26 / 40
第8章
第1話
しおりを挟む
坂下くんは元々遠い存在の人で、そもそもお近づきになったことの方がおかしかったんだ。
だからその距離が戻ったのは、ある意味当然とも言えること。
教室はいつも通りの平和さで、私としてはそうやって自分を切り替えていきたいのに、渡り廊下奥の茂みに今も残り続けるスティックが、夢じゃないよと言っている。
刺さった人の気持ちは勝手に動かすくせに、現実の距離までは縮めてくれない。
結局一方通行にしかならないんだったら、そんなのわざわざ魔法にする意味ある?
掃除終わりと帰りのホームルーム前の隙間時間。
ゴミ収集所に捨てに行った帰り道に、渡り廊下にしゃがみ込んで宙に浮かぶスティックを見上げる。
快斗がやって来た。
「お前、ホントにこの場所好きだよな。なに見て黄昏れてんの? 空?」
彼は少し離れた位置にしゃがみ込むと、私と同じ空を見上げる。
私はしっかり見えているものでも、他の人には見えているとは限らない。
「……。もしかして、坂下とケンカした?」
なんでそんなことが気になるのとか、ほっといてくれとか言ってもいいけど、彼とこれ以上先にも進みたくないから、聞かない。
あぁ。
坂下くんも、こういう気持ちだったんだ。
「してないよ。別に普通」
「普通だったら、そんなに落ち込まないだろ」
真っ黒で伸び放題の髪は相変わらずバサバサで、それでもゆっくりと丁寧に言葉を選びながら話してくれているのは、ちゃんと伝わってる。
「なんかさ、困ってることとか、気になることがあるなら話してよ。別に直接じゃなくてもいいし。タイムラインとかDMでも。そんな深刻なことじゃなくても、『お腹空いたー』とかでもいいし」
彼はしゃがみ込んだ膝を抱え、その腕に半分顔を埋めたまま視線だけをこちらに向けて微笑んだ。
「つーか、俺も雑談送ってい?」
快斗はごそごそと自分の携帯を取り出す。
真っ黒な本体に、流行のアニメタイトルから「呪」という一文字を取った篆書体のステッカーを貼っている。
男子がみんな見てるやつだ。
「そのアニメ好きなの?」
「え? うん」
「私も見てる」
「マジか」
「別に今までも普通に送って来てたでしょ」
快斗と友達になってから、何度か一緒に遊んだ。
カラオケも行ったしゲーセンにも行った。
私のサブバックには、その時とった「もふかわ」というハムスターなのか熊なのかよく分からない真っ白なキャラクターを主人公とする、人気シリーズのキャラの一人がぶら下がっている。
ラッコをモチーフとした「先生」と呼ばれるキャラのぬいぐるみキーホルダーだ。
しかも快斗とお揃いで。
偶然二つとれたから。
「それでももっと、送ってきていいよって話」
彼はムッとした目で、こっちをにらむ。
「俺がアイコン変えたの知ってる?」
「いつ」
「いまさっき」
なにそれ。
そんなの詐欺だし。
彼が差し出すスマホ画面をチラリとのぞき見る。
新しいアイコンも、そのアニメのキャラだった。
「この人が好きなんだ。悪役じゃん」
「闇落ちしたのが逆にいいんだって」
快斗となら、なにも考えなくてもアニメとかゲームの話題でしゃべれるのに、どうしてあの人とは上手くしゃべれないんだろう。
彼はそんな話をしながらも、次々にスタンプを送ってくる。
面白いやつとかかわいいのとか。
それを見ながら笑ってる私も、大概どうにかしてると思う。
ホームルームの開始を知らせる予鈴が鳴った。
「ちゃんとさ、俺とももっと話してよ」
私が持っていた大きなゴミ箱を、彼は黙って持ってくれた。
片手をズボンのポケットに突っ込んで、先を歩く彼の後を追いかける。
さっきまで親しげに話してたことなんて何にもなかったフリをして、分かれて教室に入った。
席につくと、すぐに担任の話が始まる。
ざわついた教室で、私の席から左前方に座る快斗の右肩を眺めた。
彼から私に向けられている好意は、本物なんだろう。
スティックなんかなくたって、普通に人は恋が出来る。
私は事故でそうさせられちゃったけど、彼の思いはそうじゃない。
もしあんなことがなかったら、私は坂下くんのことを好きになったりしてた?
多分、そうはならなかった。
憧れはあっても、ファンとか推しではあっても、「好き」にはなってなかったと思う。
右前方に座る坂下くんの、真っ直ぐ伸びた背に視線を移す。
彼のことは、いいなーとは思ってた。
だけどそれは一般的に言う「かっこいい」であって、芸能人とかアイドルへ向けての好意に近かった。
絶対に手が届かないからこそ、他の女の子と一緒になってきゃあきゃあ騒げた。
それが恋の原型のようなものであったとしても、その種子が芽吹くことは決してなかった。
それだけははっきりと分かる。
じゃあもしスティックが刺さってなくて、天使と遭遇しないまま今の状態を迎えていたら、私は快斗と付き合った?
彼の好意はありがたく思うけど、同じ気持ちで応えられる自信はない。
付き合っていくうちに、好きになっていくのかな。
そうなる可能性、またはそうなってくれる可能性込みで、告白したり付き合い始めるってこと?
みんなどうやって、好きな人を作ってんだろ。
「じゃあ解散。また明日―」
先生のその言葉を合図に、縛りを解かれた教室はどっと騒がしくなった。
坂下くんはいつものように優等生軍団である館山さんたちと先生のところへ行って、一緒になんか話してる。
快斗は男友達数人とさっそくゲームを始めていた。
魔法がかかっていてもいなくても、快斗のところへなら今すぐにでも入っていける。
何してんのー、なんのゲームーって。
だけど、坂下くんのところへは?
だからその距離が戻ったのは、ある意味当然とも言えること。
教室はいつも通りの平和さで、私としてはそうやって自分を切り替えていきたいのに、渡り廊下奥の茂みに今も残り続けるスティックが、夢じゃないよと言っている。
刺さった人の気持ちは勝手に動かすくせに、現実の距離までは縮めてくれない。
結局一方通行にしかならないんだったら、そんなのわざわざ魔法にする意味ある?
掃除終わりと帰りのホームルーム前の隙間時間。
ゴミ収集所に捨てに行った帰り道に、渡り廊下にしゃがみ込んで宙に浮かぶスティックを見上げる。
快斗がやって来た。
「お前、ホントにこの場所好きだよな。なに見て黄昏れてんの? 空?」
彼は少し離れた位置にしゃがみ込むと、私と同じ空を見上げる。
私はしっかり見えているものでも、他の人には見えているとは限らない。
「……。もしかして、坂下とケンカした?」
なんでそんなことが気になるのとか、ほっといてくれとか言ってもいいけど、彼とこれ以上先にも進みたくないから、聞かない。
あぁ。
坂下くんも、こういう気持ちだったんだ。
「してないよ。別に普通」
「普通だったら、そんなに落ち込まないだろ」
真っ黒で伸び放題の髪は相変わらずバサバサで、それでもゆっくりと丁寧に言葉を選びながら話してくれているのは、ちゃんと伝わってる。
「なんかさ、困ってることとか、気になることがあるなら話してよ。別に直接じゃなくてもいいし。タイムラインとかDMでも。そんな深刻なことじゃなくても、『お腹空いたー』とかでもいいし」
彼はしゃがみ込んだ膝を抱え、その腕に半分顔を埋めたまま視線だけをこちらに向けて微笑んだ。
「つーか、俺も雑談送ってい?」
快斗はごそごそと自分の携帯を取り出す。
真っ黒な本体に、流行のアニメタイトルから「呪」という一文字を取った篆書体のステッカーを貼っている。
男子がみんな見てるやつだ。
「そのアニメ好きなの?」
「え? うん」
「私も見てる」
「マジか」
「別に今までも普通に送って来てたでしょ」
快斗と友達になってから、何度か一緒に遊んだ。
カラオケも行ったしゲーセンにも行った。
私のサブバックには、その時とった「もふかわ」というハムスターなのか熊なのかよく分からない真っ白なキャラクターを主人公とする、人気シリーズのキャラの一人がぶら下がっている。
ラッコをモチーフとした「先生」と呼ばれるキャラのぬいぐるみキーホルダーだ。
しかも快斗とお揃いで。
偶然二つとれたから。
「それでももっと、送ってきていいよって話」
彼はムッとした目で、こっちをにらむ。
