5 / 18
一章
業火
しおりを挟む
やがて肌寒い冬の季節が訪れる。
エゴはライオットが熟睡したことを確認すると、音を立てないように部屋の扉を開いた。幸い、いつも見回りをしているシスターは既に見回りを終え、部屋で寝ている。
彼女が足音を立てずに向かった先は、この時間帯には誰もいるはずのない教会。
そっと、極力音を立てずに教会の扉を開く。偶像の前には神様に祈りを捧げる男の姿があった。
「……あぁ、来てくれたんだね。エゴ」
爽やかな顔立ちの男。暗闇でも分かる微笑みに、エゴの胸はとくんと高鳴った。
「ごめんなさい。こんな夜遅くに貴方を呼び出して……」
「構わないさ。俺はどうやらシスターに嫌われているようだからね。それより、部屋には見張りがいたんじゃないのか?」
「大丈夫。弟は既に寝ていたし、シスターにもバレていないわ」
それはよかった、と男は自分よりも小さいエゴの体を抱き寄せる。
「ずっと会いたかったよ、エゴ」
その甘い言葉に、エゴは嬉しくなって「あたしも」と男の背に腕を回した。
「本当は君と毎日会いたいけれど、そうはいかないよね。神様が許しても、君の親代わりであるシスターが許してくれない」
「神様やシスターなんてどうでもいい。あたしは貴方が許してくれるならそれでいいの」
初めての恋にエゴは周囲が見えなくなっていた。そして極めつけには、全てを投げ出してもいいと発言する。
「本当に?俺のために全てを投げ出してくれるのか?」
「えぇ、もちろんよ」
すると男はニヤリと口角を上げ、エゴの耳に手入れをされた長い髪をかけた。そして、彼女の小さくて白い耳元に妖しい唇を寄せる。
「だったら、この教会を燃やしてしまえばいい。そうしたら俺が君を連れ去ってあげる」
耳にかかった吐息が、エゴの身体を無意識にぴくんとさせる。
正常な彼女なら、ここでだめよと発言できたかもしれない。しかしこの男は誠実な仮面を被り、何人もの女を誑かしてきた遊びのプロ。穢れを知らないエゴを言葉で操ることなど造作もなかった。
「……分かったわ。それで貴方と一緒にいられるなら、あたしはなんでもする」
「そうか。俺のことをそんなに想ってくれるなんてとても嬉しいよ」
男はエゴの額にご褒美としてキスを送る。
腹の中では、女なんて所詮こんなものだと鼻で笑いながら、自分に好意を寄せているエゴを嘲笑っていた。
窓から赤い光が灯る。
その眩しさに、ライオットは眠気眼で窓の外を確認した。
教会から立ち込める黒い煙と、赤い炎。その足元にはシスターが近所の人たちと一緒に消化活動を試みていた。
一瞬の間、やがて全てを理解したライオットは自分を襲っていた眠気を吹っ飛ばして、すぐに教会の方へ向かっていた。
ごおごおと音を立てる炎の近くでは息がしにくい。ライオットに気がついたシスターは、驚愕した様子で彼の肩を掴んだ。
「エゴは!エゴは部屋にいるの?」
「姉ちゃんは……」
ライオットは言葉に詰まる。
なんせ彼は今の今まで眠っていたのだ。
教会が燃えていること知り、慌てて駆けつけたため、とてもエゴが部屋にいるかなど確認する余裕はなかった。
子どもたちも不安そうな顔で燃え盛る教会を見つめる。
その中にエゴがいるのではないかと目だけを動かして探してみるが、それらしい姿は無かった。
不意に、教会を囲む森に人影が通り過ぎていくのが見えた。
ライオットはシスターの手を振り払い、その影のあとを追う。シスターが何か叫んでいた気がしたが、その言葉を彼が理解することは無く、森の中を駆ける人影を懸命に追いかけた。
火事の灯りで一瞬しか顔が見えなかったが、あれは間違いなく姉のエゴだった。
「姉ちゃん!」
ライオットは影にそう叫ぶ。
しかし影は立ち止まらず、気がつけば森を抜け、マニリア王国の都市に出ていた。
森の中にある教会とは違い、夜もきらきらと光るその都市はとても幻想的だったが今はそんな光景を楽しんでいる場合じゃない。
「姉ちゃん、待ってよ姉ちゃん!」
都市に出てようやくその姿がハッキリと見えるようになり、追いかけていた影が完全にエゴだと認識出来た。ライオットは都市に紛れようとする彼女から目を離さない。
「なんで逃げるの姉ちゃん!僕は姉ちゃんの味方だよ!」
舗装された地面を蹴る。
彼は理解していた。
教会に火を放ったのはエゴだと。
そして、シスターに怒られるのが嫌だから逃げているのだと。
「僕も一緒に謝るから、シスターにごめんなさいって言おうよ!姉ちゃん言ってたじゃん!神様が嫌うのは悪いことをしてもそれを認めず嘘をつくことだって!逃げることは、嘘をつくことと同じなんじゃないの?」
ライオットの言葉に、路地裏でエゴはピタリと足を止めた。いや、正確にはライオットの言葉で止まったのではなく、行先に壁があったからだろう。
エゴを追い詰めたライオットはゆっくりと彼女に近づく。
「姉ちゃん……」
教会から森を抜けて都市まで姉を追いかけてきたのだ。
呼吸は乱れたまま、喉元から鉛のような味がする。
そんな弟の心配をする訳でもなく、エゴはゆっくりと嫌悪のこもった瞳でライオットの方を振り返った。
エゴはライオットが熟睡したことを確認すると、音を立てないように部屋の扉を開いた。幸い、いつも見回りをしているシスターは既に見回りを終え、部屋で寝ている。
彼女が足音を立てずに向かった先は、この時間帯には誰もいるはずのない教会。
そっと、極力音を立てずに教会の扉を開く。偶像の前には神様に祈りを捧げる男の姿があった。
「……あぁ、来てくれたんだね。エゴ」
爽やかな顔立ちの男。暗闇でも分かる微笑みに、エゴの胸はとくんと高鳴った。
「ごめんなさい。こんな夜遅くに貴方を呼び出して……」
「構わないさ。俺はどうやらシスターに嫌われているようだからね。それより、部屋には見張りがいたんじゃないのか?」
「大丈夫。弟は既に寝ていたし、シスターにもバレていないわ」
それはよかった、と男は自分よりも小さいエゴの体を抱き寄せる。
「ずっと会いたかったよ、エゴ」
その甘い言葉に、エゴは嬉しくなって「あたしも」と男の背に腕を回した。
「本当は君と毎日会いたいけれど、そうはいかないよね。神様が許しても、君の親代わりであるシスターが許してくれない」
「神様やシスターなんてどうでもいい。あたしは貴方が許してくれるならそれでいいの」
初めての恋にエゴは周囲が見えなくなっていた。そして極めつけには、全てを投げ出してもいいと発言する。
「本当に?俺のために全てを投げ出してくれるのか?」
「えぇ、もちろんよ」
すると男はニヤリと口角を上げ、エゴの耳に手入れをされた長い髪をかけた。そして、彼女の小さくて白い耳元に妖しい唇を寄せる。
「だったら、この教会を燃やしてしまえばいい。そうしたら俺が君を連れ去ってあげる」
耳にかかった吐息が、エゴの身体を無意識にぴくんとさせる。
正常な彼女なら、ここでだめよと発言できたかもしれない。しかしこの男は誠実な仮面を被り、何人もの女を誑かしてきた遊びのプロ。穢れを知らないエゴを言葉で操ることなど造作もなかった。
「……分かったわ。それで貴方と一緒にいられるなら、あたしはなんでもする」
「そうか。俺のことをそんなに想ってくれるなんてとても嬉しいよ」
男はエゴの額にご褒美としてキスを送る。
腹の中では、女なんて所詮こんなものだと鼻で笑いながら、自分に好意を寄せているエゴを嘲笑っていた。
窓から赤い光が灯る。
その眩しさに、ライオットは眠気眼で窓の外を確認した。
教会から立ち込める黒い煙と、赤い炎。その足元にはシスターが近所の人たちと一緒に消化活動を試みていた。
一瞬の間、やがて全てを理解したライオットは自分を襲っていた眠気を吹っ飛ばして、すぐに教会の方へ向かっていた。
ごおごおと音を立てる炎の近くでは息がしにくい。ライオットに気がついたシスターは、驚愕した様子で彼の肩を掴んだ。
「エゴは!エゴは部屋にいるの?」
「姉ちゃんは……」
ライオットは言葉に詰まる。
なんせ彼は今の今まで眠っていたのだ。
教会が燃えていること知り、慌てて駆けつけたため、とてもエゴが部屋にいるかなど確認する余裕はなかった。
子どもたちも不安そうな顔で燃え盛る教会を見つめる。
その中にエゴがいるのではないかと目だけを動かして探してみるが、それらしい姿は無かった。
不意に、教会を囲む森に人影が通り過ぎていくのが見えた。
ライオットはシスターの手を振り払い、その影のあとを追う。シスターが何か叫んでいた気がしたが、その言葉を彼が理解することは無く、森の中を駆ける人影を懸命に追いかけた。
火事の灯りで一瞬しか顔が見えなかったが、あれは間違いなく姉のエゴだった。
「姉ちゃん!」
ライオットは影にそう叫ぶ。
しかし影は立ち止まらず、気がつけば森を抜け、マニリア王国の都市に出ていた。
森の中にある教会とは違い、夜もきらきらと光るその都市はとても幻想的だったが今はそんな光景を楽しんでいる場合じゃない。
「姉ちゃん、待ってよ姉ちゃん!」
都市に出てようやくその姿がハッキリと見えるようになり、追いかけていた影が完全にエゴだと認識出来た。ライオットは都市に紛れようとする彼女から目を離さない。
「なんで逃げるの姉ちゃん!僕は姉ちゃんの味方だよ!」
舗装された地面を蹴る。
彼は理解していた。
教会に火を放ったのはエゴだと。
そして、シスターに怒られるのが嫌だから逃げているのだと。
「僕も一緒に謝るから、シスターにごめんなさいって言おうよ!姉ちゃん言ってたじゃん!神様が嫌うのは悪いことをしてもそれを認めず嘘をつくことだって!逃げることは、嘘をつくことと同じなんじゃないの?」
ライオットの言葉に、路地裏でエゴはピタリと足を止めた。いや、正確にはライオットの言葉で止まったのではなく、行先に壁があったからだろう。
エゴを追い詰めたライオットはゆっくりと彼女に近づく。
「姉ちゃん……」
教会から森を抜けて都市まで姉を追いかけてきたのだ。
呼吸は乱れたまま、喉元から鉛のような味がする。
そんな弟の心配をする訳でもなく、エゴはゆっくりと嫌悪のこもった瞳でライオットの方を振り返った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~
RIU
ファンタジー
「君には今月いっぱいで席を空けてもらいたい」 42歳、独身、社畜。会社のために尽くしてきた柏木誠は、理不尽な理由でリストラされた。 絶望の中、雨の神社で野良猫を助けた彼は、不思議な光と共に【確率固定】という異能――「無意識に正解を選び続ける豪運」を手に入れる。
試しに買った宝くじは10億円当選。 復讐心に燃える元上司を袖にし、元天才投資家の美女をパートナーに迎えた柏木は、その豪運で現代社会を無双していく。
「俺の選択に間違いはない。なぜなら、確率の方が俺に合わせるからだ」
枯れたおじさんが資産と余裕を手に入れ、美女たちに頼られながら、第2の人生を謳歌する痛快サクセスストーリー!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる