11 / 11
第11話
しおりを挟む
「なんか言われた?」
私は必死で泣き止もうとしながら、頭を横に振る。
「違う。言った」
「言われたんじゃなくて?」
「言っちゃった。言わなくていいこと」
彼は立ち上がると、もう一度滑り台を滑った。
私はその間に鼻水をすする。
「何言ったの」
「好きですって、告白した」
「……。そしたら?」
「フラれたから出てきた」
「はぁ~。そっか。……分かった」
広太くんは盛大なため息をつき、頭を抱えたままボリボリかきむしった。
私は滑り台の下でしゃがみ込む広太くんに、しがみつくように飛びつく。
「ねぇ、私のどこがダメなのかな? 何が悪いと思う? どういうところが可愛くない?」
「どういうとこだろうな」
「ねぇ、真剣に悩んでるんだけど」
「分かるよ」
「どうしたらいいと思う?」
「そのままでいいんじゃね」
やっぱりこの人は、何にも分かってない。
「だから、私は真面目に……」
「俺は、そのままの彩亜ちゃんが好きだから」
彼の目はじっと私を見つめる。
「だから、そのままでいいと思うよ」
夕陽に沈む公園で、広太くんは滑り台にしゃがみこんでいて、私はそんな彼の真横にくっついている。
彼のシャツを掴んでいた手を、そっと離した。
「あ……。えと……」
「そう言われて、困る?」
そっと微笑む彼の顔を、まともに見ることが出来ない。
「こ、困らないし……、嬉しいけど……」
だけど、私が好きなのは……。
「言いたくなったから、言っちゃった」
彼は立ち上がると、ウンと背伸びをする。
「もう今ここで言わないと、タイミング逃すような気がして」
そう言って、「はは」って笑った。
そんなとこで笑わないでほしい。
「それで、彩亜ちゃんの気持ちは変わる?」
「か、変わらないと思う……」
「俺のこと、嫌になった?」
「ならないよ。そんなの全然ならない」
「だったら、直央もそう思ってるんじゃない?」
彼の大きな手が、私に向かって真っ直ぐに伸びる。
「好きだよ。よかったら俺と、付き合ってください」
その手をじっと見つめる。
動きたくても動けなくて、私には固まったままどうすることも出来ない。
伸ばされた腕がふわりと動いた。
「はは。ゴメンね。わがまま言って」
彼はヒラリとそこから飛び降りると、今度はブランコに乗る。
立ったままこぎ出した、その上から声をかけた。
「彩亜ちゃんも乗ったら?」
そう言われて、断れるわけがない。
私は彼の隣に腰を下ろすと、ゆっくりとブランコをこぎ始めた。
「1年の時にさ、俺、体育委員やってて。その時にテントで見かけてさ。可愛いなーって思ってた」
左右に揺れるブランコと、軋む鎖の音が交差する。
「で、2年になって同じクラスになれて、めっちゃうれしくてさ……」
彼は勢いをつけて、そこから飛び降りた。
「それで、ずっと見てた。そしたら分かったよ。彩亜ちゃんの好きな人」
泣いていいのかダメなのかも分からなくて、だけどここで私が泣くのも違うよなって、どんな顔をして彼を見たらいいのかが分からない。
「……。そ、そうなんだ」
ブランコから立ち上がった私に、彼は笑い出す。
「あはは。そんなに困った顔されると、こっちも困るからやめて」
ニッと笑うその笑顔が、今の私にはとてつもなく眩い。
「ね、今日もアイス食べて帰る?」
「え……。どっちでもいいけど……」
「じゃあ、一緒にコンビニ行こう。今日こそ俺がおごるから」
普通に、もの凄く普通に、ごく自然に接してくれる広太くんが、自分より遙かに大人に見えて、とうてい私なんかには手の届かない人になってしまったようで、申し訳ないようないたたまれないような、目に見えない分厚い壁が出来てしまったような気がする。
それでも私は、彼が普通に接してくれるから、普通に接することを演じている。
上手に振る舞えているのか、彼の気を悪くしてないのか、そんなことが気になって仕方がない。
夕暮れの通学路を、先にゆく彼の背を見つめる。
このままやっぱり普通にコンビニ入って、当たり前のように一緒にアイス食べて、何もなかったみたいに別れて、そしてまた学校で……。
ふいに、私の足は止まった。
「ゴメン。広太くん」
彼はゆっくりと振り返った。
「私、やっぱり直央くんが好きだから……。広太くんとは付き合えない」
「うん。そうだよね」
彼はニコッと微笑むと、軽やかに手を振った。
「じゃ、悪いけど先帰ってるね。アイスはまた今度」
「う、うん」
「また明日」
「また、明日」
小さく手を振って、彼を見送る。
なんだか今日は、泣いてばっかりだ。
真っ赤に染まった夕焼けの下を、ぐずぐず足を引きずって歩く。
体が重い。
いつも短い駅までの距離が果てしなく遠い。
絶対に顔が腫れてる。
こんなとこ、誰にも見られたくないな。
ようやく構内に入った。
雑踏を抜け、さっさと電車に乗ってしまおう。
「彩亜ちゃん?」
直央くんだ。
なんで?
「待って!」
逃げだそうとした私の腕を、彼が掴んだ。
「ちょ、あ、アレ? 広太が……。んと、どうしたの?」
その手を振り払う。
こんなの、タイミング最悪過ぎる。
「さっきアイツが……、ねぇ、待って!」
逃げ出した。
今は直央くんの顔も見たくない。
そこから飛び出し、路上へ出た。
最悪だ。
もう一度涙を拭う。
一人で歩く混雑した夜道で、直央くんが私の手を掴んだ。
「どこ行くの。駅はこっちでしょ」
そう言いながらも、私を引く手は駅から遠ざかる。
道幅の狭いごちゃごちゃした通りを、彼は私の手を掴んだまま離さない。
「広太と何があった?」
「……。好きって言われた」
「で、何て答えたの?」
「……。直央くんが好きだから無理って……」
つないでいる彼の手が、私の手をぎゅっと握り返した。
それに負けないくらい、私も強く握り返す。
彼は立ち止まると、ようやく振り返った。
「とりあえず、今日は帰ろっか」
「うん」
つないだ手を離したくなくて、離されたくなくて、彼をじっと見上げる。
「他に、何にもヘンなこととかされてないんだったら、いいよ」
「うん。それはない」
「……。そっか。じゃあいいんだ」
歩き出す。
つないだ手はそのままだ。
さっきまで歩いて来た道を、そのまま引き返している。
帰宅ラッシュの混雑とピカピカ光る看板の明かりに、私の頭はくらくらしている。
「私、直央くんが好き。好きなの。ずっと好き。大好き」
「うん。ありがと」
構内に戻って、改札を通る時に離された手には、まだその感触が残っていた。
「じゃ、また明日」
「うん。またね」
ホームに電車が滑り込む。
その気配に、彼は慌てて階段を駆け上っていった。
その背中をじっと見つめる。
いつか彼が、私を振り返る日はやってくるのだろうか。
このまま諦めた方がいいとか、頭では分かってても気持ちが言うことを聞かない。
好きってきっと、そういうものなんじゃないの?
どっちがいいかとか楽だとか、そんなことでは動けないんだ。
広太くんのことは嫌いじゃない。
むしろいい方だと思う。
だけどだからって付き合って、それで本当にいいの?
もしかしたらアノ子も、そんな気持ちなのかな。
どれだけその願いが儚く遠いものでも、いつか好きな人の好きな人になれますように。
私はそれを願って、自分の階段を昇り始めた。
【完】
私は必死で泣き止もうとしながら、頭を横に振る。
「違う。言った」
「言われたんじゃなくて?」
「言っちゃった。言わなくていいこと」
彼は立ち上がると、もう一度滑り台を滑った。
私はその間に鼻水をすする。
「何言ったの」
「好きですって、告白した」
「……。そしたら?」
「フラれたから出てきた」
「はぁ~。そっか。……分かった」
広太くんは盛大なため息をつき、頭を抱えたままボリボリかきむしった。
私は滑り台の下でしゃがみ込む広太くんに、しがみつくように飛びつく。
「ねぇ、私のどこがダメなのかな? 何が悪いと思う? どういうところが可愛くない?」
「どういうとこだろうな」
「ねぇ、真剣に悩んでるんだけど」
「分かるよ」
「どうしたらいいと思う?」
「そのままでいいんじゃね」
やっぱりこの人は、何にも分かってない。
「だから、私は真面目に……」
「俺は、そのままの彩亜ちゃんが好きだから」
彼の目はじっと私を見つめる。
「だから、そのままでいいと思うよ」
夕陽に沈む公園で、広太くんは滑り台にしゃがみこんでいて、私はそんな彼の真横にくっついている。
彼のシャツを掴んでいた手を、そっと離した。
「あ……。えと……」
「そう言われて、困る?」
そっと微笑む彼の顔を、まともに見ることが出来ない。
「こ、困らないし……、嬉しいけど……」
だけど、私が好きなのは……。
「言いたくなったから、言っちゃった」
彼は立ち上がると、ウンと背伸びをする。
「もう今ここで言わないと、タイミング逃すような気がして」
そう言って、「はは」って笑った。
そんなとこで笑わないでほしい。
「それで、彩亜ちゃんの気持ちは変わる?」
「か、変わらないと思う……」
「俺のこと、嫌になった?」
「ならないよ。そんなの全然ならない」
「だったら、直央もそう思ってるんじゃない?」
彼の大きな手が、私に向かって真っ直ぐに伸びる。
「好きだよ。よかったら俺と、付き合ってください」
その手をじっと見つめる。
動きたくても動けなくて、私には固まったままどうすることも出来ない。
伸ばされた腕がふわりと動いた。
「はは。ゴメンね。わがまま言って」
彼はヒラリとそこから飛び降りると、今度はブランコに乗る。
立ったままこぎ出した、その上から声をかけた。
「彩亜ちゃんも乗ったら?」
そう言われて、断れるわけがない。
私は彼の隣に腰を下ろすと、ゆっくりとブランコをこぎ始めた。
