いえ、魔術師ではなくドローンを連れた迷子のアンドロイドです。男になるのも女になるのも容易いですが異世界の紛争解決に武器を使うのは……

もーりんもも

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18 摂政モーリン

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 事件発生の翌日、マルクとミッチェルは王都からの連絡を今か今かと待っていた。
 だが三日経っても何の知らせも来なかった。

「どうやら邪魔されておるみたいじゃの」

 あの場にいたデレクとライアンがマルクに連絡をよこさないはずがなかった。
 デレクはマルクが育てた直属の部下であり、ライアンの父親はマルクの親友だった。
 ライアンはマルクの名付け子だ。

「これではっきりしましたね。結局、ロイドの魔術頼みになる訳ですか――」

 ミッチェルはまだロイドが魔術を使うことを快く思っていなかった。

「仕方あるまいの。王宮内で蠢いておるものを放っておくことはできんからの」


 ミッチェルとロイドはマルクの部屋に呼ばれていた。
 ロイドはマルクから、「王宮内で動きがあれば適宜報告するように」と言われていたが、特段、報告すべき動きは見当たらなかったため何も報告せずにいた。
 気を揉んでいた二人が痺れを切らしてロイドを呼んだことは、二人の顔を見れば分かる。

(些細なことでも報告すべきだったのでしょうか。「適宜報告」とは「どんな些細な出来事でも報告」という意味だった訳ですね。それならば今後はそう解釈します)


 ロイドはミッチェルの隣に座らされていた。穏やかな表情でマルクの言葉を待っている。
 そんなロイドをチラリと見て、ミッチェルは申し訳なさそうに声をかけた。

「ことの大小に関わらず毎日報告するようにと言うべきでしたね」

 ロイドは感情の起伏があまりなく、イースのように膨れたりはしないが、なんとなく今はむくれているようにミッチェルには感じられた。

(その言葉は出来が悪いと言われたようで傷付きます)

「ほっほっほっ。報告がないということは、王宮内で新しい事件は起きておらんということじゃの?」
「はい」

 自信満々に答えるロイドにミッチェルは苦笑いをした。

「毒を盛った犯人を見張っていましたね。その後何かわかりましたか?」
「はい。モーリンと会っていましたが、今は動く予定はないみたいです」
「なんですって! それは報告すべき事項ですよ」

(ほらご覧なさい、という顔はやめてくれませんか。首謀者が間者に「動くな」と指示していましたから問題ないのでは? それに勝手な動きを――情勢が変わるほどの動きを――した場合は報告するつもりでした)

「よいよい。ロイド。この前みたいにまた覗けるのかの?」
「はい。映しましょうか?」
「おお。頼むわい」

 マルクはことのほか映像視聴が気に入ったらしい。
 ロイドはモーリンと未詳Yとの会話を短く編集して投影した。



 薄暗がりの中、モーリンが振り返った。モーリンの屋敷の地下の部屋だ。

「跡をつけられておらぬな?」
「はい。大丈夫です。ここへはクーレイニー王の像の後ろの隠し通路を通って来ましたから」

 未詳Yはあどけない少年だった。
 赤毛を短く刈り上げて、こざっぱりした格好をしている。
 王都のどの店で働いていてもおかしくない、街のそこかしこで目にする少年の一人だ。

「こちらから連絡するまで、いつも通りに過ごすのだ」
「はい。それでは、いただいた休暇が今日までですので、明日からは店に出ます」



 ロイドは場面を飛ばした。

「この少年が働いている店がここです」

 王都の目抜き通りにあるパン屋が映った。
 人気の店らしく入れ替わり立ち替わり客でごった返している。
 赤毛の少年は焼きたてのパンを店頭に並べながら人懐っこい笑顔で接客をしている。

「ほう。あやつとどういう繋がりがあるのかは分からんが、まだ子供じゃの。お前と変わらんくらいかの」
「分からないものですね。あんな普通の少年が……。何事もなかったかのように生き生きと働いて――」

