いえ、魔術師ではなくドローンを連れた迷子のアンドロイドです。男になるのも女になるのも容易いですが異世界の紛争解決に武器を使うのは……

もーりんもも

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43 逃走

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 大広間では、もはやパーティの趣旨は忘れ去られていた。
 貴族たちは誰よりも目立ってやろうと着飾ってこの場にやってきたことをすっかり忘れ、目の前で繰り広げられている芝居のような出来事に熱中していた。
 今や口々に、モーリンがいかに怪しい人物だったかを言い合っている。

「初めて見た時から、これは油断ならない人物だとピンときたのですよ」
「いやいや。多分、私の方が早く気が付いていたと思いますよ。何しろ、まだ王宮に出入りする前の段階で噂話を耳にしていましたからね」

「その噂話をあなたに教えてあげたのは、この私じゃないですか」
「いやいや、私があなたに教えてあげたのですよ。お忘れですか」

 モーリンのことを最初に怪しいと感じたのは自分だと、互いに主張し合って譲らない。
 そんな中モーリンが一際大きな声をあげた。

「そんなものが証拠になるものか! 濡れ衣だ。作り話だ! 何を言うのだ。まったく。馬鹿馬鹿しい!」

 ほんの少し前までなら、モーリンがそう言えばこの会場にいる誰もが、「そうだ」「そうだ」と大合唱をしていたはずだ。
 だが、もはやモーリンの言うことに賛同する者などいない。
 味方が一人もいないことを見てとると、モーリンは慌てて最後の頼みの綱であるニクラウスにしがみついた。
 モーリンが触れると、これまで一切の反応を示さなかったニクラウスが、数回瞬きをしてモーリンを見た。

「陛下! 陛下!」
「お、おう。なんだ?」

 アリシアがニクラウスに素早く駆け寄ると、モーリンと反対側の腕をとって必死に訴えた。

「陛下、しっかりしてくださいませ。モーリンを、どうかモーリンを――」

 アリシアの声はニクラウスには届かなかった。ニクラウスは無反応のまま腕を揺すられている。
 その様子を見たモーリンはニヤリと笑うと、得意げに呼びかけた。

「陛下」
「なんだ? お開きか? もう終わったのか?」

 ニクラウスは、うたた寝から目覚めたかのような反応を見せた。

「はい陛下。とんだ余興続きでしたが。今日のところは、ここまでといたしましょう。私は下がらせていただきます」
「ああ、ゆっくり休め」

 モーリンが笑いをこらえて立ち去ろうとしたため、デレクがその前に立ちはだかって両肩を抑えた。
 周りを取り囲んだ近衛兵をぐるりと見回してから、モーリンが余裕たっぷりにニクラウスを見た。

「陛下」

 皆まで言うなというように、ニクラウスがデレクをぎっと睨んだ。

「デレク! 何をしている! 手を離すのだ! 止め、止め! 止めだ! ええい、全員下がれ! 下がれー!」
「父上。なりません。モーリンを行かせてはなりません」

 宮廷医を待つ間、椅子に座らされていたスペンサーだが、力を振り絞って訴えた。
 かすれた弱々しい声はかろうじてニクラウスに届いたが、その意思までは伝わらなかった。

「うるさい! お前も下がっておれ! 全員下がれと言ったであろうがっ!」

 尋常でない王の姿を目にした貴族たちは、我先にとドアへ向かった。
 大広間から逃げ出す客たちに急かされるように、進行役が慌てて閉会を宣言し、晩餐会は散々な結果に終わった。

 ほくそ笑んで悠々と会場を出ていくモーリンを、デレクたちは唇を噛み締めて見送るしかなかった。




 モーリンが足早に執務室に戻ると、既にドナルドが部屋の中にいた。

(そういえば、いち早く大広間から退散していたな)

「モーリン。なんということだ。大失態だぞ」
「今、責任問題を口になさいますか。あの者どもは決して諦めませんよ」
「ふん。まあいい。国に戻ったら宰相様に好きなだけ言い訳をするのだな」

 モーリンは言い返したかったが、ふと窓を見た。鷹の姿はなかった。

「それよりも。ここを離れるのが先決なのでは?」
「確かにな。お前の間者はベラベラとよくしゃべるようだからな」
「あなたが寄越したあの生意気な口をきくならず者はどこへ消えたのでしょう? よもや、自分一人助かろうと逃げたのではないでしょうね」

 モーリンとドナルドは互いに黙したまま睨み合った。
 シャーっという音に二人は開け放たれた窓を見た。
 雨が降り出したのだ。

「ちっ。雨まで降ってくるとはな。とりあえず城門は大丈夫なのだろうな?」
「ええ。私の息のかかった者を置いていますから。では」
「ああ」

 ドナルドがあらかじめ決めておいた符号を書きつけると、モーリンが赤足の鷹にそれを巻き付け窓から放った。
 雨粒などものともせずに鷹は空を滑るように飛んでいく。

「では馬を用意しますから、三十分後に私の屋敷で落ち合いましょう」
「ああ」

 ドナルドが出て行くとモーリンは部屋から持ち出すものがないか一通り見渡した。
 高級な調度品に囲まれた広い部屋。
 モーリンは城の中のこの執務室を気に入っていた。
 いつかは手放す時がくることは分かっていたが、いざその時がくれば、これほど寂しく感じるものなのか。

(だが命には変えられない)

 モーリンは大切なものは屋敷にある花だけなのだと自分を戒め、王の命令にも背きそうなデレクに捕まる前に、クーレイニー国を出ることにした。
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