2 / 18
第1話 ダメ魔女、旅に出る
しおりを挟む
わたしはこの部屋が苦手だ。
いや、はっきり言って嫌いだ。
黒で統一された部屋。正直、悪趣味だと思う。
わたしは落ち着かずに、腰まで伸びた銀髪の先を触った。
目の前には、これも黒いテーブルクロスが敷かれた長テーブルがある。
そこには伯母や大伯母、それから従姉妹に再従姉妹《はとこ》まで……二十人ほどの姿があった。みな、異様に背もたれの高い椅子に腰掛けている。
わたしはテーブルの端で、ひとり立たされていた。
今日でわたしは十六歳になる。
つまりこれはお誕生日会……違う。断じてそんな雰囲気じゃない。
気分は断頭台の前に連れてこられた、死刑囚だ。いや、火あぶりのために縛り付けられた魔女、のほうが正確かもしれない。
彼女らはチラチラとこっちを見ては、バカにしたような笑みを浮かべる。
声に出さなくたって、何が言いたいかは分かる。
アーデルハイトの面汚し、だ。
我が親類ながら、ほんとうに失礼な連中だと思う。
「──レナ」
テーブルの一番奥に座る女性が、わたしの名を呼んだ。
同時にクスクス笑いが止み、しん、と部屋は静まりかえった。
声の主は、床まで届く銀髪の女性だ。艶やかな美しさがある。大陸で最も高名な魔女の一族、アーデルハイトの当主だ。
そして、わたしの母でもある。
目が合って、わたしは思わず背筋を伸ばす。
「あなたには失望しました」
氷のように冷え切った声を投げかけられて、身震いせずにはいられない。
「ここにいても、あなたに未来はない。アーデルハイトの一員として、あなたは相応しくない」
母の声は、厳しさに溢れている。
そうなのだ。わたしは魔法を……一切使うことができない。
原因はわからない。
魔女なのに、魔法を使えないのだ。
そんな矛盾に満ちた者が、当主の娘だからといって、アーデルハイトに名を連ねるのは、確かにおかしい。
母は、わたしの碧色の双眸をじっと見た。
そして重々しく告げる。
「よって、あなたを追放します」
──追放。
その宣言にわたしは震えた。
半ば予想していたけれど、肩が震える。感情を、抑えられない。
「……本当ですか?」
「一族の決定です。覆すことはできません」
「……」
「レナ、あなたの気持ちは分かりますが──」
「本当に追放していただけるんですねっ!?」
テーブルを両手で叩いて、わたしは飛び跳ねるように叫んだ。
「”していただける”?」
部屋がざわめいた。
怪訝そうに、母が眉をひそめて問い返す。
わたしは思わずガッツポーズを……は、母の刺すような視線に気づいて、慌てて引っ込める。
いけない、つい興奮してしまった。
でも、これが冷静でいられるわけがない。
追放!
その甘美な響き。素敵すぎる響き!
わたしが十六年間、待っていた言葉なのだ。これって最高の誕生日プレゼントじゃない!
「気を引き締めなさい! レナ、これからあなたには大きな試練が──」
母のありがたいお説教は、右の耳から左の耳へと抜けていった。
わたしは背を向けると、扉へと走っている。いや、スキップしていたかもしれない。
扉の一歩手前で、足を止める。振り返ると、わたしは親戚一同に深々と頭を下げた。
「皆さま、お世話になりました! レナ・アーデルハイト、ただちに追放される準備をして参りますっ♪」
わたしはウキウキだった。
魔女だなんて、今どき流行らない。
やっと……そう、やっと!
──王子さまと巡り会うチャンスが到来したのだ!
翌日の早朝、わたしは旅立った。
早春の冷たい風が木々を揺らしていた。
見送る者はいない。
両手で抱えたトランクケースはずしりと重い。
でも、不思議と足取りは軽い。
かごの中の鳥は今日でおしまい。
そう、わたしは自由になるのだ!
館の前に停められた馬車に、わたしは意気揚々と乗り込み──。
「げっ……!」
旅立ちの清々しい朝に、不釣り合いな声が出てしまった。
馬車には先客がいた。
その人物と目が合う。
座席に座っていたのは銀髪の……物憂げな顔をした美少年だった。
いや、はっきり言って嫌いだ。
黒で統一された部屋。正直、悪趣味だと思う。
わたしは落ち着かずに、腰まで伸びた銀髪の先を触った。
目の前には、これも黒いテーブルクロスが敷かれた長テーブルがある。
そこには伯母や大伯母、それから従姉妹に再従姉妹《はとこ》まで……二十人ほどの姿があった。みな、異様に背もたれの高い椅子に腰掛けている。
わたしはテーブルの端で、ひとり立たされていた。
今日でわたしは十六歳になる。
つまりこれはお誕生日会……違う。断じてそんな雰囲気じゃない。
気分は断頭台の前に連れてこられた、死刑囚だ。いや、火あぶりのために縛り付けられた魔女、のほうが正確かもしれない。
彼女らはチラチラとこっちを見ては、バカにしたような笑みを浮かべる。
声に出さなくたって、何が言いたいかは分かる。
アーデルハイトの面汚し、だ。
我が親類ながら、ほんとうに失礼な連中だと思う。
「──レナ」
テーブルの一番奥に座る女性が、わたしの名を呼んだ。
同時にクスクス笑いが止み、しん、と部屋は静まりかえった。
声の主は、床まで届く銀髪の女性だ。艶やかな美しさがある。大陸で最も高名な魔女の一族、アーデルハイトの当主だ。
そして、わたしの母でもある。
目が合って、わたしは思わず背筋を伸ばす。
「あなたには失望しました」
氷のように冷え切った声を投げかけられて、身震いせずにはいられない。
「ここにいても、あなたに未来はない。アーデルハイトの一員として、あなたは相応しくない」
母の声は、厳しさに溢れている。
そうなのだ。わたしは魔法を……一切使うことができない。
原因はわからない。
魔女なのに、魔法を使えないのだ。
そんな矛盾に満ちた者が、当主の娘だからといって、アーデルハイトに名を連ねるのは、確かにおかしい。
母は、わたしの碧色の双眸をじっと見た。
そして重々しく告げる。
「よって、あなたを追放します」
──追放。
その宣言にわたしは震えた。
半ば予想していたけれど、肩が震える。感情を、抑えられない。
「……本当ですか?」
「一族の決定です。覆すことはできません」
「……」
「レナ、あなたの気持ちは分かりますが──」
「本当に追放していただけるんですねっ!?」
テーブルを両手で叩いて、わたしは飛び跳ねるように叫んだ。
「”していただける”?」
部屋がざわめいた。
怪訝そうに、母が眉をひそめて問い返す。
わたしは思わずガッツポーズを……は、母の刺すような視線に気づいて、慌てて引っ込める。
いけない、つい興奮してしまった。
でも、これが冷静でいられるわけがない。
追放!
その甘美な響き。素敵すぎる響き!
わたしが十六年間、待っていた言葉なのだ。これって最高の誕生日プレゼントじゃない!
「気を引き締めなさい! レナ、これからあなたには大きな試練が──」
母のありがたいお説教は、右の耳から左の耳へと抜けていった。
わたしは背を向けると、扉へと走っている。いや、スキップしていたかもしれない。
扉の一歩手前で、足を止める。振り返ると、わたしは親戚一同に深々と頭を下げた。
「皆さま、お世話になりました! レナ・アーデルハイト、ただちに追放される準備をして参りますっ♪」
わたしはウキウキだった。
魔女だなんて、今どき流行らない。
やっと……そう、やっと!
──王子さまと巡り会うチャンスが到来したのだ!
翌日の早朝、わたしは旅立った。
早春の冷たい風が木々を揺らしていた。
見送る者はいない。
両手で抱えたトランクケースはずしりと重い。
でも、不思議と足取りは軽い。
かごの中の鳥は今日でおしまい。
そう、わたしは自由になるのだ!
館の前に停められた馬車に、わたしは意気揚々と乗り込み──。
「げっ……!」
旅立ちの清々しい朝に、不釣り合いな声が出てしまった。
馬車には先客がいた。
その人物と目が合う。
座席に座っていたのは銀髪の……物憂げな顔をした美少年だった。
0
あなたにおすすめの小説
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。
夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる