2 / 40
第1章
第2話
しおりを挟む
「自分のこと好きって言ってくれた人に対して、優しさとか気遣いってものがあってもよかったんじゃない?」
「気遣いって?」
「いや知りませんけど」
彼はまるで何かの間違い探しでもしているかのように私を見下ろした。
さっきまで低木の小枝だらけの中に無理矢理体を突っ込ませていたのだ。
緑のチェックが入った黒い制服のスカートは汚れていたし、地黒なおかっぱ頭の髪の毛だってくしゃくしゃだ。
「俺なりにちゃんとお願いしたつもりだったんだけど。他にどんな言い方すればよかった?」
「あんな態度で?」
彼は表情の読めない薄っぺらい顔のまま、わずかに首を傾け、何かを考え始めたようだ。
「えっと……。今日さっきここで見たことは、他でペラペラしゃべらないで、誰にも言わないでおいて……」
「私のことじゃなくて、告白の断り方のこと!」
「さっきの子、知ってる人?」
「いや」
「じゃあなんでそんなことが気になんの? そんな俺に興味あった?」
「別にないです」
とは断言したものの、女子の間では人気のある男の子だ。
身長と血液型。誕生月とクラスの出席番号はもちろん、入っている委員会だって知っている。
ヘンに探りを入れてるとかじゃなくって、そもそも同じクラスなワケだし?
「確か同じクラスだよね。しゃべったことないけど」
だけどこれらは、あくまで同じクラスだからこそ自然に知り得た情報であって、彼自身を知っていると言えることじゃない。
「あぁ。そうですね。クラスは一緒ですね」
「なんで敬語?」
「さぁ」
一瞬でも相手に引かれたと気づいたとたん、今度はこっちが恥ずかしくなる。
どうせ私は地味で目立たず、教室の隅っこで群れてるモブ女ですよ。
一世一代の告白を前に、準備万全整えてきたさっきの彼女と自分を比べたって仕方ないんだけど、今の私はボロボロだし。
それにしても、いくら顔はよくたってやっぱ性格悪くない?
ってゆーか有名人とか人気者とかモブとか雑魚とかそういう前に、ほぼほぼ初対面と言ってもいい人間に対して、人としての接し方ってゆーものがあるでしょ。
お互いにだけどさ。
「なんで俺がそんな怒られてんのか、さっぱり分からないんだけど」
「あのねぇ。私も人のこと言える立場じゃないんだけどさ……」
てゆーか、なんかこの人やっぱ感じ悪い。
なんでこんな話になったんだろ。
さっさと切り上げて早く帰りたい。
そもそも私みたいなのが、こんなクラスでも目立つ人気者としゃべってるなんて。
しかも男子。
もう人生で一生ありえない。
早くここから逃げ出したい。
そもそも私にこんな人としゃべる資格がない。
同じクラスにいても、現世と異世界の住人ほどの格差を自覚している。
王侯貴族と村人Aだ。
このままへらへら笑って謝って、何事もなかったみたいにこれまで通り、互いに空気な存在で……。
「ギイヤァァッッ!!」
突然上空からの不穏な叫び声に、パッと顔を上げた。
バタバタという強く翼を打ち付ける羽音と、必死の叫び声が耳をつんざく。
激しくもみ合う白と黒の塊が、遙か空の高いところから、目の前にドサリと落ちてきた。
「ヤメロこのクソカラス! ふざけんな、あっちいけや!」
背に白い翼を持つ小さな人が、カラスと格闘している。
カラスはこの辺りをナワバリとしている大型のカラスで、いつも校舎の高い所から登校してくる生徒たちを見下ろすボスだ。
うっかり弁当やパンを外に置いたままにしておくと、めざとくそれを見つけて奪いとることから、先生たちが何度も追い払おうと試みるも、一度も成功したことはない。
知能も高く罠はもちろん特定の人物には一切近寄らず、一人でいる弱そうな生徒を狙っては、手元の食料を奪い取るという犯行を繰り返していた。