「1年の時にさ、俺、体育委員やってて。その時にテントで見かけてさ。可愛いなーって思ってた」
左右に揺れるブランコと、軋む鎖の音が交差する。
「で、2年になって同じクラスになれて、めっちゃうれしくてさ……」
彼は勢いをつけて、そこから飛び降りた。
「それで、ずっと見てた。そしたら分かったよ。彩亜ちゃんの好きな人」
泣いていいのかダメなのかも分からなくて、だけどここで私が泣くのも違うよなって、どんな顔をして彼を見たらいいのかが分からない。
「……。そ、そうなんだ」
ブランコから立ち上がった私に、彼は笑い出す。
「あはは。そんなに困った顔されると、こっちも困るからやめて」
ニッと笑うその笑顔が、今の私にはとてつもなく眩い。
「ね、今日もアイス食べて帰る?」
「え……。どっちでもいいけど……」
「じゃあ、一緒にコンビニ行こう。今日こそ俺がおごるから」
普通に、もの凄く普通に、ごく自然に接してくれる広太くんが、自分より遙かに大人に見えて、とうてい私なんかには手の届かない人になってしまったようで、申し訳ないようないたたまれないような、目に見えない分厚い壁が出来てしまったような気がする。
それでも私は、彼が普通に接してくれるから、普通に接することを演じている。
上手に振る舞えているのか、彼の気を悪くしてないのか、そんなことが気になって仕方がない。
夕暮れの通学路を、先にゆく彼の背を見つめる。
このままやっぱり普通にコンビニ入って、当たり前のように一緒にアイス食べて、何もなかったみたいに別れて、そしてまた学校で……。
ふいに、私の足は止まった。
「ゴメン。広太くん」
彼はゆっくりと振り返った。
「私、やっぱり直央くんが好きだから……。広太くんとは付き合えない」
「うん。そうだよね」
彼はニコッと微笑むと、軽やかに手を振った。
「じゃ、悪いけど先帰ってるね。アイスはまた今度」
「う、うん」
「また明日」
「また、明日」
小さく手を振って、彼を見送る。
なんだか今日は、泣いてばっかりだ。
真っ赤に染まった夕焼けの下を、ぐずぐず足を引きずって歩く。
体が重い。
いつも短い駅までの距離が果てしなく遠い。
絶対に顔が腫れてる。
こんなとこ、誰にも見られたくないな。
ようやく構内に入った。
雑踏を抜け、さっさと電車に乗ってしまおう。
「彩亜ちゃん?」
直央くんだ。
なんで?
「待って!」
逃げだそうとした私の腕を、彼が掴んだ。
「ちょ、あ、アレ? 広太が……。んと、どうしたの?」
その手を振り払う。
こんなの、タイミング最悪過ぎる。
「さっきアイツが……、ねぇ、待って!」
逃げ出した。
今は直央くんの顔も見たくない。
そこから飛び出し、路上へ出た。
最悪だ。
もう一度涙を拭う。
一人で歩く混雑した夜道で、直央くんが私の手を掴んだ。
「どこ行くの。駅はこっちでしょ」
そう言いながらも、私を引く手は駅から遠ざかる。
道幅の狭いごちゃごちゃした通りを、彼は私の手を掴んだまま離さない。
「広太と何があった?」
「……。好きって言われた」
「で、何て答えたの?」
「……。直央くんが好きだから無理って……」
つないでいる彼の手が、私の手をぎゅっと握り返した。
それに負けないくらい、私も強く握り返す。
彼は立ち止まると、ようやく振り返った。
「とりあえず、今日は帰ろっか」
「うん」
つないだ手を離したくなくて、離されたくなくて、彼をじっと見上げる。
「他に、何にもヘンなこととかされてないんだったら、いいよ」
「うん。それはない」
「……。そっか。じゃあいいんだ」
歩き出す。
つないだ手はそのままだ。
さっきまで歩いて来た道を、そのまま引き返している。
帰宅ラッシュの混雑とピカピカ光る看板の明かりに、私の頭はくらくらしている。
「私、直央くんが好き。好きなの。ずっと好き。大好き」
「うん。ありがと」
構内に戻って、改札を通る時に離された手には、まだその感触が残っていた。
「じゃ、また明日」
「うん。またね」
ホームに電車が滑り込む。
その気配に、彼は慌てて階段を駆け上っていった。
その背中をじっと見つめる。
いつか彼が、私を振り返る日はやってくるのだろうか。
このまま諦めた方がいいとか、頭では分かってても気持ちが言うことを聞かない。
好きってきっと、そういうものなんじゃないの?
どっちがいいかとか楽だとか、そんなことでは動けないんだ。
広太くんのことは嫌いじゃない。
むしろいい方だと思う。
だけどだからって付き合って、それで本当にいいの?
もしかしたらアノ子も、そんな気持ちなのかな。
どれだけその願いが儚く遠いものでも、いつか好きな人の好きな人になれますように。
私はそれを願って、自分の階段を昇り始めた。
【完】
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる