平和な世界に復讐を

清懺歌

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一章

業火

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 やがて肌寒い冬の季節が訪れる。
 エゴはライオットが熟睡したことを確認すると、音を立てないように部屋の扉を開いた。幸い、いつも見回りをしているシスターは既に見回りを終え、部屋で寝ている。
 彼女が足音を立てずに向かった先は、この時間帯には誰もいるはずのない教会。
 そっと、極力音を立てずに教会の扉を開く。偶像の前には神様に祈りを捧げる男の姿があった。
「……あぁ、来てくれたんだね。エゴ」
 爽やかな顔立ちの男。暗闇でも分かる微笑みに、エゴの胸はとくんと高鳴った。
「ごめんなさい。こんな夜遅くに貴方を呼び出して……」
「構わないさ。俺はどうやらシスターに嫌われているようだからね。それより、部屋には見張りがいたんじゃないのか?」
「大丈夫。弟は既に寝ていたし、シスターにもバレていないわ」
 それはよかった、と男は自分よりも小さいエゴの体を抱き寄せる。
「ずっと会いたかったよ、エゴ」
 その甘い言葉に、エゴは嬉しくなって「あたしも」と男の背に腕を回した。
「本当は君と毎日会いたいけれど、そうはいかないよね。神様が許しても、君の親代わりであるシスターが許してくれない」
「神様やシスターなんてどうでもいい。あたしは貴方が許してくれるならそれでいいの」
 初めての恋にエゴは周囲が見えなくなっていた。そして極めつけには、全てを投げ出してもいいと発言する。
「本当に?俺のために全てを投げ出してくれるのか?」
「えぇ、もちろんよ」
 すると男はニヤリと口角を上げ、エゴの耳に手入れをされた長い髪をかけた。そして、彼女の小さくて白い耳元に妖しい唇を寄せる。
「だったら、この教会を燃やしてしまえばいい。そうしたら俺が君を連れ去ってあげる」
 耳にかかった吐息が、エゴの身体を無意識にぴくんとさせる。
 正常な彼女なら、ここでだめよと発言できたかもしれない。しかしこの男は誠実な仮面を被り、何人もの女を誑かしてきた遊びのプロ。穢れを知らないエゴを言葉で操ることなど造作もなかった。
「……分かったわ。それで貴方と一緒にいられるなら、あたしはなんでもする」
「そうか。俺のことをそんなに想ってくれるなんてとても嬉しいよ」
 男はエゴの額にご褒美としてキスを送る。
 腹の中では、女なんて所詮こんなものだと鼻で笑いながら、自分に好意を寄せているエゴを嘲笑っていた。

 窓から赤い光が灯る。
 その眩しさに、ライオットは眠気眼で窓の外を確認した。
 教会から立ち込める黒い煙と、赤い炎。その足元にはシスターが近所の人たちと一緒に消化活動を試みていた。
 一瞬の間、やがて全てを理解したライオットは自分を襲っていた眠気を吹っ飛ばして、すぐに教会の方へ向かっていた。
 ごおごおと音を立てる炎の近くでは息がしにくい。ライオットに気がついたシスターは、驚愕した様子で彼の肩を掴んだ。
「エゴは!エゴは部屋にいるの?」
「姉ちゃんは……」
 ライオットは言葉に詰まる。
 なんせ彼は今の今まで眠っていたのだ。
 教会が燃えていること知り、慌てて駆けつけたため、とてもエゴが部屋にいるかなど確認する余裕はなかった。
 子どもたちも不安そうな顔で燃え盛る教会を見つめる。
 その中にエゴがいるのではないかと目だけを動かして探してみるが、それらしい姿は無かった。
 不意に、教会を囲む森に人影が通り過ぎていくのが見えた。
 ライオットはシスターの手を振り払い、その影のあとを追う。シスターが何か叫んでいた気がしたが、その言葉を彼が理解することは無く、森の中を駆ける人影を懸命に追いかけた。
 火事の灯りで一瞬しか顔が見えなかったが、あれは間違いなく姉のエゴだった。
「姉ちゃん!」
 ライオットは影にそう叫ぶ。
 しかし影は立ち止まらず、気がつけば森を抜け、マニリア王国の都市に出ていた。
 森の中にある教会とは違い、夜もきらきらと光るその都市はとても幻想的だったが今はそんな光景を楽しんでいる場合じゃない。
「姉ちゃん、待ってよ姉ちゃん!」
 都市に出てようやくその姿がハッキリと見えるようになり、追いかけていた影が完全にエゴだと認識出来た。ライオットは都市に紛れようとする彼女から目を離さない。
「なんで逃げるの姉ちゃん!僕は姉ちゃんの味方だよ!」
 舗装された地面を蹴る。
 彼は理解していた。
 教会に火を放ったのはエゴだと。
 そして、シスターに怒られるのが嫌だから逃げているのだと。
「僕も一緒に謝るから、シスターにごめんなさいって言おうよ!姉ちゃん言ってたじゃん!神様が嫌うのは悪いことをしてもそれを認めず嘘をつくことだって!逃げることは、嘘をつくことと同じなんじゃないの?」
 ライオットの言葉に、路地裏でエゴはピタリと足を止めた。いや、正確にはライオットの言葉で止まったのではなく、行先に壁があったからだろう。
 エゴを追い詰めたライオットはゆっくりと彼女に近づく。
「姉ちゃん……」
 教会から森を抜けて都市まで姉を追いかけてきたのだ。
 呼吸は乱れたまま、喉元から鉛のような味がする。
 そんな弟の心配をする訳でもなく、エゴはゆっくりと嫌悪のこもった瞳でライオットの方を振り返った。
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