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第10話 捜査情報の整理
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事件発生から八時間ほどが経過していた。牛込署に捜査本部が設置されたので、当面の間、ここが堤たち捜査員の拠点となる。
夜の捜査会議が終わった後、堤たちはそのまま流れで小会議室にこもって捜査結果を整理していた。
四月十一日も残り五分となっている。
「死因は、出血性ショック死。死亡推定時刻は、最後に姿が確認されている十四時四分から、119番通報のあった十五時二十一分の間――って、そのまんまですけど」
一番下の立川が、みんなが分かっている内容を読み上げておきながら、自分でツッコんだ。和ませているつもりなのだろう。
アライグマなだけに、立川の動作はどこかコミカルで自然と笑いを誘う。
「じゃ、いっちょ書きますか」
俺の出番だとばかりに、山田がホワイトボードをガラガラと押して持ってきた。
見た目だけは女性に人気の牡鹿だが、あの堅い性格のせいか実際に浮いた話は聞いたことがない。
それにキレると角を容赦なく相手に向けるため、その癖を直さない限りいつか懲戒になるんじゃないかと堤はヒヤヒヤさせられっぱなしだ。
その山田の手綱は石田に預けてある。
「おい山田。何でもかんでも書くんじゃないぞ。ポイントだけ絞れよな。お前は書きたいだけ書くと、すぐボードをひっくり返して見えなくする癖があるからな。意味ねえことしやがると、ただじゃおかねえぞ」
「ひどいっすよ、石田さん。いつの話をしてんすか。もう新人じゃありませんから」
堤が面倒臭そうに、二人の顔も見ずに号令をかける。
「おい。石山。どっちでもいいから早くしろ」
「主任、その『石山』は勘弁してくださいよ。こいつとニコイチの時代は終わったんで」
堤は、石田と山田を略して「石山」と、同時に呼ぶことを気に入っていた。
石田は、「俺、もう巡査部長なんですけど」などとぼやいている。
「それじゃあ、山田さんは俺とコンビってことで――」
「うるせえ」
口を挟んだ立川の頭を、年上の山田が角で小突く。
このチーム体制になってからは、帳場が立つと、だいたい日付が変わる頃からこういうやりとりが始まるのが恒例になってきた。
山田が抜かりなく集めた写真をホワイトボードに磁石でとめ、名前と年齢を書き込み、関係を表す線を引いた。
「まず、ガイシャからだ」
堤が号令を書けると、間髪容れずに石田の大きな返事が返ってきた。
「はいっ」
深夜でも、石田の返事は体育会系の部活の練習中のような大きさだ。
その石田の目配せで、聞き込みを行った山田が手帳を見ながらメモを読み上げていく。捜査会議での手短な報告とは違い、この場ではかき集めた情報を全て開示する。
「ガイシャの高木三千代六十二歳ですが、まあ近所の評判は最悪ですね。あまり出歩いてはいなかったらしいっすが。住民たちは、犬の散歩中とかに三千代とすれ違うと相当緊張したらしいっす。すれ違う時は立ち止まって犬を近づけないようにしているのに、『毛が飛んでくる』とか『獣臭がうつる』とか、なんだかんだと嫌味を言われるとかで。生き物全般が嫌いらしく、『犬もぬいぐるみなら可愛いのに』とか言っていたそうっす」
通り一遍の聞き込み情報のため、三人は相槌すら打たなかったが、山田は発表のしがいがないとばかりに大袈裟に肩をすくめて気落ちしてみせた。
石田が、「はあ」とため息を漏らし、「他には?」と促す。
「あとは、今時のファッションにもケチをつけていたらしいっす。ミニスカやら腰パンやらの若者を見るたびに、『この辺りをああいう輩が闊歩する時代が来るなんて』って、誰に向かってっていう訳でもなく、大声でぼやいていたらしいっす」
それくらいは、ある年代以上なら一定層はいそうだ。
「それから、がめついっていうのはよく聞きましたね。あの家に寄付なんかを募りに行って運悪く三千代に見つかると、すごい剣幕で追い返されるらしいっす。他にも、集めた町内会費は何に使っているんだと町内会長に詰め寄ったり。でも会費払っているのは一夫ですよね? まあ、とにかく相当な嫌われ者ですね」
「近所の評判は分かった。金銭関係のトラブルの方は?」
山田の操縦は石田に任せているので、堤は口を挟まない。
「はい。兄の一夫に教えてもらったアンティークドールの愛好家たちのサークルと、三千代のノートにあったブランドショップ――マジでこんなのが商売になるのかって驚きっすけど――、人形のドレスを特注で作る店ですが、そこに行ってきたっす」
山田はなおも続ける。
「人形のドレスだけを専門に作るブランドショップなんすけど、東麻布にあるフランチェスカっていう店です。人形の体に合わせて、獣人同様にオートクチュールの一点物を作るそうで、ドレス一着が十万とか二十万とか平気でするらしいっす。マジ、ヤバいっす。ただ、この店はオーナーの石井佳代子が一人で切り盛りしているため、完全予約制で、客同士が一緒になることはなく、この店の客の中に三千代と親しくしている客がいるとは思えないと言っていました。まあ、客同士が他で知り合うこともあるかもしれないっすけど」
「うーん、まあ、その店はいったんおいておくか」
石田が仕切る。
夜の捜査会議が終わった後、堤たちはそのまま流れで小会議室にこもって捜査結果を整理していた。
四月十一日も残り五分となっている。
「死因は、出血性ショック死。死亡推定時刻は、最後に姿が確認されている十四時四分から、119番通報のあった十五時二十一分の間――って、そのまんまですけど」
一番下の立川が、みんなが分かっている内容を読み上げておきながら、自分でツッコんだ。和ませているつもりなのだろう。
アライグマなだけに、立川の動作はどこかコミカルで自然と笑いを誘う。
「じゃ、いっちょ書きますか」
俺の出番だとばかりに、山田がホワイトボードをガラガラと押して持ってきた。
見た目だけは女性に人気の牡鹿だが、あの堅い性格のせいか実際に浮いた話は聞いたことがない。
それにキレると角を容赦なく相手に向けるため、その癖を直さない限りいつか懲戒になるんじゃないかと堤はヒヤヒヤさせられっぱなしだ。
その山田の手綱は石田に預けてある。
「おい山田。何でもかんでも書くんじゃないぞ。ポイントだけ絞れよな。お前は書きたいだけ書くと、すぐボードをひっくり返して見えなくする癖があるからな。意味ねえことしやがると、ただじゃおかねえぞ」
「ひどいっすよ、石田さん。いつの話をしてんすか。もう新人じゃありませんから」
堤が面倒臭そうに、二人の顔も見ずに号令をかける。
「おい。石山。どっちでもいいから早くしろ」
「主任、その『石山』は勘弁してくださいよ。こいつとニコイチの時代は終わったんで」
堤は、石田と山田を略して「石山」と、同時に呼ぶことを気に入っていた。
石田は、「俺、もう巡査部長なんですけど」などとぼやいている。
「それじゃあ、山田さんは俺とコンビってことで――」
「うるせえ」
口を挟んだ立川の頭を、年上の山田が角で小突く。
このチーム体制になってからは、帳場が立つと、だいたい日付が変わる頃からこういうやりとりが始まるのが恒例になってきた。
山田が抜かりなく集めた写真をホワイトボードに磁石でとめ、名前と年齢を書き込み、関係を表す線を引いた。
「まず、ガイシャからだ」
堤が号令を書けると、間髪容れずに石田の大きな返事が返ってきた。
「はいっ」
深夜でも、石田の返事は体育会系の部活の練習中のような大きさだ。
その石田の目配せで、聞き込みを行った山田が手帳を見ながらメモを読み上げていく。捜査会議での手短な報告とは違い、この場ではかき集めた情報を全て開示する。
「ガイシャの高木三千代六十二歳ですが、まあ近所の評判は最悪ですね。あまり出歩いてはいなかったらしいっすが。住民たちは、犬の散歩中とかに三千代とすれ違うと相当緊張したらしいっす。すれ違う時は立ち止まって犬を近づけないようにしているのに、『毛が飛んでくる』とか『獣臭がうつる』とか、なんだかんだと嫌味を言われるとかで。生き物全般が嫌いらしく、『犬もぬいぐるみなら可愛いのに』とか言っていたそうっす」
通り一遍の聞き込み情報のため、三人は相槌すら打たなかったが、山田は発表のしがいがないとばかりに大袈裟に肩をすくめて気落ちしてみせた。
石田が、「はあ」とため息を漏らし、「他には?」と促す。
「あとは、今時のファッションにもケチをつけていたらしいっす。ミニスカやら腰パンやらの若者を見るたびに、『この辺りをああいう輩が闊歩する時代が来るなんて』って、誰に向かってっていう訳でもなく、大声でぼやいていたらしいっす」
それくらいは、ある年代以上なら一定層はいそうだ。
「それから、がめついっていうのはよく聞きましたね。あの家に寄付なんかを募りに行って運悪く三千代に見つかると、すごい剣幕で追い返されるらしいっす。他にも、集めた町内会費は何に使っているんだと町内会長に詰め寄ったり。でも会費払っているのは一夫ですよね? まあ、とにかく相当な嫌われ者ですね」
「近所の評判は分かった。金銭関係のトラブルの方は?」
山田の操縦は石田に任せているので、堤は口を挟まない。
「はい。兄の一夫に教えてもらったアンティークドールの愛好家たちのサークルと、三千代のノートにあったブランドショップ――マジでこんなのが商売になるのかって驚きっすけど――、人形のドレスを特注で作る店ですが、そこに行ってきたっす」
山田はなおも続ける。
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「うーん、まあ、その店はいったんおいておくか」
石田が仕切る。
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