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第26話 供述内容
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あらかた想像できる話だった。口を挟んで話を止める者はいない。その先を早く聞きたいからだ。
「佐藤は、はなっから金を返す気などさらさらなく、貸してもらえなくなったらそれまで、と気安く考えていたそうです。『相手は金持ちのババア』、『いざとなったら脅して、なんなら一発くらい殴ってやれば大人しく従うだろう』と」
そんなところだろうな、と皆、納得している。
「それで二回目までは目論み通りに進んだようなんですが、三回目に異変が生じたそうです。その日もいつものように三千代の部屋に入るなり、土下座して、『これで最後ですから、どうか五十万、なんとか五十万貸してください』と頼んだそうなんですが――。あ、二回目の時に、三千代が封筒から金を出すところを見たら、五十万くらいの札が入っていたらしいです。『せっかく相手が二回目は増額してくると踏んでいたのに、自分は馬鹿みたいに前回と同じ額を言っちまった』と、本当に悔しがっていました」
「借金の話はその辺でいいだろ!」
またしてもヤジが飛んだ。中野は一切気にする様子はなく、自分のペースで続ける。
「三回目に会った三千代はいつもと違い、ものすごいヒステリーを起こしていて、まともに会話できる状態じゃなかったそうです。『タダじゃおかない』とか、『絶対に許さない』とか、うわごとのようにつぶやいていたそうです」
――おそらく正子だな。
堤の脳裏にふんぞり返った正子の姿が浮かんだ。
佐藤が訪ねてきた日に、たまたま正子も実家に顔を出していたのだろう。
一夫から佐藤が訪ねてくることを聞き、三千代に注意したのかもしれない。自慢の実家に不審人物など招き入れるな、とかなんとか。
「佐藤が必死になって頭を床に擦り付けていると、突然、三千代に頭を踏まれたそうです。驚いて顔を上げると、三千代が棒のようなもので顔を突いてきたそうです。後からよく見ると杖だったそうですが」
正子と喧嘩しても言い返せずストレスが溜まり、他人への暴力という形で発散したのだろうか。
「さすがに頭にきたので、顔を上げて脅し文句の一つでも言ってやろうとしたところ、三千代は嫌なら帰れと笑ったそうです」
小太りの老婆に逆らえないとはな。まあプライドなどないだろうから、金のためなら我慢できるのか。
「佐藤も金を手にするまでは帰れませんからねえ。それからしばらくは、床につけた頭を小突き回されたり蹴られたりと、それこそ犬畜生のように扱われたそうです。もう我慢ができないと、頭を上げて睨みつけたとき、三千代がゲラゲラ笑って急に『五十万貸してやる』と言ったそうです。佐藤は三千代の急な変わり様にびっくりして、気を削がれたと言っています。もし小突くのを止めるのがもう少し遅かったら、三千代はこのとき死んでいたかもしれませんがね。ま、金が貰えるっていうことで、佐藤の怒りも収まったそうですが、頭の上の方が熱いなと思い、額に触ったら血が出ていたそうです」
中野は外国人のように肩をすくめてみせた。悪い癖だ。調子に乗ってくると、講談師のように語り聞かせようとする。何人かは「ああ、また始まったよ」とこぼしている。
供述内容は先程の妹尾の報告と一致する。この辺が殺害動機に繋がりそうだ。
三千代の人物像はまだ掘り下げていなかったが、長年に亘る正子との確執に老いが加わり、攻撃的な性分が表に現れたのかもしれない。
三千代に限らず、普通の会社員が定年後に暴れる老人と化すことは、ままある。
「なんたって五十万ですからね。おまけに治療費と称し、もう五万、追加で恵んでくれたらしく、ムカつきながらも金を引っ張ることには成功したんで、溜飲は下がったようです」
どこまで現金な奴なんだ。
「三回借金したことは分かった。それで?」
とうとう係長までがイライラし始めた。
「五十万と増えた分、ギャンブルに突っ込む額まで増えてしまって、結局、三週間もしないうちにすっからかんになったそうです」
そう言って長い首を振り周囲を見回す中野に、「いいから早くしろ!」と怒号が飛び始める。
「佐藤は、事件前日の昼前に三千代に電話をかけ、『この前の傷が深くて五万じゃ足りなかった。あと十万用意しろ』と、吹っ掛けたそうです。散々脅したらしいですが、三千代は鼻で笑うだけだったそうです。『十万は見舞金としてやる。その代わり、借りた金を全額耳をそろえて今すぐ返済しろ』と、逆に怒鳴ったそうです。『急に言われても返せない』、『いや返せ』の応酬の末に、『お前みたいな能無しは、どうせまともに働いて稼ぐことなんかできないんだろう』とか、まあ、三千代から罵詈雑言を浴びたらしいですが、この「能無し」が佐藤にとってはNGワードだったみたいですね」
教師が「はい、ここテストに出まーす」というように、今から言うことをよく聞いとけよと、中野は人差し指を立てた。
「佐藤は五年前までは、スーパーで正社員として働いていたそうなんですが、上司が上昇志向の高い若造に変わってから、いわゆるパワハラを受けて鬱になり、最終的に会社を辞めざるを得なくなったそうです。そのパワハラ上司から『この能無し』と、毎日毎日言われ続けていたらしく、同じセリフを言い放った三千代が上司に見えたんでしょうね。このとき、ムクムクっと殺意がわいたと言っています」
ここまでの道のりが長すぎる。もっと簡潔でいいだろうに。
「佐藤は、はなっから金を返す気などさらさらなく、貸してもらえなくなったらそれまで、と気安く考えていたそうです。『相手は金持ちのババア』、『いざとなったら脅して、なんなら一発くらい殴ってやれば大人しく従うだろう』と」
そんなところだろうな、と皆、納得している。
「それで二回目までは目論み通りに進んだようなんですが、三回目に異変が生じたそうです。その日もいつものように三千代の部屋に入るなり、土下座して、『これで最後ですから、どうか五十万、なんとか五十万貸してください』と頼んだそうなんですが――。あ、二回目の時に、三千代が封筒から金を出すところを見たら、五十万くらいの札が入っていたらしいです。『せっかく相手が二回目は増額してくると踏んでいたのに、自分は馬鹿みたいに前回と同じ額を言っちまった』と、本当に悔しがっていました」
「借金の話はその辺でいいだろ!」
またしてもヤジが飛んだ。中野は一切気にする様子はなく、自分のペースで続ける。
「三回目に会った三千代はいつもと違い、ものすごいヒステリーを起こしていて、まともに会話できる状態じゃなかったそうです。『タダじゃおかない』とか、『絶対に許さない』とか、うわごとのようにつぶやいていたそうです」
――おそらく正子だな。
堤の脳裏にふんぞり返った正子の姿が浮かんだ。
佐藤が訪ねてきた日に、たまたま正子も実家に顔を出していたのだろう。
一夫から佐藤が訪ねてくることを聞き、三千代に注意したのかもしれない。自慢の実家に不審人物など招き入れるな、とかなんとか。
「佐藤が必死になって頭を床に擦り付けていると、突然、三千代に頭を踏まれたそうです。驚いて顔を上げると、三千代が棒のようなもので顔を突いてきたそうです。後からよく見ると杖だったそうですが」
正子と喧嘩しても言い返せずストレスが溜まり、他人への暴力という形で発散したのだろうか。
「さすがに頭にきたので、顔を上げて脅し文句の一つでも言ってやろうとしたところ、三千代は嫌なら帰れと笑ったそうです」
小太りの老婆に逆らえないとはな。まあプライドなどないだろうから、金のためなら我慢できるのか。
「佐藤も金を手にするまでは帰れませんからねえ。それからしばらくは、床につけた頭を小突き回されたり蹴られたりと、それこそ犬畜生のように扱われたそうです。もう我慢ができないと、頭を上げて睨みつけたとき、三千代がゲラゲラ笑って急に『五十万貸してやる』と言ったそうです。佐藤は三千代の急な変わり様にびっくりして、気を削がれたと言っています。もし小突くのを止めるのがもう少し遅かったら、三千代はこのとき死んでいたかもしれませんがね。ま、金が貰えるっていうことで、佐藤の怒りも収まったそうですが、頭の上の方が熱いなと思い、額に触ったら血が出ていたそうです」
中野は外国人のように肩をすくめてみせた。悪い癖だ。調子に乗ってくると、講談師のように語り聞かせようとする。何人かは「ああ、また始まったよ」とこぼしている。
供述内容は先程の妹尾の報告と一致する。この辺が殺害動機に繋がりそうだ。
三千代の人物像はまだ掘り下げていなかったが、長年に亘る正子との確執に老いが加わり、攻撃的な性分が表に現れたのかもしれない。
三千代に限らず、普通の会社員が定年後に暴れる老人と化すことは、ままある。
「なんたって五十万ですからね。おまけに治療費と称し、もう五万、追加で恵んでくれたらしく、ムカつきながらも金を引っ張ることには成功したんで、溜飲は下がったようです」
どこまで現金な奴なんだ。
「三回借金したことは分かった。それで?」
とうとう係長までがイライラし始めた。
「五十万と増えた分、ギャンブルに突っ込む額まで増えてしまって、結局、三週間もしないうちにすっからかんになったそうです」
そう言って長い首を振り周囲を見回す中野に、「いいから早くしろ!」と怒号が飛び始める。
「佐藤は、事件前日の昼前に三千代に電話をかけ、『この前の傷が深くて五万じゃ足りなかった。あと十万用意しろ』と、吹っ掛けたそうです。散々脅したらしいですが、三千代は鼻で笑うだけだったそうです。『十万は見舞金としてやる。その代わり、借りた金を全額耳をそろえて今すぐ返済しろ』と、逆に怒鳴ったそうです。『急に言われても返せない』、『いや返せ』の応酬の末に、『お前みたいな能無しは、どうせまともに働いて稼ぐことなんかできないんだろう』とか、まあ、三千代から罵詈雑言を浴びたらしいですが、この「能無し」が佐藤にとってはNGワードだったみたいですね」
教師が「はい、ここテストに出まーす」というように、今から言うことをよく聞いとけよと、中野は人差し指を立てた。
「佐藤は五年前までは、スーパーで正社員として働いていたそうなんですが、上司が上昇志向の高い若造に変わってから、いわゆるパワハラを受けて鬱になり、最終的に会社を辞めざるを得なくなったそうです。そのパワハラ上司から『この能無し』と、毎日毎日言われ続けていたらしく、同じセリフを言い放った三千代が上司に見えたんでしょうね。このとき、ムクムクっと殺意がわいたと言っています」
ここまでの道のりが長すぎる。もっと簡潔でいいだろうに。
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