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人間界編

20話 異変

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 森は不気味な静寂に包まれていた。まるで、全てを飲み込んでしまうかのような静寂に。

 ナーシェの持つたいまつが燃える音だけがぱちっぱちっと鳴り響く。

「静かすぎる……」

 ルートは呟いた。彼も森の中で暮らしていた身。森については詳しいのであろう。俺自身なにやら嫌な予感は感じている。

 またしばらくすると、ぽつっ……ぽつっ……と雨が降り出してきた。

「雨……」

 俺が呟くと、背中にくっついていたナーシェが口を開く。

「やっぱり……1回引き返しましょう! 雨となるとたいまつも使えないですし……」

「確かに…… それより…… いつまでくっついてるの? 暑い……」

 俺が笑いながら、ナーシェに言う。

「ずっとです!! 離れたくないです!怖いです!」

 その言葉に、ルートはまたあきれたような表情を浮かべている。

 次第に、雨は強くなり、すぐに土砂降りへと変わった。

「ここまでかな……」

 俺達が諦めようとした、その時、急に森を強い風が吹き抜けた。思わず、立っていられないような強風を、皆なんとかこらえる。

「何!?」

 ナーシェは叫んだ。

 そして、俺達は発見してしまったのだ。宙に浮かぶ人間らしきそいつは、明らかにこちらに敵意を向けている。暗くて良く見えないが、右手には剣が握られている。しかし、明らかに人ではない。怪しく緑色に光る目は、まるでこちらを冥界に引き込んでしまいそうであった。

「ルドラ!?」

 ナーシェはまた叫ぶ。

「ルドラって!?」

 俺がナーシェに尋ねようと、言葉をかけたと同時に、ナーシェは大声で続けた。

「精霊種です!レベル5の! 危険です!」

 ルドラが手を上げると、またすさまじい風が吹き抜けた。なんとかかわしたが、数カ所肌が切れたようだ。雨の水をぬぐおうと手で顔を吹くと、手は少し赤くそまっていた。

「ナーシェ!大丈夫!?」

「だ、大丈夫ですけど……立てない……」

 腰を抜かしてしまったナーシェをそのままにしておく訳にもいかない。

「ルート!ナーシェを頼んだ!」

 ナーシェをルートに任せて、俺はシータと共にルドラの前に立ちはだかる。

「なあ、シータ? ルドラって…… 強いよな……?」
「分からんが、まあ弱くはないだろうな……すさまじい魔力だ」

 ルドラが消えた。と思った瞬間に、ルドラは持っている剣でこちらを斬りつけてきた。なんとかすんでの所で、その斬撃を防ぐ。しかしルドラは、さらに激しく攻撃を加えてくる。雨、風もあいまって俺は防ぐのが精一杯であった。

「ぬわあ!」

 シータがルドラの隙を突いて斬りかかったとき、またルドラは消え、距離をとった。

「ちっ早いな……」

 シータが呟いた。

 仕方無い……ナーシェの前で使いたくなかったが、そんな状況ではない。

「サクヤ!?代われるか!」

――任せるのじゃ

 俺がサクヤに言うと、再び、俺の身体はサクヤのコントロールの元に置かれた。

「ルドラとやら、わらわに喧嘩を売ったこと、後悔するが良い」

 サクヤが両手を前に突き出すと、その刹那、再び森は更地に代わっていた。しかし、明らかに前より威力が低くなっている。

「ぬう……」

 目の前に再びルドラが現れた。ルドラは少し警戒しているようだ。

――サクヤ、お前手加減したのか?

「前より、神通力のコントロールが上手く行かないのじゃ……」

 このままでは防戦一方だ、らちがあかない。
 仕方無い、シータに龍になってもらうしかないか……

 そう思ってると、ルドラが口を開いた。

「お前、人間か……?」

 ルドラはこちらの正体を疑っているようだ。再び俺の身体は、俺のコントロールの元へと戻った。なにやら話が出来そうである。

「違う!」

 俺のその言葉に、ナーシェは戸惑っているようだ。しかし、ルドラはさらにこちらに質問を投げかけてきた。

「何者だ……?」

「妖狐だ!」

「よ、妖狐!? イーナちゃんが!? えっ?」

 ナーシェは混乱しているが、今はそれどころでは無い。

「そうか…… 妖狐か……」

 ルドラがそう呟くと、雨風が少し収まった。

「ルドラ!なんで、私達を襲った?何か事情があるのか?」

 俺がルドラにそう聞くと、完全に雨風は収まり、ルドラは静かに口を開いた。

「森に異変が起こっている……」

「異変……」

「いきなり襲ったこと、すまなかった…… だが森は危険だ、引き返せ」

「詳しく聞かせてくれない?」

「大神があらぶっておる。大神は森の主だ。大神の意志はすなわち森の意志だ」

 ルドラの言葉に、皆戸惑う。なぜ大神が……

「大神はどこにいるの?」

「大神はこの森の更に奥、人が立ち入らない原始の森にいる。しかし、今は危険だ。近づかない方が良い」

 そう言うと、ルドラは俺達の前から姿を消した。

 森の異変…… 大神…… 人間……
 ルートが叫ぶ。

「おい、イーナ! 人間がまた何かやらかしたんだ!放ってはおけないぜ!」

 ルートの言葉をうけ、シータはこちらに問いかけてきた。

「イーナよ。どうするのだ?」

 ナーシェはやっと立てるようになったのか、こちらへと走ってきた。

「イーナちゃん!? あなた人間じゃなかったの!?」

 少し気まずい空気だったが、知られてしまったからには仕方が無い。

「ナーシェ……だましていたの、悪かった」

「あなたは……一体…… 何者なの!?」

「九尾だよ」

「きゅ…… 九尾!?」

 ナーシェは未だ、戸惑っている様子だ。何か言おうとしているが、言葉が出てこないのであろう。

「そして、シータは龍、ルートはヴァンパイアだ。ルカとテオも……」

 その言葉にルカは人間の姿へと変わった。

「ナーシェ!あなたイーナ様に!べたべたと!」

 なにやらずっと我慢していたらしい。

「イーナちゃんが……九尾で…… みんなが龍で…… ヴァンパイアで…… 人間はいない……」

 ナーシェはうつむいたまま、呟いている。

「な、ナーシェ! 別に、俺達人間じゃないからといって、人間を襲ったりする気はこれっぽっちも……」

 そう俺がフォローしようとしたが、言い終わる前に、ナーシェは抱きついてきた。目をきらきらと輝かせて。

「えーーーー!イーナちゃん!九尾!すごいです!!!それにシータさんも!龍だなんて!ホントにいたなんて!私感動です!!」

 あれ……?

 そしてナーシェはルカにも抱きつきほっぺをすりすりしている。ルカは露骨に迷惑そうな表情を浮かべているが。

「ルカちゃんも!!かわいい!!!なんで黙ってたんですか!!酷いです!!」

 こうして、俺達の正体はナーシェにもばれたのであった。
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