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2.プーリア州の現状とジェリッサの想い
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オルシーニ家では家族会議のようなものが開かれております。
「家族会議のような」と、言いますのは、エリザベッタ・オルシーニ。お姉様は王都からの手紙を受け取って以来、部屋に閉じ篭もったままです。
お姉様も私も、お父様が治めるプーリア領では伸び伸びと育ち、そして生活してきました。領主の娘が出歩いても、プーリア州では悪いことをしようと思う人などいません。地中海から吹く陽気な風が、そこに住む人びとの心も明るく朗らかにしてくれるからです。
しかし、王都でピエトリオ皇太子の花嫁となったら、小麦畑に自由に遊びに行くことは望めないでしょう。
お姉様が部屋に閉じ篭もっているのは、王宮という鳥かごに閉じ込められた小鳥になることを嘆き悲しんでいるのでしょう。
「すまない。ジェリッサ……。まさか二人とも花嫁候補に選ばれるとは思ってもいなかった」
お父様が謝罪されます。執事やメイドなども下がらせた、家族だけの場だからこそ父は胸の内の想いを吐露できるのでしょう。
お母様も渋い顔をされています。唯一笑っているのは、私の弟。まだ物心付いてもいない可愛い弟。お母様の膝の上で笑っています。
「ですが、お父様。領地の事を、ひいてはオルシーニ家のことを考えれば、お父様のお気持ちも察するに余りあります」
「そう言ってもらえると助かる」とお父様は言いました。いつもは威厳のあるお父様ですが、両肩に鉛が乗っかっているように、肩に力がありません。
こんなに落胆されるお父様は、去年の夏以来でしょうか。
去年の夏……。聖パウロ様のお乗りになった船を難破させたという伝説の台風、東北風が、領地を襲ったのです。
レンガ造りの家をまるで藁小屋であるかのようになぎ倒し、天に向けて穂を伸ばしていた小麦を地面へと容赦なく押し倒しました。
お父様の機転により、アレキサンドリアよりエジプト小麦を大量に輸入し、イタリーナ王国は大飢饉を乗り越えました。しかし、大量に輸入したエジプト小麦と、収穫されるはずであったプーリア小麦の差額は、大凶作の責任としてプーリア州を治めるお父様が負担することとなりました。
イタリーナ王国の国民の胃袋を満たすほどの量となれば、その差額も莫大です。イタリーナ貴族随一と言われるほど裕福であったオルシーニ家も今や借金まみれ。
それに、財政難により、東北風によって破壊された村や街や都市の整備をすることができません。
お父様の顔は皺が増え、白髪も日に日に増えていっていました。家臣達も疲れ、州都を行き交う人びとはまるで、柩を担いで歩く葬列のような有様でした。
そんな時に飛び込んできた、ピエトリオ皇太子の花嫁候補募集の報。
お父様が藁にもすがる思いであったことは、心情を察するに余りあります。それに、貴族の娘に産まれ、何不自由なく育てて貰った代償として、愛する人と結ばれることはおとぎ話の世界以外あり得ないと分かっておりました。
ピエトリオ皇太子の花嫁となった時に下賜される莫大な結納金、そしてその後の王家のお力添えがあれば、この危機を乗り越えることは容易いでしょう。
私に出来ることがあれば、それはやらねばなりません。
ですが、お姉様が花嫁になることはいけません。お父様もお母様もご存じないことですが、いえ……察しの良いお母様なら、すでにお姉様が恋に囚われていることに察しがついているかもしれませんが……お姉様には想い焦がれている方がおります。
とても誠実な方です。私もアーモンドの花が春に咲き、そして実るのであれば、この方と……いえ……私は、ピエトリオ皇太子の花嫁とならねばなりません。
お姉様は、ピエトリオ皇太子の花嫁とはならずに、このプーリア州に戻って来て貰わねばなりません。
「お父様、お母様、今までお育て下さってありがとうございました。私は、ピエトリオ皇太子に見初められるよう、全力を尽くしたいとと思います」
私は、椅子から立ち上がり、お父様とお母様に向かって深々と頭を下げました。
「家族会議のような」と、言いますのは、エリザベッタ・オルシーニ。お姉様は王都からの手紙を受け取って以来、部屋に閉じ篭もったままです。
お姉様も私も、お父様が治めるプーリア領では伸び伸びと育ち、そして生活してきました。領主の娘が出歩いても、プーリア州では悪いことをしようと思う人などいません。地中海から吹く陽気な風が、そこに住む人びとの心も明るく朗らかにしてくれるからです。
しかし、王都でピエトリオ皇太子の花嫁となったら、小麦畑に自由に遊びに行くことは望めないでしょう。
お姉様が部屋に閉じ篭もっているのは、王宮という鳥かごに閉じ込められた小鳥になることを嘆き悲しんでいるのでしょう。
「すまない。ジェリッサ……。まさか二人とも花嫁候補に選ばれるとは思ってもいなかった」
お父様が謝罪されます。執事やメイドなども下がらせた、家族だけの場だからこそ父は胸の内の想いを吐露できるのでしょう。
お母様も渋い顔をされています。唯一笑っているのは、私の弟。まだ物心付いてもいない可愛い弟。お母様の膝の上で笑っています。
「ですが、お父様。領地の事を、ひいてはオルシーニ家のことを考えれば、お父様のお気持ちも察するに余りあります」
「そう言ってもらえると助かる」とお父様は言いました。いつもは威厳のあるお父様ですが、両肩に鉛が乗っかっているように、肩に力がありません。
こんなに落胆されるお父様は、去年の夏以来でしょうか。
去年の夏……。聖パウロ様のお乗りになった船を難破させたという伝説の台風、東北風が、領地を襲ったのです。
レンガ造りの家をまるで藁小屋であるかのようになぎ倒し、天に向けて穂を伸ばしていた小麦を地面へと容赦なく押し倒しました。
お父様の機転により、アレキサンドリアよりエジプト小麦を大量に輸入し、イタリーナ王国は大飢饉を乗り越えました。しかし、大量に輸入したエジプト小麦と、収穫されるはずであったプーリア小麦の差額は、大凶作の責任としてプーリア州を治めるお父様が負担することとなりました。
イタリーナ王国の国民の胃袋を満たすほどの量となれば、その差額も莫大です。イタリーナ貴族随一と言われるほど裕福であったオルシーニ家も今や借金まみれ。
それに、財政難により、東北風によって破壊された村や街や都市の整備をすることができません。
お父様の顔は皺が増え、白髪も日に日に増えていっていました。家臣達も疲れ、州都を行き交う人びとはまるで、柩を担いで歩く葬列のような有様でした。
そんな時に飛び込んできた、ピエトリオ皇太子の花嫁候補募集の報。
お父様が藁にもすがる思いであったことは、心情を察するに余りあります。それに、貴族の娘に産まれ、何不自由なく育てて貰った代償として、愛する人と結ばれることはおとぎ話の世界以外あり得ないと分かっておりました。
ピエトリオ皇太子の花嫁となった時に下賜される莫大な結納金、そしてその後の王家のお力添えがあれば、この危機を乗り越えることは容易いでしょう。
私に出来ることがあれば、それはやらねばなりません。
ですが、お姉様が花嫁になることはいけません。お父様もお母様もご存じないことですが、いえ……察しの良いお母様なら、すでにお姉様が恋に囚われていることに察しがついているかもしれませんが……お姉様には想い焦がれている方がおります。
とても誠実な方です。私もアーモンドの花が春に咲き、そして実るのであれば、この方と……いえ……私は、ピエトリオ皇太子の花嫁とならねばなりません。
お姉様は、ピエトリオ皇太子の花嫁とはならずに、このプーリア州に戻って来て貰わねばなりません。
「お父様、お母様、今までお育て下さってありがとうございました。私は、ピエトリオ皇太子に見初められるよう、全力を尽くしたいとと思います」
私は、椅子から立ち上がり、お父様とお母様に向かって深々と頭を下げました。
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