世界樹の下で君に祈る

岡智 みみか

文字の大きさ
43 / 50
第6章

第8話

しおりを挟む
「砂漠の真ん中にポツリと立つ世界樹は、とても不思議な存在なんだ。俺たちはその姿を見ただけで、安心する。生きているという実感を取り戻す。旅の仲間に聖女がいれば、樹の周辺には魔物も現れない。過酷な環境から、生を取り戻したような感覚になるんだ。魔物を呼び寄せる魔樹から、命を救う樹に変える、そんな能力を持つ乙女たちが、王の子でありながら城にいられないなんて、おかしいじゃないか」

 リシャールが顔を上げる。
その視線の先には、エマお姉さまが世界樹の庭へ行くためにいつも通る回廊があった。

「だから、俺はエマさまに目をつけた。伝統ある由緒正しい国のお姫さまで、しかも聖女だ。高嶺の花とはいえ、俺だって身分的に申し分ないだろう?」

 その回廊を、聖女たちの隊列が通ってゆく。
祈りの時間は決められているから、決まった時間にここに出ていれば、必ず姿が見られる。
真っ白な衣装を着て歩くその隊列の中に、お姉さまの姿はなかった。
今日の礼拝の当番ではなかったのだろう。
リシャールの紅い目は、それでも過ぎてゆく白い隊列を追いかけていた。

「美しい人だと思った。俺の妻となるに相応しい人だと。レランドは新興国家でブリーシュアの財力に劣るかもしれないが、降嫁先の条件としては悪くない。もちろん簡単に進む話ではないと分かっていた。だがそれでも、こんなにも思い通りにならないとは、思わなかったな」

 彼は丸い円形広場の、芝生の上に腰を下ろした。
繋いだ手に引かれ、私も隣に並ぶ。

「好きとか嫌いだとか、そんなものは必要ないと思った。俺たちにとっての結婚なんて、そんなもんだろ。だったら一番有効で利益ある、いい結婚にしたいと思っていた。どんな国に生まれても、王族なら同じことを考える」

 秋が近づき少し涼しくなった風が、ぽっかりあいた王城の隙間のような庭に流れ込んでくる。
繋いだままの手は、どこまでも彼の体温を伝えてくる。

「正直な話、エマさまじゃなくてもよかった。身分があり聖女であるなら、誰でもよかった。それを調べ上げたら、丁度いい相手が、エマさまだったってだけで」
「お姉さまには、マートンがいるわ」
「やっぱり君も、ああいうのが好みなのか?」

 マートンのことは、ずっと好きだった。
お姉さまとの関係に気づいてからも、私の求める理想の相手、そのものだった。

「君の好みがアレだというのなら、やはり諦めるしかないな。俺はマートン卿にはなれない」

 繋いでいた温かな手が離れる。
彼は芝生の上にごろりと横になった。
急に涼しくなった風が頬を撫でる。

「マートンは、私にとって理想の相手であり憧れの方だということです。たとえ彼の想う相手が別の方であったとしても、この気持ちに変わりありませんわ」
「そうか。それは残念だ」

 芝生に寝転がる、この人の隣に私も横になった。
彼の求める相手が聖女だというのなら、私も聖女にはなれない。

「あなたにもきっと、そのうちよい相手が見つかりますわ。演技なんてなさらなくても、そのままで十分素敵でした」
「はは。それでも俺は、演技を続けるよ。それも俺の一部だ。気になる相手に振り向いてもらおうと思えば、多少は自分の見せ方というのにも、工夫は必要だろ」
「気になるお相手が、他にもいたのですか?」
「まぁね。だがその方に合わせたやり方というのが、最後まで分からないままだ」

 知らなかった。
どんな人だろう。
聖堂の乙女? 
城内で知り合った他の人? 
それとも、レランドの国内に残してきたとか……。

 寝転がったリシャールが、紅い目を閉じる。
仰向けになっている彼の手に、自分の手を重ねた。
次にこの手に重ねる人は、どんな人だろう。

「……。その方が、うらやましいですわ。あなたのような方に愛されるのなら」
「そうかな。もしそうなら……。そうだと、いいな」

 空に向けられた目は閉じられたままで、彼は遠いどこかへいる人に向かって話しているようだった。

「レランドに帰る。国から連絡が入った。戻ってこいって」

 寝転がったこの人の手に、重なる自分の手を見ている。
いつかそうなることは分かっていた。
だからそんな言葉にも、動揺したりなんかしない。
私は起き上がると、頬にかかる髪をかきあげた。
彼の手がぎゅっと私の手を掴む。
紅い目は閉じられたままで、私は彼の眠っているような顔の輪郭を、視線でなぞっている。

「近々、城で送別会が開かれるだろう。そこに君も来てくれるか?」

 指と指が絡み合う。
もう二度と、綺麗に丸まったこの爪の先を、これほど間近に見ることもないのだろう。
彼の整えられた爪の先に、指をそっと這わせる。

「もちろん。お別れの挨拶くらいさせていただきますわ」
「ありがとう」

 その言葉を最後に、彼は動かなくなってしまった。
わずかに開いた唇の隙間から、かすかな寝息が聞こえてくる。
「エマお姉さまじゃなくていいの?」という言葉が何度も何度も頭に浮かんでは、それを無理矢理消し去っている。
最後の最後まで、自分で自分を傷つける必要もないにちがいない。

 涼しくなった空気の上から、温かい日差しが照りつけている。
重ねた手はそのままで、私ももう一度横になると目を閉じた。
ウトウトとまどろみながら、この先のことなんて何にも思いつかない。
もしも願いがあるとすれば、このままずっとここで眠り続けることだ。
ぽかぽかと温かい日差しに、意識が遠のいてゆく。
聞き慣れた侍女の声に、ふと目を覚ました。

「ルディさま! このようなところでお休みになるなんて!」

 時間としては、ほんのわずかだったと思う。
侍女は私の上にバサリとブランケットをかけた。

「城中から丸見えですよ。お二人ともこんなところで、何をしていらっしゃるんですか!」

 リシャールの方にも、いつも一緒にいる従者のダンが駆け込んで来た。

「おいおい。いくらなんでも自由過ぎるだろ。二人とも」

 彼の声に、リシャールもようやく起き上がる。

「風邪ひくぞ」
「ひかねぇよ」

 リシャールは寝ぼけたような顔で、こちらを振り返った。
何かを言いかけるように口を開いて、すぐ閉じる。

「ではこれで、失礼する」

 こんなところでカッコつけたって、今さらどうしようもないのに。
彼はのろのろと立ち上がると、ダンに引き取られるようにして行ってしまった。

「ルディさまも早くお立ちを! こんなところで、いくらお相手がリシャール殿下とはいえ、度が過ぎます!」
「ごめんなさい。私もうっかりしていたのよ」

 回廊や部屋の窓から、城中の人がこちらを見て見ぬふりをしている。
注目されることには慣れているけど、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

「少し部屋で休みます」

 肩にかけられたブランケットを引き寄せる。
ふと立ち止まり振り返っても、もうそこに誰も残ってはいなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

処理中です...