 ミッチェルは少なからずショックを受けていた。

 ロイドは事件発生を受けて監視対象が増えると見込み、太ももに格納していた偵察用ドローン残り五機を、既に王都へ飛ばしていた。そのうちの一機の映像を抜き出した。


「あと、こちらもご覧ください。モーリンが鷹を使って手紙を出しているのですが」

 映し出された鷹の足は赤かった。

「赤足の鷹! やはりの!」
「そんな――。ポリージャ国の鷹をどうして……」

 マルクとミッチェルは愕然として、しばらく言葉を失った。

(なるほど。どうやら「脅威」の認識を改める必要がありそうですね)

 マルクとミッチェルは、これから何か恐ろしいことが起こりそうな兆候を「脅威」と捉えているらしい。
 ロイドにとって「脅威」とは、文字通り、警護対象の目前の脅威でしかない。

(私は警護ロボットですので、対象に降りかかる危険を取り除くことを専門にしています。諜報活動は専門外なのですが、この世界では警護の一部に加えるとしましょう。偵察用ドローンはパトロールが専門なのですが、やむを得ませんね)

「あやつめ。ポリージャと――。やはりあやつはポリージャの者か……」

 マルクの中で忘れられない記憶が蘇る。
 ロイドが壁に投影するように、マルクの脳内にいくつもの光景が鮮明に映し出されていく。



 モーリンは十五年前に王宮に連れてこられた薬師だった。
 どこかの貴族が、王妃の長引く病に、宮廷医の薬だけでなく巷で人気の薬も試してみてはと王に進言したのだ。

 マルクはモーリンを一眼見ただけで信用できないと思った。
 ポリージャに多い黒髪。媚びるような物言い。そして何よりも、あの目。腹に一物を抱えている人間の卑しい目。

 しかも、十五年前のあの頃は、ポリージャで政変が起き内乱の真っ只中だった。
 よからぬ者が国境を越えぬよう、クーレイニー側も国境の警備を増強しようとしていた矢先だった。

 油断ならない――。

 王にはそのように、「お側におかれるべきではございません」と申し上げた。
 だが試しに飲んだ薬が効き、王妃がモーリンを手放さなくなったのだ。

 いつしかモーリンは王都に屋敷を構え、王宮への出入りを許された正式な薬師になった。
 モーリンが足繁く通い王妃は快方に向かっていったが、今度は王がどんどん塞ぎ込むようになってしまった。

(あの時、取り返しのつかない過ちを犯しているのではないかと、ワシは薄々感じていたのだ……)

 王とその家族を守ると誓ったのに、その誓いを果たせなかった。
 苦い記憶に苛まれるのは毎夜のことだ。

 今となっては、王妃の病の原因すらもモーリンの仕業なのではないかと思えてくる。
 あの時なら阻止できたのではないか、いや、その前にもチャンスはあったと、後悔は山ほどしてきたが、今は体の奥底から怒りが湧き上がってくる。

「――して、赤足の鷹はどこへ飛んで行ったのかいの?」
「東の方角へ。東方にある黒松の森を抜けて、渓谷に差し掛かったところで降りていきました。髭をたくわえた黒髪の男の腕に止まったのです。男は鷹を連れてテントの中に入りました。今も鷹は男と一緒で、飛び立っていません」

 ロイドはリアルタイムの渓谷の様子を映した。
 水量の少ない川がチロチロと流れている。
 男が油断なく周囲を伺っていたため、ドローンはテントの中に侵入できていない。

「その黒松の森までがクーレイニー国で、渓谷からがポリージャ国での。十五年前から行き来はほとんど途絶えておるがの」

 マルクの凄みのある太い声が響く。

「では、その赤足の鷹がまた飛び立ったら追いかけてくれるかの。その時はすぐに報告するのじゃぞ」
「はい」

 ミッチェルは二人の会話に参加することなく、ずっと上の空で、蒼白な顔のまま黙り込んでいた。
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