「俺がアイコン変えたの知ってる?」
「いつ」
「いまさっき」
なにそれ。
そんなの詐欺だし。
彼が差し出すスマホ画面をチラリとのぞき見る。
新しいアイコンも、そのアニメのキャラだった。
「この人が好きなんだ。悪役じゃん」
「闇落ちしたのが逆にいいんだって」
快斗となら、なにも考えなくてもアニメとかゲームの話題でしゃべれるのに、どうしてあの人とは上手くしゃべれないんだろう。
彼はそんな話をしながらも、次々にスタンプを送ってくる。
面白いやつとかかわいいのとか。
それを見ながら笑ってる私も、大概どうにかしてると思う。
ホームルームの開始を知らせる予鈴が鳴った。
「ちゃんとさ、俺とももっと話してよ」
私が持っていた大きなゴミ箱を、彼は黙って持ってくれた。
片手をズボンのポケットに突っ込んで、先を歩く彼の後を追いかける。
さっきまで親しげに話してたことなんて何にもなかったフリをして、分かれて教室に入った。
席につくと、すぐに担任の話が始まる。
ざわついた教室で、私の席から左前方に座る快斗の右肩を眺めた。
彼から私に向けられている好意は、本物なんだろう。
スティックなんかなくたって、普通に人は恋が出来る。
私は事故でそうさせられちゃったけど、彼の思いはそうじゃない。
もしあんなことがなかったら、私は坂下くんのことを好きになったりしてた?
多分、そうはならなかった。
憧れはあっても、ファンとか推しではあっても、「好き」にはなってなかったと思う。
右前方に座る坂下くんの、真っ直ぐ伸びた背に視線を移す。
彼のことは、いいなーとは思ってた。
だけどそれは一般的に言う「かっこいい」であって、芸能人とかアイドルへ向けての好意に近かった。
絶対に手が届かないからこそ、他の女の子と一緒になってきゃあきゃあ騒げた。
それが恋の原型のようなものであったとしても、その種子が芽吹くことは決してなかった。
それだけははっきりと分かる。
じゃあもしスティックが刺さってなくて、天使と遭遇しないまま今の状態を迎えていたら、私は快斗と付き合った?
彼の好意はありがたく思うけど、同じ気持ちで応えられる自信はない。
付き合っていくうちに、好きになっていくのかな。
そうなる可能性、またはそうなってくれる可能性込みで、告白したり付き合い始めるってこと?
みんなどうやって、好きな人を作ってんだろ。
「じゃあ解散。また明日―」
先生のその言葉を合図に、縛りを解かれた教室はどっと騒がしくなった。
坂下くんはいつものように優等生軍団である館山さんたちと先生のところへ行って、一緒になんか話してる。
快斗は男友達数人とさっそくゲームを始めていた。
魔法がかかっていてもいなくても、快斗のところへなら今すぐにでも入っていける。
何してんのー、なんのゲームーって。
だけど、坂下くんのところへは?
0
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
聖女は秘密の皇帝に抱かれる
アルケミスト
恋愛
神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。
『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。
行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、
痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。
戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。
快楽に溺れてはだめ。
そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。
果たして次期皇帝は誰なのか?
ツェリルは無事聖女になることはできるのか?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる