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会議が始まってから、かれこれ一時間半が経とうとしていた。
堺田さんたちが乱入してきたせいで、ネチネチとした細かい質疑応答が永遠に続く。
取り引き先相手だけなら難なく交わせる質問も、手の内を知られた身内からの攻撃となるとしつこさが倍増した。
本件と関係ないような細かいところまで質問され、なかなか話が進展しない。
『今日帰れるかな。予定リスケする?』
手元のスマホに、メッセージが入った。
『やだ。絶対に定時上がりする!』
『了解w』
不意に翔真先輩が手をあげ、発言を求めた。
「すみません、先ほどから堺田室長のお話を聞いていますと、質問の真意が分かりかねるのですが」
「それが分からないのなら、キミたちの内容理解が追いついてないんじゃないのかな」
私たちだけでなく、取り引き先の方々もいい加減揚げ足取りばかりの質問には、ウンザリしてきていた。
「ここへ勉強に来ているのなら、堺田室長にとっての今回の学びとはなんだったのでしょう」
「は? 何を言ってるんだね、山本くん」
「もう時間もだいぶ過ぎましたし、ご来賓の方々に我々の方針はご理解いただけたと思うのですが」
ようやく流れが変わって、来社していた三人もほっとしたように空気を和ませた。
「えぇ。とっても楽しい時間でした。細かい内容に関しては、一度社に持ち帰って、再度検討してみます」
藤中くんが、甲斐くんと二人でまとめたスライドの内容を、小ウインドウに表示させる。
「今回の資料は、まとめてお送りさせていただきます」
「ありがとう」
「では、ご案内しますね」
上品かつ清楚な笑みを浮かべた宮澤さんが、取り引き先を案内し部屋を出て行く。
プレゼンターを務めた甲斐くんも見送りに出た。
会議室には、堺田室長とその右腕である上山さんが残される。
「で? ご満足いただけたのかしら?」
新井室長のイヤミにも、まだ堺田さんは動こうとしない。
腕を組みふんぞり返ったまま、鼻息を荒く飛ばした。
「悪くはなかった。だがデータの統計ソースが不十分だ。本当にその見通しであってるのか? 他社に条件提示をする前に、社内で資料の比較検討会をした方がよかったのでは?」
「コンペで負けたことを、まだ根に持ってんの?」
新井室長の鋭い指摘に、堺田室長の頬がピクリと動いた。
もう重要取り引き先というお客さんはいない。
身内だけの場で、遠慮はなくなった。
藤中くんがディスプレイの画面を落とす。
「言っときますけど、今回の資料はどれだけ粘られても、お宅のチームには送りませんよ。ソースが気になるなら、自分たちのチームで信頼出来るデータを揃えて、統計とってください」
藤中くんは自分のノートPCの画面をパタンと閉じると、電源のコンセントを抜いた。
「効率化という言葉を知らんのか! 社内の資料をなぜ同じ社員同士で共有しようとしない。キミたちは本当に会社の利益を考えているのか?」
「さっきの質問で、統計に疑問があるとおっしゃったのは、堺田室長ですけど。うちの甲斐は、それにきちんとお答えしていたはずですが」
藤中くんの目は半分しか開いてないけど、怒っているのは分かる。
「こっちはこっちで忙しいのに、わざわざ成果を見に来てやったんだ。うちを負かしたチームだ。どれほどの力量があるのか、偵察にくるのに何が悪い」
「なるほど。それほどお忙しいのでしたか」
翔真先輩はのそりと立ち上がると、堺田室長の前に置かれた空のコーヒーカップを取り上げ握りしめた。
「てゆーか僕、今日の午前中外周り行って来たんですけど、堺田チームの担当取り引き先から文句言われましたよ。お宅の担当と連絡が取れない、メールの返事が来ないってね。他のチームにちょっかいかけてる暇があったら、自分の足元見た方がいいんじゃないですか? あ、その苦情の内容は全部まとめておきましたので、メールで送っておきますね。結構多いですよ」
翔真先輩は、スマホ画面をタップした。
「ま、こっちで引き受けてもよかったんですが、一言も断りもなく仕事取っちゃうのも申し訳ないと思ったので、ご報告だけしておきますね。早めにフォロー入った方がいいと思いますけど?」