校内での彼のテリトリーにうっかりはいり込もうなら、たとえ相手が人間でも容赦はない。
ギャアギャアと声高に叫び威嚇してくる大型のカラスに、誰もが恐れおののく存在だ。
「コレでもくらえ!」
そのカラスとほぼ同じくらいの大きさで、白い布で半身を覆い背中に翼をもった人は、腰に引っかけていた「すだち」ほどの大きさのりんごを手にとると、空に向かって勢いよくそれを放り投げた。
ボスの目的はそれだったのか、そのすだちサイズのりんごを追いかけ、真っ黒な翼を広げるとすぐさま空へ飛び立ってゆく。
「あーぁ。あのクソカラスめ。これだから最近の都会のカラスってヤツは。まぁ今日のところはこれくらいで許してやるか」
体に巻き付けている真っ白な布一枚の衣装は、泥だらけで所々破れてしまっている。
彼はブツブツと捨て台詞を吐きながら、身なりを整え始めた。
突然の出来事に私はもちろん、坂下くんも全然脳内処理が追いついていない。
「あ、あの……」
こっちに気づいているのかいないのか、私は愚痴をこぼし続ける彼におずおずと声をかけた。
「……。あ、見つかっちゃいました?」
白い翼を持った小さな人と、ようやく目が合った。
真っ白な肌に幼い男の子のような顔をしている。
金髪のくるくるした巻き毛に目の覚めるような青い目は……。
「え? もしかして本気で天使ってやつです?」
「あ、はい。マジ天使っす」
いたんだ本物。
彼はその小さな羽を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮き上がった。
「あー。結構日本でも有名になっちゃいましたからねー。ほら、今やグローバル社会って常識じゃないですか。天使の世界も一部地域だけでは上手く回ってかないっていうか。あ、『グローバル社会』って言葉、今も使ってる?」
坂下くんと目を合わせる。
いつも冷静沈着で優等生な彼まで意識がショートしているのか、彼はよくしゃべる天使を呆然と見上げた。
「気遣いって?」
「いや知りませんけど」
彼はまるで何かの間違い探しでもしているかのように私を見下ろした。
さっきまで低木の小枝だらけの中に無理矢理体を突っ込ませていたのだ。
緑のチェックが入った黒い制服のスカートは汚れていたし、地黒なおかっぱ頭の髪の毛だってくしゃくしゃだ。
「俺なりにちゃんとお願いしたつもりだったんだけど。他にどんな言い方すればよかった?」
「あんな態度で?」
彼は表情の読めない薄っぺらい顔のまま、わずかに首を傾け、何かを考え始めたようだ。
「えっと……。今日さっきここで見たことは、他でペラペラしゃべらないで、誰にも言わないでおいて……」
「私のことじゃなくて、告白の断り方のこと!」
「さっきの子、知ってる人?」
「いや」
「じゃあなんでそんなことが気になんの? そんな俺に興味あった?」
「別にないです」
とは断言したものの、女子の間では人気のある男の子だ。
身長と血液型。誕生月とクラスの出席番号はもちろん、入っている委員会だって知っている。
ヘンに探りを入れてるとかじゃなくって、そもそも同じクラスなワケだし?
「確か同じクラスだよね。しゃべったことないけど」
だけどこれらは、あくまで同じクラスだからこそ自然に知り得た情報であって、彼自身を知っていると言えることじゃない。
「あぁ。そうですね。クラスは一緒ですね」
「なんで敬語?」
「さぁ」
一瞬でも相手に引かれたと気づいたとたん、今度はこっちが恥ずかしくなる。
どうせ私は地味で目立たず、教室の隅っこで群れてるモブ女ですよ。
一世一代の告白を前に、準備万全整えてきたさっきの彼女と自分を比べたって仕方ないんだけど、今の私はボロボロだし。
それにしても、いくら顔はよくたってやっぱ性格悪くない?
ってゆーか有名人とか人気者とかモブとか雑魚とかそういう前に、ほぼほぼ初対面と言ってもいい人間に対して、人としての接し方ってゆーものがあるでしょ。
お互いにだけどさ。
「なんで俺がそんな怒られてんのか、さっぱり分からないんだけど」
「あのねぇ。私も人のこと言える立場じゃないんだけどさ……」
てゆーか、なんかこの人やっぱ感じ悪い。
なんでこんな話になったんだろ。
さっさと切り上げて早く帰りたい。
そもそも私みたいなのが、こんなクラスでも目立つ人気者としゃべってるなんて。
しかも男子。
もう人生で一生ありえない。
早くここから逃げ出したい。
そもそも私にこんな人としゃべる資格がない。
同じクラスにいても、現世と異世界の住人ほどの格差を自覚している。
王侯貴族と村人Aだ。
このままへらへら笑って謝って、何事もなかったみたいにこれまで通り、互いに空気な存在で……。
「ギイヤァァッッ!!」
突然上空からの不穏な叫び声に、パッと顔を上げた。
バタバタという強く翼を打ち付ける羽音と、必死の叫び声が耳をつんざく。
激しくもみ合う白と黒の塊が、遙か空の高いところから、目の前にドサリと落ちてきた。
「ヤメロこのクソカラス! ふざけんな、あっちいけや!」
背に白い翼を持つ小さな人が、カラスと格闘している。
カラスはこの辺りをナワバリとしている大型のカラスで、いつも校舎の高い所から登校してくる生徒たちを見下ろすボスだ。
うっかり弁当やパンを外に置いたままにしておくと、めざとくそれを見つけて奪いとることから、先生たちが何度も追い払おうと試みるも、一度も成功したことはない。
知能も高く罠はもちろん特定の人物には一切近寄らず、一人でいる弱そうな生徒を狙っては、手元の食料を奪い取るという犯行を繰り返していた。
校内での彼のテリトリーにうっかりはいり込もうなら、たとえ相手が人間でも容赦はない。
ギャアギャアと声高に叫び威嚇してくる大型のカラスに、誰もが恐れおののく存在だ。
「コレでもくらえ!」
そのカラスとほぼ同じくらいの大きさで、白い布で半身を覆い背中に翼をもった人は、腰に引っかけていた「すだち」ほどの大きさのりんごを手にとると、空に向かって勢いよくそれを放り投げた。
ボスの目的はそれだったのか、そのすだちサイズのりんごを追いかけ、真っ黒な翼を広げるとすぐさま空へ飛び立ってゆく。
「あーぁ。あのクソカラスめ。これだから最近の都会のカラスってヤツは。まぁ今日のところはこれくらいで許してやるか」
体に巻き付けている真っ白な布一枚の衣装は、泥だらけで所々破れてしまっている。
彼はブツブツと捨て台詞を吐きながら、身なりを整え始めた。
突然の出来事に私はもちろん、坂下くんも全然脳内処理が追いついていない。
「あ、あの……」
こっちに気づいているのかいないのか、私は愚痴をこぼし続ける彼におずおずと声をかけた。
「……。あ、見つかっちゃいました?」
白い翼を持った小さな人と、ようやく目が合った。
真っ白な肌に幼い男の子のような顔をしている。
金髪のくるくるした巻き毛に目の覚めるような青い目は……。
「え? もしかして本気で天使ってやつです?」
「あ、はい。マジ天使っす」
いたんだ本物。
彼はその小さな羽を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮き上がった。
「あー。結構日本でも有名になっちゃいましたからねー。ほら、今やグローバル社会って常識じゃないですか。天使の世界も一部地域だけでは上手く回ってかないっていうか。あ、『グローバル社会』って言葉、今も使ってる?」
坂下くんと目を合わせる。
いつも冷静沈着で優等生な彼まで意識がショートしているのか、彼はよくしゃべる天使を呆然と見上げた。
0
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
聖女は秘密の皇帝に抱かれる
アルケミスト
恋愛
神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。
『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。
行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、
痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。
戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。
快楽に溺れてはだめ。
そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。
果たして次期皇帝は誰なのか?
ツェリルは無事聖女になることはできるのか?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる