R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#53 ハイリー 破断の音

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 ノックもせずに、クラウシフがドアを開けた。
 天井の真ん中にあるすずらん型の照明だけが点灯していて、部屋の四隅は暗い。カーテンは閉じられ、外は見えない。ベッドの上に白いシーツが盛り上がっていた。アンデルが枕に頭を預け、目をつぶっている。

「アンデル、ハイリーが来てくれたぞ」
「眠っているなら起こす必要はないよ」

 私が小声でたしなめると「もう夕飯だから起きるべきだろ」とクラウシフは部屋に踏み込んだ。後に続く。

 頬をこけさせて、目を閉じているのに疲れ切っているとわかる顔色で、アンデルは眠っていた。寝息は規則正しく弱々しくもない。そのことに安堵した。

「アンデル、起きろ」

 クラウシフの言葉に反応し、アンデルがまぶたを上げた。数度瞬きし、隣に立つ私たちに焦点を定める。黒い目が大きく見開かれた。

「ハイリー……、どうして。どうしてここに? 手紙は、……僕の手紙は、……間に合わなかったの?」

 焦ったように言いながらも、動けないのか彼はベッドに仰向けに寝そべったままだ。

「手紙? もしかしたら行き違いになってしまったのかな。それより大丈夫か? 顔色がよくない。汗がこんなに」

 みるみるうちにアンデルの額には汗が浮き出て、顔色が白くなってきた。今ので興奮してしまったのか。その汗をハンカチで拭ってやる。

「だめだ、すぐに帰って。ここにいては良くないことが」
「落ち着けよアンデル。深呼吸だ」

 クラウシフが苦笑交じりに諭す。アンデルは唇を噛み、ぎゅっと目をつぶると数度深く息を吸っては吐き、おとなしくなった。

「大丈夫だよ、アンデル。クラウシフの呪いは、本人が死ぬだけで、そばにいる人間には影響はない」
「死ぬだけとはなんだ、酷いやつだなお前は。
 まあいい。アンデルの首も拭いてやってくれ。体が冷えちまう」

 促され私はアンデルのシャツのボタンを二つ外し、そのうっすら汗ばんだ肌を拭いてやる。はっとしたようにアンデルが頭を浮かしかけたが、すぐに枕に戻った。大丈夫、気にするな、と笑顔を作ってみせたのだがその意図をちゃんと読み取ってくれたんだろう。

「顔色が悪いな、ちゃんと眠れているの?」
「……眠れ、なくて……」

 絞り出すようなその声に胸が締め付けられる。クラウシフのこと、自分の婚姻のこと、今後のこと、それを考えればゆっくり休めなくて当然だ。

「ハイリー、アンデルがよく眠れるようにキスをくれてやれ。おまじないだ」
「兄さん!」

 そんなものに何の効能もないだろうが、……アンデルの気が休まるなら。照れているのか気色ばんで兄を睨むアンデルの額の髪を手でどけて、そっとそこに唇を落とす。滑らかでひんやりしている。熱はなさそうで安心した。

「よかったなアンデル。なんだよその目は……ああ、足りないって? 俺がいたらそれ以上をハイリーにねだれない? いいさ俺が代わりにねだってやる。ハイリー、悪いな、欲しがりな俺の弟の唇に、お前の口づけをくれないか」
「――クラウシフ!」

 アンデルが顔をさらに白くして、怒鳴った。
 私も躊躇して動きを止める。アンデルの剣幕に驚いた。それだけではなく、私の中の常識がそれに待ったをかけた。

「……いや、それはさすがに。その冗談はかなりたちが悪いぞ」

 さっき私が仕方なく許容したあの行為を、誰彼かまわずすると思われてはたまらない。その先はもっと親密な間柄、恋人や夫婦にのみ許されるべきで、アンデルともクラウシフとも、私はどちらの関係でもない。なによりアンデルにはそれにふさわしい相手が、正式な婚約者がいるのだから。
 睨みつけて、ふざけるなよと視線で語ったつもりだった。

「冗談じゃない。ハイリー、アンデルに口づけろ」

 クラウシフは笑みを捨て去り、真顔で言った。
 なぜ君に命令される?

「悪ふざけはそのくらいにしろ、クラウシフ」

 だが咎める言葉を吐く口とあべこべに、私の手はアンデルの頬に置かれ、そっと顔を近づけていた。
 おかしい。どういうことだ? 
 
「だめだ、……ハイリーだめだっ」

 焦ったように言うのに、アンデルもその場から逃げようとしない。

 違和感が確信に変わる。異常を察し、戦場と同じく自分の身体の損害を確認し、現状の認識を改める。混乱しつつも、速やかに。

 幻術まやかしの類ではない。五感は正常、悪夢にしてはちっとも驚異を感じず、欲望の夢ともいいきれない。前歯で舌先を噛めば鋭い痛みとともに鉄の味がする。
 これは現実だ。
 
 ではなぜ私の身体は意に反して動く? 似た現象を知っている。魔族による服従の呪いだ。体の主導権を奪われる。意識の一部を乗っ取られてそうなるという仮説がある。いつそれをどいつにかけられたか、心当たりがない。

 自分の慢心を悔いてるわずかな間にも、アンデルに唇を押し当てていた。一度ならず、二度、三度と、柔らかい唇同士を合わせる。彼の唇はかさついているが皮膚が薄くてとても優しい触感だ。

「んんっ……はっ……」

 アンデルが苦しげに呻きながらも、私の背に手を添えて自分の方へ引き寄せる。私はベッドに乗り上げて、アンデルの身体をまたいで伸し掛かった。スカートだというのに、布地をからげる。おい、やめろと命じても、体は言うことを聞かない。

 シャツから覗く白い素肌を撫でる。骨が浮いた華奢な体つき。それどころではないというのに、体温に、においに、うっとりしそうになる。

 クラウシフがこちらを見ている。そのことを思い出して現実に引き戻される。

 なに陶酔している、馬鹿者! 戦場だったら即死だ。
 唇を貪り合いながら、できる範囲で確認する。身体のどこかに異物が刺さった様子はない。音による干渉を行う魔族もいるが、ナイトテーブルの上のガラスの水差しの水面は凪いでいる。拒絶の声をあげつつすがりつくアンデルと、彼に襲いかかる私とが歪んで写りこんでいるだけ。光による干渉もありうるが、それらしき光源が室内に見当たらない。
 
 そもそも、幻術による精神撹乱や外的な刺激による精神操作はほとんど私には効かない。唯一、気をつけなければならないのは、効果が比較的大きい毒物による体内への攻撃だが、それさえいずれ分解されてしまうから、長時間の効果はでない。

 ――毒物?

 私はこの家に来て、お茶も口にしていない。唯一口にしたものといえば――。

「クラ、ウシフっ、お前、どういうっ!? なに、した」

 口づけに阻まれきちんとした声にならない。私とアンデルはその間にも、互いの舌を擦り付けあって口の周りを濡らしている。
 クラウシフは首をかしげ、脚を組み替える。

「さて、子供だましの口づけじゃあ、ハイリーを手中に収めることはできない。アンデル、次期当主の勤めを果たせ」
「いや、だ! いやだいやだいやだっ! 兄さん、やめて! お願いだからっ、クラウシフッ!」

 アンデルの手で、ブラウスの前のボタンが引きちぎられた。前を紐で綴じている下着まで嫌な音を立てて裂ける。急に胸元が心許なくなり、総毛立った。男にしては細くて長い指が、私の乳房を鷲掴みし、鈍い痛みが走った。

 自分でしておいて、アンデルがひっと息を呑んだ。

 私は私で、アンデルのシャツを引き裂くようにして前を開け、そのままパンツを引き下ろす。下着ごと。髪と同じ色の陰毛の下に、ゆるく立ち上がったものがあった。それを掴んで、そっと扱き上げる。つるつるしていて温かい。

 いくら経験がないとはいえ、クラウシフが私達になにをさせようとしているのか、わからないわけがない。イズベルとテリウスの血みどろの交接だけでいえば、飽き飽きするほど見せつけられてきた。苦しむイズベルを貫くテリウスが完全な魔族に見える時間だった。あんな忌まわしい行為、と心から蔑んだ。

 それを今、しようとしているのか? 私が? 相手は今にも泣き出しそうな顔をしたアンデルで。――そんな顔をさせたくないのに。

「やめて……っやめてくれっ、ハイリー、ハイリーハイリー! お願いだから、にげて。僕を、……僕を殺して! こんなのだめ」

 目をぎゅっとつぶって、苦しげに吐息をもらして、弱々しくアンデルが呻く。彼の心の緊張と比例するように、私の手の中のものは体積を増し、形を変えつつあった。いつだかテリウスから脇腹に差し込まれた槍に似た形状だ。返しがついて抜けないようになっている。

「アンデル。うるさいぞ。お前がハイリーを不安にさせてどうする、黙ってろ」

 ぐうっとアンデルが唇を噛んだ。皮膚が破れ、血が垂れてくる。

 なぜクラウシフはこんなことを。私達を獣のようにまぐわわせて、なんの意味が。
 見世物として面白がるならともかく、厳格な裁定者の顔でそこに居座るのはなぜだ。

 疑問がぐるぐる頭の中を駆け巡る。
 そして私は自らの手で、スカートの腰の留め具を外してベッドの上に脱ぎ、下着の左右を留める紐を解いた。
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