上山さんのPCに送られたメール内容に、画面を覗いた二人の顔が真っ青になる。
「山本くん! こういった情報は、もっと早く回してくれないか!」
「すみません。僕は僕で、自分の仕事でいっぱいだったので。可愛い後輩のプレゼンデビューも控えておりましたし?」
「マズいですよ、堺田室長! 早く返事だけでも返さないと!」
「うちのチームの連中は、何をやってるんだ!」
「だって、チーム長である室長自身がこんな感じなんですもの」
新井室長は、黒縁眼鏡の中央を人差し指で華麗に持ち上げた。
「さっさと自分の持ち場に帰りなさい!」
二人は逃げ出すように、会議室を飛び出した。
「あ! 今回の会議に参加した参加者全員の発言内容をまとめた議事録を、私から部長と各部署宛に送っておきますから! 社内共有、大事ですもんね!」
扉が閉まる。
最後に言いたいことを言えて、私もスッキリした。
ちょうど戻ってきた甲斐くんと宮澤さんを含め、そこにいたチーム全員が一斉に笑った。
「あはは! 議事録回すって、上手いこと考えたわね、天野!」
新井室長はお腹を抱えて笑い、宮澤さんは気持ちよく拍手してくれる。
「最高です天野先輩! ぜひしっかり書いて送ってやってください!」
「自分もそれ、手伝った方がいいですか?」
甲斐くんが真面目な顔でのぞき込む。
「俺がちゃんと準備出来なかったから」
「ダメよ。甲斐くんはこれからが本番なのに」
堺田室長からの指摘は、ほとんどが的外れだったけど、全てを外しまくってたワケじゃない。
私たちの気づかなかった盲点や、不足していた所を気づかされたのも事実だ。
「余計なお世話だったけど、あの堺田室長たちに指摘されたことには、ちゃんとフォローいれないとね。甲斐くんがこれからやるべきことは、そっちの方よ」
「……。うん。分かった」
「もちろん、俺たちも手伝うから」
藤中くんが珍しく微笑む。
翔真先輩の手が甲斐くんの肩に乗った。
「じゃ、忘れないうちに、言われた要点だけでもまとめておくか」
「はい!」
「さぁ、フロアに戻って、仕事の続きよ!」
私たちは会議室を片付けフロアに帰って来ると、それぞれの個人業務へ戻った。
堺田さんたちが乱入してきたせいで、ネチネチとした細かい質疑応答が永遠に続く。
取り引き先相手だけなら難なく交わせる質問も、手の内を知られた身内からの攻撃となるとしつこさが倍増した。
本件と関係ないような細かいところまで質問され、なかなか話が進展しない。
『今日帰れるかな。予定リスケする?』
手元のスマホに、メッセージが入った。
『やだ。絶対に定時上がりする!』
『了解w』
不意に翔真先輩が手をあげ、発言を求めた。
「すみません、先ほどから堺田室長のお話を聞いていますと、質問の真意が分かりかねるのですが」
「それが分からないのなら、キミたちの内容理解が追いついてないんじゃないのかな」
私たちだけでなく、取り引き先の方々もいい加減揚げ足取りばかりの質問には、ウンザリしてきていた。
「ここへ勉強に来ているのなら、堺田室長にとっての今回の学びとはなんだったのでしょう」
「は? 何を言ってるんだね、山本くん」
「もう時間もだいぶ過ぎましたし、ご来賓の方々に我々の方針はご理解いただけたと思うのですが」
ようやく流れが変わって、来社していた三人もほっとしたように空気を和ませた。
「えぇ。とっても楽しい時間でした。細かい内容に関しては、一度社に持ち帰って、再度検討してみます」
藤中くんが、甲斐くんと二人でまとめたスライドの内容を、小ウインドウに表示させる。
「今回の資料は、まとめてお送りさせていただきます」
「ありがとう」
「では、ご案内しますね」
上品かつ清楚な笑みを浮かべた宮澤さんが、取り引き先を案内し部屋を出て行く。
プレゼンターを務めた甲斐くんも見送りに出た。
会議室には、堺田室長とその右腕である上山さんが残される。
「で? ご満足いただけたのかしら?」
新井室長のイヤミにも、まだ堺田さんは動こうとしない。
腕を組みふんぞり返ったまま、鼻息を荒く飛ばした。
「悪くはなかった。だがデータの統計ソースが不十分だ。本当にその見通しであってるのか? 他社に条件提示をする前に、社内で資料の比較検討会をした方がよかったのでは?」
「コンペで負けたことを、まだ根に持ってんの?」
新井室長の鋭い指摘に、堺田室長の頬がピクリと動いた。
もう重要取り引き先というお客さんはいない。
身内だけの場で、遠慮はなくなった。
藤中くんがディスプレイの画面を落とす。
「言っときますけど、今回の資料はどれだけ粘られても、お宅のチームには送りませんよ。ソースが気になるなら、自分たちのチームで信頼出来るデータを揃えて、統計とってください」
藤中くんは自分のノートPCの画面をパタンと閉じると、電源のコンセントを抜いた。
「効率化という言葉を知らんのか! 社内の資料をなぜ同じ社員同士で共有しようとしない。キミたちは本当に会社の利益を考えているのか?」
「さっきの質問で、統計に疑問があるとおっしゃったのは、堺田室長ですけど。うちの甲斐は、それにきちんとお答えしていたはずですが」
藤中くんの目は半分しか開いてないけど、怒っているのは分かる。
「こっちはこっちで忙しいのに、わざわざ成果を見に来てやったんだ。うちを負かしたチームだ。どれほどの力量があるのか、偵察にくるのに何が悪い」
「なるほど。それほどお忙しいのでしたか」
翔真先輩はのそりと立ち上がると、堺田室長の前に置かれた空のコーヒーカップを取り上げ握りしめた。
「てゆーか僕、今日の午前中外周り行って来たんですけど、堺田チームの担当取り引き先から文句言われましたよ。お宅の担当と連絡が取れない、メールの返事が来ないってね。他のチームにちょっかいかけてる暇があったら、自分の足元見た方がいいんじゃないですか? あ、その苦情の内容は全部まとめておきましたので、メールで送っておきますね。結構多いですよ」
翔真先輩は、スマホ画面をタップした。
「ま、こっちで引き受けてもよかったんですが、一言も断りもなく仕事取っちゃうのも申し訳ないと思ったので、ご報告だけしておきますね。早めにフォロー入った方がいいと思いますけど?」
上山さんのPCに送られたメール内容に、画面を覗いた二人の顔が真っ青になる。
「山本くん! こういった情報は、もっと早く回してくれないか!」
「すみません。僕は僕で、自分の仕事でいっぱいだったので。可愛い後輩のプレゼンデビューも控えておりましたし?」
「マズいですよ、堺田室長! 早く返事だけでも返さないと!」
「うちのチームの連中は、何をやってるんだ!」
「だって、チーム長である室長自身がこんな感じなんですもの」
新井室長は、黒縁眼鏡の中央を人差し指で華麗に持ち上げた。
「さっさと自分の持ち場に帰りなさい!」
二人は逃げ出すように、会議室を飛び出した。
「あ! 今回の会議に参加した参加者全員の発言内容をまとめた議事録を、私から部長と各部署宛に送っておきますから! 社内共有、大事ですもんね!」
扉が閉まる。
最後に言いたいことを言えて、私もスッキリした。
ちょうど戻ってきた甲斐くんと宮澤さんを含め、そこにいたチーム全員が一斉に笑った。
「あはは! 議事録回すって、上手いこと考えたわね、天野!」
新井室長はお腹を抱えて笑い、宮澤さんは気持ちよく拍手してくれる。
「最高です天野先輩! ぜひしっかり書いて送ってやってください!」
「自分もそれ、手伝った方がいいですか?」
甲斐くんが真面目な顔でのぞき込む。
「俺がちゃんと準備出来なかったから」
「ダメよ。甲斐くんはこれからが本番なのに」
堺田室長からの指摘は、ほとんどが的外れだったけど、全てを外しまくってたワケじゃない。
私たちの気づかなかった盲点や、不足していた所を気づかされたのも事実だ。
「余計なお世話だったけど、あの堺田室長たちに指摘されたことには、ちゃんとフォローいれないとね。甲斐くんがこれからやるべきことは、そっちの方よ」
「……。うん。分かった」
「もちろん、俺たちも手伝うから」
藤中くんが珍しく微笑む。
翔真先輩の手が甲斐くんの肩に乗った。
「じゃ、忘れないうちに、言われた要点だけでもまとめておくか」
「はい!」
「さぁ、フロアに戻って、仕事の続きよ!」
私たちは会議室を片付けフロアに帰って来ると、それぞれの個人業務へ戻った。
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