R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#EXTRA ウェリーナとハイリー(前)

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 ウェリーナは、ドニーの妻だ。十五歳上の彼女の心を、どうやってドニーが射止めたのかまだ教えてもらっていない。酒の席で問い詰めたけれど、ドニーにははぐらかされたし、ウェリーナはつんとして「それを教える必要があるのかしら」と相手にもしてくれなかった。

 ウェリーナは茶色の髪に茶色の目、淡い茶色の肌の典型的なルジット人で、孤児院で働いていた。そこでどういう経緯でかドニーと知り合い、どうも、ドニーが熱烈に言い寄って結婚したらしい。ドニーから、クラウシフのやつがそれに関係しているとも聞いたが、それ以上は知らない。というか、この国に来るまで、ドニーが結婚したことすら知らなかった。水臭い男だ。

 ウェリーナに結婚の経緯を聞きたい。だから私は、街で彼女好みのお酒とつまみを買って、いそいそとドニーの家にやってきた。ドニーは昨日会ったとき、今日からしばらく出張すると言っていたから不在のはずだ。都合がいい。

 私の訪問を喜んでじゃれついてきた子どもたちをようやく寝かしつけた夜半。気前のよいドニーが、いつ来てもいいようにと私専用に空けておいてくれた部屋から、買っておいた酒とつまみを持ち出した。

 ドアをノックして一杯どうかと誘うと、ウェリーナはドアの隙間からちらりと私の手のなかの酒瓶のラベルを見て、いいわよ、といった。よかった。彼女の好みを把握しておいて。この家にいたら、きっといい酒も料理も飽きているだろうが、彼女の真の好物はシスで好まれているにごり酒で、癖が強いのだ。あまり流通してない。手に入れるのには苦労した。

「それで、どういう用件なの」
「用件、というと……」
 
 一杯目のコップを空にしたウェリーナは、切れ長の目でちらりと私を一瞥した。これはあれだ。学舎で厳しいと評判だった講師と同じ目。私もあの人に、提出した小論文を容赦なくめった切りにされて半泣きになった。

「ハイリー。あなたがわたしを個人的に酒の席に誘うなんて、特別な用件があるからとしか思えないわね。いいわよ、答えてあげるから、聞いてごらんなさい。たまには年上らしく、妹分の悩みの相談にものってあげるわ」

 半分まで減った二杯目のコップを上から掴んで、彼女はにやりと片方の頬を上げる。

「あなたに、妹分と思ってもらっていたなんて光栄だ」
「本当は娘といってもいいくらいの年だけどね」
「母より姉のほうが相談しやすいこともある」
「サフィールのこと?」

 ここにくるまでいろいろ考えていたのに、いざそのときになると、どこから切り込んでいいかわからなくなってしまった。酒のコップのフチを、指先でなぞる。

「ドニーに聞いた。指名手配、取り消されたんでしょう?」
「ええ」
「サフィールがどうするか、気になってるのね」
「……ええ」

 昨日、ドニーに呼び出され、そのことを聞かされた。

 気持ちの悪い処遇だというのが、最初の感想である。サフィールに詳しい経緯を聞いたわけじゃないが、集まった断片的な情報を継ぎ接ぎすると、彼がヨルク・メイズの殺害事件と無関係ではないとわかる。

 それが無罪。
 まったくの濡れ衣だと言い出したのだ、レクト・メイズは。自分たちの勘違いだったと。

 おそらく、レクト・メイズにとってサフィールにはまだ利用価値があるのだろう。だから、国に戻ってこいと態度で示したのだ。
 
 サフィールは、どうするだろう。
 たぶん、帰りたいはずだ。この国での生活は自由気ままなものだが、あちらに置いてきたものもたくさんあるからだ。

 そんな彼に、レクト・メイズの腹の中をよく探ってみろということはできる。しかし、私には彼の帰郷を制限することはできない。私は、ただの幼馴染で、しかもそれはアンデル・シェンケルという彼の過去の人生に限ってのことである。

 サフィールからしたら、旅で同行した、ただの顔見知りに過ぎない。私達の関係は変わってしまったのだ。

 炎のあがる細い道で、不届き者たちを切って捨てた私を、気味悪げに見たサフィール。その顔に、私はぴんときた。
 目が覚めたのにどうして連絡をくれない。どうして私を待っていなかった。前線からようやく戻ってきたのに、いつものように喜んでくれない? 再会の抱擁はないのか?
 怯えをにじませた目をし、子どもたちを背にかばって、必死にこちらを睨んでくる。まるで他人だ。そこに解があった。

 ああ、彼はきっと、私のことを忘れてしまったんだ。なにか事情があって、そうしたんだろう。そう思い至ったから、話を合わせて初対面のフリをしてきた。

 けれど、ルジットに来てから話をして、彼が忘れてしまったのがどうやら私のことらしいと気づいて、とても……悲しかった。
 しばらく立ち直れないくらい落ち込んだ。実は夜こっそり泣いた。

 私たちの思い出は、いいことばかりじゃなかった。それは認める。だが、私にとってはかけがいのないものだった。

 やがて、その苦しい記憶――主にクラウシフの阿呆のせいでつくられた、あの最悪の記憶だが――を忘れて、はじめからやり直すことができるのだと、前向きに考えることにしたのだが……。

「まず、確認するけれど」

 ウェリーナが目を細める。

「あなたサフィールのことを好きよね。男として」
「……はい」

 認めて、苦い気持ちになる。

 サフィールがこの屋敷を出ていく前に、二人きりで買い物に行こうと誘われて、逢い引きみたいだなと浮かれて。帰り道に、彼の記憶に話題が移ったから、勇気を出して好きと言ってみたが、ものの見事に流された。完全に私の片想いだと、――眼中にないのだといわれたようなものなのに、私は諦めきれていないのだ。
 あれで懲りないしつこさに、ちょっと自分でも驚いている。

 いや。こういってはなんだが、サフィールだって悪い。あれだけ思わせぶりな手紙とか言葉を、惜しみなく贈ってきて。……私は愚かにも本気にしてしまった。年の差もそれまでの経緯もすっかり忘れて。

「ま、確認するまでもないか。あなた、わかりやすすぎるもの」
「わ、わかっていた?」
「サフィールはどうだか知らないけれどね。いくらなんでも、友人の弟とはいえ犯罪者を庇ってここまで一緒に来て、それからも様子を見に行くなんて、度が過ぎてるわよ」
「……うん」

 素直に認めるのは勇気がいるが、必要なことだろう。コップを机に置いて、うなずいた。

「よくまあ、母親がわりだか姉がわりだかに徹して面倒みてきて、自分の気持ちを言わないわねって思っていたのよ。
 それを今更どうして関係を変えたいなんて思ったのかしら」
「昨日、サフィールからも手紙が来たんだ、ドニーのところに。また引っ越すそうだ。かなり遠くになる。一日じゃ、街との往復も難しい。これまで以上に会えなくなるし……、そうじゃなくても、彼、国に帰るかもしれないから、どうしようと思って」
「ついていけば?」
「事情があってそうできないから悩んでいるの」
「あなたはどうしたいの」
「どうって」
「恋人になりたいの。それとも今のまま? 今のままだったら、簡単よ。なにもしない。それだけ。
 そうじゃないんでしょ」
「……あなたは人を追い詰めるように話すね、ウェリーナ」
「あなたは意外とまだるっこしい話し方をするわね、ハイリー。
 わたしに相談にきたのは、わたしが女で既婚者だから? 男でもよければ、より親しいドニーの方へ相談へいくでしょうし。ああ、それだけじゃなくて、年の差、気にしてるのかしら」
「そういうわけじゃ……はい。気になります」

 眉を片方だけ高くあげられて、私は即座に認めた。相談するには正直に打ち明けなければならない。

 つまり私はわりと、切羽詰まっていたのである。
 このままサフィールと、姉と弟の関係のままやっていく踏ん切りがつかない。

 彼に会いに行ったときの時間が名残惜しい。なぜか海際ばかりを選ぶサフィールの住処、その近くの波打ち際で立ち尽くしていると、彼も必ず隣にやってきて無言で海を眺める。手を伸ばせば届くのに、互いになにもしない。私だけがそわそわしている。

 一緒にいると気持ちが明るくなるから、彼の家を後にするのは辛い。それがわかっているのにもう行かないという選択肢はないのだ。かといって、姉役に徹することもできそうにない。そうするのは、辛い。辛いのだ。

「簡単に決着が付く方法があるわ。とくにサフィールみたいな真面目そうな男には有効な手が。年の差が気になっていて、素直に言い出せないのなら、行動で示せばいい。
 だめかいけるか、すぐにわかる」
「教えてほしい」
「夜這いよ」
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