好きな人の好きな人

岡智 みみか

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第9話

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 翌朝、改札をくぐると一番に声をかけてきたのは直央くんだった。

「おはよ」

「え? えぇ?」

「……。昨日は、ゴメン。先、帰っちゃって……」

 そう言うと彼は、恥ずかしそうにうつむいた。

「俺もさ、ちょっと腹立っててさ、大人げなかったなーって……」

「う、ううん。いいの。それは、私も……分かってるから」

 歩き出した彼の速度は、初めて私に丁度良かった。

「昨日さ、実はあの後、すぐに謝ろうと思って駅で待ってたんだ。来ると思って」

「え?」

「だけど、結局会えなかったから……」

 直央くんを見上げる。

彼はそっと微笑んだ。

「……今日もさ、放課後一緒に宿題出来る?」

「う、うん」

「もし、宿題出てなくても……。ちょっと聞いて欲しいことがあるから、いいかな」

「分かった」

 フッと笑って、彼は真っ直ぐ前を向く。

いつもの通学路に戻った。

「今日英語の当たる順番誰だっけ」

「え~っと、金曜日だから……」

 もう放課後が待ち遠しい。

昨日はどうして、あのまま先に帰ってしまわなかったんだろう。

直央くんと話してるのに、何にも内容が入ってこない。

頭の中がふわふわしたまま、靴箱までたどり着く。

「じゃ、後で」

「うん」

 昼休みには、いつものように広太くんとゲームをして過ごす。

『同じ火チームだと、イベントバトル出来ないってマ?』

『知らなかったの?』

『火の人とタッグ組めないじゃん』

『そ』

『ショック』

『火の人で組みたい人がいたんだ』

 ランダムマッチで当たった相手が強い。

いつも積極的に参加してくれるカミナリアカウントの人が今日はいなくて、たまたまマッチングした見ず知らずの野良アカウント雷の人が、あんまり強くない。

カウンター攻撃が入った。

私もまだレベルが低くて、勝負は水タイプの広太くん頼みだ。

その広太くんが、味方チーム全員の回復アイテムを使い、形勢を立て直した。

防御力アップの魔法をかける。

『アカウント削除して最初から始めたら、出来ないことはないよ』

 雷アカウントの人が、攻撃力倍増の呪文を唱えた。

私はスピードアップの護符を使う。

相手からの最後の攻撃を耐え抜いた。

水タイプの大技を繰り出した広太くんの一撃で、辛うじて勝利を収める。

雷アカウントの人は、お礼の定型文を返して消えた。

昼休み終了のチャイムが鳴る。

『今日も待ってる』

 広太くんの水キャラも画面から消えた。

私はため息をついて教室の彼をのぞき見る。

友達と笑いながら何かをしゃべっているその横顔からは、このメッセージの意図は何にも読み取れなくて、昨日みたいなことがあるんだったら、むしろ待たないで先に帰っててほしい。

出来ればアノ子と一緒に……。

 放課後だけが楽しみで、毎日学校に通っている。

昼休みが終わって半分。

午後からの授業は午前中より流れる時間が0.5倍速に感じる。

世界一ダルい5時間目と6時間目の授業が終わって、掃除が始まった。

今日は雑巾を持って、窓を拭きにいく。

ちゃんときれいにしておかないと、ここから見える風景が汚れてしまうから。

「俺も手伝う」

 大きな体が、窓の外に身を乗り出した。

「き、気をつけて!」

「あはは。大丈夫。下に台あるの知らない?」

 いや、それは知ってるけど……。

「はは。だって、よく見えた方がいいでしょ?」

 広太くんの半袖から伸びる筋肉質な腕が、教室の窓ガラスを外から拭いている。

そこはいつも私が座っている席だ。

「ついでに、他のところもやっとく?」

 窓枠から外に飛び降りる。

庇のように飛び出したコンクリートの上で、黒板の方へ移動する。

「じゃあ彩亜ちゃんは、中から窓拭いて」

 透明なガラス越しに、向かい合っているのが恥ずかしい。

窓を拭く動きを合わせないようにしてるのに、どうしても重なってしまう瞬間があって、その度に私は「あぁ、なにやってんだろ」って本当に消えたくなる。

「よかった。きれいになった」

 外に出ていた広太くんが、窓を跳び越え戻ってくる。

「はい。片付けといてあげる」

 彼は私の持っていた乾拭きの雑巾を取り上げた。

「じゃ、後で」

 とっくに掃除の時間は終わっていて、当番に当たっていた人たちはそのほとんどが引き上げていて、机の位置も椅子の位置も全てが元に戻りつつある教室で、彼は雑巾を持ったまま教室を出て行く。

「だから後でって言われても……」

 どこかへ出ていた直央くんが戻って来た。

目が合うと、フッと微笑む。

その笑顔がいつもと違い力なく見えた。

「今日も平気?」

 そう言って彼は、自分の机に腰を下ろす。

ごそごそとノートを広げた。

賑やかだった教室も、次第に人気が消えてゆく。

私はいつものように机を動かして、直央くんの向かいにくっつけた。

ふと視線を感じて顔を上げる。

廊下から戻って来た広太くんと、一瞬目があった。

彼はスッと視線をそらし、自分の鞄を手にする。

そのまま行ってしまった。

ついため息が漏れる。

待つって言われても、私はそんなこと頼んでないし……。

直央くんの前に腰を下ろす。

「なんか元気ないね」

「分かる?」

 彼は頬杖をつきため息をついた。

「実は昨日さ……」
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