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妖狐の里編

9話 龍の試練

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 温泉、それは癒やしの場所。
 温泉、それはまさに天国。

「ルカ!温泉は最高だぞ!」

 脱衣所で俺はもう待ちきれなかった。久しぶりの温泉だ。

「イーナ様、そんなにうれしいの?」

 そりゃそうだ、何せ久しぶりにゆっくりとくつろげるのだから。
 ここまで歩いてきた疲れも吹き飛ぶってものよ。

 俺は着ていた服をぱっと脱ぐと、タオルを肩にかけ、意気揚々と温泉に向かった。
 しかし、脱衣所の扉を開けると、なにやら温泉が騒がしい。

 何かあったのか……?

「イーナ様!タオル!丸見え!」

 後からタオルを巻いて出てきたルカが叫ぶ。
 そうすっかり失念していたのだ。
 龍神族の里の温泉は混浴であった。


……………………………………………………………………


「やらかした……」

 温泉に顔を埋め、俺は呟く。
 別に裸に抵抗があるわけではなかったが、なにやら無性に恥ずかしかった。

「イーナ様、元気出して……」

 一緒に温泉に入っていたルカはなんだか気まずそうに、俺を励ましてくれた。
 もう過ぎてしまったことよ……
 今更気にしても仕方無いな、うん!

 しかし、温泉は最高だ。疲れが一気に抜けていく。
 ビバ!龍神族の里!


「ふいー良いお湯だった!」

 脱衣所で火照った身体を冷ます、この瞬間までもが最高である。

「イーナ様いつも髪下ろしてるでしょ!せっかく可愛いのにもったいないよ!ルカが髪結んであげる!」

 そう言うと、ルカは俺の髪を束ねはじめ、後ろで結んでくれた。いわゆるハーフアップって言うやつだ。

「おお!この髪型可愛いな!」

 鏡に映る自分の姿をいろんな角度で見てみる。
 いやーなかなか可愛いな!俺!

 そんな様子をルカは微笑ましく見ていてくれた。


 温泉をでると、テオとファニフシータは俺達を待っていてくれた。
 
 ファニフシータとは龍神族の長であり、雪山で俺達が出くわした龍である。龍神族は普段は人間の姿でいるらしい。その髪は白く、みな鍛え抜かれた容姿をしている。その中でも特に、ファニフシータは長とも言うだけあり、別格のオーラを放っていた。その鎧、腰元に美しく輝く2本の剣の似合う様は、まさに英雄と言っても差し支えがないだろう。しかし、最近はもう身体もきついそうで、息子に族長を譲るつもりとのことだ。

 ファニフシータの親が長だった頃、つまり先代の時は、よく麓まで下りサクヤと手合わせをしていたらしい。時には森を吹き飛ばした事もあるとか……戦闘狂は恐ろしい。

 長が代わってからは里を離れるわけにも行かず、久しぶりの再会だったようだ。

「イーナ、ルカよ!温泉はどうだったかな?」

「最高でした!いつまででも入っていたいくらい……」

 そう言うと、ファニフシータは笑っていた。

「いろいろとテオから話は聞いたぞ。おぬし龍鉱石がほしいのだな?」

 テオは温泉は苦手らしく、外で待っていた。その間にいろいろと話していたのだろう。

「そうです。妖狐の里は鉱石に関する技術はまだまだ不足していて……」

「おぬしは今や九尾、是非とも旧友の為に力を貸そうじゃないか。ただし、少しお願いがあるのだ」

「おぬしが獣医師であるときいた。最近、身体の節々が痛くて、困っているのだ。なんとかならんか?」

 老化なのでは……と俺は思ったが、ファニフシータは続けた。

「他にも、年老いた龍が同じように、身体の節々が痛んで、その後動けなくなって死ぬ病が龍で多くてな。皆似たような症状なのだ。おぬしなら何か分かるかと思ってな!」

 なるほど。

「分かりました、ひとまず、その人達のお話だけでも聞かせてください」

 龍の病気の原因を探るべく、俺は問診をすることにした。龍なんて診たことないけど。
 まあトカゲみたいなもんだろう。

 Case:1 ファニフシータ
 年齢は…… 高齢。
 体重も不明。
 主食は、肉
 主訴:最近身体の節々が痛む。

 いや、分からんな。

「最近、水はちゃんと飲んでいますか?」
 俺はファニフシータに問いかける。

「龍は水をそんなに飲まないのでな!」

「じゃあおしっこはちゃんとでてます?」

「うむむしろ多いくらいだ!」

 水を飲んでないのに、おしっこが増える……?
 腎不全だなおそらく、軽度の。

 Case:2 お爺ちゃん龍
 この龍はなかなか重症である。
 年齢は高齢
 体重不明
 主食は肉
 主訴:動けない。おしっこもほとんどでていないらしい。

 その後、何人か龍を診察したが、大体似た様な感じだった。

「それでイーナよ!何か分かったか!」

 俺は問診から一つの可能性に行き当たっていた。

「あくまで、可能性なんですけど…… おそらく痛風だと思います」

「痛風だと!なんだそれは」

「関節が痛む病気です。酷くなると腎臓が上手く働けなくなります。高タンパク食だったり、水分不足でなりやすいので、ちゃんと水を飲んだり、野菜や果物も食べてください」

「むむ……水は良いとしても、山では野菜は取れないのだ」

 ここで、俺は一つ案が浮かんだ。

「じゃあ、どうでしょう?この里の鉄鋼技術と、我々の森で取れる野菜との交換条件というのは?」

「なるほどな、おもしろい。おぬしもやるではないか」

 ファニフシータは笑っている。俺も、難なく鉄が手に入りそうで大変ありがたい状況だ。

「しかし、イーナよ、里の皆もいるのでな、我らの技術、部外者においそれと渡すわけにはいかんのだ」

 なんか、話が難しくなってきたぞ……
 思わず顔に出てしまっていたのだろう。ファニフシータは笑いながら続けた。

「はっはっは、そんな顔をするな。大丈夫だ。里の皆に認められる戦士になれば良い」

 里の皆に認められる戦士……?

「おぬし、九尾の力、まだ使いこなせていないだろう。私が稽古をつけてやる」

 そう言うとファニフシータは、持っていた剣の一本を俺に渡した。

「私から一本取れれば、里の皆も従うだろう。どれ、殺す気でかかってきなさい」

 剣なんて使ったことがない。
 何となくでファニフシータに向かって、思いっきり振ってみる。
 しかしその日俺は、一本取るどころか触れる事すら出来なかった。

「あのおっさん強すぎる……」

――かっかっ わらわのライバルだったからの

「それにしたって、一本って……」

――よいではないか、せっかく稽古をつけてくれるのじゃ。こんな機会滅多にないぞ

 たしかに。

 俺達は龍神族の里にいる間、ファニフシータの家に滞在させてもらう事になった。しばらくすると、龍神族の若者が家に帰ってきた。

「初めまして、ファニフシータの息子、ラスラディアと申します。」

 若者は非常に礼儀正しく、好青年であった。流石次期族長である。

「父に稽古を付けてもらったのですね。大変でしたでしょう」

「全然触れる事が出来なかったです。お父上強すぎます……」

 そういうと、ラスラディアは笑っていた。

「私も協力いたします。是非、ここで鍛錬されていってください」
 
 それから、しばらくは昼間はファニフシータによる剣術指導の毎日だった。
 ファニフシータ曰く、基礎がなっていないのと、相手の動きに集中出来ていないらしい。
 夜は、ラスラディアも俺の特訓に付き合ってくれた。人格者である。

 おれは来る日も来る日も剣を振り続けた。ルカまでもが、なぜか特訓に参加している。

「イーナ様!ルカも強くなる!」

 こうして、3週間もすれば、妖狐の神通力も重なって、次第に剣の軌道が読めるようになった。もう少しで一本取れそうだが、なかなか後一歩が届かない。しかし、確実に前進はしていた。



 ある日の夜、いつものようにラスラディアと特訓をしたのち、ラスラディアに誘われ、酒場で俺達は飲んでいた。

「イーナさん、私、時々不安になるんです。果たして、私なんか族長になって良いのかと」

 ラスラディアは笑っていたが、その顔からは不安な様子が伝わってくる。

「父は偉大です。おそらく私では何年かかっても超えられないと思うくらいには……」

「大丈夫だよ!ラスラディアさんなら!良い族長になれるさ!」

「努力はいたします」

 もっと自信を持って欲しかった。こんなに素晴らしい人なのだから。ラスラディアにはラスラディアの良さがある。優しいけど、芯が強い。

 俺はラスラディアなら大丈夫だなと思っていた。



 龍神族の里に来てから4週間後ついにその日は訪れた。

 見えた!

 ファニフシータの剣をぎりぎりでかわすと、俺は隙を突き、剣を振り下ろす。ファニフシータはなんとか持っていた剣で防いだが、次の瞬間、彼の剣は彼の手を離れ、路肩へと飛ばされていた。

「よくやったぞ!イーナ! 強くなったな!」

 やった……

 これで、鉄も手に入るだろう。それに、俺は剣術だけでなく、より九尾の力を使いこなせるようになった自覚があった。

――イーナ、そち、強くなったな。これでもうわらわがいなくとも安心じゃ!

 それはサクヤも認めてくれた。

 2人の特訓を見ていた龍神族達からも拍手が上がった。これで認められただろう……きっと……

 

 その夜、ファニフシータは俺の所に来た。

「イーナよ、少し、話したいのだが良いか?」

 なにやら真面目な話のようだ。

「おぬし、ラスラディアと仲良くなったようだな。あれは優しく、真面目だが、気が弱いところがあってな……」

 それは俺も同意した。

「明後日、族長を次ぐための儀式、龍の試練が行われるのだが、イーナよ、頼む、あやつを支えてやってくれないか?」

「どういうことです?」

「試練は火山の最深部にある、龍秘石を取ってくるというものだ。ただし、精神の強さが試される試練じゃ。だからこそ、イーナ、おぬしに同席してもらえないだろうか?」

 聞けば、火山の最深部はしきたり上、新族長以外の龍神族は入ってはいけないようだ。しかし、妖狐であれば話は別だ。そういうことらしい。良いのか分からないけど……

「いいですよ。ラスラディアにはお世話になりました。それに……」

 俺自身、あいつにはしっかりして欲しかった。自信を持って欲しかった。

「そうか!そうか!あいつもいい友を持ったな!」

 ファニフシータは嬉しそうだった。それは戦士としての顔でも、族長としての顔でもなく、1人の父親としての顔であった。



 そして、龍の試練の日。

「イーナさん、ルカさん、テオさん、よろしくお願いします」

 俺達はラスラディアと共に、火山の最深部へと向かった。

「なあ、ラスラディア、龍の試練って、石を取ってくるだけなんだよな?」

 俺は一つ引っかかっていた。精神の強さが試されるというファニフシータの言葉だ。

「はい。そのはずですが、詳しいことは私も知らないのです」

 ラスラディアも試練について、分からないようだった。もしかしたら、何か襲ってくるのか? RPGだとこう言うのってボス戦があるし……

 その後、何事もなく俺達は進んでいた。

 洞窟をひたすらに歩いて行くと、溶岩で真っ赤になった、開けた空間が見えた。その真ん中には何か大きな石があるようだ。

「あれかな?龍秘石?」

「そうだと思います!イーナさん行きましょう!」

 しかし、俺達を待っていたのは、龍秘石だけではなかった。
 龍秘石の隣にはもう1人屈強な男が立っていた。

 ファニフシータである。
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