R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#23 アンデル ギフト

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「……なんだって?」

 自分のものとは思えない、かすれた声になった。すうっと血の気が引いて、手が震える。それでいて、頭のなかは冷静に、クラウシフの言葉を反芻していた。

 精神操作。心を操る。
 星読みのギフトだと十七年間信じ切ってきた私が予想だにしなかった言葉。

「シェンケルの精神操作は、記憶や意思の改変、操作を行うものだ。
 相手が自分へ持つ信頼や好意、一緒にいた時間の長さや肉体的接触、そしてギフト保有者の魔力量によって結果が変化する。とくに影響するのは、相手からの術者への好感度だ。さらに効果を増幅させる触媒として、術者の提供する体組織……まあ、代表的なものでいえば皮膚だとか髪の毛だとか、血液、唾液、涙に精液があげられる。それらを大量に摂取させるほど、効果が出やすい」

 恐ろしい思いつきの点が、頭のなかで閃光を放ちながら結ばれて線になる。

「まさか、イェシュカの……? マルートとの貿易のことも」

 マルート鋼の不可能と言われていたそれをまとめあげるまで、クラウシフはマルートの大使と非公式に会って話していた。男色を揶揄されるほど、密に。時には人払いしてふたりきりで。

 それから、イェシュカのことだ。あれほど仲睦まじかったビットを捨て、クラウシフに走るなんてよっぽどの恋心があったのだろうと思っていた。あるいは大人の事情が。
 だからあの手紙は、彼女が錯乱して書いた実のないものだと思いたかった。



 ――わたしは、選ばされた。クラウシフ、を。ビットを愛していたのに、クラウシフにそうさせられた。自分の意志じゃないのに、自分の意志だった。自分がわからない、クラウシフにささやかれると、それが自分の望みのように感じてしまうの。あの人はわたしに何をしたの。わたしはどうなってしまったの。



 ――アンデル、あなたと一緒にいると、頭の霧が晴れる。ばらばらになっていた言葉が戻ってくる。あなたは優しい子だから、気持ちが落ち着く。一緒にいるとほっとする。けれども自分の心の矛盾に気づかされて、混乱してしまう。ビットを愛しながら、あの人との将来を誓いながら、なぜわたしはクラウシフと結婚したの? クラウシフを愛していると思い込んでいるの? 困惑する両親を熱心に説き伏せてまでクラウシフと結婚したの? わからない。それともこの思考すら、おかしくなってしまったわたしが勝手にぐるぐる悩んでいるだけなの? もうなにが正しくてなにがおかしいのかわからない。狂ってしまいそう。あるいはもうくるってる? くるってるのはわたし? 



「なぜ、……なぜそんなことを。マルートのことはわかるよ。職務だから。兄さんの立場ならそうせざるを得なかっただろう。でもイェシュカは? 兄さんはイェシュカの心を操ってまで一緒にいたかったの?」

 そうだと言ってくれたら。狂った愛の形だと納得できただろうか。私は、そうでないと、問いかけと同時に答えを見つけていた。心を操ってまでそばにいたい女性だったら、このように事務的に後妻の話しなんかできまい。病に倒れたら親身になって世話をするだろうし、葬儀のときに落ち着き払っていられるとも思えない。

「ひとつ言っておくが。マルートとの交渉でギフトを使ったことはない。ただの一度もだ」

 クラウシフの表情に変化はなかったが、声がわずかに硬くなった気がした。

「……イェシュカのことは否定しないんだね」
「事実だからな」

 胸がぎゅうっと圧迫されるような気がした。息苦しい。喉が急速に乾いていく。 

「シェンケルの当主が認めた男は、儀式をする。儀式は長く続く。
 自分に興味がない女の心を操って妻とし、以後死ぬまでその心をつなぎとめなければならない。それができなくなったとき、その者のギフトは衰えたとみなされる。中途半端な者は秘密のために、当主の判断でギフトを封じる。ギフトに関する知識もあわせてだ」
 
 呼吸が浅い。冷や汗で脇と背中がじっとりしていた。
 頭の片隅で、先程クラウシフが何度も何度も予防線を張ってみせた劇薬扱いのギフトは、たしかに劇薬なのだと理解した。

 誰しも、自分の意志と疑わなかったそれを、外からの感知できない力に選ばされたのだと知ったら不信に陥る。見えない攻撃行動だと思うし、そのとおりだ。人間関係は破綻するし、国同士や、国と国民との信頼関係も崩れる。脅威と嫌悪を感じない人間がいるはずもない。

「僕に、……僕にその適性があるとは思えない」
「あるさ!」

 クラウシフが場違いに明るい声をだしたので、私はびくりと肩をすくめた。

「父上に、俺はこの系譜で十本の指に入るだろう能力を持っていると言われた。それがこのザマだ。
 イェシュカの呪縛は壊れて彼女をいたぶり、死に追い込んだ。定期的に体液の提供もしてきたのに」

 初夜、疲れた顔でキッチンに現れた兄は、終えた後だったということか? 聞きたくもない不健全な夫婦生活が身近にあったというのか。あのとき、正気になんかもどらないであのドアをノックしていたら、あるいはイェシュカは助かった? 

「正直戸惑ったが、……なんてことはない、お前だよアンデル。お前が無意識に垂れ流した魔力で、俺の呪縛を乱していたから、イェシュカは均衡を崩して、死んだ」
「僕?」

 私のせいでクラウシフの企みは破綻し、イェシュカは調子を崩した?

「おいおいなんだその顔は。……覚えがあるだろう? お前が『お願い』といえば、イェシュカだろうがハイリーだろうが、言うことを聞いてくれたんじゃないか?」
「僕は……そんな、つもりじゃ……」
「だろうが、影響を与えていただろうな。自分に好意を持つ相手を操作するのは、比較的容易なんだ。だから、自分に好意を持っていない相手を妻とすることが、儀式――試練なんだよ。それができなくなったら記憶を封印され、普通の男として生きることになる。

 よかったな、お前は、ハイリーを妻にする機会があるぞ。……まあ、ハイリーはお前に情がある点、適切な試練の対象とは言えないが、あいつはギフト持ちのせいか、他の人間より耐久性がやけに高い。俺ではあいつの首を縦に振らせることができなかった。驚きの強情っぱりなんだよ。そういう意味では適切か? いい力試しにはなる。
 さあ、アンデル、どうする? ハイリーを妻にするか、それともどこか他の女を見繕うか。お前が選んでいいぞ」
「僕は、僕は――そんなの嫌だ。ハイリーの心を縛るなんて、できない。したくない。他の女の人にだってそうだ。そんなの、相手への冒涜だ」

 ただ感情任せに返答すると、クラウシフは肩をすくめた。

「であれば免除してやろう。かわりに今の会話は忘却し、二度と思い出せないように封じる。お前のギフトもだ。記憶の隠蔽、改変、消去は対象が廃人になることもあるが、仕方あるまい」

 廃人になる方がまだ好ましい。

 ああ、もしかすると、死ぬ間際の父が突然呆けてしまったのは、そのせいなのだろうか。ギフトが衰えたとみなされて、処置された。
 もうあんな、死期を待つだけの男の記憶を消す必要があったのかとも思うが、徹底しているといえばそうである。父に対してしたのだから、弟の私にもクラウシフは必要な処置をためらいなく施すだろう。

「それから、ハイリーについてだが。やっぱり俺がもらうとする。あいつが結婚する気がないというなら、試練の条件にあてはまるからな。あのころより、俺の腕も上がったはずだ、うまく意志を縛ることができるかもしれない。うまくいかなかったらそのときはそのときだな」
「どうしてそこまでして? ハイリーになにか恨みでもあるの」

 気色ばむ私に、クラウシフは口を歪めた。

「ほしいからに決まってるだろう? 一度目は我慢した。二度目はもう我慢しない。お前には選択肢をやった。じゅうぶん、俺は配慮したと思うが」
「どこが配慮なんだ。理解できない」

 ハイリーとイェシュカへのひどい侮辱でしかない。愛している相手を傷つけてまで手に入れたい、その心境がまったく理解できなかった。たとえその方法が思いついたとしても、実行に移そうとはしない。

 だが、私の心はぐらついていた。

 本当にここでギフトを捨てていいのか?
 自分ではその存在すら感知できてない、未知の力だが、イェシュカのような被害者をもうひとり出さないためには、今ここでギフトとそれに関する記憶を捨ててはいけないのでは。

 ハイリーとイェシュカの、我が家の庭先で微笑みあう姿がにわかに脳裏に蘇る。その姿に、イェシュカのうつろな目の死に顔が重なり、虫の息になった在りし日のハイリーの姿が重なる。雨のなか、物言わぬイェシュカに無言で語りかける喪服のハイリーの横顔が上書きされる。

 ぞわぞわと、恐怖心とともに嫌悪感がわきあがってきた。

 しばらく無言でクラウシフとにらみ合い、私はその言葉を吐き出した。

「……少し、考えさせてほしい」
「いいだろう。ハイリーにするか、別な女にするか、それとも記憶の封印か。後悔しないものを選べよ」

 クラウシフは鷹揚に、夕食のメニューを話題にしたような口調でそう言った。
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