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第7章
第1話
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ずっとこの城にいることが当たり前のようになっていたのに、その日常がなくなろうとしている。
リシャールの帰国の日が決まり、送別会として夜会が開かれることになった。
それに出席できない聖女見習いの乙女たちへ別れの挨拶をするため、リシャールは聖堂へ姿を見せている。
「殿下がいなくなると、寂しくなります」
「いつでもレランドへ遊びにおいで。君たちなら大歓迎だ」
彼は乙女たちに囲まれ、にこにこと愛想を振りまいている。
気の利いた冗談も優雅な仕草も、それらは全て彼の戦略であり演技だと分かっているのに、王子として洗練された極上の微笑みを自然なものとして受け入れてしまっている。
彼の言った通り、それも彼自身の一部だった。
「最後まで、営業活動は怠らないのね」
「これが俺の仕事だ」
そうやってパチンと放つ軽薄なウインクにさえ、こんなにも胸が苦しくなる。
「前にダンが、ここでのあなたの様子を国の方々がみたら驚くだろうと話していましたけど、実際のところ、どうなのでしょうね」
「はは。たいして変わりないな。切り替えるタイミングが、ここでは回数の多いだけだ」
次々と現れては挨拶をしていく乙女たちと、気軽に言葉を交わす。
手作りの花束と共に、乙女たちが一針ずつ刺繍したという世界樹の葉をモチーフにしたハンカチーフを贈られていた。
「ありがとう。こんな素敵なプレゼントは初めてだよ。今夜の夜会には、これを持っていこう」
彼はその場で畳んだハンカチーフを胸に挿す。
その言葉通り、夜会に現れた彼は胸に聖堂の乙女たちから贈られたそれをちゃんと飾っていた。
華やかな会場に、ひときわ目立つ紅い髪がサラサラと揺れる。
今夜の参加者は国内の上級貴族たちばかりのせいか、エマお姉さまのお誕生パーティーよりも、ずっと和やかな空気が流れていた。
昼間聖堂に顔を出していた時の動きやすい服装とは変わって、真っ白なレランドの気品ある正装で彼は現れた。
リシャールには、やっぱり自国の衣装が一番よく似合う。
王子としての風格が引き上げられるようだ。
ブリーシュアの風習とは異なる独特の仕草も、さらに彼を目立つ存在にさせている。
異国の香り漂う王子は、ここでも大人気だった。
美しく着飾った令嬢たちが、彼の周囲を取り囲む。
今日のために彼の髪色に合うよう仕立ててもらった淡いピンクのドレスは、見てもらえているのかな。
自分のアプリコット色の髪とも合わせてもらったのに……。
「ルディは、お別れの挨拶をしなくていいの?」
黒に金糸の刺繍を纏った、ナイトの正装でマートンが声をかけてきた。
「もう聖堂で済ませましたので」
マートンはにこにこと目元を緩ませながら、それでもからかうように私を見下ろす。
「特別なお別れは、芝生の上で済ませた?」
「マートンも見てたの!」
「あはは。城中の人間が見ていたよ。ルディとリシャール殿下が昼寝をしているところ。びっくりした」
マートンがこんな風に、私をからかうなんて珍しい。
彼は私の手を取った。
「今夜は、殿下とは踊らないの?」
「さぁ。そんなこと分かりませんわ。お誘いがあれば考えますけど」
帰りたい。
マートンがいるということは、エマお姉さまも遅れて顔を出すということだ。
華やかな音楽が鳴り響く。
リシャールは一人の令嬢をダンスに誘った。
あの人は聖女だったっけ?
彼の気になった人?
そんなくだらないことばかりが頭をよぎる。
「だったら、僕と踊ってくれるかい?」
マートンが手を差し出した。
彼にこうやって誘われることが、どれだけうれしかっただろう。
夜会があると聞く度に、マートンは行くの? 今夜は誘われた? と無邪気にお姉さまに尋ね、彼からダンスに誘われるのをじっと楽しみに待っていた。
「もちろん。喜んで」
その手に自分の手を重ねる。
マートンは静かに微笑むと、ゆっくりとステップを踏んだ。
「聖堂の仕事はどう?」
「順調よ。火事の事故処理もすんだし、修復工事も全て完了しましたわ。おかげで中の改装工事もできたし。退所していった乙女たちとの連絡網も、新しく作りましたの。受け入れ人数にも少し余裕が出来たから、新しい方をお迎えしてもいいわね。どこかで誰か……」
ずっと一人でしゃべり続けていることに気づいて、おしゃべりをやめマートンを見上げる。
彼はじっと静かに、私の話し終えるのを待っていた。
こういう時は彼から、とてもいい報告があるのか悪いことがあるのかの、どちらかと決まっている。
「どうしたの、マートン。何かお話があって、私をダンスに誘ったの?」
「エマが、ルディの助けがほしいって言ってる」
「お姉さまが?」
広いホールの中央では、数組のカップルがダンスを続けていた。
リシャールがいま踊っているのは、ナタン伯爵令嬢のカトヤだ。
リシャールに耳元でささやかれ、彼女はくすぐったいような顔をしてうつむく。
カトヤはとても明るくて賢くて、白い肌に柔らかな頬と唇がとても可愛らしくて、ダークブラウンの髪がリシャールの紅い髪とよく映える。
彼の想う人は、彼女だったのかな。
自ら「聖女」と名乗っていない女性は、聖女かどうかは分からない。
嫌がって隠す人も多い。
聖堂に通わなくても、聖女としての能力は生まれながらに持っている。
もしかしたら、彼女がそうだったのかもしれない。
だからリシャールは、彼女に惹かれたんだ。
「ルディ、どうしたの? エマを手伝うことに、何か問題でも?」
「え? あぁ。そうじゃないの」
いつの間にかダンスは終わっていた。
マートンにエスコートされ、フロアの隅に移動する。
運ばれてきた赤いサララントの実のジュースを、彼は私に手渡した。
「もう聖堂の仕事にも慣れた頃だろ。ルディが成人を迎えるのはもう少し先の話だけど、その日はすぐにやってくる。他の仕事も頼めないかと、エマに探ってくるようお願いされたんだ」
「他の仕事?」
聖堂以外の公務に就くということは、聖女見習いの制服を脱ぐということだ。
私はもう、聖女であるフリをすることすら許されないの?
リシャールの帰国の日が決まり、送別会として夜会が開かれることになった。
それに出席できない聖女見習いの乙女たちへ別れの挨拶をするため、リシャールは聖堂へ姿を見せている。
「殿下がいなくなると、寂しくなります」
「いつでもレランドへ遊びにおいで。君たちなら大歓迎だ」
彼は乙女たちに囲まれ、にこにこと愛想を振りまいている。
気の利いた冗談も優雅な仕草も、それらは全て彼の戦略であり演技だと分かっているのに、王子として洗練された極上の微笑みを自然なものとして受け入れてしまっている。
彼の言った通り、それも彼自身の一部だった。
「最後まで、営業活動は怠らないのね」
「これが俺の仕事だ」
そうやってパチンと放つ軽薄なウインクにさえ、こんなにも胸が苦しくなる。
「前にダンが、ここでのあなたの様子を国の方々がみたら驚くだろうと話していましたけど、実際のところ、どうなのでしょうね」
「はは。たいして変わりないな。切り替えるタイミングが、ここでは回数の多いだけだ」
次々と現れては挨拶をしていく乙女たちと、気軽に言葉を交わす。
手作りの花束と共に、乙女たちが一針ずつ刺繍したという世界樹の葉をモチーフにしたハンカチーフを贈られていた。
「ありがとう。こんな素敵なプレゼントは初めてだよ。今夜の夜会には、これを持っていこう」
彼はその場で畳んだハンカチーフを胸に挿す。
その言葉通り、夜会に現れた彼は胸に聖堂の乙女たちから贈られたそれをちゃんと飾っていた。
華やかな会場に、ひときわ目立つ紅い髪がサラサラと揺れる。
今夜の参加者は国内の上級貴族たちばかりのせいか、エマお姉さまのお誕生パーティーよりも、ずっと和やかな空気が流れていた。
昼間聖堂に顔を出していた時の動きやすい服装とは変わって、真っ白なレランドの気品ある正装で彼は現れた。
リシャールには、やっぱり自国の衣装が一番よく似合う。
王子としての風格が引き上げられるようだ。
ブリーシュアの風習とは異なる独特の仕草も、さらに彼を目立つ存在にさせている。
異国の香り漂う王子は、ここでも大人気だった。
美しく着飾った令嬢たちが、彼の周囲を取り囲む。
今日のために彼の髪色に合うよう仕立ててもらった淡いピンクのドレスは、見てもらえているのかな。
自分のアプリコット色の髪とも合わせてもらったのに……。
「ルディは、お別れの挨拶をしなくていいの?」
黒に金糸の刺繍を纏った、ナイトの正装でマートンが声をかけてきた。
「もう聖堂で済ませましたので」
マートンはにこにこと目元を緩ませながら、それでもからかうように私を見下ろす。
「特別なお別れは、芝生の上で済ませた?」
「マートンも見てたの!」
「あはは。城中の人間が見ていたよ。ルディとリシャール殿下が昼寝をしているところ。びっくりした」
マートンがこんな風に、私をからかうなんて珍しい。
彼は私の手を取った。
「今夜は、殿下とは踊らないの?」
「さぁ。そんなこと分かりませんわ。お誘いがあれば考えますけど」
帰りたい。
マートンがいるということは、エマお姉さまも遅れて顔を出すということだ。
華やかな音楽が鳴り響く。
リシャールは一人の令嬢をダンスに誘った。
あの人は聖女だったっけ?
彼の気になった人?
そんなくだらないことばかりが頭をよぎる。
「だったら、僕と踊ってくれるかい?」
マートンが手を差し出した。
彼にこうやって誘われることが、どれだけうれしかっただろう。
夜会があると聞く度に、マートンは行くの? 今夜は誘われた? と無邪気にお姉さまに尋ね、彼からダンスに誘われるのをじっと楽しみに待っていた。
「もちろん。喜んで」
その手に自分の手を重ねる。
マートンは静かに微笑むと、ゆっくりとステップを踏んだ。
「聖堂の仕事はどう?」
「順調よ。火事の事故処理もすんだし、修復工事も全て完了しましたわ。おかげで中の改装工事もできたし。退所していった乙女たちとの連絡網も、新しく作りましたの。受け入れ人数にも少し余裕が出来たから、新しい方をお迎えしてもいいわね。どこかで誰か……」
ずっと一人でしゃべり続けていることに気づいて、おしゃべりをやめマートンを見上げる。
彼はじっと静かに、私の話し終えるのを待っていた。
こういう時は彼から、とてもいい報告があるのか悪いことがあるのかの、どちらかと決まっている。
「どうしたの、マートン。何かお話があって、私をダンスに誘ったの?」
「エマが、ルディの助けがほしいって言ってる」
「お姉さまが?」
広いホールの中央では、数組のカップルがダンスを続けていた。
リシャールがいま踊っているのは、ナタン伯爵令嬢のカトヤだ。
リシャールに耳元でささやかれ、彼女はくすぐったいような顔をしてうつむく。
カトヤはとても明るくて賢くて、白い肌に柔らかな頬と唇がとても可愛らしくて、ダークブラウンの髪がリシャールの紅い髪とよく映える。
彼の想う人は、彼女だったのかな。
自ら「聖女」と名乗っていない女性は、聖女かどうかは分からない。
嫌がって隠す人も多い。
聖堂に通わなくても、聖女としての能力は生まれながらに持っている。
もしかしたら、彼女がそうだったのかもしれない。
だからリシャールは、彼女に惹かれたんだ。
「ルディ、どうしたの? エマを手伝うことに、何か問題でも?」
「え? あぁ。そうじゃないの」
いつの間にかダンスは終わっていた。
マートンにエスコートされ、フロアの隅に移動する。
運ばれてきた赤いサララントの実のジュースを、彼は私に手渡した。
「もう聖堂の仕事にも慣れた頃だろ。ルディが成人を迎えるのはもう少し先の話だけど、その日はすぐにやってくる。他の仕事も頼めないかと、エマに探ってくるようお願いされたんだ」
「他の仕事?」
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