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#EXTRA 別れと祝福の花祭り(後)
しおりを挟む「僕とハイリーは結婚することにしたよ」
屋敷に帰って、着替えて落ち着き、居間で揃って花茶を味わっていたときのこと。
突然の申告は、ジェイドにとって、雷に撃たれるに等しい衝撃だったようだ。弟はかしゃんと派手な音をたててカップを取り落とし、ぽかんとした顔で隣のハイリーを見上げていた。ハイリーはにこっとしたが、彼女のその笑顔を見るなり、ジェイドは顔を曇らせて、部屋を出ていってしまった。
「あ、ジェイド?! ……まいったね、サフィール。歓迎されてないかな」
ハイリーはちょっと心配そうに腰を浮かしたけれど、サフィールに手で制されて、またソファに身を沈めた。
かわりに僕が立ち上がって、ジェイドを追いかけた。大丈夫? という視線を送ってくるサフィールに、同じく視線で大丈夫と返事をして。
ジェイドは階段裏の物置で小さくなっていた。かくれんぼのときに彼が必ず選ぶ場所だ。
「ジェイド、みんな心配してるよ」
「……戻りたくない。会いたくない」
「ハイリーのこと? 寂しい?」
ジェイドは首を横に振って否定したが、僕は確信していた。だって、僕も寂しいんだ。嬉しいことのはずなのに。あの大好きなふたりが、結婚するって素敵なことだとわかっているのに。二人揃って僕らの手の届かないところへ行ってしまうような気がしてとても寂しい。
でも、これまで、あの二人が結婚したらいいのになぁ、なんて、おせっかいなことを考えていたのも事実だ。
サフィールは、ハイリーといるとき、心の底から安心したような顔をしているし、ハイリーもサフィールといるときは安らいだ声になる。ふたりとも、一緒にいて心地いいんだろう。だったら、あの二人は一緒にいるべきなんだ。いつかはそう落ち着くんじゃないかって、予想していた部分もある。
気持ちが落ち着くまで、しばらくそっとしておこうと、ジェイドを彼の部屋に連れて行ったあとお茶だけ運んであげて、僕は居間に戻った。失恋につける薬を、まだ僕は知らない。
祝福の言葉をもらい顔をほころばせたハイリーが、ドアをくぐった僕を心配そうに見たから、僕はサフィールにしたように目で大丈夫と伝えた。そしてジェイドが抜けて空いたハイリーの隣の席に、腰を下ろした。
「ふたりとも、おめでとう。よかった」
「ユージーン、君は祝福してくれるんだね」
ハイリーがぎゅっと抱擁してくれたから僕もお返しする。
「ジェイドだって、反対じゃないんだよ。びっくりしただけで。僕は、びっくりしなかっただけ」
「びっくりしなかったの?」
首を傾げた彼女の赤い髪が、さらさらと肩に流れる。お母さんのお葬式の日、雨に似合わないこの強い色の髪を黒い帽子に押し込んで、黙祷していたハイリーを、僕は忘れてない。
葬列を追いかけた僕が、心配になって振り返って見た、サフィールの――アンデルの――腕をとって励ますように誘導するハイリーの姿も、おぼろげながら覚えている。
ルジットまでの道中で合流してから、あのときの彼女がハイリーだって確信するまでには、ちょっと時間がかかったけれど。むしろどうしてサフィールが、ハイリーのことを忘れていたんだろうって不思議で仕方ない。
ただサフィールが、一緒にいるうちにどんどんハイリーと親しくなっていくのを見ていたら、ああ、やっぱりなと思ったんだ。
「だってふたりとも、お互いのこと、大好きだったでしょう」
当たり前のことを言っただけなのに、どうしてふたりともびっくりして顔を見合わせるんだろう。
たぶん、僕の言ったことは、ほかのみんなだってわかっていたはずなんだ。だって、ウェリーナなんか声をあげて笑ってるし、ドニーだって口を手で覆って必死に笑いを噛み殺している。ジュリアンも否定しない。
「そんなふうに見えた?」
気まずそうに、ハイリーが髪をかきあげる。そんなふうに照れている彼女を見るのは初めてで、むしろそっちに僕はびっくりしてしまった。いつだって、ハイリーはなににも動揺しないと思っていたから。
助け舟のように、サフィールが口をはさむ。
「うん。そうだね。僕はずっとハイリーのことが大好きだったんだよ、よく見てたねユージーン。君も観察が得意かな」
「うーん、苦手じゃないけどつまんなくて嫌い」
苦笑して、サフィールが僕の肩をぽんと叩く。こっちの表情も、僕がはじめて見るものだった。こんなふうに、ゆったり構えているサフィールを見たことはない。なのに、既視感がある。
優しいけれど、繊細でどこか神経質な気がしていたのに、どうしてか、……お父さんに少し似てると思ってしまった。兄弟だから、髪や目の色は一緒だ。ただし顔の造作も体型も似てない。
それなのになぜかそう思う。
サフィールとハイリーの間に、なにかあったんだと思う。それがあったから結婚するのか、結婚するからそうなったのかわからないが、悪い影響じゃない。僕はいっそう、祝福の気持ちを強くした。
「ねえふたりとも、これからはもっとうちに遊びに来てくれる?」
ジュリアンが甘えた口調でそうねだれば、サフィールはこくりとうなずいた。
「ドニーたちがよければね。毎年、君たちの誕生日と、この花祭りは一緒に過ごせるといいなと思っているよ」
「あらいやだわ、これで断ったら、私が冷たい女みたいね。私はこれから新生活をはじめる新妻に、ちゃーんと役に立つアドヴァイスをしてあげるほど情の深い、いい女よ」
「それはよくわかっています」
お母さん――ドニーの妻のウェリーナのことで、僕らの生母ではない――が、つんと顎を上げて言って、サフィールが肩をすくめる。ならばよろしい、敬いなさい、というお母さんの冗句で、場がわっと盛り上がった。
ハイリーの隣で笑いながら、僕は思う。
来年も、またこうして一緒に笑っていたいな。そのときまでに傷心のジェイドが、新しい恋をみつけてくれるといいんだけど、と。
ふとドアのほうから視線を感じた。細く開いた隙間から、ジェイドがじっとこっちを見ている。手招きすると、おずおずと僕のところまでやってきて、隣に座った。
「ジェイド、お腹でも減った?」
ハイリーの言葉を無視して、ジェイドはぎゅっと僕の肩に顔を埋める。そして僕だけに聞こえる声で言った。
「……ふたりともおめでとう、だって」
辛くてもやっぱりふたりに会いたくて部屋から出てきた意地っ張りな弟は、言わないでよお兄ちゃんと僕の背中をばちんと叩いて、もっと顔をぐりぐり肩に押し付けてきた。
じゃあなんのためにわざわざ来たんだよ、って僕がつい、本音をもらすその前に、サフィールが腕を伸ばしてジェイドの頭をぽんぽんと叩く。
ジェイドに力いっぱい掴まれた僕の手が痛む。僕はそれを我慢した。
おそらくそう長くないうちに、ジェイドはサフィールに飛びつくだろう、抱きしめてほしくて。そうわかっていたからだ。
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