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第6章
第7話
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「ここがルディの好きな場所?」
「いいえ! ただ立ち止まってみただけ」
「そう」
リシャールはこんなことをして、どうしたいのだろう。
私なんかと一緒にいたって、なんの得にもならないのに。
それでも彼は、なぜか楽しそうだった。
再び歩き始めた私に、今度は彼が話しかける。
「あの建物はなに?」
「物見の塔よ。昔は、戦争が盛んだった頃は、兵士が付きっきりだったみたいだけど、今はただの展望台よ。見晴らしはいいけど余り広くはないから、お部屋にするには不向きなのよね」
「あそこの四角いのは?」
「下級役人の官舎よ。近づいてもいいけど、あまり入り込みすぎると嫌われますわ」
左手に城壁を見ながら、ゆっくりと歩き続ける。
リシャールはあれこれ質問してくるわりに、返ってくる返事にはほとんど興味なさそうだった。
「もっと、君が普段足を運ぶようなところが見たいな」
「広間の方とか?」
「いいね」
複雑な迷路のようになっている回廊から、城本体の建物に入る。
人通りの少なくなった回廊で、彼はそっと私の手を握った。
「この廊下は、聖堂へ通る道?」
「そうね。外に出るためには、ここかもう一つ向こうの階段を降りる必要があるの」
繋いだ手の指が絡む。
強く握ってきた彼の手を、私も握り返した。
しっかりと繋ぎ合ったまま、私はもう一方の手で、建物の合間に見える広場を指す。
「あそこが、いつもあなたの姿が見えるところ」
「あぁ、いま借りている部屋から近いんだ。あそこからなら、王城の全体がよく見渡せる」
「知ってるわ。いつもそこから、城を見上げているもの」
「へー。そうだったんだ」
朝起きて一番に窓の外を確認する。
あまり早いとあなたはまだ出ていなくて、ずっと気にしていると侍女たちが怪しむから、私は聖堂へ向かう回廊に出るまで、紅い髪を探すのを我慢している。
「あの円形広場はね、お城の一番大きなテラスから見下ろせる位置にあるの。兵士たちの御前試合や式典が行われる時には、時々使われるわ。城内のどの場所にいても、よく見えるから」
「そうなんだ」
リシャールの横顔が、すぐ隣にある。
繋いだ手を、きゅっと握りしめた。
「だいたいいつも同じ時間ね。食事の出される時間は私のところもあなたのところもあまり変わらないから。それが終わって、すぐに出てくる時と、そうでない時がある」
「はは。俺だって、遊んでいるばかりじゃないからね。他の用もある」
だからあなたの姿が見えない時は、少しがっかりして、聖堂で待っているの。
来たらすぐに分かるわ。
生徒たちが騒ぎ始めるから。
そしたら「あぁ、来てくれたんだ」ってほっとして、私は自分の仕事に区切りをつけるの。
生徒として下の階へ降りていって、あなたがいつも来ている聖女のように白い服と紅い髪を探すの。
他の女の子たちと話している姿を見て、ドキドキしてイライラしたり、呆れたり。
あなたが私に気づいて振り向いてくれるまで、話しかけてきてくれるまで、ずっと順番を待っていたわ。
「君を見つけるのは大変なんだ。他の子たちと同じ、灰色の制服を着ているからね。そのアプリコット色の髪も、よく似た色合いの子は以外と多いんだ」
「他の方と、私を間違えるの?」
握った手をぎゅっと強く引いたら、彼は申し訳なさそうに笑った。
「あはは。仕方ないじゃないか。みんな同じ制服を着てるんだ」
「それでも、間違えないでほしかった」
「ルディ。俺の話をしよう」
小さな芝生広場を見下ろす空中回廊を、ゆっくりと進む。
リシャールの紅い前髪がふわりと揺れた。
「レランドという国は、砂漠に近い国だ。街を離れればすぐに、砂の世界が広がる。そんなところにでも、湧き水があり人や生きものの世界がある。レランドにも、世界樹の葉は茂っているんだ」
本当にあの樹は不思議な樹だと、リシャールは言った。
レランドでは固い岩盤の上にも、世界樹が生えているらしい。
夜の寒さにも昼の暑さにも耐え、岩と砂の世界の中でも、万能薬となる緑の葉を茂らせる。
「俺には腹違いの弟妹がいてね。双子なんだが、妹の方が『聖女』だったんだ。それまで我が一族のなかに、聖女の資質を持って生まれてきた者なんていなかった。すぐに二人は『処分』されたよ。聖女の生まれる確率なんて、遺伝でもなんでもなく、ただの偶然とされているのに。レランドの王族に今まで聖女がいなかったのは、いなかったんじゃない。『いない』ことにされてたんだ」
聖女がいないと、世界樹は育たない。
リシャールの国では、世界樹は命の樹とされている。
人の命を救う代わりに乙女の命を奪う、悪魔の樹だ。
「君たちのいう『聖女』は、俺の国では樹の生まれ変わりだとか、妖精と呼ばれている。どちらにしろ、人というより魔物に近い扱いだ」
樹を取り囲むように壁が築かれ、「聖女」と認定された者は、一生そこから出ることを許されなかった。
今ではそういった制度は廃止されているとはいえ、人々の間に偏見は根強い。
「魔物と交わった女に、『聖女』が生まれるとまで言われている。夜な夜な現れる樹の化身に、見初められたってね」
その弟妹は母親に連れられ、城を出てしまったという。
幼い頃に幾度か顔を合わせたことのある幼い二人の姿が、今も忘れられないそうだ。
「かわいらしい子だったんだ。二人とも。そのまま一緒に育っていたら、どうなっていたんだろうと思う。父は探そうともしていない。まぁ、彼らを追い出したのは、王妃の仕業だなんて言われているから、そう単純な話でもないんだろうけど」
私たちは手を繋いだまま、その庭へ降りた。
ここからは城の様子がぐるりと見渡せる。
「いいえ! ただ立ち止まってみただけ」
「そう」
リシャールはこんなことをして、どうしたいのだろう。
私なんかと一緒にいたって、なんの得にもならないのに。
それでも彼は、なぜか楽しそうだった。
再び歩き始めた私に、今度は彼が話しかける。
「あの建物はなに?」
「物見の塔よ。昔は、戦争が盛んだった頃は、兵士が付きっきりだったみたいだけど、今はただの展望台よ。見晴らしはいいけど余り広くはないから、お部屋にするには不向きなのよね」
「あそこの四角いのは?」
「下級役人の官舎よ。近づいてもいいけど、あまり入り込みすぎると嫌われますわ」
左手に城壁を見ながら、ゆっくりと歩き続ける。
リシャールはあれこれ質問してくるわりに、返ってくる返事にはほとんど興味なさそうだった。
「もっと、君が普段足を運ぶようなところが見たいな」
「広間の方とか?」
「いいね」
複雑な迷路のようになっている回廊から、城本体の建物に入る。
人通りの少なくなった回廊で、彼はそっと私の手を握った。
「この廊下は、聖堂へ通る道?」
「そうね。外に出るためには、ここかもう一つ向こうの階段を降りる必要があるの」
繋いだ手の指が絡む。
強く握ってきた彼の手を、私も握り返した。
しっかりと繋ぎ合ったまま、私はもう一方の手で、建物の合間に見える広場を指す。
「あそこが、いつもあなたの姿が見えるところ」
「あぁ、いま借りている部屋から近いんだ。あそこからなら、王城の全体がよく見渡せる」
「知ってるわ。いつもそこから、城を見上げているもの」
「へー。そうだったんだ」
朝起きて一番に窓の外を確認する。
あまり早いとあなたはまだ出ていなくて、ずっと気にしていると侍女たちが怪しむから、私は聖堂へ向かう回廊に出るまで、紅い髪を探すのを我慢している。
