いばりんぼうとおこりんぼう 〜殺人現場でボーイ・ミーツ・ガール〜

もーりんもも

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第5話 自殺? 殺人?

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 話す者がいなくなり沈黙に包まれると、部屋に差し込む麗かな日差しが滑稽に感じられた。淀んだ空気の方が、よほどこの部屋には相応しいだろう。
 優里は、こんな事態こそ素が出るかも、と、注意深く高木家の面々を観察していたが、義両親となるかもしれない一夫としずかについては、人柄を判断しかねていた。

(結婚について一番口を出しそうなのは、あの、正子とかいう叔母様だろうけど)

 一夫としずかは、一見すると、高級レストランなどで見かける『老後にゆとりのあるシニア夫婦』と何ら変わらない。それでも、二人ともスラッとしていて品があるところは、さすが高木家の獣人といったところか。
 正子は、光沢のある厚手の生地のワンピースを着ていた。まるで結婚式の帰りのようだ。濃いピンクの長袖ワンピースは、お腹周りの出っ張りを強調してしまっている。
 顎と肩の間に辛うじてある首には、直径二センチくらいのマーブル模様の玉が連なったネックレスをしているが、なぜかアフリカの少数民族の酋長の首にかかっているものを思い起こさせる。

 一夫は子供の頃から正子に首根っこを押さえられていたように見受けられる。だがそのことを、周りが思うほどには嫌がっていないようにも見える。
 正子のことだから、しずかに対しても相当のプレッシャーをかけていただろう。彼女の気持ちなど気にかけることもなく。それでも、しずかは一切抵抗せずに、されるがままになっていたのだろうか……?

(この家族とは、まだほんの一時間ほどしか一緒にいないのに、正子叔母様についてだけは情報がてんこ盛りだわ)

 優里は道長の態度も気になっていた。両親と彼だけならば、また違う一面を見せていたかもしれないが、今日の彼は、目立ちたいのか距離をおきたいのか、よく分からない行動をしている。
 ただ、自分の叔母が変死していた割には捜査には消極的で、両親を気遣う様子もあまりみられない。

(っていうか――。ここにいる奴ら全員、親族が亡くなったっていうのに、誰一人泣いていないぞ)

 数人の男たちの話し声が聞こえてきた。二階から何人か下りてきたようだ。
 先程堤に耳打ちをしていたダチョウ刑事が、透明の袋に入ったナイフを彼に渡した。
 堤は袋の縁を持って掲げた。

「このナイフに見覚えはありませんか?」

 そう言って、各自の前に突きつけながら「どうです?」と聞いて回った。
 思い当たる者はいなかった。

「まあ、量販店で売られている安物っぽいですからね。こちらのお宅ではこういう物は使わんでしょう。だとしたら、誰が持ち込んだのでしょうねえ」

 独り言のように言いながら皆に尋ねている。そういう物言いは失礼だと、正子がまた鼻を膨らませていた。

「その前に肝心なことを一つ――」

 肝心なこと、というフレーズに五人は緊張した。皆が堤を見つめる中、彼は全員に質問した。

「皆さん、部屋の中の物を触っていないと仰っていましたが、窓はどうです? 誰か触っていませんか?」

 皆きょとんとしていた。

「正子さん、窓は開いていましたか? それとも閉まっていましたか?」
「は? どうして私に聞くのです? 知りませんよ、そんなこと」

 優里は、横で目を輝かしているだろう道長を想像してため息をついた。チラリと窺うと、案の定、道長はスマホを嬉々とした表情で見てからキッパリと答えた。

「窓は閉まっていました。それに、誰も窓の方へはいきませんでした。全員、叔母さんの近くで立ち尽くしていましたから」

(はいよ、ご苦労さん)

 優里は「さすがですね」などと褒める気力が失せていた。

「本当ですか。間違いありませんか」
「間違いありません。これを見てください」

 道長がそう言って、一時停止した動画を堤に見せた。

「何ですか、これ」
「あ、記憶が混同しないようにと録画しておいたんです」

 やるでしょ、と自慢げに言う道長に堤が辟易としている。とても正常な反応だ。

「すみません、それ、警察に提出してもらえますか」
「あ、いいですよ」

 道長はどこまでも軽い。軽すぎる。

「ということは――」
「みっ、密室!」

 優里は堪えきれず叫んでしまった。

(し、しまった。やってしまったー! ここまで頑張って猫被ってきたのに)
 高木家の面々は目をパチクリさせ、堤は渋い顔をした。

「そういうドラマじみた言い方はやめてください」
「すみません」

 優里はしおらしく謝ってみせたが、清楚な印象が崩れたかもしれない。

「三千代さんの部屋の窓ですが、我々が到着したとき、窓は閉まっていました。ノブもきちんと真下に下がっていることを確認しています。どうやらあの窓は、左右のノブをそれぞれ九十度横に回し、外側へ押し出して開けるようですね。窓を閉めてからノブを真下に回せば、押しても開かない状態になるようです。つまり、部屋の中から窓を閉めてロックした状態になっていたのです」

(やっぱ密室じゃーん!)

 優里は興奮のあまり体温が上昇するのを感じた。

「それは、つまり――どういうことでしょう?」

 正子の問いに、至極もっともな意見を堤が言い放った。

「誰も出入りができない部屋で亡くなっているということは、通常、自殺と考えられます」
「自殺……?」

 正子がポカンとした顔をした。

「まだ自殺と断定した訳ではありませんから、引き続き、皆さんにはご協力いただきたいのですが」
「え、ええ。それはもちろん……」

 正子はどことなしか、落胆しているように見えた。
 優里は、はっきりと落胆していたが、自殺と言われればその通りな気もする。
 これぞ殺人事件の現場というところに出くわし、生まれて初めて生の死体を見たというのに。自殺とは――そんな殺生な。

「とりあえず、皆さんの身元は確かなようですから、今日のところはこの辺で終わりますが、念の為、指紋採取にご協力いただけますか? 部屋の中の指紋と照合させていただきたいので」

 ノーとは言えない雰囲気だ。指紋を取られるなど、なんというか、屈辱的な行為だ。優里ですら抵抗感があるのに、このお育ちの良い皆さんはさぞかし――。

「仕方ありませんわね。三千代の不始末ですから」

 意外なことに、正子があっさりと受け入れたので、残りの三名もそれに従うらしい。もしかして、『出来の悪い妹の尻拭いをする私』に酔っている?

「ああ、それから」

 堤がお礼を言わないどころか、ぶっきらぼうに続けたものだから、「まだ何か?」と、咎めるような正子の視線と堤の視線とがぶつかった。

「正子さんには別室でもう少しお話を伺いたいのですが」
「なんですって! どういうことですか!」
「床に書かれた文字の内容が、遺書の代わりかもしれませんから。お二人の関係についてもう少しだけ聞かせてください」
「わ、私のせいで自殺したとでも? 何なのですか。私に対する当て付けで自殺したって、そう仰りたいのですか!」
「いえいえ。とにかく、病死でない場合は詳細を確認する必要があるのです」
「まっ」

 正子はご立腹という様子だ。

「石田。別室をお借りしろ」
「はいっ」

 部屋の隅に控えていた若いダチョウ刑事は石田というらしい。彼が「ささ、こちらへ」と正子を促す。
 それにしても、ダイイングメッセージが遺書――それはそれで、格好いいじゃない!
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