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6.吟遊詩人ウェルギリウス
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「もしや、東の宮の主、ジェリッサ・オルシーニ様ですか?」
突然の背後から人の声がしました。私は驚きました。私は奥まった庭にいます。人目に付かぬ場所。それに、人払いも当然しておりました。
振り返ると背後には、宮廷服を纏った男性が立っておりました。お姉様と同じくらいの年齢でしょうか。彼は、柔らかい笑みを浮かべております。
が、私の心臓の鼓動は高鳴っています。
まず一つ目が、私が種を植えていることを見られてしまいました。口封じをしなければなりません。
次に、私の背後に忍び寄っていたこと。悪戯にしては気味が悪いです。それに、私は周囲を警戒しておりました。竪琴を持っていて無害を装っているつもりでしょうが、気配を消し、人の背後に立つことを訓練された者であることは明白です。まるで、森に潜み兎が獣道を通るのを待ち構えている肉食獣のように気配を消していたのでしょう。
そして最後に、この場所は東の宮。いえ、この花嫁宮に立ち入って良い男は、ピエトリオ皇太子以外には有り得ません。男性がこの場所にいる。そのことが既に異常事態です。
人払いをした隙を突かれた……。暗殺者であることは疑いようもありません。
「お初にお目にかかります。いかにも私は、ジェリッサ・オルシーニでございます。あなた様は? と問いたい所ですが、この場所が何処であるか心得ていらっしゃいますか?」
ドレスに忍ばせてある短剣。ですがまずは、種を植える際に使ったスコップでしょうか。スコップで相手の顔に土をかけることができたら、目つぶしができるかも知れません。まぁ、恐らく無駄でしょう。確実に仕留めることができる自信があるから、私に声をかけたのでしょう。
気付いたときにはすでに死んでいる。殺されている。それが暗殺されるものの末路です。暗殺の王道は外してきたのは、私を逃がさない自信があるから。得物は剣などではない。初見では防ぐことができないような、意表を突くものでしょうか。それならば、彼が持っている竪琴。あれが彼の暗器でしょうか。
「僕の名前はウェルギリウス。宮廷詩人で、花嫁候補の方々の無柳を慰めるために雇われているんだ。花嫁が決まるまで君たちは、この宮殿から一歩も出れないのだろう?」
そんな馬鹿な話があるはずありません。ウェルギリウスなど、明らかに偽名。好意的に解釈しても、宮廷詩人としての芸名でしょうか。
それにしても、ウェルギリウスとは巫山戯た名前です。古代ローマの伝説的な詩人と同じ名前を名乗るなど、尊大というものです。身の程を弁えない愚か者です。
それに、この場合、古代ローマの詩人ウェルギリウスではなく、『神曲』においてダンテと共に、地獄と煉獄を旅したウェルギリウスを示している? この花嫁宮自体が、地獄であり煉獄である。そして、自分はその水先案内人を気取っているのでしょうか。
いえ——彼が暗殺者であるなら、その雇い主は、クレオレッタ・メディチでしょうか。『神曲』は、トスカーナ語で書かれたもの。そして、トスカーナ地方の都市といえば、フィレンツェ。そして、その都市を支配するのは、メディチ家です。初手暗殺とは過激ですが、あの家ならばやりかねません。
「さようでございましたか。ですが、ここは男子禁制の場。そんなことが実際に有り得るのでしょうか?」
彼が宦官であるなら話は別でございますが、男子を入れては、万が一にも胤が混じる危険があります。それに、見目麗しい容姿ですし、東の宮で私に仕えるメイド達を孕まされても困ります。
「許可証ならありますよ」
「拝見してもよろしいですか?」
「どうぞ」
柔やかに懐から巻かれた羊皮紙を取り出していますが……
「ウェルギリウス様もご存じの通り、私はピエトリオ様の花嫁候補である身。他の殿方に近づく訳には参りません。どうかその羊皮紙を地面に置いてお下がりになっていただけませんか?」
「もちろんでございます」と彼はゆっくりと羊皮紙を地面に置きました。そして、後ろずさりして羊皮紙から離れます。
彼は間違い無くクロです。そう確信しました。
この王宮に男子を立ち入らせる権限を持つ存在。ピエトリオ皇太子か、王かのどちらかでしょう。許可書が本物であれば、そこにはそのどちらかの署名があるはず。そして、署名があるならばその許可書は王や皇太子の勅令そのもの。そして、その許可書を見せるのであれば、王や皇太子の言葉を伝える代理人として、私に膝を付かせるのが本来の作法。
王や皇太子の署名が入った羊皮紙を地面に置く。
仮にも、このウェルギリウスなる人物が宮廷に仕えるものであるなら、そんなことは絶対にしません。基本中の基本です。
彼は、暗殺者。恐らく羊皮紙の何処かに毒が塗り込まれているのでしょう。考えてみれば、外傷の残る暗殺方法は、角が立ちすぎます。突然死や自然死に偽装するなら、毒がもっとも合理的。
私は走って逃げ出しました。追いつかれてしまう危険はありますが、あの場にいても待っているのは死です。生きることができる可能性が大きい方を選択します。
「だれか、だれか」と私は大声で叫びながら、庭を走り抜けます。
突然の背後から人の声がしました。私は驚きました。私は奥まった庭にいます。人目に付かぬ場所。それに、人払いも当然しておりました。
振り返ると背後には、宮廷服を纏った男性が立っておりました。お姉様と同じくらいの年齢でしょうか。彼は、柔らかい笑みを浮かべております。
が、私の心臓の鼓動は高鳴っています。
まず一つ目が、私が種を植えていることを見られてしまいました。口封じをしなければなりません。
次に、私の背後に忍び寄っていたこと。悪戯にしては気味が悪いです。それに、私は周囲を警戒しておりました。竪琴を持っていて無害を装っているつもりでしょうが、気配を消し、人の背後に立つことを訓練された者であることは明白です。まるで、森に潜み兎が獣道を通るのを待ち構えている肉食獣のように気配を消していたのでしょう。
そして最後に、この場所は東の宮。いえ、この花嫁宮に立ち入って良い男は、ピエトリオ皇太子以外には有り得ません。男性がこの場所にいる。そのことが既に異常事態です。
人払いをした隙を突かれた……。暗殺者であることは疑いようもありません。
「お初にお目にかかります。いかにも私は、ジェリッサ・オルシーニでございます。あなた様は? と問いたい所ですが、この場所が何処であるか心得ていらっしゃいますか?」
ドレスに忍ばせてある短剣。ですがまずは、種を植える際に使ったスコップでしょうか。スコップで相手の顔に土をかけることができたら、目つぶしができるかも知れません。まぁ、恐らく無駄でしょう。確実に仕留めることができる自信があるから、私に声をかけたのでしょう。
気付いたときにはすでに死んでいる。殺されている。それが暗殺されるものの末路です。暗殺の王道は外してきたのは、私を逃がさない自信があるから。得物は剣などではない。初見では防ぐことができないような、意表を突くものでしょうか。それならば、彼が持っている竪琴。あれが彼の暗器でしょうか。
「僕の名前はウェルギリウス。宮廷詩人で、花嫁候補の方々の無柳を慰めるために雇われているんだ。花嫁が決まるまで君たちは、この宮殿から一歩も出れないのだろう?」
そんな馬鹿な話があるはずありません。ウェルギリウスなど、明らかに偽名。好意的に解釈しても、宮廷詩人としての芸名でしょうか。
それにしても、ウェルギリウスとは巫山戯た名前です。古代ローマの伝説的な詩人と同じ名前を名乗るなど、尊大というものです。身の程を弁えない愚か者です。
それに、この場合、古代ローマの詩人ウェルギリウスではなく、『神曲』においてダンテと共に、地獄と煉獄を旅したウェルギリウスを示している? この花嫁宮自体が、地獄であり煉獄である。そして、自分はその水先案内人を気取っているのでしょうか。
いえ——彼が暗殺者であるなら、その雇い主は、クレオレッタ・メディチでしょうか。『神曲』は、トスカーナ語で書かれたもの。そして、トスカーナ地方の都市といえば、フィレンツェ。そして、その都市を支配するのは、メディチ家です。初手暗殺とは過激ですが、あの家ならばやりかねません。
「さようでございましたか。ですが、ここは男子禁制の場。そんなことが実際に有り得るのでしょうか?」
彼が宦官であるなら話は別でございますが、男子を入れては、万が一にも胤が混じる危険があります。それに、見目麗しい容姿ですし、東の宮で私に仕えるメイド達を孕まされても困ります。
「許可証ならありますよ」
「拝見してもよろしいですか?」
「どうぞ」
柔やかに懐から巻かれた羊皮紙を取り出していますが……
「ウェルギリウス様もご存じの通り、私はピエトリオ様の花嫁候補である身。他の殿方に近づく訳には参りません。どうかその羊皮紙を地面に置いてお下がりになっていただけませんか?」
「もちろんでございます」と彼はゆっくりと羊皮紙を地面に置きました。そして、後ろずさりして羊皮紙から離れます。
彼は間違い無くクロです。そう確信しました。
この王宮に男子を立ち入らせる権限を持つ存在。ピエトリオ皇太子か、王かのどちらかでしょう。許可書が本物であれば、そこにはそのどちらかの署名があるはず。そして、署名があるならばその許可書は王や皇太子の勅令そのもの。そして、その許可書を見せるのであれば、王や皇太子の言葉を伝える代理人として、私に膝を付かせるのが本来の作法。
王や皇太子の署名が入った羊皮紙を地面に置く。
仮にも、このウェルギリウスなる人物が宮廷に仕えるものであるなら、そんなことは絶対にしません。基本中の基本です。
彼は、暗殺者。恐らく羊皮紙の何処かに毒が塗り込まれているのでしょう。考えてみれば、外傷の残る暗殺方法は、角が立ちすぎます。突然死や自然死に偽装するなら、毒がもっとも合理的。
私は走って逃げ出しました。追いつかれてしまう危険はありますが、あの場にいても待っているのは死です。生きることができる可能性が大きい方を選択します。
「だれか、だれか」と私は大声で叫びながら、庭を走り抜けます。
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