世界樹の下で君に祈る

岡智 みみか

文字の大きさ
42 / 50
第6章

第7話

しおりを挟む
「ここがルディの好きな場所?」
「いいえ! ただ立ち止まってみただけ」
「そう」

 リシャールはこんなことをして、どうしたいのだろう。
私なんかと一緒にいたって、なんの得にもならないのに。
それでも彼は、なぜか楽しそうだった。
再び歩き始めた私に、今度は彼が話しかける。

「あの建物はなに?」
「物見の塔よ。昔は、戦争が盛んだった頃は、兵士が付きっきりだったみたいだけど、今はただの展望台よ。見晴らしはいいけど余り広くはないから、お部屋にするには不向きなのよね」
「あそこの四角いのは?」
「下級役人の官舎よ。近づいてもいいけど、あまり入り込みすぎると嫌われますわ」

 左手に城壁を見ながら、ゆっくりと歩き続ける。
リシャールはあれこれ質問してくるわりに、返ってくる返事にはほとんど興味なさそうだった。

「もっと、君が普段足を運ぶようなところが見たいな」
「広間の方とか?」
「いいね」

 複雑な迷路のようになっている回廊から、城本体の建物に入る。
人通りの少なくなった回廊で、彼はそっと私の手を握った。

「この廊下は、聖堂へ通る道?」
「そうね。外に出るためには、ここかもう一つ向こうの階段を降りる必要があるの」

 繋いだ手の指が絡む。
強く握ってきた彼の手を、私も握り返した。
しっかりと繋ぎ合ったまま、私はもう一方の手で、建物の合間に見える広場を指す。

「あそこが、いつもあなたの姿が見えるところ」
「あぁ、いま借りている部屋から近いんだ。あそこからなら、王城の全体がよく見渡せる」
「知ってるわ。いつもそこから、城を見上げているもの」
「へー。そうだったんだ」

 朝起きて一番に窓の外を確認する。
あまり早いとあなたはまだ出ていなくて、ずっと気にしていると侍女たちが怪しむから、私は聖堂へ向かう回廊に出るまで、紅い髪を探すのを我慢している。

「あの円形広場はね、お城の一番大きなテラスから見下ろせる位置にあるの。兵士たちの御前試合や式典が行われる時には、時々使われるわ。城内のどの場所にいても、よく見えるから」
「そうなんだ」

 リシャールの横顔が、すぐ隣にある。
繋いだ手を、きゅっと握りしめた。

「だいたいいつも同じ時間ね。食事の出される時間は私のところもあなたのところもあまり変わらないから。それが終わって、すぐに出てくる時と、そうでない時がある」
「はは。俺だって、遊んでいるばかりじゃないからね。他の用もある」

 だからあなたの姿が見えない時は、少しがっかりして、聖堂で待っているの。
来たらすぐに分かるわ。
生徒たちが騒ぎ始めるから。
そしたら「あぁ、来てくれたんだ」ってほっとして、私は自分の仕事に区切りをつけるの。
生徒として下の階へ降りていって、あなたがいつも来ている聖女のように白い服と紅い髪を探すの。
他の女の子たちと話している姿を見て、ドキドキしてイライラしたり、呆れたり。
あなたが私に気づいて振り向いてくれるまで、話しかけてきてくれるまで、ずっと順番を待っていたわ。

「君を見つけるのは大変なんだ。他の子たちと同じ、灰色の制服を着ているからね。そのアプリコット色の髪も、よく似た色合いの子は以外と多いんだ」
「他の方と、私を間違えるの?」

 握った手をぎゅっと強く引いたら、彼は申し訳なさそうに笑った。

「あはは。仕方ないじゃないか。みんな同じ制服を着てるんだ」
「それでも、間違えないでほしかった」
「ルディ。俺の話をしよう」

 小さな芝生広場を見下ろす空中回廊を、ゆっくりと進む。
リシャールの紅い前髪がふわりと揺れた。

「レランドという国は、砂漠に近い国だ。街を離れればすぐに、砂の世界が広がる。そんなところにでも、湧き水があり人や生きものの世界がある。レランドにも、世界樹の葉は茂っているんだ」

 本当にあの樹は不思議な樹だと、リシャールは言った。
レランドでは固い岩盤の上にも、世界樹が生えているらしい。
夜の寒さにも昼の暑さにも耐え、岩と砂の世界の中でも、万能薬となる緑の葉を茂らせる。

「俺には腹違いの弟妹がいてね。双子なんだが、妹の方が『聖女』だったんだ。それまで我が一族のなかに、聖女の資質を持って生まれてきた者なんていなかった。すぐに二人は『処分』されたよ。聖女の生まれる確率なんて、遺伝でもなんでもなく、ただの偶然とされているのに。レランドの王族に今まで聖女がいなかったのは、いなかったんじゃない。『いない』ことにされてたんだ」

 聖女がいないと、世界樹は育たない。
リシャールの国では、世界樹は命の樹とされている。
人の命を救う代わりに乙女の命を奪う、悪魔の樹だ。

「君たちのいう『聖女』は、俺の国では樹の生まれ変わりだとか、妖精と呼ばれている。どちらにしろ、人というより魔物に近い扱いだ」

 樹を取り囲むように壁が築かれ、「聖女」と認定された者は、一生そこから出ることを許されなかった。
今ではそういった制度は廃止されているとはいえ、人々の間に偏見は根強い。

「魔物と交わった女に、『聖女』が生まれるとまで言われている。夜な夜な現れる樹の化身に、見初められたってね」

 その弟妹は母親に連れられ、城を出てしまったという。
幼い頃に幾度か顔を合わせたことのある幼い二人の姿が、今も忘れられないそうだ。

「かわいらしい子だったんだ。二人とも。そのまま一緒に育っていたら、どうなっていたんだろうと思う。父は探そうともしていない。まぁ、彼らを追い出したのは、王妃の仕業だなんて言われているから、そう単純な話でもないんだろうけど」

 私たちは手を繋いだまま、その庭へ降りた。
ここからは城の様子がぐるりと見渡せる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

処理中です...