8 / 18
第7話 月夜の伏魔殿
しおりを挟む
お屋敷には立派な庭園や噴水があって、正門から玄関まで十分は歩いたと思う。
わたしたちを出迎えたのは、黒いロングドレスを着た女性だった。
艶やかな黒髪で、真っ赤な口紅が印象的だ。指先には黒いネイルが光っている。
ザ・大人の女性って感じよね!
背後に控えた執事さんは長身の美男子ばかりで、惚れ惚れとしそう。
ふふふ……ほんと良い趣味だわ。
わたしは一礼して、挨拶をした。
「こんばんは! わたしはレナと申します。こっちは愚弟のルイです。あなたが、このお屋敷のご主人ですか?」
誰が愚弟だ、とルイが小声で抗議してくるけれど、わたしは気にしない。
女性は軽く首を横に振った。
「いいえ、わたくしは家令のローレルですわ」
「カレーのローレルさんですか。美味しそうなお名前ですね!」
「……なんとおっしゃいまして?」
「な、なんでもありません! おいし……オシャレで綺麗なお屋敷だな、と。つまりそういうことです!」
慌ててルイが苦しいフォローを入れる。
しまった! わたしは口に手を当てた。
空腹だったので、ついおかしなことを口走ってしまったわ……。
もし機嫌を損ねたら、今夜は野宿になりかねない。我に返って、ローレルさんにお詫びする。
「失礼なことを言ってごめんなさい! 実はわたしたち、今夜の宿を探しているんです。街でこちらのお屋敷なら泊めてもらえると聞いて……。一晩だけでも、泊めていただけないでしょうか!?」
「かまいませんわ」
「そうですよね、ダメですよね……」
「ですから、かまわないと」
「ええっ!?」
わたしは驚きに目を見開いた。
その様子を見て、ローレルさんはにっこりと笑う。
「当家の主は、困った者に手を差し伸べることを信条としておりますの。今夜は客人として当館にご宿泊くださいませ」
「本当ですか!? ありがとうございますっ」
跳ねるようにして、わたしはお礼を言う。
な、なんなの、ここのご主人は神さまなのっ!?
こんないい人がいるだなんて、信じられない!
昼間は偽審問官に襲われて散々だったけれど、世の中捨てたものじゃないわね。
「ところでレナ様」
ローレルさんは、じっとわたしを見た。いや正確には、わたしとルイの銀髪に視線を注いでいた。
そんなに珍しいものなのかしら? 落ち着かないんだけど……。
「えーっと、なんでしょうか?」
「お二人は、どちらのご出身でいらっしゃいまして?」
「わたしたちはアルムから来たんです」
質問の意図がよく分からなかったけれど、わたしは正直に答えた。
アルムはアーデルハイトの館がある、田舎町の名だ。
それを告げた時……ほんの一瞬だけ、ローレルさんの口許に悪魔めいた微笑が浮かんだように見えた。
「歓迎いたしますわ。どうぞ、お入りくださいませ」
ローレルさんは、にこやかに笑う。
あれ……? 見間違い、だったのだろうか。
ついさっき見せた、毒気を帯びた微笑みはどこにもない。
うん、きっと見間違いだわ。
だってタダで泊めてくれるような、いい人なのよ?
疑いはすぐに霧散して、わたしたちはお屋敷に招き入れられた。
「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れてしまった。
とても裕福な家なんだろう。
足元には、ふかふかの赤い絨毯が敷かれていた。絵画に白大理石の彫像、調度品はどれも品が良くて高価そうなものだ。
天井にはガラス製のシャンデリアが、煌びやかに光っている。
わたしは、思わず目を細めた。
夜とは思えないほど明るくて、素敵なお屋敷だ。
でも中に足を踏み入れて──わたしは、強い違和感に襲われた。
理由はわからない。
背筋に、ぞっとした悪寒が走ったのだ。
「どうしたんだ?」
ルイが怪訝そうな顔でわたしを見る。
「……なんでもないような、なんでもあるような……」
「顔色が悪いぞ?」
たしかに気分が悪い。ぐるぐると視界が回り始めた。
朝からずっと気を張っていたから、疲れが出たのかも?
強いめまいを感じた直後、フワッと身体が一瞬浮いたような気がした。
「レナ様、お加減が優れないようですが?」
──何でもないです、大丈夫です──
自分の声なのに、ずっと遠くの方から聞こえた気がした。
そこでわたしの意識は、途切れた。
わたしたちを出迎えたのは、黒いロングドレスを着た女性だった。
艶やかな黒髪で、真っ赤な口紅が印象的だ。指先には黒いネイルが光っている。
ザ・大人の女性って感じよね!
背後に控えた執事さんは長身の美男子ばかりで、惚れ惚れとしそう。
ふふふ……ほんと良い趣味だわ。
わたしは一礼して、挨拶をした。
「こんばんは! わたしはレナと申します。こっちは愚弟のルイです。あなたが、このお屋敷のご主人ですか?」
誰が愚弟だ、とルイが小声で抗議してくるけれど、わたしは気にしない。
女性は軽く首を横に振った。
「いいえ、わたくしは家令のローレルですわ」
「カレーのローレルさんですか。美味しそうなお名前ですね!」
「……なんとおっしゃいまして?」
「な、なんでもありません! おいし……オシャレで綺麗なお屋敷だな、と。つまりそういうことです!」
慌ててルイが苦しいフォローを入れる。
しまった! わたしは口に手を当てた。
空腹だったので、ついおかしなことを口走ってしまったわ……。
もし機嫌を損ねたら、今夜は野宿になりかねない。我に返って、ローレルさんにお詫びする。
「失礼なことを言ってごめんなさい! 実はわたしたち、今夜の宿を探しているんです。街でこちらのお屋敷なら泊めてもらえると聞いて……。一晩だけでも、泊めていただけないでしょうか!?」
「かまいませんわ」
「そうですよね、ダメですよね……」
「ですから、かまわないと」
「ええっ!?」
わたしは驚きに目を見開いた。
その様子を見て、ローレルさんはにっこりと笑う。
「当家の主は、困った者に手を差し伸べることを信条としておりますの。今夜は客人として当館にご宿泊くださいませ」
「本当ですか!? ありがとうございますっ」
跳ねるようにして、わたしはお礼を言う。
な、なんなの、ここのご主人は神さまなのっ!?
こんないい人がいるだなんて、信じられない!
昼間は偽審問官に襲われて散々だったけれど、世の中捨てたものじゃないわね。
「ところでレナ様」
ローレルさんは、じっとわたしを見た。いや正確には、わたしとルイの銀髪に視線を注いでいた。
そんなに珍しいものなのかしら? 落ち着かないんだけど……。
「えーっと、なんでしょうか?」
「お二人は、どちらのご出身でいらっしゃいまして?」
「わたしたちはアルムから来たんです」
質問の意図がよく分からなかったけれど、わたしは正直に答えた。
アルムはアーデルハイトの館がある、田舎町の名だ。
それを告げた時……ほんの一瞬だけ、ローレルさんの口許に悪魔めいた微笑が浮かんだように見えた。
「歓迎いたしますわ。どうぞ、お入りくださいませ」
ローレルさんは、にこやかに笑う。
あれ……? 見間違い、だったのだろうか。
ついさっき見せた、毒気を帯びた微笑みはどこにもない。
うん、きっと見間違いだわ。
だってタダで泊めてくれるような、いい人なのよ?
疑いはすぐに霧散して、わたしたちはお屋敷に招き入れられた。
「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れてしまった。
とても裕福な家なんだろう。
足元には、ふかふかの赤い絨毯が敷かれていた。絵画に白大理石の彫像、調度品はどれも品が良くて高価そうなものだ。
天井にはガラス製のシャンデリアが、煌びやかに光っている。
わたしは、思わず目を細めた。
夜とは思えないほど明るくて、素敵なお屋敷だ。
でも中に足を踏み入れて──わたしは、強い違和感に襲われた。
理由はわからない。
背筋に、ぞっとした悪寒が走ったのだ。
「どうしたんだ?」
ルイが怪訝そうな顔でわたしを見る。
「……なんでもないような、なんでもあるような……」
「顔色が悪いぞ?」
たしかに気分が悪い。ぐるぐると視界が回り始めた。
朝からずっと気を張っていたから、疲れが出たのかも?
強いめまいを感じた直後、フワッと身体が一瞬浮いたような気がした。
「レナ様、お加減が優れないようですが?」
──何でもないです、大丈夫です──
自分の声なのに、ずっと遠くの方から聞こえた気がした。
そこでわたしの意識は、途切れた。
0
あなたにおすすめの小説
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。
夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~
黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」
皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。
悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。
――最高の農業パラダイスじゃない!
前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる!
美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!?
なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど!
「離婚から始まる、最高に輝く人生!」
農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる