれば由々しき事態ではあるが、24時間態勢で見張りが付いている生活には正直うんざりする。だから、自分の首を締めないためにも新藤にこういった報告は上げずにいた。
硬い平べったいシートの上に滑り込み、タクシー運転手に「何処までですか」と聞かれ、思いついた繁華街の名前を口にする。
自分のシマ以外なら何処でもいい。
どうせすぐに見つかってしまうだろうが、少しでも自由な時間が欲しかった。
そんなセンチな気分から自分を解放してくれるような、バカみたいにはしゃげる時間が時々欲しくなる。

歓楽街の中程で、呼び込みに吊られて、地下の店に潜った。
特に期待もしていなかったが珍しく謳い文句通りの美麗揃いの店だ。
気になったのは、メニューが無く、席に付いたホステスのリクエストに答えるのみのオーダー。
店内はどこか昏く、ソファーの質も低い。ハコ席が少なく、客もまばら、なのに綺麗所が集まっている。
察するに、ヒモが自分の女を使って小遣い稼ぎをするため、臨時で開店するぼったくりバーか。
適度に飲んで憂さ晴らしするつもりで来たが、これはこれで違う楽しみが生まれた。
ダラダラとホステスのボトルオネダリに頷いていると、いつの間にか、他の客が掃けていた。
そろそろ頃合いか。
「楽しかった。そろそろ、支払いを」
いくら自分にふっかけてくるつもりなのか、次の展開に心躍らせていると、早速強面のボーイが現れる。
「お待たせしました」と、伝票を乗せた黒いプラスチックの板を西遠の目の前へと差し出した。
「おい!待っただ、ソレっ」
ボーイの手からソレを引ったくったのは、これ見よがしの長身に黒髪短髪、顎に伸びかけた髭を生やしたよく見知った顔だった。
「蜂高・・」
あらぬ展開に気が沈む。
「ったく、このタイミングで・・っどうしてお前がいるんだ・・!?」
眉間に皺を寄せ、忌々し気に呟き、蜂高が後ろを振り返る。
「蜂さん」と呼び掛ける若造に「お前、店の偉いヤツ呼んで来い」と、警察手帳を片手に指示を出す。
店の人間達は騒然となり、蜂高の事を「組対のスズメバチだ」と囁き合っている。
「久しぶり。飲みに来た訳じゃなさそうだな」
こちらは言わば被害者になりかけていた側だというのに、蜂高はまるで犯人に尋問するような胡乱気な目付きで西遠を上から見つめて来る。
「なぜ1人でいる?」
「1人で飲みたいからに決まってるだろ」
「ったく・・本当だろうな?」
「アンタ達が出張って来るって事は、ボッタクリだけじゃないって事だ?」
「・・どういう店かって知ってんのか?」
「女の子と楽しくお酒を飲む店でしょ?」
とぼける西遠に、蜂高は苦虫を噛み潰したような顔で溜め息し、どっかりと西遠の隣へ腰を下ろした。
「今日は新藤はどうした?」
「ちょっと野暮用でいない。オレは純粋に飲みに来ただけだけど?」
「ウソ吐け・・。シマからこんなに離れたトコで、1人でか?」
「そういう気分だったんだからしょうがないだろ」
「お前の気紛れで、こっちはせっかく泳がしてた魚が逃げちまって大迷惑なんだよ」
「生活安全課にでもやらせときゃいいのに」
「ボッタクリはしょっぴく口実だ」
やれやれと、蜂高はよれたスーツの胸ポケットから煙草を取り出し、それを1本口に咥えて、豪快に頭を掻く。
「火、点けてやろうか」
サツに尻尾振る真似でもしてやろうか、と西遠が揶揄う。
「やめろ」
更に眉間に皺を寄せ、蜂高は自分のライターで火を点けた。
気分を落ち着かせるように煙を長く肺に吸い込み、一気に吐き出す。
腕時計で時間を確かめ、相棒が奥から戻って来ない事に、不発かと溜め息が零れる。
「じゃあ、オレにも1本くれ」
西遠が楽しそうに蜂高を見ている。
こっちの仕事が上手くいっていない事を心底面白がっている顔に、蜂高は苛立ちを覚え、煙を吐き出しながら、自分が口にしていた吸いさしを無造作に西遠の口元へと向けた。
一瞬、虚をつかれた西遠だったが、唇を開いて、それを甘んじて受ける。
西遠の口へ煙草を食ませると、蜂高の指がそこから離れた。
「寄り道しないで帰れよ」
叱りつけるように言って、膝に手を突いた蜂高が立ち上がる。
寝不足なんだろう、俯いた蜂高の顔は眼窩が腫れ、疲れの濃さがありありと見てとれる。
ポケットへ手を突っ込み、背中を丸めた男に、西遠は目を眇めた。
「待てよ」
西遠の低い声に、蜂高が無言で振り返る。
「人前でお巡りに恥かかされて、極道が黙って帰れるか」
「あー、悪かった・・目くじら立てんなよ・・」
とりあえず謝った男は、一体自分の何が悪かったのかわかっていない表情だ。
「面、貸せよ」
ソファーから立ち上がった西遠は、至近距離から蜂高の顔をじっとりと睨みつけた。
二人の視線が交差し、蜂高の目の奥に困惑の色が浮かぶ。
真意を掴めず、一旦、西遠から視線を外すと、蜂高は掌で額を覆った。
「あのな・・」
言い掛ける男を置き去りに、足を一歩、前に踏み出す。
「な、ちょっと、待てって・・!」
慌てて、蜂高は店の奥へ、一緒に来た若い刑事に声を掛けると、店の外へ出て行こうとする西遠を追いかけた。
スズメバチなどと裏で呼ばれているベテラン刑事が、自分よりも歳若い男、それも「極道」と自ら名乗る人間に、あたふたと振り回される事など通常ありえない。
二人の背中に「蜂さん!」と相方の刑事の声が追って来たが、蜂高は『後で連絡する』とジェスチャーを返す他なかった。
姿勢のいい男の背中を眺めながら、自分はどうしてこうも西遠に甘いのか、と、頭を掻く。
言う事を聞く義理などない筈だった。
西遠のわがままに付き合う必要など、どこにもないのだ。
怒ったというなら、怒らせておけばいいだけのこと。
なのに、それを放っておけず、こうして言う事を聞いてしまうのは・・。

不意に西遠が蜂高を振り返る。
夜に溶けそうな黒髪。
歓楽街特有の下品なネオンが、西遠の瞳に映り込む。
その目がやにわに弛み、口元がゆっくりと引き上がった。
「煙草1本で高くついたな」
明るい西遠の声に、正直ホッとした。
「ケチった訳じゃねえよ」
タクシーがすぐ横に止まり、自動でドアが開く。
先に乗るよう急かされ、自棄になって乱暴に腰を下ろした。
その隣へ、滑り込むように西遠が座る。
それ程狭くもないのに、こっちに体を寄せて座る西遠からなんとなく視線を逸らした。
「あ」
しまった、と呟く男に視線を戻すと、イタズラに目を細めた西遠が「お金払って来るの忘れた」と笑う。
どうせボッタクリだが、無銭飲食は良くない。
「あとで、事務所に請求してやるよ・・まあ、家宅捜索で、そんな場合じゃなくなるだろうけどよ・・」
楽しそうに笑う男の横顔を見て、かわいい奴だ、と思う自分は、少しおかしいのだろう。
1人で飲みたくなるような夜に、一緒に居てやれる事が出来て良かったと思う。
気安く構える相手ではない分、こんな風に偶然出会った夜なら、わがままに付き合ってやりたくなる。
組対のベテラン刑事のするこっちゃねえよな・・
そう自分を嘲笑っていると、肩にコトリと重みが乗った。
都内でも最大規模を誇る暴力団組織のトップ、世襲制とは言え、若くしてどうして組を継ぐ事になったのかはわからないが、そんな男が自分の肩に寄り掛かって、うたた寝をしている。
なんだか壊れ物でも預かったような気分になり、あまりよろしくないタクシーの振動で自分の肩から西遠の頭がずり落ちないよう、そっと西遠の肩へ腕を回して抱き寄せた。
「疲れてんのかな・・」
自分も西遠も。
日々繰り返される日常に疲弊し、神経が摩耗する。
頭がおかしい。いかれてる。
だからか、こんなに愛しく感じるのだろうか。
与えてやりたい、と思ってしまう。
甘えさせてやりたい、と。
だから、こんな誘いにも乗ってしまうのか。
バカだな、と思いながら、窓の外で街の灯りが通り過ぎて行くのを眺めていた。

少しやつれたような、疲れた男の横顔が好きだ。
特に厳つく頑強そうに見える男が酷く疲れた顔をしているのに萌える事に気付いたのは最近の事ーーー
「すっごい勃ってる」
素っ裸でベッドの上に乗り、「舐めろ」と命令した男の股間を足の甲で擦ってやる。西遠の身体中を舐め回していた蜂高は、息を荒げながら、その足を掴むと左右に大きく開かせた。
膝の裏を取り、そのまま引き上げられる。
背中がシーツから浮き、あらぬ場所が男の眼前に曝け出された。
その尻肉の丸みに、噛み付くようにしゃぶりつかれ、西遠は無意識に足を閉じそうになる。
それを蜂高の腕にグッと抑え付けられ、尻の狭間から蕾の内側の襞に至るまで、じっくり丹念に嘗め回された。
柔らかく解けた肉襞の中へ蜂高の舌を何度も出し入れされ、中で上下に嘗め回される動きに、西遠は欲棒から涙を零して嬌声を上げた。
「蜂、たか・・っ」
唇を押し付けた粘膜の中に熱いものを喰い込まされ、ジンジンと体の奥が疼いてくる。
それでも舐める事に飽きない男は、再び尻に齧りついたり、刺激で収縮した自分の双玉を一つずつ口の中に含んでみたり、足の付け根を激しく嘗め回したりと忙しなく動く。
「・・ンッ・・あ、・・・蜂た、か・・っ」
張り詰めた物がズキズキと疼く。
これ以上、放って置かれたら先端が割れて粘膜が剥き出しになりそうだった。
玉を嘗め回す舌が時々肉棒を掠る。
その刺激に何度も雫が先端から溢れ、腹の奥が締まった。
せめてどちらかだけでも、満たして欲しい。
西遠は片手を尻に伸ばして指を這わせ、蜂高に肉の狭間を開いて見せ、もう片手で自分の中心を握って扱いた。
目の前の嬌態に、蜂高は口を開けたまま暫し呆けていたが、すぐに西遠の手の上から今にも弾けそうな欲棒を握り込み、その先端を口の中へ吸い上げた。
カリ首を蜂高の唇の内側へ吸引され、西遠は太腿の内側を痙攣させる。
「蜂高・・っあ、あ、ぁ・・っ」
口の中のものを嘗め回す蜂高の咥内へ、ガクガクと震えながら白濁を撒き散らし、同時に尻の狭間に突っ込まれた蜂高の指をキュッと締め付けた。
荒々しく先端を吸われ、最後は何も出ない蜜口に舌を捩じ込まれて啼く。
くったりと力を失った膝をシーツの上に下ろされ、手で尻を左右に割られた。
ジュッと火傷しそうな程熱い勃起の先端を肉蕾に押し付けられ、西遠は背を仰け反らせて目を見開く。
「ア・・・」
挿ってくる・・
そう唇で呟き、ズルリと粘膜を引き摺りながら奥へと突き刺さってくる蜂高の怒張に肌が粟立った。
「熱くて、柔らかくて、溶けちまいそうだ・・」
根元まで押し込んでおきながら、まだ奥を探ろうと蜂高が腰を押し付けてくる。
挿入されただけで、痙攣する程の愉悦に頭の中がおかしくなりそうだった。
「動くぞ」
宣言通りに、男が前後に腰を揺らめかす。
それが次第に、長く、激しい動きに変わる。
「ま、待って・・だ、め・・蜂・・・っア、アア、アア・・!!」
肉襞が締まると同時に、先端から一瞬白い泡が噴上った。
パッと飛び散った飛沫が西遠の胸に散る。
放出したばかりだったせいか、出し切れなかった残滓が飛び散ったようだった。
それでも中は、蜂高の肉棒を食い締め、たっぷりと先走りを絞り取る。
ドライでの絶頂は、射精するより感覚が濃い。
ぐずぐずに中を掻き回され、淫されて喘いだ。
男の雄蕊に貫かれているという事実だけでも堪らないのに、覆い被さってくる男の顔が苦痛に歪んでいくのを見ると、どうしようもなく滾る。
もっと、もっと、苦しめばいい・・。
足掻いて抗って、それでも最後には、オレにイカされてしまえ・・!
そう目に野望を宿しても、一瞬後には、蜂高の腰使いに啼かされていた。
征服しているのか、それとも、されているのか、境界線がわからない。
「蜂高・・っ蜂高・・・!」
それでも、絶頂を迎える時は、相手の体に手も足も絡め、強く求め抱き締めて求めてしまう。
硬く抱き合ったまま、密着したお互いの腰だけが淫猥に揺れ、欲望の全てを出し切ろうと本能のままに動いていた。
誰かの体温を感じながら意識を遠のかせる事が、幸せだ。
それが例え、いがみ合う関係にある相手でも、お互いにここにある熱を分け合えるなら、同じだ。
寂しさを拭ってくれる相手なら、優しくキツく抱いてくれるなら、満足だった。
ゆっくりと沈む意識の中で、蜂高に唇を求められ、舌を絡ませ合う。
まるで、愛し合う恋人同士のようなキス。
そんな風に感じたのは、自分が夢うつつだからだろう。
刑事のくせに・・
そう声に出したかは、わからない。
ただ、優しく髪を手で梳かれ、何度も唇を吸われたような気がして、幸せな気分だった。

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