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第七十六話

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「――封じられた森に何用か?」
 二人が到着するなり、表情を消した森林の民の衛兵が探るように質問をしてくる。

 森林の民とは、他のゲームでいういわゆるダークエルフであり、褐色の皮膚をした一族だった。外の世界に出て行った白きエルフことエルヴン族とは袂を別った種族である。
 エンピリアルオンラインの時もこの封じられた森の中で静かに暮らしていた。

 目の前にいる衛兵も鎧に身を包んでいるが、その肌は褐色だ。目はややオレンジがかっている。

「森の中央にある森林都市、そこから西に向かった賢者の聖域に用事があってきました」
 ヤマトはその視線に物おじすることなく、堂々と答える。
 それを聞いた衛兵たち――この場所には衛兵が三人いた。その衛兵たちが一気にざわついた。

「……確かに森林都市は存在する。しかし、賢者の聖域という場所は聞いたことがない」
 ようやくといった様子で口を開いた困惑交じりの衛兵の言葉に、今度はヤマトとユイナが動揺する番だった。

「聞いたことがない……? あの場所は確か、森林の民の上層部が聖地として祀っていたはずだけど……おかしいな?」
 ヤマトは考え込むようにぼそぼそと独り言をつぶやく。ゲームとの設定の食い違いに彼は首をかしげてしまう。獣人の街であるザイガでは聖地は残っていたため、こちらでも残っているだろうと思っていたのだ。

「とにかく……そのような場所は存在しない。用がないのならば大人しく引き返してもらいたい。我ら森林の民は異分子の流入を快く思っていない」
 嫌なものを見るような眼差しと共に投げられたストレートな言葉に、ヤマトは驚いてしまう。ユイナも困ったような表情だ。

 たしかに、エンピリアルオンライン時の森林の民は外との交流は少なかったが、それでも外から来たものに対して無礼は働かないというのが信条だったはずである。

 なにが彼らにそう思わせることとなったのか、二人は気になりながらも警戒されている今、問いかけるべきではないと口を閉じた。

「それでは、森林都市に向かいたいと思います。賢者の聖域は、俺の覚え間違いかもしれませんので、あそこで情報を集めたいと思います」
 異分子とい言われたことも、快く思っていないという言葉もとりあえず無視して、ヤマトは話を進めていく。決して森林の民である彼らを傷つける目的はないのだと言葉に込める。

「ふむ――だが、その許可は私では下せない。私の上の者の許可が必要になる。しかし、私は君たちを私の上司に会わせたいとは思っていない。他種族の人間が森に足を踏み入れたことも私たちはよく思っていないからだ。そしてその君たちを自由に森林都市へと向かわせるというのは、森林の民としての矜持に関わる」
 断固として他種族に対して排他的な考えを口にする衛兵。どうやら他の衛兵も同じような考えであるらしく、彼の言葉に同意して頷いていた。

「お話はわかります。森林の民は選ばれた民であり、この森は森林の民の聖地であると理解しています。……なので、手土産を持ってきました」
 少しでも気持ちが変わればいいと思いながら、ヤマトはミノスから譲り受けた太陽の宝玉を取り出した。

 艶やかな赤い丸い実はヤマトの手の上で強い存在感を放つ。
 それを目にした途端、衛兵たちは全員、太陽の宝玉に目を奪われていた。

「――そ、それは!?」
 その存在は衛兵たちを動揺させるのに十分だった。そして、その動揺は関所の中にまで広がっていく。
 情報が伝わったわけではなく、その芳醇な香りが周囲に広がったためだった。
 森林の民のみが感じ取ると言われている、その香りは彼らが求めてやまない太陽の宝玉のみが発する匂いであった。

 次第に何事かとちらほらこちらをうかがうような視線を感じ始めた頃、ようやく衛兵がハッとしたように我に返った。

「……て、手土産というには、その、ものすごいものを持ってきましたね」
 衛兵はごくりと生唾を飲み込みながら先ほどまでとはうって変わった態度を見せる。だがヤマトは黙ったまま、そのものすごいものを普通の果物を持つときのように軽く片手で持っている。
「も、もう少し丁重に扱ったほうが……」
 どうやら衛兵たちはヤマトがそれを落とさないかと気が気でない様子だった。

 ヤマトが手を動かせば、衛兵たちの視線もその方向へ動き、もうすっかり彼らの気持ちは目の前の太陽の宝玉に奪われていた。

「それで、どうしましょうか? ……これランクSらしいんですけど」  
 ヤマトの言葉に衛兵たちのざわめきは一層高まる。

 果物をランク分けした際の最上位を意味するランクS。それは今ではもう幻とも言われ、森林の民の間でももう二度と手に入らないとまで言われているものであった。

 太陽の宝玉の味を先祖代々教えられてきた彼らは、目の前にある至極の逸品に大きく動揺している。

「ま、まさかランクSが!?」
「いや、さすがに嘘だろ……?」
「でも、これほどの香りとなると……ごくり……」
 関所から出てきた衛兵たちが口々に太陽の宝玉について言いあっていた。その間もちらちらとヤマトの手の上にあるそれに視線が向いていた。

 存在しないはずであるソレがそこに存在するという――そんな事実に期待して裏切られたくないという者。これだけの香りの者であればランクSでもおかしくないという者。
 ランクは関係なく、太陽の宝玉がそこにあるという事実に興奮している者。

 森林の民の反応は様々。
 だが総じて彼らの視線はほぼヤマトの手の上に釘付けだった。

「おいおいおいおい、お前たちだけで勝手に判断しちゃいかんだろ」
 分け入るように他の衛兵たちよりも一回り大きな男性が姿を現す。もちろん彼も森林の民である。

「あなたは……?」
 やっと責任者が出てきたか。その思いは表には出さずに、彼が何者なのかヤマトは質問する。

「私はグライムスという。一応この関所の責任者だ……申し訳ないが、それはしまっておいてもらえるか? こいつらの中には、まともにそれを食ったことのないやつもいるんでな。憧れが強すぎる」
 困ったような表情のグライムスにそう言われ、一つ頷いたヤマトは太陽の宝玉をアイテムボックスにしまった。

「あぁ……」
「そんな……」
 匂いだけでも堪能したいと思っていた衛兵からすれば、その姿が見えなくなったことで落胆の声をあげてしまう。アイテムボックスにしまった途端、その強い臭いはあっさりと霧散してしまったからだ。

「――お前たち、持ち場に戻れ!」
 振り返ったグライムスに強く一喝されると、衛兵たちは飛び跳ねるように慌てて持ち場へ戻って行った。





「さて、君たちは封じられた森の中に入りたいんだったな。そして、タダで通してもらえると思っていないから、ソレを持ってきたと。――全くそんなもの一体どこで手に入れたのか……」
 腕組みをして唸るグライムスもまた、衛兵たちとは違った意味でヤマトたちをあまり快く思っていない様子だった。

「……ダメ、ですかね?」
「うーむ、本来なら他種族を通すことはできない。特別な通行許可などがあれば別だが……」
 そこまで聞いてヤマトとユイナは難しい表情になる。そんなものは持ち合わせていないからだ。

「――だが、それほどのものを持ってきた者を返したことがバレたら、私が上の者にどやされてしまう。とりあえず森林都市まで連れて行こう。そこで上の者と話してもらいたい。それまでは不自由かもしれないが、私と同行してもらおうか」
 中に入れるのならばその提案に反対する理由もないため、ヤマトたちは受け入れることにする。


 こうして、二人は新しい都市へと向かっていく。








ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67
エクリプス:聖馬LV133
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