38 / 66
2章
8
しおりを挟む
◆第38話 「涙ひとしずく、ごはんひとさじ」
「どうぞ、お召し上がりください」
ミレイアは両手で丁寧に膳を差し出した。
木の盆には、湯気をたっぷりとまとった炊き込みご飯と、
とろりとした茶碗蒸し。
横には、手拭きと湯呑みをそっと添えてある。
食べる者は、王都から派遣された若き騎士――レオン。
カリス直属の部下として町に常駐していたが、
内心では“あの拘束命令”に疑問を抱いていた一人だった。
「……いただきます」
無言のまま、彼はまず炊き込みご飯をひと口、口に運ぶ。
ふわっと広がる出汁の香り。
しみ込んだ鶏と根菜の、ほどけるようなやさしい味。
「…………」
次に、茶碗蒸し。
スプーンですくうと、ぷるりと震える卵の層の中に、
銀杏、しいたけ、小エビの香りと甘さが包まれていた。
「――っ」
ごくん、とひと口飲み込んだその瞬間。
カチャ、とスプーンが器に当たる音が鳴る。
レオンは、膝の上に両手を置いて、顔を伏せた。
「……おいしすぎて……意味がわかりません……」
震える声が、静かに落ちた。
ぽとり、と
ひとしずくの涙が、器の端に落ちる。
「どうして……あのとき、母が夜中にこっそりこれを作ってくれたのを思い出しました。
僕が剣の試験で落ちて、泣き疲れて眠った夜……」
ミレイアは、そっと座ったまま、何も言わずに見つめていた。
ラテが静かに足元へ寄り添い、
「もふ」とひとつだけ鳴く。
「こんなもので……何かが変わるなんて、思っていなかった。
でも……これは、変わる力があります」
レオンは顔を上げ、目を赤くしながらも、真っ直ぐミレイアを見た。
「……“剣より強いごはん”なんて、本気にすると思ってましたか?」
ミレイアは、少し困ったように笑った。
「うん。でも、思ってくれたなら……それが、答えかも」
店内は静かだった。
けれどその沈黙には、確かな“温度”があった。
心がほぐれる音は、たぶん、誰にも聞こえない。
でも、それはたしかに“ここ”にあった。
「どうぞ、お召し上がりください」
ミレイアは両手で丁寧に膳を差し出した。
木の盆には、湯気をたっぷりとまとった炊き込みご飯と、
とろりとした茶碗蒸し。
横には、手拭きと湯呑みをそっと添えてある。
食べる者は、王都から派遣された若き騎士――レオン。
カリス直属の部下として町に常駐していたが、
内心では“あの拘束命令”に疑問を抱いていた一人だった。
「……いただきます」
無言のまま、彼はまず炊き込みご飯をひと口、口に運ぶ。
ふわっと広がる出汁の香り。
しみ込んだ鶏と根菜の、ほどけるようなやさしい味。
「…………」
次に、茶碗蒸し。
スプーンですくうと、ぷるりと震える卵の層の中に、
銀杏、しいたけ、小エビの香りと甘さが包まれていた。
「――っ」
ごくん、とひと口飲み込んだその瞬間。
カチャ、とスプーンが器に当たる音が鳴る。
レオンは、膝の上に両手を置いて、顔を伏せた。
「……おいしすぎて……意味がわかりません……」
震える声が、静かに落ちた。
ぽとり、と
ひとしずくの涙が、器の端に落ちる。
「どうして……あのとき、母が夜中にこっそりこれを作ってくれたのを思い出しました。
僕が剣の試験で落ちて、泣き疲れて眠った夜……」
ミレイアは、そっと座ったまま、何も言わずに見つめていた。
ラテが静かに足元へ寄り添い、
「もふ」とひとつだけ鳴く。
「こんなもので……何かが変わるなんて、思っていなかった。
でも……これは、変わる力があります」
レオンは顔を上げ、目を赤くしながらも、真っ直ぐミレイアを見た。
「……“剣より強いごはん”なんて、本気にすると思ってましたか?」
ミレイアは、少し困ったように笑った。
「うん。でも、思ってくれたなら……それが、答えかも」
店内は静かだった。
けれどその沈黙には、確かな“温度”があった。
心がほぐれる音は、たぶん、誰にも聞こえない。
でも、それはたしかに“ここ”にあった。
0
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる