天使がくれた恋するスティック

岡智 みみか

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第1章

第3話

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「あー……。多分グローバル社会って言葉、まだ通じると思いますけど。えっと、天使さんはなぜここに?」

 恐る恐る、高い鼻をツンと上に向けた彼に尋ねる。

「今ってほら、春だし? 新しい出会いと別れの季節だし? まぁ、実はあんま季節とか関係ないんですけどね。色々忙しいんですよこっちも。イベント前後とかね」

 よく見ると彼は背に、矢筒のようなものを背負っている。

「ところでさ。僕が見えちゃったこと、内緒にしておいてもらえません? 申し訳ないんだけどさ。査定に響くんで。悪いね」
「査定……。そんなのまであるんだ」

 見た目は本当に可愛らしくて愛くるしいだけの男の子なのに、話す口調や繰り出す仕草は、完全にどっかの古びた昭和臭のする営業職のオッサンだ。

「あ、もちろんお礼はしますよ。タダより怖いものって、ないって言うじゃないですかぁ。こう見えて僕も、いちおう天使なんで。ちゃんとするところでは、ちゃんとしてるんで」

 古いタイプのお笑い芸人のように、軽く流暢なしゃべり口でそう言うと、背にぶら下げた矢筒からマドラーのようなスティックを取りだした。

「はーい。天使からの贈り物といったら、ベタという名の王道です! 恋するスティック! 聞いたことあるでしょ。いつの時代も結局これが一番人気なんですよねー。天使界不動の第1位!」
「恋するスティック?」

 私と坂下くんの声が重なった。

「そういうのって、天使の弓矢とかじゃないの?」
「あー、お客さん。困りますねぇ。時代感覚のアプデは常に必要ですよぉー」

 彼は芝居がかったように派手にうんざりとしてみせる。
得意気な感じでやれやれと首を横に振ると、取りだしたスティックを空中に並べ始めた。
校舎裏のじめじめした空き地で、彼が空中にピタリと止めた位置に、それは留まり続けている。

「弓なんてさぁ、自分使えます? 使ったことあります? ちゃんと飛ばせないわ当たらないわで、評判めちゃくちゃ悪くって。もう120年くらい前には、改良されてるんですよぉー。あぁ、もっと後だったかなぁ? あの時代ってさぁ、あ。もちろん君たちは知らないよねぇ。ちょっとしゃべらせてもらってもいい? あの頃はさぁ、僕らもまだ世間的にもうちょっとありがたい存在っていうかぁ、姿見せたら驚かれもしたし、なんていうの? 世間はもうちょっと……」

 私は彼の愚痴のようでありながら自慢のようでもある話を半分聞き流しながら、空中に並べられたスティックを見上げた。
本体である棒の部分はやや幅広く、白とピンクのカラーが斜線状に入っている。
長さは20㎝に満たない程度だ。
両端のうちの片方が矢のように尖っていて、反対側の矢羽に当たる部分には、翼とハートのマークが付いている。
それぞれ2組4本のマークが対になっていて、『  は』と『  を好きになる』と書かれていた。

「ね。分かりやすく改良されてるでしょ。ユニバーサルデザインってやつですよぉ~。これで事故率も随分低下しました。クレーム対応も激減したと、コールセンタースタッフもイチ推しです!」
「この、『  は』のスティックを刺された人間は、『  を好きになる』が刺さった人のことを、好きになるってこと?」
「はい、そうです! 説明不要の大正解。こちらの手間も省けてます!」

 私はその2組4本のスティックを、まじまじと見上げる。
坂下くんも私の隣で、手の届きにくい高い位置にあるそれをじっと見ていた。

「あ、『ユニバーサルデザイン』って言葉、最近でもまだ使ってる?」
「おい。本当にコレ、効果あんのかよ」

 彼は天使からの質問を完全に無視して、そう詰め寄った。

「あ、疑い深いですねぇー。そういうのは、よろしくないですねぇー。効果は抜群。安心安全。天界マークの保証付きですよ?」
「これを俺たちに渡して、どうすんだ」
「ノルマがねぇ~!」
「あんたの仕事を手伝えってこと?」
「やだなぁ! 一石二鳥のwin-winってもんですよぉ」

 冗談じゃない。
そんなの、相手が例え坂下くんじゃなくったって、こっちから願い下げだ。

「手伝わないから。そんなの絶対」
「あー。違います違います。これはお二人に差し上げます」
「え?」

 天使はこなれた雰囲気で、当たり前のごとくそう言った。

「だからぁ、僕を見ちゃったことを黙っていてくれる代わりに、これを差し上げますって言ってんの。僕のこと、あんまり言いふらさないでくださいねぇー。ま、とか言ったところで、もう壁画とかアニメなんかにもなっちゃってるし、とっくの昔から存在バレちゃってるんですけどねぇー!」

 ガハハと腹を抱えて豪快に笑う天使は、全然天使なんかじゃない。
どこにでもいる面倒くさい厄介な中年オジサンだ。
空中に留まり続けるロリポップキャンディみたいなスティックは、夢見るようにカラフルに輝き続けていた。
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