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1章
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◆第17話 「魔王の、静かな食卓」
ディアボロスの玉座は、いつも静かだった。
豪奢な装飾も、威圧するような黒曜石の柱も、王としての威厳を示すには充分すぎる。
だが彼にとって、それはただの“舞台装置”にすぎない。
「……何の報告もないというのは、平穏すぎるということだ」
ぼそりと呟いてから、執務机の引き出しを開ける。
そこには――
整然と並べられた紙袋が数個、香草と肉の香りを含んで微かに漂っていた。
“モフのしっぽ亭”の包み飯。
“ラテプレート”のプリンとライスコロッケ。
数日前、部下に命じて買ってこさせたそれを、彼は完璧な温度管理で保存していた。
「……食べすぎれば、ありがたみが薄れる」
そう言いながらも、今日はどうしても食べたくなっていた。
王という存在は、常に“完全”を求められる。
弱さも迷いも、他者への共感も、排除してきた。
それが魔族をまとめ、長きにわたりこの地を治めてきた理由だ。
だが――
「……あの娘の料理は、腹を満たすだけではない」
一口含むだけで、静かに脳がほどけていく。
気づけば、肩の力が抜け、呼吸が深くなる。
かつて人間を“弱く、儚く、欺瞞の種”としか見ていなかった頃の自分が思い出せないほどだ。
(シュヴァルツが執着する理由も、わからなくはない)
だが、それ以上にディアボロスは知っている。
人間の危うさを。欲望と恐怖が、どれほど容易に手を血で汚すか。
彼自身――数百年も前に、信じた人間に裏切られた経験がある。
「なのに、あの娘は……」
ただ料理を作り、笑い、魔獣を撫で、店を開き、常連を迎える。
なんの力も持たず、ただ“暮らしている”だけなのに、その存在が人の心をほどいていく。
そして今、彼の元には報せが届いていた。
“王都の人間が、店に興味を持ち始めている”
“調査員が店に接近した形跡がある”
“敵意を持つ者が動いている可能性が高い”
ディアボロスは、静かに立ち上がる。
「愚かだな。あの娘の価値も、守るべき温度も、理解できぬとは」
そして、机の隅に置かれていたプリンを一口食べると、ほんのわずかに口元が緩んだ。
「……美味。やはり、王の器だ」
その呟きを聞いたのは、柱の陰にいたシュヴァルツだけだった。
「――動くのか?」
「動く必要があるのは、“奴ら”の方だ。俺はただ、飯を食うだけだ」
だがその言葉とは裏腹に、彼の足元にはすでに光の残滓が揺れていた。
魔王は、動かぬまま世界を見据える。
そして、もし必要とあらば――
己の力で、“一つの食卓”を守ることさえ厭わない。
それは、かつてすべてを焼き尽くした魔王が、
今もっとも“大切だと思っているもの”のためだった。
ディアボロスの玉座は、いつも静かだった。
豪奢な装飾も、威圧するような黒曜石の柱も、王としての威厳を示すには充分すぎる。
だが彼にとって、それはただの“舞台装置”にすぎない。
「……何の報告もないというのは、平穏すぎるということだ」
ぼそりと呟いてから、執務机の引き出しを開ける。
そこには――
整然と並べられた紙袋が数個、香草と肉の香りを含んで微かに漂っていた。
“モフのしっぽ亭”の包み飯。
“ラテプレート”のプリンとライスコロッケ。
数日前、部下に命じて買ってこさせたそれを、彼は完璧な温度管理で保存していた。
「……食べすぎれば、ありがたみが薄れる」
そう言いながらも、今日はどうしても食べたくなっていた。
王という存在は、常に“完全”を求められる。
弱さも迷いも、他者への共感も、排除してきた。
それが魔族をまとめ、長きにわたりこの地を治めてきた理由だ。
だが――
「……あの娘の料理は、腹を満たすだけではない」
一口含むだけで、静かに脳がほどけていく。
気づけば、肩の力が抜け、呼吸が深くなる。
かつて人間を“弱く、儚く、欺瞞の種”としか見ていなかった頃の自分が思い出せないほどだ。
(シュヴァルツが執着する理由も、わからなくはない)
だが、それ以上にディアボロスは知っている。
人間の危うさを。欲望と恐怖が、どれほど容易に手を血で汚すか。
彼自身――数百年も前に、信じた人間に裏切られた経験がある。
「なのに、あの娘は……」
ただ料理を作り、笑い、魔獣を撫で、店を開き、常連を迎える。
なんの力も持たず、ただ“暮らしている”だけなのに、その存在が人の心をほどいていく。
そして今、彼の元には報せが届いていた。
“王都の人間が、店に興味を持ち始めている”
“調査員が店に接近した形跡がある”
“敵意を持つ者が動いている可能性が高い”
ディアボロスは、静かに立ち上がる。
「愚かだな。あの娘の価値も、守るべき温度も、理解できぬとは」
そして、机の隅に置かれていたプリンを一口食べると、ほんのわずかに口元が緩んだ。
「……美味。やはり、王の器だ」
その呟きを聞いたのは、柱の陰にいたシュヴァルツだけだった。
「――動くのか?」
「動く必要があるのは、“奴ら”の方だ。俺はただ、飯を食うだけだ」
だがその言葉とは裏腹に、彼の足元にはすでに光の残滓が揺れていた。
魔王は、動かぬまま世界を見据える。
そして、もし必要とあらば――
己の力で、“一つの食卓”を守ることさえ厭わない。
それは、かつてすべてを焼き尽くした魔王が、
今もっとも“大切だと思っているもの”のためだった。
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