R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#EXTRA ウェリーナとハイリー(後)

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「いや、無理」

 もしや、酒がまわっているのか?
 ウェリーナは、顔が赤くもなければ目が潤んだりもしてない。正気のように見える。

「もしあなたのことをまったくそういう対象だと思っていないなら、サフィールはきっと乗ってこないわ。そういう男でしょう、あの子は。やけに真面目で重く考えがち。だからこそ、責任がとれないことはしないし、やってしまったら絶対に責任をとる」
「もし……その場で無理だなとわかったら、私はどうすればいい。立ち直れなくなりそうだ」
「あなたね、兵士だったのでしょう、ハイリー。背水の陣という言葉、知ってる?」
「常に退路を考えて行動するようにしてきたんだよ」

 ウェリーナはいつになく上機嫌だ。表情はいつもとかわらないのに、饒舌になっている。

「じゃあ諦めるのね。国に帰るサフィールを、ちゃんとお見送りする」

 想像するだけで泣きたくなる。不毛な問答をしている自覚はある。

「……本当に帰りたい彼を、私が気持ちを押し付けて引き止めることになったら、それも申し訳ないよ……」
「それも含めて、あの子の判断でしょう。ま、いいわ。実行するかどうか、それはあなたの判断に任せる」
「ウェリーナ、その戦法は、ドニーに試した?」
「さあどうかしら」

 しらばっくれた彼女はまたコップを煽った。話が弾まない。イェシュカのように、恋の話に盛り上がるような人じゃないのだ。

 私もコップを掴む。苦味の強い、そして臭みも強いその酒をちびりと舐める。美味しいとは思えない。だが、呑みたい気分だった。ギフトがあったときはちっとも酔えなかったのに、今では酒に酔う気持ちよさを知ってしまった。

「わたしね、サフィールを引き取るのだけは、反対だったの。夫はそうではなかったようで、口論になったわ」

 ウェリーナは私の視線なんかおかまいなしに、かっとコップを煽って、皿に載った可愛い色合いの焼き菓子をつまむ。苦い酒に甘いお菓子が彼女の好みなのだ。

「わたし、孤児院で働いていたの。ドニーから聞いてる?」
「ええ、それは聞いた。そこで彼と出会ったのだと。どういう出会いか教えてほしいな」
「孤児院にいると、そこそこの子どもが、親が犯罪して養えなくなったからと施設送りにされてくるのよ。国外で罪を犯し、戸籍管理がゆるいルジットに逃げ込んできたけれど、やっぱり育てきれなくなったという子が一定数いる」

 ウェリーナは私の問いかけを華麗に無視して話を進める。私はそれに耳を傾けた。

「親のなかには、殺人を犯した者もいた。それで心を病んで子どもを手放し、懺悔していく人たちもいたわ。
 逆に、親を殺されてわたしの元にたどり着く子たちもいた。私自身、親を殺されて施設に送られた口だわ。
 色んな事情があるとはわかっているけれど、人殺しほど愚かで罪深く、憎らしいものはないと思ってきた。今だってそう思う。だからサフィールのこと、どんな事情があったにせよ、……たとえ実の兄が謀殺されたと知っていても、受け入れたくなかったわ。だって彼は、自分の手を汚したときに、同じ立場に自ら落ちたのよ、兄を殺した人と。そしてユージーンたちを祖国から連れ出す原因になった。ろくな人間じゃないってわかっていた。償いもせずに逃げてきたのよ。
 ……ドニーには、あの子が償いの最中だと言われたけれど、納得できなかった。
 ドニーは目が曇っている。死んだ友達に騙されている、と」

 違う、それがすべてじゃないんだ。口をついて出そうになったが、ウェリーナがまだ話しつづける気配があって、私は口をつぐんだ。

「サフィールがここを出ていくとき、背中を小さくしてとぼとぼ歩いていったでしょう。ドニーの申し出を断って、もう、あの子はどこにも居場所がない。そう気づいたわ。たぶん、あの子は自分の手を汚す前に、それに気づいていたと思うのよ。そこまで馬鹿じゃなさそうだし。
 それでもそうしなければならない事情があったのかもしれない。
 あの日、振り返らないでここを出ていったあの子を見て、ようやくそれを思いついたわ。あの子はあの子なりの方法で償うつもりだし、自分の罪を認めているのかもしれない。
 誰だって、のんきにぬくぬく、なんの心配もなく大好きな人と暮らしたい。ただしそうできない人もいる」
「ウェリーナ……」
「償いの方法はいろいろある。それは善行を積むより厳しいはずよ。ひとりじゃ成しえない償いだってあるでしょう。心が折れてやけっぱちになってしまえば、なにもできない。
 あなたといたら、もしかしたら、サフィールの償いはまっとうできるかもしれない。誰かがそばにいてくれる、見捨てられたんじゃないと安心できるのは、本当に大きなことよ。最大限の力を発揮できるようになることもある。
 わたしはそれを孤児院で学んだわ。
 サフィールは、大変な思いをしてこんな南の僻地まで逃げてきたんだから、掴み取れるものはちゃんと掴んでおいたほうがいい。それはあなたにも言えること」

 私がただの傷痍軍人でないということを、彼女はドニーから聞いているのかもしれない。それはどうだっていいことだ。
 大切なのは、単刀直入に話すのを好むウェリーナが、言葉を重ねて私に伝えようとしてくれていることだ。

「あの子のそばにいたいなら、覚悟が必要よ。あなたにはそれがあるの? あるなら実行するだけよ」
「……それで夜這いというのも極端過ぎない?」

 テーブルの下で脚を蹴られ、つい吹き出してしまった。

「でもありがとう。……うん、ありがとう、ウェリーナ。あなたに相談してよかった。私に姉はいなかったけれど、もしいたとしたらこんな感じだったのかな。そうだったらよかったのに」

 ウェリーナは肩をすくめた。ぱくぱくとお菓子を摘んで口に放り込んでいく。

「成果があったらちゃんと報告しなさいな」
「うーん……それは恥ずかしいな。フラれたときは慰めてくれると約束してくれる?」
「気分しだいだわ。そもそもあなた、今まで男はいなかったの? 軍で働いていたなら、周りに男なんていっぱいいたでしょうに。よりどりみどり、つまみ食いだってし放題じゃない。もしかして、ああいう貧弱なのが好きなの?」
「私をレディとも思わない無礼者ばっかりだった。こっちから願い下げだ」
「じゃあ、国にいたとき、サフィールといっさいそういう雰囲気にならなかったわけ? プーリッサ人はためしに一夜過ごしてみるということもしないで結婚するというのは本当?」
「後者はまあ、たいてい、そうだね……。サフィールとは……その、色々と気まずいことがあって」
「なにそれ、ちゃんと聞かせなさいよね」
「く、食いつくね、ウェリーナ」

 私はたじたじになって、身を後ろに引いた。彼女はむしろ前傾姿勢で距離を詰めてくる。こわい。

「もしかして、こういう話が好きなの?」
「大好物よ。当たり前でしょ」

 思わず、笑ってしまったが、にじり寄られ、私は笑顔を引っ込めた。聞く相手を間違えたかもしれない。
 遅まきながら、退路がないことに気づいて、震え上がった。
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