「あの円形広場はね、お城の一番大きなテラスから見下ろせる位置にあるの。兵士たちの御前試合や式典が行われる時には、時々使われるわ。城内のどの場所にいても、よく見えるから」
「そうなんだ」
リシャールの横顔が、すぐ隣にある。
繋いだ手を、きゅっと握りしめた。
「だいたいいつも同じ時間ね。食事の出される時間は私のところもあなたのところもあまり変わらないから。それが終わって、すぐに出てくる時と、そうでない時がある」
「はは。俺だって、遊んでいるばかりじゃないからね。他の用もある」
だからあなたの姿が見えない時は、少しがっかりして、聖堂で待っているの。
来たらすぐに分かるわ。
生徒たちが騒ぎ始めるから。
そしたら「あぁ、来てくれたんだ」ってほっとして、私は自分の仕事に区切りをつけるの。
生徒として下の階へ降りていって、あなたがいつも来ている聖女のように白い服と紅い髪を探すの。
他の女の子たちと話している姿を見て、ドキドキしてイライラしたり、呆れたり。
あなたが私に気づいて振り向いてくれるまで、話しかけてきてくれるまで、ずっと順番を待っていたわ。
「君を見つけるのは大変なんだ。他の子たちと同じ、灰色の制服を着ているからね。そのアプリコット色の髪も、よく似た色合いの子は以外と多いんだ」
「他の方と、私を間違えるの?」
握った手をぎゅっと強く引いたら、彼は申し訳なさそうに笑った。
「あはは。仕方ないじゃないか。みんな同じ制服を着てるんだ」
「それでも、間違えないでほしかった」
「ルディ。俺の話をしよう」
小さな芝生広場を見下ろす空中回廊を、ゆっくりと進む。
リシャールの紅い前髪がふわりと揺れた。
「レランドという国は、砂漠に近い国だ。街を離れればすぐに、砂の世界が広がる。そんなところにでも、湧き水があり人や生きものの世界がある。レランドにも、世界樹の葉は茂っているんだ」
本当にあの樹は不思議な樹だと、リシャールは言った。
レランドでは固い岩盤の上にも、世界樹が生えているらしい。
夜の寒さにも昼の暑さにも耐え、岩と砂の世界の中でも、万能薬となる緑の葉を茂らせる。
「俺には腹違いの弟妹がいてね。双子なんだが、妹の方が『聖女』だったんだ。それまで我が一族のなかに、聖女の資質を持って生まれてきた者なんていなかった。すぐに二人は『処分』されたよ。聖女の生まれる確率なんて、遺伝でもなんでもなく、ただの偶然とされているのに。レランドの王族に今まで聖女がいなかったのは、いなかったんじゃない。『いない』ことにされてたんだ」
聖女がいないと、世界樹は育たない。
リシャールの国では、世界樹は命の樹とされている。
人の命を救う代わりに乙女の命を奪う、悪魔の樹だ。
「君たちのいう『聖女』は、俺の国では樹の生まれ変わりだとか、妖精と呼ばれている。どちらにしろ、人というより魔物に近い扱いだ」
樹を取り囲むように壁が築かれ、「聖女」と認定された者は、一生そこから出ることを許されなかった。
今ではそういった制度は廃止されているとはいえ、人々の間に偏見は根強い。
「魔物と交わった女に、『聖女』が生まれるとまで言われている。夜な夜な現れる樹の化身に、見初められたってね」
その弟妹は母親に連れられ、城を出てしまったという。
幼い頃に幾度か顔を合わせたことのある幼い二人の姿が、今も忘れられないそうだ。
「かわいらしい子だったんだ。二人とも。そのまま一緒に育っていたら、どうなっていたんだろうと思う。父は探そうともしていない。まぁ、彼らを追い出したのは、王妃の仕業だなんて言われているから、そう単純な話でもないんだろうけど」
私たちは手を繋いだまま、その庭へ降りた。
ここからは城の様子がぐるりと見渡せる。
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