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もう一人の候補
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武に対する様子と夕麿に対する雫の強硬的な言動。
周はそれを奇妙なものに感じていた。 何かわからないが喉元に引っ掛かる。 雫がかつて高等部生徒会長だったとは夕麿から聞かされた。16年前の生徒会長。 13年前の生徒会長だった高辻なら何か知っているのではないかと周は彼に問い合わせた。 彼からは余り歯切れのよくない答えが返って来た。やはりこれはなにかあるのではないかと思って、 義勝を通じて貴之に雫の警察キャリアとしての経歴や昨今の身辺調査を依頼した。
周は言い知れぬ不安を抱きながらも、結果報告を待ち続けた。
武と夕麿が関わっている事だけに、貴之は早急に調査結果を報告して来た。 それは太平洋を隔てた場所にいるとは思えない程の手際だった。
周は貴之の報告に周は言葉を失った。 初めて聞く話であり、武も夕麿も知らされていない事実だった。
成瀬 雫。 切れ者と言われ教職員すら畏怖したという、夕麿とは別の意味で伝説の生徒会長。 高等部の特待生でありながら海外留学せず、3月まで在校して帝都大へ進学し首席で卒業している。 国家公務員1種試験もトップで合格。ここまでは紫霄学院高等部の会長経験者の卒業生であれば、当の成績であるとも言える。
しかし財務省の誘いを蹴って警察省(皇国では省)を望んだというのが奇妙だ。1種合格者は大成績順に財務省や内務省、宮内省(皇国では庁ではなく省)等が誘いに来るのが普通であり、ほとんどの人間がこれに従って自分の進路を決める。
皇国の警察組織は省として二つの組織の上に君臨する。一つは犯罪の取り締まり及び捜査を行う警察庁、今一つは皇家及び要人の警護にあたる皇宮警察庁である。紫霄の卒業者が警察省へ進む場合は、大抵は皇宮警察庁へ進んで警護官になる。理由のもっとも大きいのが身分の問題であった。宮殿には一定以上の身分がなければ、足を踏み入れる事が許されない場所がある。また皇家の貴種と呼ばれる存在には、許された者しか近付けず触れる事はかなわない為に、貴族出身者が多いのである。
アメリカFBIの研修を終えて、キャリアとして所轄を勤めた後に本庁へ転属。 皇宮警察へは昨年、3月の人事異動で配属になっている。 ここまでは普通に貴族出身のキャリア警察官としても皇宮警護官としてもおかしくはない。犯罪捜査の経験は警護官としての一つのステップだったとも考えられなくはない。
だが周は送られて来たデータの次の部分に絶句した。 彼は………成瀬 雫は一時期武の伴侶候補の一人として、夕麿のライバルだったという事実。 あの様子から考えると雫は自分が候補であったと知っているのだろう。だが武と夕麿は何も知らないと思われた。知っていたならば最初の反応が違う筈だ。
周は確認の為に貴之に連絡をくれるように、義勝に向けてメールを打った。
程なく電話が掛かって来た。
「貴之…この話は本当なんだな?」
〔俺も何度も確認させましたが事実だそうです〕
「そうか…手間をとらせた。
ありがとう、感謝する」
〔いえ〕
会話は最小限だった。 だが今は感慨に耽っている暇はなかった。
雫は武より16歳上。 彼が候補に挙がっていた理由はただひとつだった。雫の母は武の祖父、つまり今上皇帝の末妹であるという事だった。武とは近い血縁関係にある。今回も彼が武の警護の指揮に派遣されて来た、一番の理由でもあるだろう。
貴之からの報告によると当初、武の伴侶は雫に決まりかけていたらしい。 もう一人の候補であった夕麿は、やはりあの中等部の一件が問として反対の声があったらしい。
昨年の4月の武の編入にあわせて、雫は都市警察に配属され、武の警護に就く事になっていた。 これは決定に近い状態で話が進められていた。 だが最終的に小夜子が16歳も上の雫が武の伴侶になるのに懸念を示した。 小夜子はかつては身体の弱かった夕麿の母 翠子の学友であり、彼が置かれている状況を見て武の伴侶には彼を…と望んだのだと言う。 もちろん小夜子は強制ではなく、武本人に決めさせたがったと言う。
武の祖父……つまり皇帝も小夜子に賛成し、ひとつの条件が出された。 学院側で夕麿とのお膳立てをした上で、夏休みまでに二人が何だかの形で互いを求めれば夕麿に決定すると。 引き換えに雫は皇宮警察へ異動になり、武と夕麿の関係が成立しなかった場合、第二の候補として夏休み中に二人が接触するセッティングが考慮されていたのだ。
結局、武は小夜子が望んだ通り夕麿を選んだ。 夕麿も武を求めた。 雫はとうとう武の伴侶候補として姿を現す事はなかったのである。
周は思った。 雫のあの様子から判断して、彼は武との関係にある種の野心があったのではないか…と。 ゆえに夕麿のように武を一途に愛する者にはなり得ないと小夜子は判断したのだとしたら…… 生命を掛けて守ろうとする程、武が愛情を抱く事もなかったかもしれない。小夜子にはわかっていたのだろうか。 彼女は武が拗ねる程、再々夕麿に連絡をして大切にしている。 夕麿も小夜子を実の母のように慕い大切に想っている。 これで良かったのだと周も思う。
素直な気持ちで夕麿の変わりを今は従兄として心から嬉しいと思う。
だが雫はどのように思っているのだろう? 自分にほぼ決定していたのに、ギリギリになってひっくり返ったのだ。 そして今、伯父が武の立場を反対し、ライバルの夕麿の生命が狙われている。 その警護に学院に戻って来たのだ。
周は尚も雫の経歴に目を走らせた。
彼の射撃の腕はオリンピック級だと言う。 襲撃は…最初はボウガンだった。 次はボウガン型の投石器を使用して、渡り廊下から鉄球を発射したと判断された。
周にはボウガンと銃の違いはわからない。 だがどちらも引き金を引いて発射する武器だ。 そして雫はどちらの襲撃現場にもいなかった。 武を守る為とはいえ、夕麿を武から離れさせたがっている。 武が断固拒否した後も、まだ方法を模索しているように思う。
もしも… …もしも……夕麿を排除した後に、彼が武の伴侶になれるとしたら… …そう考えてしまって周は首を振った。
それは有り得ない。 ならばもし…… 夕麿が幸運だったと雫が嫉んでいるのだとしたら? 自分の手に入らなかった武を、この学院に閉じ込める目的があったとしたら……そうする事で彼自身の求める何かが得られるのだとしたら、依頼を受けるかもしれない。
これは疑心暗鬼かもしれない。 だが真実ならば限りなく危険な人物の側に二人はいる事になる。 こんな時、誰に頼れば良い? 夕麿の友人たちは海の向こうだ。 行長たちでは未熟過ぎる気がした。 二人を守らなくては。
周は心当たりを懸命に思い浮かべた。 今まで世を拗ねるようにして、良い人間関係を結んで来なかったツケが、こんな形で回って来るとは思ってはいなかった。 第一、周の同級生の特待生たちは皆、海の向こうに渡ってしまっていた。一番頼りになったのは副会長として補佐してくれた藤堂 影暁だが、彼は二度と皇国の土を踏む事が出来ない身だった。
夕麿の事を知っていて信頼出来る人間。 一昨年度の生徒会執行部で、学院に残っているのはいないか。 あの慈園院のお手つきならばなお良い。
周はPCで一昨年度の生徒会執行部の名簿を呼び出した。 今年新設された学院大学部の教養学部に進学した者は2人いた。
一人は元生徒会書記。 名前は滝脇 直明 周の記憶からすると彼は間違いなく司のお手つきだった筈だ。もう一人は間部 岳大。 元風紀委員長、つまり貴之の前任者である。
周は再び義勝にメールを打った。 二人の人となりを問い合わせる為である。 彼らは周が生徒会長だった時に、一年生執行部だった筈だが、おざなりにしていた所為で記憶が朧気だった。同時にフランスにいる影暁にもメールを打った。 恐らく滝脇の後任だった結城 麗は彼の所にいる筈だ。 彼らの意見も聞きたい。
こんなに何かにそれも他人の為に、懸命になった事は今までなかった。時差を考えないメールだったにも関わらず、どちらも直ちに返信を返してくれた。
まず貴之からは、間部 岳大は義理堅く皇家への忠義心も厚いと返事が来た。 彼は学院から出られない人間の一人だと言う。 貴之ほどではないにしても、多少の武道は使えるそうだ。 周は貴之を通じて彼に今回の一件の助力を要請してもらえないかと依頼した。
藤堂 影暁からの返信には、麗からの文も添えられていた。 滝脇 直明は気性の穏やかな人物で、恐らくは武と夕麿に恩義を感じている筈と書かれてあった。また影暁は周が以前の怠惰な無関心から脱却して、誰かの事に懸命になっているのを喜んでいた。 周は返信に、恋人と再会できた影暁の幸せを祈ると書いた。 彼が麗を本当に愛しているのを知っていたから。 麗は日本の家族を捨てて、影暁を選んだのだ。
後日、麗と影暁の再会を周は武と夕麿に知らせて二人を喜ばせた。
特別棟での襲撃の4日後、武と夕麿は退院した。 医者は止めたが武の17歳の誕生日が迫っていた。 襲撃者が病院に侵入した場合、関係ない人々を巻き込む可能性がある。
それにやはり高等部の生徒たちの動揺は激しく、行長たちが悲鳴をあげていたのだ。 大学部はまだ二学期が始まってはいない。 授業開始は武の誕生日より後だ。 周は武と夕麿に付き添うと言って、二人の退院許可を出させた。
タイムリミットはあと5日。 襲撃者はそろそろ焦っている筈である。 そしてこの日、助力を要請した岳大と直明が周の元を訪れた。 周は二人を高等部の鎮静化の助っ人として皆に紹介した。当然ながら夕麿は彼らを覚えていた。 だが雫は彼らの参加に余り良い顔はしなかった。 信用出来ないと主張したのだ。 周と雫が真っ向から対立するのをおさめたのは他ならぬ武だった。 貴之と麗を信用すると言って二人の助力を望んだのだ。
現生徒会長である武の判断。 それは生徒会の自治力を重んじる学院の伝統ある決まりであり、最も高い出自の会長の権限でもあった。 雫も元生徒会長。 この不文律を破る事は出来なかった。
それにしても、こうまで生徒会長経験者が揃うのも珍しい事だった。 雫、周、夕麿、電話やメールでアドバイスをする高辻。 そして現生徒会長の武。
学業の成績は良かったが、決して良い生徒会長ではなかった自覚が周にはある。だが他の3人は優秀な生徒会長経験者。現生徒会長の武にしても、穏やかで愛らしい姿と決断力と実行力の素晴らしさで、生徒たちの信頼は厚いと行長たちから聞いている。
周の懸念は別にして、これだけの人材が揃えば、襲撃者を必ず発見出来ると信じたかった。
武は左腕が使えないのを理由に、片時も夕麿を自分の側から離れさせなかった。夕麿のピアノの練習には、武が時間を作って音楽室に付き添った。
夕麿の貧血はほぼ回復していたが、武は夜になると発熱した。ストレスと怪我の双方が原因だった。それでも彼は毎日授業と生徒会を続けた。今、倒れるわけにはいかなかった。
周はそんな武の状態を見守りながら雫をそれとなく監視し続けた。
彼は事ある度に夕麿を武から離そうとした。だが夕麿も武から離れなかった。雫はそれに対してはっきりと苛立ちを見せた。だが武は譲らない。
今のところ、新たな襲撃はない。夕麿を武から離して狙おうとする策略が、一向に成功しないのが原因と思われた。
やはり武が正しかった… 誰もがそう感じていた。
武の誕生日が近付く。 それは武の運命の下る日であり、夕麿が再び渡米する時が来て、また離れ離れになるという事でもあった。
武は夜毎、夕麿に抱いてくれと強請り続けた。 発熱した身体でひたすらに夕麿を求めた。 それが武の精神状態の綱渡りを支えていた。 食事の分量自体は減っていたが、それでも食べられるギリギリの状態だった。
安全の為にも本当は、寮で安静にしていて欲しいと誰もが思っていた。 だが鬼気迫る状態の武を誰が止められただろう? 夕麿すら止められないのだ。 数ヶ月前なら、雅久が止めに入る事があった。 雅久はこんな時にも怯まなかった。 だが彼は太平洋の向こうだ。 電話では効果はない。
武は微熱の残った状態で午前中の授業を受け、平熱に戻って午後の授業をやり過ごす。 昼休みは昼食の後に、夕麿のピアノの練習に5時限目の時間を振って楽室で過ごす。 放課後はいつも通り生徒会へ。
この混乱で学祭の企画がなかなか決まらない。
そしていつもこの辺りの時間帯に熱が上がり始める。
会長執務室でPCに向かったり教職員との会議にと、生徒会長の多忙さは夕麿の時と何ら変わりはない。 大名行列よろしく多人数で校舎を移動するのを、余り良く思っていない教職員もいた。 僅かだが外部から採用された教職員は、この学院の特異さを理解していない場合が多かった。
当然ながら彼らの非難の眼差しは、現生徒会長である武へと向けられていた。
「御大層な事だな、御園生」
教職員との会議の為に会議室へ来た武に、物井という名の教師が立ち塞がるようにして言った。彼はちょうど周が生徒会長だった年に外部採用された教師だった。
物井は周、司と二代続けて尊大で生意気で、やる気が全くない生徒会長に最初から続けて会ってしまった所為か、夕麿の時も今も生徒会長と生徒会を軽んじる傾向があった。外部では生徒会が年々、学校や教職員の都合良く弱体化してしまったのが当たり前になっている。紫霄学院のように生徒の自主自治制を未だに重んじる在り方は、彼のような教師には気に入らないのかもしれない。
「申し訳ございません、物井先生。お騒がせいたしております」
呼び捨てにされても、嫌みを言われても武は動じない。むしろ背後で周と雫が不快感に物井を見返した。
「お通し願えませんか、先生?」
「会議に行列はいらんだろう!お前と副会長の下河辺だけ入れ」
「物井先生…はじめまして、私は皇宮警察所属の成瀬 雫警視正です。 お騒がせ申しているのは重々承知ですが、武さまと夕麿さまの警護の為、SPと共に同席させていただきます」
「警護だと? ならば六条は関係ないだろう? 別の場所で待ってろ!」
物井は同性愛や同性婚を嫌悪する傾向があった。 それで夕麿が御園生に養子という形で婿入りした後も、彼は依怙地になって六条姓で呼び続けた。
「夕麿は…」
口を開きかけた武を夕麿が止めて上着のポケットから、黒革のパスケースを取り出し開いて物井に提示して言った。
「私は学院理事の一人として、会議に同席する権利を持っています」
夕麿が差し出したのは、理事資格を証明する写真入りの身分証だった。
「理事だと!? 学生の分際で…」
「いい加減になさってください、物井先生。 あなたが入口を塞がれている限り、会議室に誰も入れません。 それでは会議が始められないでしょう?」
武は一歩も引き下がらない。
「何が生徒会長だ! お前といい六条といい…そこにいる久我といい…ガキの癖に…偉そうに!」
「それはこの学院の伝統だからです。 歴代の生徒会長は様々な方面で、優秀な人材として活躍しています。 それは全てこの学院で培われたものです」
雫が武を庇うように進み出て物井に言う。
「な…何だ?」
「私は高等部第66代生徒会長でもあります」
「66代…? そうか、聞いた名前だと思ったらお前…確か、もう一人候補に挙がってた奴だな?」
「候…補…?」
武が不思議そうに雫を見上げた。雫と周が思わず瞑目した。
「知らんのか?ふうん…そりゃ傑作だな?六条、ライバルと会った気分はどうだ?」
今度は夕麿が首を傾げ、次の瞬間、雫を見て絶句した。それでも武には何が起こっているのかわからない。ただ彼にわかったのは、夕麿が酷く動揺している事だった。
「御厨、学部長に今日の会議を延期してもらってくれ」
武の言葉に御厨は頷いて、後方にいる学部長へと走り寄った。彼は血相を変えて武たちの所へ駆け寄って来た。
「武さま、会議は明日に変更させていただきます。
物井君!君はちょっと来たまえ!」
学部長の怒声を後ろに、武は青ざめたままの夕麿の手を引き雫と周に言った。
「今の話を寮の部屋で説明していただけますよね?御厨、俺は今日はもう寮へ帰るから、下河辺たちにそう伝えておいて」
「わかりました」
「帰るよ?」
武は全員の間に漂う感じが不快だった。自分にはわからない事で夕麿がショックを受け、酷く動揺しているのも不愉快極まりなかった。寮の部屋に戻り、SPたちを下がらせてから、武は夕麿を横に座らせた。
「それでさっき、物井先生が言った事が何なのか、俺に説明してもらえる?」
「それは…」
「武さま、終わった事ですので…」
周と雫、同時に言い淀む二人を武は睨んだ。
「俺は説明して欲しいとお願いしてるんだけど?」
困った顔で口を噤む二人。 会議室の物井の言葉の後、押し黙って蒼白な顔で動揺を隠せない夕麿。 自分だけがわからない何か。 けれど何となく、中心に自分がいると感じる。
「良いよ、別に。 下河辺か貴之先輩に調べてもらうから。 でも俺に隠し事するなら出て行って。
周さん、もう来なくて良いから。 成瀬さんも学院から出て行ってください。 誰か他の人と代わってください」
明らかに夕麿が傷付いているのに、理由がわからなければ癒す事も出来ない。 だからと言って今回は夕麿に直接言わせてはいけない気がした。
「私たちを退ける理由をお聞かせください」
雫がなおも食い下がる。
「俺が知るべき事を隠す人に信頼を置けないだけだ」
「わかりました」
「久我さま!?」
周はPCを開いて貴之の雫に対する調査報告を見せた。 しばらく武はマウスを手に、無言で液晶画面に目を走らせていた。
「これは事実ですか、成瀬さん?」
武はPCを雫に向けて問い掛けた。 彼は軽く目を走らせてから、周を見て溜息を吐いた。
「あなたは私を疑っていらっしゃったのですね、久我さま… …武さま、確かにこれは事実です。
ですが終わった事です。 あなたが御自ら選ばれたのは、夕麿さまです」
「一つ…聞いて良い?」
「何でしょうか?」
「あなたはこんな事、勝手に決められて納得したの?」
「あなたのお心を尊重する…小夜子さまの判断は、間違っていないと思いましたから」
「そう、わかった」
武は横の夕麿の手に自分の手を重ねてから、雫を真っ直ぐ見つめた。
「あなたと夕麿が同時に俺の前に来ても、俺は夕麿を選んだと思うよ? 何しろ一目惚れだったからさ」
「私はあなたがお幸せであれば、それで良いと思っております」
「そう…ありがとう。 ごめんなさい」
雫に罪はない。 最善の相手だと彼を候補に挙げた人は思っていたのだろう。 けれど彼は武が求めるタイプではない。 雫ならば一心に愛情で包むようにして武を守るだろう。だがそれは武の望む事ではない。 守られるだけでは嫌なのだ。 武は女の子ではなないのだから。
武は軽く息を吐いて立ち上がった。
「夕麿、汗かいたから身体、拭いてくれる?」
「はい、すぐに…」
「あ、その前に先にゆっくり風呂、入って来いよ?」
「え…? あの…武?」
意味がわからないという顔で見上げた先にある武の顔を見て、夕麿の顔がみるみるうちにに朱に染まった。
「じゃ俺は先に上にいるから」
「はい…」
「あ、周さん、包帯とガーゼ代えるの明日の朝で。
おやすみなさい」
武は返事も待たずにさっさと、螺旋階段を上がって寝室に姿を消した。 夕麿はそれを目で追ってから、バスタブに湯を張りに立ち上がった。
「えっと…久我さま?」
「周で良いですよ?」
「あの…話が見えないのですが…?」
「それは…」
そこへ夕麿が戻って来た。 ふと周と視線が合い、彼が意味ありげに笑みを浮かべると、夕麿は耳まで朱に染める。 そのまま居心地がわるそうに座っていたが、やがて上に着替えを取りに行き、バスルームへと行ってしまった。
周は小さく笑いながら、雫に問い返した。
「あなたはそれなりに武さまをお好きだったようですね? でも面識はなかったと記憶していますが?」
「私は小夜子さまの許可をいただいて、遠くからお姿を何度か拝見させていただいておりました。 可愛らしい方だと思いました」
「可愛らしい…ね。 でもそれだけではないのは、わかられましたよね?」
「ええ。 ご自分の意思や主張をきちんとお持ちですね。 責任と義務も心得ていらっしゃいます」
それが雫の純粋な武に対する印象だった。
「前者は武さまご自身のご気性ですが…後者は恐らく、夕麿の教育の賜物だと思います」
「夕麿さまの?」
「良岑 貴之の話によると、夕麿は徹底的に『貴族の義務』を武さまに教えたらしいのです。 聞き分けがない時には、折檻に近いくらいにお仕置きした程厳しく」
「そうですか。 やはり夕麿さまこそ、武さまに相応しい方だったのですね。 それでさっきの私の疑問には答えていただけないのでしょうか?」
雫は周にはぐらかされそうで、念を押すように尋ねた。
「成瀬さんは武さまの伴侶になっていたら、ひたすら抱き締めて愛されたタイプでしょう?」
いきなりの質問に成瀬はたじろいだ。
「それが…何か…?」
「私が見た所、あなたはバイセクシャルで、抱く側一辺倒だ。 でもそれでは武さまのお心は満たされない。 あの方は普通に男ですから」
「?」
意味がわからないらしい。 どうやら雫の中には、武に対する一方的なイメージが固まっているらしい。
「武さまは時折、夕麿をお抱きになられるのです」
「……え?」
周は二人の関係を説明すると、雫は驚いて言葉を紡げなくなった。
「先ほどのあれは、あなたの事に動揺してしまった夕麿に、誘いをかけられたのです。
信じられませんか? 明日の朝には納得しますよ、必ず」
周の言葉にまだ半信半疑だった雫は、その言葉の通り、朝になって納得せざるを得なくなった… 何しろ同性にその気を持たない性癖の者まで、夕麿の強烈な色香に反応してしまうのだ。
雫も納得せざるを得なかった。
次の日の会議では、物井は不満げな顔で武たちを睨み付けていた。 昨日の発言で彼は武と夕麿の間に一石を投じ、掻き乱したつもりだったのだろう。
実際に事実を知った時は夕麿は動揺した。 けれど武の気持ちは揺るがない。 夕麿への愛情で『もし』は、今の武には存在しない。 夕麿への愛情、それが武の真実だ。
「さて、武さま。 こちらの要望書ですが…」
学部長が書類の中から、閉じられた一冊を取り出した。
「ご説明は今更ですよね? その要望は15年以上前から出されている筈ですから。 俺としてはまず却下される理由をお伺いしたい。
何故、学院のOBが学祭に参加するのが許されないのです? OBが自分の学び屋を懐かしく想い、訪問する事のどこがいけないのでしょう?」
この要望書に目を見開いて驚いたのは、他ならぬ成瀬 雫だった。 彼こそこの要望書を最初に出した生徒会長だったのである。 武がこれを今、一番に提出して学院側に認可を迫っているのは、死んだ慈園院 司が再三この要望書を出していたからだった。
武にしてもこの閉鎖された学院にせめて、学祭の2週間だけでも外の風を通したいのだ。
「俺としてはきちんと納得の出来る説明をいただけない限り、引き下がるつもりはありません」
皇家の貴種としての立場を利用してでも、この要望書を学院側に認可させたいのだ。 まずこの教職員との会議を通過しなければ理事会へ要望書を提出出来ない。 前任の夕麿までは会議の議題にすら上げられなかった。 要望書はそのまま突き返されていたのだ。
司の悲願… …夕麿の願い……歴代の何人もの生徒会長の希望……そこに幾つもの悲劇があったのは想像に難くない。彼らと自分との違い。自分に出来る事。病床で義勝に与えられた課題の中から、武が見つけ出した答えだった。
「却下の第一の理由は、学院内の人間の逃亡を防ぐ為です」
武はその言葉に夕麿と視線を合わせて頷き合った。
「その件は解決策があります。既に理事会で提出されています」
有人が武たち『暁の会』の活動の補助として、学院内から出られなくなった者の身元引受に対する、改定案を提出していたのである。
「それについては、私から説明致します」
夕麿が立ち上がった。 この事については二人で、何日も前から話し合っていた。
「身元引受を学院のOBで然るべき職業にある者が、なれるように改定案が出されています」
夕麿はまず概要を口にして、改定案の幾つかの項目について説明した。 要領良くポイントを押さえたそれは、彼らしくて武は嬉しくて、笑みを抑えられなかった。
「如何でしょう? これでもそれについて、会議の議題にはしていただけないのでしょうか?」
武は今現在、他の要望書を提出していない。完全にこれ一本に絞って、学院と向き合う気持ちでいた。もしも閉じ込められてしまったら何をするのか。何が出来るのか。夕麿は武にこんな話をした。それは理事資格を得た時の夕麿の言葉に共通するものだった。もちろんそれは夕麿と二人で…という条件があっての上ではあるが。
自分の背負うものには決して押し潰されない。武の長く続く戦いへの最初の一歩であった。
要望についての話し合いは堂々巡りに終わった。それでも議題に乗せる事が出来たのは新たなる一歩だったと言える。
「お疲れ様です」
康孝が武の為によく冷えたオレンジ・ジュースを入れてテーブルに置いた。
「ありがとう、千種」
顔が紅潮して目も充血している。生徒会室のソファに身を預けた姿はかなり怠そうだ。そこへ雫が近付いて武の前で膝を折った。
「武さま、あの要望書を最初に提出した者として、心からお礼を申し上げます」
「え? 成瀬さんが最初だったの?」
「はい。私の前任者が恋人と引き離されて、相手が卒業して学院を去ったあと…自ら生命を断ちました。恋人もそれを知って後を追いました。
せめて…一年に一度でも学院で会えるならば…もっと違う結果になったのではないかと思ったのです」
「そう…慈園院さんたちと似てるね。
去年、似たような事があったんだ。二人は夕麿の前の生徒会長と副会長だった。その人たちのスクールリングをここの温室に埋めて、ささやかな墓碑を秋に作ったんだ。 そのお墓参りに戻りたい人たちを、受け入れてあげたいと思ったんだ、俺は…」
武は雫に学院から出られなくなった生徒を救済する『暁の会』の説明もした。
「そうですか…ありがとうございます」
「今度こそ、この要望書は通さなきゃならない。 理事会に出された方のと一緒にね」
武の言葉に夕麿が頷いた。
「身元引受は御園生で賄うには限界があります。もっと広い範囲で多くの者が、候補になれるようになればそのような決まり自体が無効になるでしょう」
夕麿の言葉に雫と周が武を見た。
「あなた方は…一体、何をなさろうされているのです?」
雫の声が震えていた。
「ここをいつかは、普通の学校にする。その為に俺と夕麿は、御園生の財力と俺の身分や立場を使ってるんだ」
武を寄りかからせながら夕麿も頷いた。
「単なる救済が目的じゃなかったのか…」
周が呟いた。
「周さん、それでは悲劇は終わりません。 この学院に身勝手なおとなの考えで、未来を奪われた学生は数限りなくいます。 そして悲劇は何度もありました。 自殺、心中…無理心中や殺人さえも。 休みの前には毎回、出られなくなった生徒が問題を起こします。 私たち歴代の生徒会長はただ…止める努力しか出来ませんでした。
いえ、正確には出来ないと信じ込まされていました。けれど武は私たちとは違う目でそれらを見つめる事が出来るのです。私たちが当たり前だと思っていた事。それはここで私たちに負わされた、学院だけのルールだと、私は悟らされたのです、彼に」
夕麿もまた閉じ込められる為の教育の犠牲者だった。この中で生きる術しか、教えられてはいなかった。それを自覚させ変えてくれたのは、武の持つ想いはここでは異質な眼差しだった。
「俺は編入するまで、普通に庶民の貧しい暮らししてたからね。ここではピントのズレた異邦人なんだよ。だから見えただけ。逆に夕麿や兄さんたちに、教えてもらった事の方が多いけどさ」
一年半で180度変わってしまった生活。けれどもう元の生活に戻りたいとは思わない。自分にしか出来ない事をたくさん見付けてしまったから。
「ん…ふう…」
武の口から苦しげな、呻くような声が漏れた。
「武?」
慌てて周がポケットから、赤外線式の体温計の入ったケースを取り出した。 この体温計は耳孔で計る。 10秒程でわかるので主に乳幼児に使用されるが、このような場合には早急にわかって便利だ。 体温計が示した体温は、39℃近くになっていた。 ここのところ夜毎に発熱していたが、38℃を超えるか超えないか程度だった。 周は校医に電話を入れその指示を受けて、武を直ちに寮に連れ帰る事にした。
武を抱き上げようとする夕麿を周が制した。
「まだ無理はするな。 武さまを抱いて倒れ込んだらどうするんだ?」
如何に夕麿が丈夫でも、まだ増血剤の投薬を受けている状態だ。
「私がお連れいたします。お許しいただけますか、夕麿さま」
「…はい、お願いいたします」
雫と夕麿、さほど身分差があるわけではない。 どちらかというとほぼ同等と言える。 だが雫はあくまでも、夕麿を武の伴侶として上に置いて接していた。 武の夕麿への想いの深さや強さを知って、それは最初の義務的なものから顕著に変化した。 本当に武に対するのと変わらない態度になったのだ。
「下河辺君、後をお願い出来ますか? 明日の日曜日は私も手伝います」
「どうぞ武さまを早くお部屋へ。 御厨君、武さまのお荷物をお運びしてください。 あなたも今日は帰って構いません」
「わかりました」
敦紀が武の荷物をまとめた。 抱き上げた雫の腕の中で武が苦笑した。
「武…どうかしましたか?」
「いや、相変わらず…俺より下河辺の方が、会長に向いていると思って…さ」
「またそれですか、会長? いい加減にしてくださいね、会長はあなたなのですから?」
下河辺が呆れた声を出した。
「わかってるって……」
「武さま!?」
「武!?」
「熱が上がってる、急ごう」
雫の腕の中で武が意識を失ってぐったりとしていた。 警護の警官たちを寮までの道に移動させ、SPに夕麿を囲ませて足早に戻った。 無理に無理を重ねていたのが、とうとう利かなくなってしまったのだ。
次の日が日曜日という事もあって武は1日、安静を言い渡された。 生徒会の手伝いには周が向かい、逆に夕麿を心配させて武に爆笑させた。 周に生徒会長の仕事が本当に出来るのか、夕麿には不安だったのだ…
彼は副会長の藤堂 影暁にほとんどを任せて、怠惰に下級生を漁っては執務室に連れ込んでいた。 表向き人当たりが良い為、彼は人気があった。 その性癖が広まるまでは。貴之と別れた後、身を慎んでいる様子だが。
夕麿は周が部屋を出て行った後、行長にその辺りを注意するように電話をかけた程だ。
「夕麿、そこまでしなくても周さんはもうそんな事はしないよ?」
「武、私はあなたよりずっと彼を知っています。 彼がそんなに簡単に変わるとは思えません」
「バカだなぁ…夕麿だって変わったと、言われてるじゃないか。 信じてあげようよ、周さんを?」
「ですが…」
「相変わらず心配性だよな…」
「あなたが後で困った事にならなければ良いのですが…」
ここまで行くとちょっと周が気の毒になる。
「警護の為に来てるんじゃなかったら、成瀬さんにお願いするんだけどね」
「その成瀬さんの事ですが…『暁の会』の外部理事をお願いしようと思うのです。私はしばらく日本を離れますし、彼ならお義母さんとも面識がありますから」
「うん。 俺たちの思っている事をわかってくれる人だと思う。
……あの人の事、まだ気にしてるだろ?」
「それは…無理です、武。彼は彼なりにあなたを想っていた筈です。 最初から随分、突っかかられましたから。私のこの幸せは彼を押し退けたもの。それを忘れてはならないと思うのです」
穏やかな笑みを浮かべて、夕麿はリビングの方向へ眼差しを向けた。
「忘れないって? じゃあもっともっと幸せにならなきゃね?」
「ええ」
ただ、守られるだけの愛情はいらない。甘えさせてくれるだけの愛も。
「武、ダメです!」
寝室のドアが開いて、普段着姿の武がリビングに降りて来た。その後を追うように出て来た夕麿が、階上の廊下から見下ろして叫ぶ。
「大丈夫だって!」
笑顔で見上げる武を睨みながら、夕麿は螺旋階段を降りて来た。
「今日は安静にしてる約束でしょう?」
「熱ならもう下がったし、寝てるの退屈だからヤダ」
「また、そんなわがままを…おまけに腕まで外して!」
「振り回すわけじゃないから、痛くないよ、もう…相変わらず心配性だな、夕麿 は」
「あなたが無茶苦茶なんです!」
いきなり始まった二人の口喧嘩に、雫とSPたちは唖然としていた。
「武、聞き分けのない事ばかり言ってると、お仕置きしますよ!」
「そんな事言うと食堂で夕麿の皿に、また人参山盛りにするぞ!」
ほとんど子供の喧嘩である。耐えきれずに雫が吹き出した。
「あはははは…やめてください、お二方とも…」
つられてSPたちも忍び笑いを漏らした。彼らの事を失念していた二人は、真っ赤になって絶句した。
「と、兎に角、昼食作るくらい大丈夫だって…」
「そうやって甘く考えるから、熱がいつまで経っても出続けるんです、わかっているでしょう、武?」
夕麿は困り切った顔で、何とか武を説得しようとする。
「だってもう、余り時間がないじゃないか!母さんのレシピと俺のレシピを渡したけど…やっぱり俺が作ったの、夕麿に食べて欲しいんだから!」
「武…」
「だって一度も夕麿の為に料理作ってない。ロサンゼルスに戻ったら、冬まで作ってあげられないじゃないか」
小夜子と武の手料理が恋しい。夕麿がそう言っていたと雅久から聞いていたのだ。小夜子の手料理は御園生邸で、毎日食べたから良いだろう。けれど体調も精神状態も不良で、武は未だに料理を作れていない。平日は授業と生徒会と、夜には上がってしまう熱の所為で、料理を作る余裕も時間もない。
それなのに……時間だけがなくなって行く。
「でも武、冷蔵庫は空っぽですよ?材料を買いに行くのは許可出来ません」
夕麿に買いに行ってもらうのもダメだ。どこで狙われているかわからないし、一般生寮にある売店は日曜日は混雑する。もしも襲撃されたら彼らに被害が出てしまう。下河辺たちは生徒会に出ている。
武は肩を落として涙ぐんだ。今回の夏休みは仕事のついでとはいえ、帰って来てくれたのだ。自分を迎えに来る為に、仕事を頑張って調節して帰国してくれたのだとわかっている。それなのに…困らせて心配ばかりさせた。もっといろんな事をしてあげたかったのに。結局、何もしてあげられず逆に辛い想いをさせたままで、ロサンゼルスに戻らせてしまうのか。
「武、あなたの気持ちだけで十分です」
夕麿の手が優しく抱き締めた。
「あなたは私にたくさんの事してくれました。だから、無理はしないで、ね?」
宥めるように左手の指が髪を撫でる。ちょうど目の前に、杜若色のミサンガが見える。 武は自分のミサンガを見た。 怪我で血に染まったそれを、看護師が切ろうとするのを、夕麿が解いて洗ってくれたのだ。 手術後にまた結び直してくれた時には、血はほとんど綺麗に落ちていた。
「夕麿…ごめん…何もしてあげられなくて…ごめん…」
もっともっといろんな事をしてあげたかった。 それなのに甘えてばかりだった。 後悔だけが胸を満たす。
「あの…武さま」
雫が遠慮がちに声を掛けた。
「必要な物をお書きいただければ、私が買って参りますが…如何でしょう」
「え…でも…」
武が夕麿を見上げた。
「成瀬さん、あなたにそこまでしていただく訳には参りません」
「ではこう致しませんか? 私たちも御相伴に預けさせていただく…というのは如何でしょうか?」
にこやかに言う。 だがその目は挑戦的に夕麿を見ていた。
「どさくさに紛れて、武の手料理を味わうおつもりですね?」
「いけませんか? 私の妻になっていたかもしれない方の手料理くらい、味わっても罰は当たらないと思いますけど?」
「確かに罰は当たらないでしょうけど、私に殴られるくらいの覚悟はなさってのお言葉でしょうね?」
「夕麿!?」
夕麿の剣呑な言葉に武が慌てた。
「幾らでもどうぞ。 こんなに可愛い方を妻にし損ねたかと思うと、横から奪って行ったあなたが妬ましい」
「成瀬さん!?」
睨み合う二人の間で武がオロオロする。 夕麿の顔を見ると先日のような不安定な顔はしていない。 むしろ雫をしっかりと見据えていた。
「ちょ…二人とも、止めてよ…」
もうどうして良いのかわからず、武は泣きたくなってしまう。 すると夕麿と雫が同時に吹き出した。
「え!?え!?」
わけがわからない。
「では武さま、必要な物を書き出していただけますか?」
「武、私がメモしますから言ってください」
「嫌みな方ですね、あなたは。 武さまの書かれたものくらい、私にくださっても良いでしょう?」
「とんでもない。 皇家の貴種の直筆をそう簡単に、差し上げるわけにはいきません。 祐筆を務めさせていただいている、私の文字で我慢なさるべきです」
自分を間に挟んでのやり取りに、武は段々腹が立って来た。
「いい加減にしろよ、二人とも!」
武の声に二人は黙る。
「夕麿、面白がって成瀬さんに突っかかるのはやめろ。 成瀬さん、一々夕麿を煽るのをやめてください、おとなでしょう、あなたは」
いたたまれなさに怒り出した武が、可愛くて仕方がないという目で二人が見つめる。
「な、何だよ…?」
戸惑う武を余所に、雫がポケットから手帳を出した。
「必要なものを仰ってください、メモをとりますから」
武に笑顔で言って、夕麿にはこれで文句はないだろうという顔を向けた。 夕麿は喉の奥て笑い満足げに頷いた。
その日の昼食は少し遅めになったが、ダイニングテーブルいっぱいに武の手料理が並べられた。 夕麿や雫だけでなく、SPたちも武の手料理の味に舌鼓を打った。
食後はSPたちがも器の片付けを手伝った。 武は夕麿に絶対に手伝わせない。彼が指を傷付けるのを本人以上に嫌がる。 ピアノ奏者にとっては指は何より大事と聞かされてから、ことさら神経質にその可能性がある事から夕麿を遠ざけたがった。
武には夕麿が喜んで食べてくれるの何よりも嬉しい。無理をしてでも彼が再び渡米する前に手料理を食べてもらいたかった。
食後のお茶も終わったところで、夕麿は厳しい顔で武の方を向いた。 武も意味がわかっていて伏し目がちに夕麿と向き合う。
「自分のした事の間違いはわかっているようですね、武?」
武は無言で頷いた。
「あなたの気持ちは、私は嬉しいと思いました。 でもそれは私個人の感情でしかありません。 あなたは昨夜、私と成瀬さんと周さんに、今日はおとなしく寝ていると約束しました。
そうですね?」
「はい、しました」
「ではあなたのわがままが、みんなに迷惑を掛けたのも自覚していますね?」
「夕麿さま、私たちは迷惑だとは…」
「口出しをしないでいただけますか?」
「しかし、今日のは理由がおありになったわけですし」
「人の上に立つ者がわがままを言って周囲を振り回せば、個々人が担っている役目が果たせなくなります。 身分が上がれば日常生活が、ある程度スケジュール管理されます。 その中で約束を違えてわがままを言う事が、仕えてくれる者たちにどのような迷惑をかけるか。 それはあなたならおわかりになる筈です。
先程の武さまはその自覚と配慮より、ご自分のわがままを優先なさいました。 間違いは間違いとして正さなければなりません。
武さま、まず、皆さんに謝罪なさい」
教育係としての夕麿には容赦なく武を叱る。
「ごめんなさい、皆さん。 わがままを言って困らせました」
武は立ち上がって頭を下げて、皆に対する謝罪の言葉を口にした。
雫は夕麿が自分よりも相応しいと、小夜子が判断した一番の理由を理解した気がした。 自分ならばこんな時には、武の気持ちのみを優先させる。 だが夕麿は私人しての立場と、身分ある公人としての立場の双方を区別する。
高等部編入時に庶民として育ったままの武に、身分ある者としての自覚と覚悟を持たせ、やるべき事とならない事を理解させる。 庶民としての周囲に対する感覚を捨てさせて、皇家の自覚を持たせるのは並大抵ではない。 庶民が抱く身分ある者のイメージと、本当の身分ある者の姿にはかなりのギャップが存在するからである。
それは雫自身が感じた経験がある。 警察キャリアとして現場の経験を積む為に、所轄へ配属されてかなり戸惑い困った。 それでも「あれは貴族の子息だから」で許されてしまった。だが逆ならばそんな許しは存在しない。 公私を混同しない夕麿の線引きの潔さと潔癖さ。 自分にも武にも正しい事は正しい悪い事は悪いと判断が出来て、すかさず実行に移れる行動力。皇家の人間に過ちは本来は許されない。人々の頂点に位置する存在として完璧さを求められる事を考えて、武を導ける資質の持ち主である必要が確かにある。 それこそが夕麿が伴侶に選ばれた本当の理由ではないのかと。
「罰を受ける覚悟は出来ていますね?」
「はい」
「あれはあなたの部屋ですか?」
「はい」
「持って来なさい」
「はい」
乗馬用の鞭は今は武が持っている。 武は言われた通り螺旋階段を上がって、自分の部屋から乗馬用の鞭を持って降りて来た。
それを見て雫が息を呑んだ。 夕麿の厳しさを自分は到底、真似出来ないと思ったからだ。
「持って来ました」
武は鞭を夕麿に手渡した。 夕麿はそれを受け取って、加減を確かめるようにしならせた。
「バスルームに行って準備をして待っていなさい」
「はい」
武は口答えひとつせずに、従順にバスルームへと行く。 見送った夕麿は小さく溜息を吐いた。 それから鞭を手に夕麿もバスルームへ行った。
SPが青ざめる中、武の抑えたような悲鳴が聞こえて来た。
雫はソファに座って、瞑目して武の悲鳴を聴いていた。 決して公の場で本当の身分を明かせない立場。 雫ならば庶民的な感覚を捨てさせたりしない。
だが夕麿はそれではいつかどこかで武自身が、恥をかいたり困ったりする可能性があるのを理解しているのだ。 身分というものを身をもって自覚させる。
皇家は通常、『否』を教えない。 拒否はされた人間を傷付ける。 戦前ならばその者の人生や生命を左右した程の力があった。
武を厳しく教育するのもまた、深い愛情故の行動。 鞭打つ行為を夕麿が楽しんでいる訳ではないのは先程の溜息でわかる。 それでも実行する意志の強さに雫は感心する。
バスルームから聞こえて来る悲鳴はやがて、啜り泣きに変わった。
しばらくして鞭を手にした夕麿に続いて、目を真っ赤にした武がフラフラと出て来た。
「これを片付けて、パジャマに着替えなさい。 残りの時間はベッドにいるのですよ、わかりましたね?」
「はい、わかりました」
武は夕麿から鞭を受け取り、階段を上がって自分の部屋へと姿を消した。 夕麿はキッチンへ行って、冷蔵庫からミネラル・ウォーターを出してグラスに注いだ。 それを手にリビングに戻る。
誰も何も言えなかった。
武は鞭を片付けるとノロノロと寝室へ行った。 左腕を庇いながらパジャマに着替え、鞭打たれて痛む尻を気にしながらベッドに入った。 それでも夕麿に手料理を作ってあげられて満足していた。 喜んでたくさん食べてくれたから。 ジンジンと痛む尻だって我慢出来る。
それに…久しぶりに夕麿らしい夕麿を見た。 叱られてお仕置きされても武は幸せな気分だった。
ところが生徒会室では、物井と周が一悶着起こしていたのだ。
「だから、大学生が何でここにいるんだ、久我 周。 確か御園生は熱を出して、今日は出て来れない筈だろう?」
「ですから僕がオブザーバーとして来ているんですよ、先生」
「何がオブザーバーだ、偉そうに! 現役時代に会長の仕事をせずに、下級生を執務室に引っ張り込んでいた貴様に、そんなものが務まる訳がなかろう!」
彼が声を張り上げて生徒会室に居座っているので、下河辺たちは業務どころではなくなってしまった。 迷惑この上ない。
周は先程まで過去記録の自分の任期だったものを、デジタル入力していたのだ。 役に立っていなかった訳ではない。
デジタル化は慈園院の任期に始められ、夕麿の任期中にかなりの分量が進められたが、戦後の学院高等部の記録は膨大で、武の任期になっても続けられている。 記録のデジタル化は周の任期に、藤堂 影暁が要望して認可されたものである。 故に生徒会記録は慈園院の任期からは、デジタル記録されている。 デジタル化作業は周の任期までであり、自分たちがやれなかったものを朝から懸命に入力して、昼食で一息吐いた時に物井が来たのだ。
「お言葉ですが物井教諭、それなりに仕事はしていましたよ、僕は?あなたが僕にそのような態度をされるのは、自業自得だと思っているから仕方がないでしょう。しかし夕麿は生徒会長として大変優秀で、功績もたくさん上げています。あなたは彼ら81代執行部が制作した、業務マニュアルをご覧になりましたか?」
「マニュアルだと?」
「ご存知ないようですね。10年先、20年先を考えて制作してあります。生徒会としての非常時の危機管理マニュアルもあります」
「何が危機管理だ。伝説だなんだと言われているが六条は問題ばかり起こしていたではないか」
「彼が問題を起こした訳ではないでしょう?しかも12月の事件は明らかに、学院の失態ではありませんか。夕麿は被害者ですよ?」
「何が被害者だ?中等部ん時の男が、事件起こしただけじゃないか。どうせ自分で招き入れたんだろう?」
次の瞬間、物井は周に殴り飛ばされていた。
「夕麿があれ以来、心的外傷でどれほど苦しんでいるか、知らないとは言わせませんよ?よくそんな無神経な事が言えますね。 この事は学部長にお知らせしておきます。
武さまのご身分が決定される今、伴侶である夕麿も身分が上がります。 あなたのそういった言動は外では問われませんが、この学院では不敬に問われます。覚悟なさった方が良いですよ。
夕麿を侮辱したあなたを武さまは、絶対にお許しにはならないでしょうから」
「たかが学生に何が出来る?」
「教員として様々な事情をご存じの上でそう思われるならどうぞ、ご自由に。
下河辺、今の物井教諭の言葉、録音したな?」
「完璧に」
行長がICレコーダーを周と物井に見せた。
「お前ら、教師にそんな事をして良いと思っているのか!?」
物井は顔を真っ赤に染めて怒鳴った。 恐らく学院の外の学校では通じていたのだろう。 生徒に暴言を吐いても、それが通用したような学校が。
だが紫霄学院は違う。 身分や地位のある子息たちは、普段は物腰が柔らかく穏やかだ。 武にしても夕麿にしても、物井の暴言を柳の枝のようにしなやかにかわして来た。 他の生徒たちも身分も立場も考えずに傍若無人に振る舞う彼を、一教師としての分を弁えない哀れな人間として見ていた。 彼にすれば上から見下ろされている気分だったのかもしれない。 だが自制が出来ない自分の愚かさを遂に悟れなかったとも言える。
「下河辺、武さまにそれをお聴かせしろ。 僕はもうこの男に我慢がならない」
「わかりました」
行長は携帯を取り出して武をコールする。
ベッドでおとなしくしていると、サイドテーブルの上の携帯がなった。 武は身を起こして出る。
「下河辺? 何か問題でも?」
〔武さま、これをお聴きになってください〕
「何?」
聞こえて来た物井の言葉に、武は怒りのあまり危うく携帯を床に投げ付けそうになった。
「物井先生はそこにいるんだな?」
〔久我先輩の命令で生徒会室から出られないようにしています〕
確かに電話の向こうで何かを叫んでいる、物井らしき声が聞こえる。
「わかった、すぐ行く」
携帯を切って武は飛び起きた。 クローゼットに飛び付いて、制服を急いで身に着ける。 左腕を吊り直し、携帯を手にして階段を駆け下りた。
「何事です、武?」
制服姿の武の慌て様に夕麿が立ち上がった。
「ちょっと生徒会室まで行って来る。 夕麿はここから出るなよ?
成瀬さん、ここの警備を増やしてください」
「わかりました。 すぐに手配いたしますので、お待ちください」
「急いでください」
武の様子がおかしいと夕麿は気が付いたらしい。
「武、私も行きます」
「ダメだ」
きっぱり言い切った武の全身からは、怒気が溢れ出していた。 すぐに隣室から警官が駆け付けた。 次いでSP二人と成瀬が武に付く。
「夕麿、絶対に出るなよ? 命令だからな?」
そう言われると夕麿は逆らえない。
「御意…」
不安に顔を曇らせる彼に背を向けて、武は生徒会室へと急ぐ。
「武さま、何があったのですか?」
武の余りの怒り様に、成瀬が並びながら聞いた。
「先日の会議室で悶着がありましたよね?」
「あの弁えのない教師ですか?」
「生徒会室でとんでもない暴言を吐きました」
「暴言?」
「行けばわかります。 あなたには証人になっていただきます。 今まで俺たちはあの教師の暴挙を黙認して来ました」
生徒会室へのエレベーターを降りて真っ直ぐに向かう。 扉を叩くとすぐさま中から久留島 成美が開けてくれ、武が室内へと踏み入れた。
「御園生、熱があるのにわざわざご苦労だな?」
ソファにふんぞり返って武を睨み付ける。
「下河辺、さっきのをもう一度聴かせて」
「はい」
聴こえて来た内容に成瀬が青ざめた。
「あなたは…何という事を…皇家の貴種を何だと思っている……」
「証人になっていただけますよね、成瀬さん?」
「もちろんです」
成瀬の言葉に頷いて、武は物井を見下ろした。
「どうしてあげましょうか」
「生徒会長がどれだけ偉いか知らんが、教師にその態度は何だ!?」
「俺の夕麿を侮辱した時点で、あなたと俺は教師と生徒じゃなくなったとわからないんですか?教師にあるまじき事を言ったあなたを、最早生徒として接する事など出来ません」
生徒会室の空気が武の放つ怒気に染まって、ピリピリとした刺すような感覚に包まれていた。
夕麿を傷付ける者には、鬼や悪魔になってでも報いを受けさせる。その誓いを武が違える事はない。愛らしさを持った綺麗な顔が、鬼神の如く壮絶な残忍さを帯びていた。
温厚で穏やかな性格。
学院では武をそんな風に皆が見ていた。夕麿たちに守られて大事にされていた、可愛くて綺麗で最も身分の高い生徒。
けれど15㎝差の夕麿を抱く事もある、意外な一面。ひたすらに夕麿だけを愛する姿。先日の襲撃で身分が上の彼が、夕麿を命がけで守ったのも生徒たちの好感を高めた。
だから今の武の姿は物井だけではなく、生徒会室にいる全員を震撼させるには十分だった。
「な、何を言ってる!お前、六条をヤってるならわかってるだろ!」
「確かに俺は夕麿を抱きますが、何をわかるって言うんです?」
側にいる周と雫が物井の品の欠片もない言い方に鼻白んで不快な顔をした。
「六条は色気を振りまいて、相手を誘うような淫乱な奴だ。 あれだって、誘ったに決まってるだろ。 え? お前もその口だろ、御園生?」
「あなたという人は…」
武は怒りの余り絶句する。不意に横から周が光る物を手にして、物井の顎を掴んだ。
「その無礼な舌をこれで切り落としてやろうか!?それとも耳まで口を切り裂いて欲しいか!?」
周が手にしていたのは一本のメスだった。
「夕麿が淫乱だと? 彼は武さま以外の人間に、触れるのも触れられるのもダメなんだぞ? それをよくも…!!」
周の怒りは夕麿の苦しみに何も出来ずにいた、自分への後悔でもあった。
「お前に何がわかる!? 夕麿が今でも苦しみ続けているのを知りもしないで…」
「周さん、ありがとうございます」
武は周の言葉に感謝しながらも、メスを握った手をそっと押さえて首を横に振った。
「武さま…」
「夕麿に代わってお礼を言います」
周は言葉をなくしてメスを握った手を引いた。
「うわああああ!!」
その隙を突いて物井は武に飛び付いた。 慌ててSPが物井を引き離したが、武は倒れた時に左腕を床に打ち付けてしまった。 左腕を押さえて、痛みに床をのた打ち回る。
「武さま!」
周は慌てて武を抱き起こした。 先程のメスで制服の袖を切り裂いた。 包帯の下の傷口が露わになって、全員が息を呑んだ。 刺さった硝子の破片を抜き去り、血管を縫合する為に切り開かれた手術痕は、左腕の上腕を肩から肘にまで走っていた。
昨今は手術の傷は接着するのが普通である。本来ならばその上から、合成樹脂ギプスを巻いて固定する。だが極端に皮膚の弱い武にはそれが行えず、通常のように糸で縫合した上で包帯を巻いてあるだけだった。幸いにもまだ抜糸の済んでいない傷は、開いてはいなかった。
だが左肩から床に倒された衝撃は、生徒会室の床に敷き詰められた絨毯でも緩和出来なかったようだ。
「皇家に対する障害及び不敬で逮捕する」
雫の声が冷酷に響いた。二人のSPが物井を拘束し外で警護に就いている、都市警察の人間に渡した。
周は校医に連絡を取って状況を報告する。次に武をソファに寝かせて傷の状態を再度確認する。恐ろしいのは縫合した血管が、今の衝撃で損傷してしまっていた時である。再び大量に失血すれば、それに耐えられるだけの体力は武には恐らくはない。痛がる武を雫や行長に押さえさせて触診する。僅かに指先が触れるだけで、武は悲鳴をあげてもがく。
周は何ヶ所か詳しく触れた後、安堵の息を吐いた。内出血を起こしている様子は、今のところは感じられない。時間の経過を観察して見なければならないが、取り敢えずは安心…というとこれだ。
校医が駆け付けて来た。 彼は周の報告に頷いてから、用意して来た痛み止めを武に打った。 ゆっくりと確実に痛みが治まって行く。 同時に強い眠気が襲って来た。
「夕麿には…話さないで…」
「話せません。 大丈夫ですから御静まりくださいませ、武さま」
「うん…」
もっと何かを言っておかなければ……と思うが、眠気に引き込まれて意識が途切れた。
周はそれを奇妙なものに感じていた。 何かわからないが喉元に引っ掛かる。 雫がかつて高等部生徒会長だったとは夕麿から聞かされた。16年前の生徒会長。 13年前の生徒会長だった高辻なら何か知っているのではないかと周は彼に問い合わせた。 彼からは余り歯切れのよくない答えが返って来た。やはりこれはなにかあるのではないかと思って、 義勝を通じて貴之に雫の警察キャリアとしての経歴や昨今の身辺調査を依頼した。
周は言い知れぬ不安を抱きながらも、結果報告を待ち続けた。
武と夕麿が関わっている事だけに、貴之は早急に調査結果を報告して来た。 それは太平洋を隔てた場所にいるとは思えない程の手際だった。
周は貴之の報告に周は言葉を失った。 初めて聞く話であり、武も夕麿も知らされていない事実だった。
成瀬 雫。 切れ者と言われ教職員すら畏怖したという、夕麿とは別の意味で伝説の生徒会長。 高等部の特待生でありながら海外留学せず、3月まで在校して帝都大へ進学し首席で卒業している。 国家公務員1種試験もトップで合格。ここまでは紫霄学院高等部の会長経験者の卒業生であれば、当の成績であるとも言える。
しかし財務省の誘いを蹴って警察省(皇国では省)を望んだというのが奇妙だ。1種合格者は大成績順に財務省や内務省、宮内省(皇国では庁ではなく省)等が誘いに来るのが普通であり、ほとんどの人間がこれに従って自分の進路を決める。
皇国の警察組織は省として二つの組織の上に君臨する。一つは犯罪の取り締まり及び捜査を行う警察庁、今一つは皇家及び要人の警護にあたる皇宮警察庁である。紫霄の卒業者が警察省へ進む場合は、大抵は皇宮警察庁へ進んで警護官になる。理由のもっとも大きいのが身分の問題であった。宮殿には一定以上の身分がなければ、足を踏み入れる事が許されない場所がある。また皇家の貴種と呼ばれる存在には、許された者しか近付けず触れる事はかなわない為に、貴族出身者が多いのである。
アメリカFBIの研修を終えて、キャリアとして所轄を勤めた後に本庁へ転属。 皇宮警察へは昨年、3月の人事異動で配属になっている。 ここまでは普通に貴族出身のキャリア警察官としても皇宮警護官としてもおかしくはない。犯罪捜査の経験は警護官としての一つのステップだったとも考えられなくはない。
だが周は送られて来たデータの次の部分に絶句した。 彼は………成瀬 雫は一時期武の伴侶候補の一人として、夕麿のライバルだったという事実。 あの様子から考えると雫は自分が候補であったと知っているのだろう。だが武と夕麿は何も知らないと思われた。知っていたならば最初の反応が違う筈だ。
周は確認の為に貴之に連絡をくれるように、義勝に向けてメールを打った。
程なく電話が掛かって来た。
「貴之…この話は本当なんだな?」
〔俺も何度も確認させましたが事実だそうです〕
「そうか…手間をとらせた。
ありがとう、感謝する」
〔いえ〕
会話は最小限だった。 だが今は感慨に耽っている暇はなかった。
雫は武より16歳上。 彼が候補に挙がっていた理由はただひとつだった。雫の母は武の祖父、つまり今上皇帝の末妹であるという事だった。武とは近い血縁関係にある。今回も彼が武の警護の指揮に派遣されて来た、一番の理由でもあるだろう。
貴之からの報告によると当初、武の伴侶は雫に決まりかけていたらしい。 もう一人の候補であった夕麿は、やはりあの中等部の一件が問として反対の声があったらしい。
昨年の4月の武の編入にあわせて、雫は都市警察に配属され、武の警護に就く事になっていた。 これは決定に近い状態で話が進められていた。 だが最終的に小夜子が16歳も上の雫が武の伴侶になるのに懸念を示した。 小夜子はかつては身体の弱かった夕麿の母 翠子の学友であり、彼が置かれている状況を見て武の伴侶には彼を…と望んだのだと言う。 もちろん小夜子は強制ではなく、武本人に決めさせたがったと言う。
武の祖父……つまり皇帝も小夜子に賛成し、ひとつの条件が出された。 学院側で夕麿とのお膳立てをした上で、夏休みまでに二人が何だかの形で互いを求めれば夕麿に決定すると。 引き換えに雫は皇宮警察へ異動になり、武と夕麿の関係が成立しなかった場合、第二の候補として夏休み中に二人が接触するセッティングが考慮されていたのだ。
結局、武は小夜子が望んだ通り夕麿を選んだ。 夕麿も武を求めた。 雫はとうとう武の伴侶候補として姿を現す事はなかったのである。
周は思った。 雫のあの様子から判断して、彼は武との関係にある種の野心があったのではないか…と。 ゆえに夕麿のように武を一途に愛する者にはなり得ないと小夜子は判断したのだとしたら…… 生命を掛けて守ろうとする程、武が愛情を抱く事もなかったかもしれない。小夜子にはわかっていたのだろうか。 彼女は武が拗ねる程、再々夕麿に連絡をして大切にしている。 夕麿も小夜子を実の母のように慕い大切に想っている。 これで良かったのだと周も思う。
素直な気持ちで夕麿の変わりを今は従兄として心から嬉しいと思う。
だが雫はどのように思っているのだろう? 自分にほぼ決定していたのに、ギリギリになってひっくり返ったのだ。 そして今、伯父が武の立場を反対し、ライバルの夕麿の生命が狙われている。 その警護に学院に戻って来たのだ。
周は尚も雫の経歴に目を走らせた。
彼の射撃の腕はオリンピック級だと言う。 襲撃は…最初はボウガンだった。 次はボウガン型の投石器を使用して、渡り廊下から鉄球を発射したと判断された。
周にはボウガンと銃の違いはわからない。 だがどちらも引き金を引いて発射する武器だ。 そして雫はどちらの襲撃現場にもいなかった。 武を守る為とはいえ、夕麿を武から離れさせたがっている。 武が断固拒否した後も、まだ方法を模索しているように思う。
もしも… …もしも……夕麿を排除した後に、彼が武の伴侶になれるとしたら… …そう考えてしまって周は首を振った。
それは有り得ない。 ならばもし…… 夕麿が幸運だったと雫が嫉んでいるのだとしたら? 自分の手に入らなかった武を、この学院に閉じ込める目的があったとしたら……そうする事で彼自身の求める何かが得られるのだとしたら、依頼を受けるかもしれない。
これは疑心暗鬼かもしれない。 だが真実ならば限りなく危険な人物の側に二人はいる事になる。 こんな時、誰に頼れば良い? 夕麿の友人たちは海の向こうだ。 行長たちでは未熟過ぎる気がした。 二人を守らなくては。
周は心当たりを懸命に思い浮かべた。 今まで世を拗ねるようにして、良い人間関係を結んで来なかったツケが、こんな形で回って来るとは思ってはいなかった。 第一、周の同級生の特待生たちは皆、海の向こうに渡ってしまっていた。一番頼りになったのは副会長として補佐してくれた藤堂 影暁だが、彼は二度と皇国の土を踏む事が出来ない身だった。
夕麿の事を知っていて信頼出来る人間。 一昨年度の生徒会執行部で、学院に残っているのはいないか。 あの慈園院のお手つきならばなお良い。
周はPCで一昨年度の生徒会執行部の名簿を呼び出した。 今年新設された学院大学部の教養学部に進学した者は2人いた。
一人は元生徒会書記。 名前は滝脇 直明 周の記憶からすると彼は間違いなく司のお手つきだった筈だ。もう一人は間部 岳大。 元風紀委員長、つまり貴之の前任者である。
周は再び義勝にメールを打った。 二人の人となりを問い合わせる為である。 彼らは周が生徒会長だった時に、一年生執行部だった筈だが、おざなりにしていた所為で記憶が朧気だった。同時にフランスにいる影暁にもメールを打った。 恐らく滝脇の後任だった結城 麗は彼の所にいる筈だ。 彼らの意見も聞きたい。
こんなに何かにそれも他人の為に、懸命になった事は今までなかった。時差を考えないメールだったにも関わらず、どちらも直ちに返信を返してくれた。
まず貴之からは、間部 岳大は義理堅く皇家への忠義心も厚いと返事が来た。 彼は学院から出られない人間の一人だと言う。 貴之ほどではないにしても、多少の武道は使えるそうだ。 周は貴之を通じて彼に今回の一件の助力を要請してもらえないかと依頼した。
藤堂 影暁からの返信には、麗からの文も添えられていた。 滝脇 直明は気性の穏やかな人物で、恐らくは武と夕麿に恩義を感じている筈と書かれてあった。また影暁は周が以前の怠惰な無関心から脱却して、誰かの事に懸命になっているのを喜んでいた。 周は返信に、恋人と再会できた影暁の幸せを祈ると書いた。 彼が麗を本当に愛しているのを知っていたから。 麗は日本の家族を捨てて、影暁を選んだのだ。
後日、麗と影暁の再会を周は武と夕麿に知らせて二人を喜ばせた。
特別棟での襲撃の4日後、武と夕麿は退院した。 医者は止めたが武の17歳の誕生日が迫っていた。 襲撃者が病院に侵入した場合、関係ない人々を巻き込む可能性がある。
それにやはり高等部の生徒たちの動揺は激しく、行長たちが悲鳴をあげていたのだ。 大学部はまだ二学期が始まってはいない。 授業開始は武の誕生日より後だ。 周は武と夕麿に付き添うと言って、二人の退院許可を出させた。
タイムリミットはあと5日。 襲撃者はそろそろ焦っている筈である。 そしてこの日、助力を要請した岳大と直明が周の元を訪れた。 周は二人を高等部の鎮静化の助っ人として皆に紹介した。当然ながら夕麿は彼らを覚えていた。 だが雫は彼らの参加に余り良い顔はしなかった。 信用出来ないと主張したのだ。 周と雫が真っ向から対立するのをおさめたのは他ならぬ武だった。 貴之と麗を信用すると言って二人の助力を望んだのだ。
現生徒会長である武の判断。 それは生徒会の自治力を重んじる学院の伝統ある決まりであり、最も高い出自の会長の権限でもあった。 雫も元生徒会長。 この不文律を破る事は出来なかった。
それにしても、こうまで生徒会長経験者が揃うのも珍しい事だった。 雫、周、夕麿、電話やメールでアドバイスをする高辻。 そして現生徒会長の武。
学業の成績は良かったが、決して良い生徒会長ではなかった自覚が周にはある。だが他の3人は優秀な生徒会長経験者。現生徒会長の武にしても、穏やかで愛らしい姿と決断力と実行力の素晴らしさで、生徒たちの信頼は厚いと行長たちから聞いている。
周の懸念は別にして、これだけの人材が揃えば、襲撃者を必ず発見出来ると信じたかった。
武は左腕が使えないのを理由に、片時も夕麿を自分の側から離れさせなかった。夕麿のピアノの練習には、武が時間を作って音楽室に付き添った。
夕麿の貧血はほぼ回復していたが、武は夜になると発熱した。ストレスと怪我の双方が原因だった。それでも彼は毎日授業と生徒会を続けた。今、倒れるわけにはいかなかった。
周はそんな武の状態を見守りながら雫をそれとなく監視し続けた。
彼は事ある度に夕麿を武から離そうとした。だが夕麿も武から離れなかった。雫はそれに対してはっきりと苛立ちを見せた。だが武は譲らない。
今のところ、新たな襲撃はない。夕麿を武から離して狙おうとする策略が、一向に成功しないのが原因と思われた。
やはり武が正しかった… 誰もがそう感じていた。
武の誕生日が近付く。 それは武の運命の下る日であり、夕麿が再び渡米する時が来て、また離れ離れになるという事でもあった。
武は夜毎、夕麿に抱いてくれと強請り続けた。 発熱した身体でひたすらに夕麿を求めた。 それが武の精神状態の綱渡りを支えていた。 食事の分量自体は減っていたが、それでも食べられるギリギリの状態だった。
安全の為にも本当は、寮で安静にしていて欲しいと誰もが思っていた。 だが鬼気迫る状態の武を誰が止められただろう? 夕麿すら止められないのだ。 数ヶ月前なら、雅久が止めに入る事があった。 雅久はこんな時にも怯まなかった。 だが彼は太平洋の向こうだ。 電話では効果はない。
武は微熱の残った状態で午前中の授業を受け、平熱に戻って午後の授業をやり過ごす。 昼休みは昼食の後に、夕麿のピアノの練習に5時限目の時間を振って楽室で過ごす。 放課後はいつも通り生徒会へ。
この混乱で学祭の企画がなかなか決まらない。
そしていつもこの辺りの時間帯に熱が上がり始める。
会長執務室でPCに向かったり教職員との会議にと、生徒会長の多忙さは夕麿の時と何ら変わりはない。 大名行列よろしく多人数で校舎を移動するのを、余り良く思っていない教職員もいた。 僅かだが外部から採用された教職員は、この学院の特異さを理解していない場合が多かった。
当然ながら彼らの非難の眼差しは、現生徒会長である武へと向けられていた。
「御大層な事だな、御園生」
教職員との会議の為に会議室へ来た武に、物井という名の教師が立ち塞がるようにして言った。彼はちょうど周が生徒会長だった年に外部採用された教師だった。
物井は周、司と二代続けて尊大で生意気で、やる気が全くない生徒会長に最初から続けて会ってしまった所為か、夕麿の時も今も生徒会長と生徒会を軽んじる傾向があった。外部では生徒会が年々、学校や教職員の都合良く弱体化してしまったのが当たり前になっている。紫霄学院のように生徒の自主自治制を未だに重んじる在り方は、彼のような教師には気に入らないのかもしれない。
「申し訳ございません、物井先生。お騒がせいたしております」
呼び捨てにされても、嫌みを言われても武は動じない。むしろ背後で周と雫が不快感に物井を見返した。
「お通し願えませんか、先生?」
「会議に行列はいらんだろう!お前と副会長の下河辺だけ入れ」
「物井先生…はじめまして、私は皇宮警察所属の成瀬 雫警視正です。 お騒がせ申しているのは重々承知ですが、武さまと夕麿さまの警護の為、SPと共に同席させていただきます」
「警護だと? ならば六条は関係ないだろう? 別の場所で待ってろ!」
物井は同性愛や同性婚を嫌悪する傾向があった。 それで夕麿が御園生に養子という形で婿入りした後も、彼は依怙地になって六条姓で呼び続けた。
「夕麿は…」
口を開きかけた武を夕麿が止めて上着のポケットから、黒革のパスケースを取り出し開いて物井に提示して言った。
「私は学院理事の一人として、会議に同席する権利を持っています」
夕麿が差し出したのは、理事資格を証明する写真入りの身分証だった。
「理事だと!? 学生の分際で…」
「いい加減になさってください、物井先生。 あなたが入口を塞がれている限り、会議室に誰も入れません。 それでは会議が始められないでしょう?」
武は一歩も引き下がらない。
「何が生徒会長だ! お前といい六条といい…そこにいる久我といい…ガキの癖に…偉そうに!」
「それはこの学院の伝統だからです。 歴代の生徒会長は様々な方面で、優秀な人材として活躍しています。 それは全てこの学院で培われたものです」
雫が武を庇うように進み出て物井に言う。
「な…何だ?」
「私は高等部第66代生徒会長でもあります」
「66代…? そうか、聞いた名前だと思ったらお前…確か、もう一人候補に挙がってた奴だな?」
「候…補…?」
武が不思議そうに雫を見上げた。雫と周が思わず瞑目した。
「知らんのか?ふうん…そりゃ傑作だな?六条、ライバルと会った気分はどうだ?」
今度は夕麿が首を傾げ、次の瞬間、雫を見て絶句した。それでも武には何が起こっているのかわからない。ただ彼にわかったのは、夕麿が酷く動揺している事だった。
「御厨、学部長に今日の会議を延期してもらってくれ」
武の言葉に御厨は頷いて、後方にいる学部長へと走り寄った。彼は血相を変えて武たちの所へ駆け寄って来た。
「武さま、会議は明日に変更させていただきます。
物井君!君はちょっと来たまえ!」
学部長の怒声を後ろに、武は青ざめたままの夕麿の手を引き雫と周に言った。
「今の話を寮の部屋で説明していただけますよね?御厨、俺は今日はもう寮へ帰るから、下河辺たちにそう伝えておいて」
「わかりました」
「帰るよ?」
武は全員の間に漂う感じが不快だった。自分にはわからない事で夕麿がショックを受け、酷く動揺しているのも不愉快極まりなかった。寮の部屋に戻り、SPたちを下がらせてから、武は夕麿を横に座らせた。
「それでさっき、物井先生が言った事が何なのか、俺に説明してもらえる?」
「それは…」
「武さま、終わった事ですので…」
周と雫、同時に言い淀む二人を武は睨んだ。
「俺は説明して欲しいとお願いしてるんだけど?」
困った顔で口を噤む二人。 会議室の物井の言葉の後、押し黙って蒼白な顔で動揺を隠せない夕麿。 自分だけがわからない何か。 けれど何となく、中心に自分がいると感じる。
「良いよ、別に。 下河辺か貴之先輩に調べてもらうから。 でも俺に隠し事するなら出て行って。
周さん、もう来なくて良いから。 成瀬さんも学院から出て行ってください。 誰か他の人と代わってください」
明らかに夕麿が傷付いているのに、理由がわからなければ癒す事も出来ない。 だからと言って今回は夕麿に直接言わせてはいけない気がした。
「私たちを退ける理由をお聞かせください」
雫がなおも食い下がる。
「俺が知るべき事を隠す人に信頼を置けないだけだ」
「わかりました」
「久我さま!?」
周はPCを開いて貴之の雫に対する調査報告を見せた。 しばらく武はマウスを手に、無言で液晶画面に目を走らせていた。
「これは事実ですか、成瀬さん?」
武はPCを雫に向けて問い掛けた。 彼は軽く目を走らせてから、周を見て溜息を吐いた。
「あなたは私を疑っていらっしゃったのですね、久我さま… …武さま、確かにこれは事実です。
ですが終わった事です。 あなたが御自ら選ばれたのは、夕麿さまです」
「一つ…聞いて良い?」
「何でしょうか?」
「あなたはこんな事、勝手に決められて納得したの?」
「あなたのお心を尊重する…小夜子さまの判断は、間違っていないと思いましたから」
「そう、わかった」
武は横の夕麿の手に自分の手を重ねてから、雫を真っ直ぐ見つめた。
「あなたと夕麿が同時に俺の前に来ても、俺は夕麿を選んだと思うよ? 何しろ一目惚れだったからさ」
「私はあなたがお幸せであれば、それで良いと思っております」
「そう…ありがとう。 ごめんなさい」
雫に罪はない。 最善の相手だと彼を候補に挙げた人は思っていたのだろう。 けれど彼は武が求めるタイプではない。 雫ならば一心に愛情で包むようにして武を守るだろう。だがそれは武の望む事ではない。 守られるだけでは嫌なのだ。 武は女の子ではなないのだから。
武は軽く息を吐いて立ち上がった。
「夕麿、汗かいたから身体、拭いてくれる?」
「はい、すぐに…」
「あ、その前に先にゆっくり風呂、入って来いよ?」
「え…? あの…武?」
意味がわからないという顔で見上げた先にある武の顔を見て、夕麿の顔がみるみるうちにに朱に染まった。
「じゃ俺は先に上にいるから」
「はい…」
「あ、周さん、包帯とガーゼ代えるの明日の朝で。
おやすみなさい」
武は返事も待たずにさっさと、螺旋階段を上がって寝室に姿を消した。 夕麿はそれを目で追ってから、バスタブに湯を張りに立ち上がった。
「えっと…久我さま?」
「周で良いですよ?」
「あの…話が見えないのですが…?」
「それは…」
そこへ夕麿が戻って来た。 ふと周と視線が合い、彼が意味ありげに笑みを浮かべると、夕麿は耳まで朱に染める。 そのまま居心地がわるそうに座っていたが、やがて上に着替えを取りに行き、バスルームへと行ってしまった。
周は小さく笑いながら、雫に問い返した。
「あなたはそれなりに武さまをお好きだったようですね? でも面識はなかったと記憶していますが?」
「私は小夜子さまの許可をいただいて、遠くからお姿を何度か拝見させていただいておりました。 可愛らしい方だと思いました」
「可愛らしい…ね。 でもそれだけではないのは、わかられましたよね?」
「ええ。 ご自分の意思や主張をきちんとお持ちですね。 責任と義務も心得ていらっしゃいます」
それが雫の純粋な武に対する印象だった。
「前者は武さまご自身のご気性ですが…後者は恐らく、夕麿の教育の賜物だと思います」
「夕麿さまの?」
「良岑 貴之の話によると、夕麿は徹底的に『貴族の義務』を武さまに教えたらしいのです。 聞き分けがない時には、折檻に近いくらいにお仕置きした程厳しく」
「そうですか。 やはり夕麿さまこそ、武さまに相応しい方だったのですね。 それでさっきの私の疑問には答えていただけないのでしょうか?」
雫は周にはぐらかされそうで、念を押すように尋ねた。
「成瀬さんは武さまの伴侶になっていたら、ひたすら抱き締めて愛されたタイプでしょう?」
いきなりの質問に成瀬はたじろいだ。
「それが…何か…?」
「私が見た所、あなたはバイセクシャルで、抱く側一辺倒だ。 でもそれでは武さまのお心は満たされない。 あの方は普通に男ですから」
「?」
意味がわからないらしい。 どうやら雫の中には、武に対する一方的なイメージが固まっているらしい。
「武さまは時折、夕麿をお抱きになられるのです」
「……え?」
周は二人の関係を説明すると、雫は驚いて言葉を紡げなくなった。
「先ほどのあれは、あなたの事に動揺してしまった夕麿に、誘いをかけられたのです。
信じられませんか? 明日の朝には納得しますよ、必ず」
周の言葉にまだ半信半疑だった雫は、その言葉の通り、朝になって納得せざるを得なくなった… 何しろ同性にその気を持たない性癖の者まで、夕麿の強烈な色香に反応してしまうのだ。
雫も納得せざるを得なかった。
次の日の会議では、物井は不満げな顔で武たちを睨み付けていた。 昨日の発言で彼は武と夕麿の間に一石を投じ、掻き乱したつもりだったのだろう。
実際に事実を知った時は夕麿は動揺した。 けれど武の気持ちは揺るがない。 夕麿への愛情で『もし』は、今の武には存在しない。 夕麿への愛情、それが武の真実だ。
「さて、武さま。 こちらの要望書ですが…」
学部長が書類の中から、閉じられた一冊を取り出した。
「ご説明は今更ですよね? その要望は15年以上前から出されている筈ですから。 俺としてはまず却下される理由をお伺いしたい。
何故、学院のOBが学祭に参加するのが許されないのです? OBが自分の学び屋を懐かしく想い、訪問する事のどこがいけないのでしょう?」
この要望書に目を見開いて驚いたのは、他ならぬ成瀬 雫だった。 彼こそこの要望書を最初に出した生徒会長だったのである。 武がこれを今、一番に提出して学院側に認可を迫っているのは、死んだ慈園院 司が再三この要望書を出していたからだった。
武にしてもこの閉鎖された学院にせめて、学祭の2週間だけでも外の風を通したいのだ。
「俺としてはきちんと納得の出来る説明をいただけない限り、引き下がるつもりはありません」
皇家の貴種としての立場を利用してでも、この要望書を学院側に認可させたいのだ。 まずこの教職員との会議を通過しなければ理事会へ要望書を提出出来ない。 前任の夕麿までは会議の議題にすら上げられなかった。 要望書はそのまま突き返されていたのだ。
司の悲願… …夕麿の願い……歴代の何人もの生徒会長の希望……そこに幾つもの悲劇があったのは想像に難くない。彼らと自分との違い。自分に出来る事。病床で義勝に与えられた課題の中から、武が見つけ出した答えだった。
「却下の第一の理由は、学院内の人間の逃亡を防ぐ為です」
武はその言葉に夕麿と視線を合わせて頷き合った。
「その件は解決策があります。既に理事会で提出されています」
有人が武たち『暁の会』の活動の補助として、学院内から出られなくなった者の身元引受に対する、改定案を提出していたのである。
「それについては、私から説明致します」
夕麿が立ち上がった。 この事については二人で、何日も前から話し合っていた。
「身元引受を学院のOBで然るべき職業にある者が、なれるように改定案が出されています」
夕麿はまず概要を口にして、改定案の幾つかの項目について説明した。 要領良くポイントを押さえたそれは、彼らしくて武は嬉しくて、笑みを抑えられなかった。
「如何でしょう? これでもそれについて、会議の議題にはしていただけないのでしょうか?」
武は今現在、他の要望書を提出していない。完全にこれ一本に絞って、学院と向き合う気持ちでいた。もしも閉じ込められてしまったら何をするのか。何が出来るのか。夕麿は武にこんな話をした。それは理事資格を得た時の夕麿の言葉に共通するものだった。もちろんそれは夕麿と二人で…という条件があっての上ではあるが。
自分の背負うものには決して押し潰されない。武の長く続く戦いへの最初の一歩であった。
要望についての話し合いは堂々巡りに終わった。それでも議題に乗せる事が出来たのは新たなる一歩だったと言える。
「お疲れ様です」
康孝が武の為によく冷えたオレンジ・ジュースを入れてテーブルに置いた。
「ありがとう、千種」
顔が紅潮して目も充血している。生徒会室のソファに身を預けた姿はかなり怠そうだ。そこへ雫が近付いて武の前で膝を折った。
「武さま、あの要望書を最初に提出した者として、心からお礼を申し上げます」
「え? 成瀬さんが最初だったの?」
「はい。私の前任者が恋人と引き離されて、相手が卒業して学院を去ったあと…自ら生命を断ちました。恋人もそれを知って後を追いました。
せめて…一年に一度でも学院で会えるならば…もっと違う結果になったのではないかと思ったのです」
「そう…慈園院さんたちと似てるね。
去年、似たような事があったんだ。二人は夕麿の前の生徒会長と副会長だった。その人たちのスクールリングをここの温室に埋めて、ささやかな墓碑を秋に作ったんだ。 そのお墓参りに戻りたい人たちを、受け入れてあげたいと思ったんだ、俺は…」
武は雫に学院から出られなくなった生徒を救済する『暁の会』の説明もした。
「そうですか…ありがとうございます」
「今度こそ、この要望書は通さなきゃならない。 理事会に出された方のと一緒にね」
武の言葉に夕麿が頷いた。
「身元引受は御園生で賄うには限界があります。もっと広い範囲で多くの者が、候補になれるようになればそのような決まり自体が無効になるでしょう」
夕麿の言葉に雫と周が武を見た。
「あなた方は…一体、何をなさろうされているのです?」
雫の声が震えていた。
「ここをいつかは、普通の学校にする。その為に俺と夕麿は、御園生の財力と俺の身分や立場を使ってるんだ」
武を寄りかからせながら夕麿も頷いた。
「単なる救済が目的じゃなかったのか…」
周が呟いた。
「周さん、それでは悲劇は終わりません。 この学院に身勝手なおとなの考えで、未来を奪われた学生は数限りなくいます。 そして悲劇は何度もありました。 自殺、心中…無理心中や殺人さえも。 休みの前には毎回、出られなくなった生徒が問題を起こします。 私たち歴代の生徒会長はただ…止める努力しか出来ませんでした。
いえ、正確には出来ないと信じ込まされていました。けれど武は私たちとは違う目でそれらを見つめる事が出来るのです。私たちが当たり前だと思っていた事。それはここで私たちに負わされた、学院だけのルールだと、私は悟らされたのです、彼に」
夕麿もまた閉じ込められる為の教育の犠牲者だった。この中で生きる術しか、教えられてはいなかった。それを自覚させ変えてくれたのは、武の持つ想いはここでは異質な眼差しだった。
「俺は編入するまで、普通に庶民の貧しい暮らししてたからね。ここではピントのズレた異邦人なんだよ。だから見えただけ。逆に夕麿や兄さんたちに、教えてもらった事の方が多いけどさ」
一年半で180度変わってしまった生活。けれどもう元の生活に戻りたいとは思わない。自分にしか出来ない事をたくさん見付けてしまったから。
「ん…ふう…」
武の口から苦しげな、呻くような声が漏れた。
「武?」
慌てて周がポケットから、赤外線式の体温計の入ったケースを取り出した。 この体温計は耳孔で計る。 10秒程でわかるので主に乳幼児に使用されるが、このような場合には早急にわかって便利だ。 体温計が示した体温は、39℃近くになっていた。 ここのところ夜毎に発熱していたが、38℃を超えるか超えないか程度だった。 周は校医に電話を入れその指示を受けて、武を直ちに寮に連れ帰る事にした。
武を抱き上げようとする夕麿を周が制した。
「まだ無理はするな。 武さまを抱いて倒れ込んだらどうするんだ?」
如何に夕麿が丈夫でも、まだ増血剤の投薬を受けている状態だ。
「私がお連れいたします。お許しいただけますか、夕麿さま」
「…はい、お願いいたします」
雫と夕麿、さほど身分差があるわけではない。 どちらかというとほぼ同等と言える。 だが雫はあくまでも、夕麿を武の伴侶として上に置いて接していた。 武の夕麿への想いの深さや強さを知って、それは最初の義務的なものから顕著に変化した。 本当に武に対するのと変わらない態度になったのだ。
「下河辺君、後をお願い出来ますか? 明日の日曜日は私も手伝います」
「どうぞ武さまを早くお部屋へ。 御厨君、武さまのお荷物をお運びしてください。 あなたも今日は帰って構いません」
「わかりました」
敦紀が武の荷物をまとめた。 抱き上げた雫の腕の中で武が苦笑した。
「武…どうかしましたか?」
「いや、相変わらず…俺より下河辺の方が、会長に向いていると思って…さ」
「またそれですか、会長? いい加減にしてくださいね、会長はあなたなのですから?」
下河辺が呆れた声を出した。
「わかってるって……」
「武さま!?」
「武!?」
「熱が上がってる、急ごう」
雫の腕の中で武が意識を失ってぐったりとしていた。 警護の警官たちを寮までの道に移動させ、SPに夕麿を囲ませて足早に戻った。 無理に無理を重ねていたのが、とうとう利かなくなってしまったのだ。
次の日が日曜日という事もあって武は1日、安静を言い渡された。 生徒会の手伝いには周が向かい、逆に夕麿を心配させて武に爆笑させた。 周に生徒会長の仕事が本当に出来るのか、夕麿には不安だったのだ…
彼は副会長の藤堂 影暁にほとんどを任せて、怠惰に下級生を漁っては執務室に連れ込んでいた。 表向き人当たりが良い為、彼は人気があった。 その性癖が広まるまでは。貴之と別れた後、身を慎んでいる様子だが。
夕麿は周が部屋を出て行った後、行長にその辺りを注意するように電話をかけた程だ。
「夕麿、そこまでしなくても周さんはもうそんな事はしないよ?」
「武、私はあなたよりずっと彼を知っています。 彼がそんなに簡単に変わるとは思えません」
「バカだなぁ…夕麿だって変わったと、言われてるじゃないか。 信じてあげようよ、周さんを?」
「ですが…」
「相変わらず心配性だよな…」
「あなたが後で困った事にならなければ良いのですが…」
ここまで行くとちょっと周が気の毒になる。
「警護の為に来てるんじゃなかったら、成瀬さんにお願いするんだけどね」
「その成瀬さんの事ですが…『暁の会』の外部理事をお願いしようと思うのです。私はしばらく日本を離れますし、彼ならお義母さんとも面識がありますから」
「うん。 俺たちの思っている事をわかってくれる人だと思う。
……あの人の事、まだ気にしてるだろ?」
「それは…無理です、武。彼は彼なりにあなたを想っていた筈です。 最初から随分、突っかかられましたから。私のこの幸せは彼を押し退けたもの。それを忘れてはならないと思うのです」
穏やかな笑みを浮かべて、夕麿はリビングの方向へ眼差しを向けた。
「忘れないって? じゃあもっともっと幸せにならなきゃね?」
「ええ」
ただ、守られるだけの愛情はいらない。甘えさせてくれるだけの愛も。
「武、ダメです!」
寝室のドアが開いて、普段着姿の武がリビングに降りて来た。その後を追うように出て来た夕麿が、階上の廊下から見下ろして叫ぶ。
「大丈夫だって!」
笑顔で見上げる武を睨みながら、夕麿は螺旋階段を降りて来た。
「今日は安静にしてる約束でしょう?」
「熱ならもう下がったし、寝てるの退屈だからヤダ」
「また、そんなわがままを…おまけに腕まで外して!」
「振り回すわけじゃないから、痛くないよ、もう…相変わらず心配性だな、夕麿 は」
「あなたが無茶苦茶なんです!」
いきなり始まった二人の口喧嘩に、雫とSPたちは唖然としていた。
「武、聞き分けのない事ばかり言ってると、お仕置きしますよ!」
「そんな事言うと食堂で夕麿の皿に、また人参山盛りにするぞ!」
ほとんど子供の喧嘩である。耐えきれずに雫が吹き出した。
「あはははは…やめてください、お二方とも…」
つられてSPたちも忍び笑いを漏らした。彼らの事を失念していた二人は、真っ赤になって絶句した。
「と、兎に角、昼食作るくらい大丈夫だって…」
「そうやって甘く考えるから、熱がいつまで経っても出続けるんです、わかっているでしょう、武?」
夕麿は困り切った顔で、何とか武を説得しようとする。
「だってもう、余り時間がないじゃないか!母さんのレシピと俺のレシピを渡したけど…やっぱり俺が作ったの、夕麿に食べて欲しいんだから!」
「武…」
「だって一度も夕麿の為に料理作ってない。ロサンゼルスに戻ったら、冬まで作ってあげられないじゃないか」
小夜子と武の手料理が恋しい。夕麿がそう言っていたと雅久から聞いていたのだ。小夜子の手料理は御園生邸で、毎日食べたから良いだろう。けれど体調も精神状態も不良で、武は未だに料理を作れていない。平日は授業と生徒会と、夜には上がってしまう熱の所為で、料理を作る余裕も時間もない。
それなのに……時間だけがなくなって行く。
「でも武、冷蔵庫は空っぽですよ?材料を買いに行くのは許可出来ません」
夕麿に買いに行ってもらうのもダメだ。どこで狙われているかわからないし、一般生寮にある売店は日曜日は混雑する。もしも襲撃されたら彼らに被害が出てしまう。下河辺たちは生徒会に出ている。
武は肩を落として涙ぐんだ。今回の夏休みは仕事のついでとはいえ、帰って来てくれたのだ。自分を迎えに来る為に、仕事を頑張って調節して帰国してくれたのだとわかっている。それなのに…困らせて心配ばかりさせた。もっといろんな事をしてあげたかったのに。結局、何もしてあげられず逆に辛い想いをさせたままで、ロサンゼルスに戻らせてしまうのか。
「武、あなたの気持ちだけで十分です」
夕麿の手が優しく抱き締めた。
「あなたは私にたくさんの事してくれました。だから、無理はしないで、ね?」
宥めるように左手の指が髪を撫でる。ちょうど目の前に、杜若色のミサンガが見える。 武は自分のミサンガを見た。 怪我で血に染まったそれを、看護師が切ろうとするのを、夕麿が解いて洗ってくれたのだ。 手術後にまた結び直してくれた時には、血はほとんど綺麗に落ちていた。
「夕麿…ごめん…何もしてあげられなくて…ごめん…」
もっともっといろんな事をしてあげたかった。 それなのに甘えてばかりだった。 後悔だけが胸を満たす。
「あの…武さま」
雫が遠慮がちに声を掛けた。
「必要な物をお書きいただければ、私が買って参りますが…如何でしょう」
「え…でも…」
武が夕麿を見上げた。
「成瀬さん、あなたにそこまでしていただく訳には参りません」
「ではこう致しませんか? 私たちも御相伴に預けさせていただく…というのは如何でしょうか?」
にこやかに言う。 だがその目は挑戦的に夕麿を見ていた。
「どさくさに紛れて、武の手料理を味わうおつもりですね?」
「いけませんか? 私の妻になっていたかもしれない方の手料理くらい、味わっても罰は当たらないと思いますけど?」
「確かに罰は当たらないでしょうけど、私に殴られるくらいの覚悟はなさってのお言葉でしょうね?」
「夕麿!?」
夕麿の剣呑な言葉に武が慌てた。
「幾らでもどうぞ。 こんなに可愛い方を妻にし損ねたかと思うと、横から奪って行ったあなたが妬ましい」
「成瀬さん!?」
睨み合う二人の間で武がオロオロする。 夕麿の顔を見ると先日のような不安定な顔はしていない。 むしろ雫をしっかりと見据えていた。
「ちょ…二人とも、止めてよ…」
もうどうして良いのかわからず、武は泣きたくなってしまう。 すると夕麿と雫が同時に吹き出した。
「え!?え!?」
わけがわからない。
「では武さま、必要な物を書き出していただけますか?」
「武、私がメモしますから言ってください」
「嫌みな方ですね、あなたは。 武さまの書かれたものくらい、私にくださっても良いでしょう?」
「とんでもない。 皇家の貴種の直筆をそう簡単に、差し上げるわけにはいきません。 祐筆を務めさせていただいている、私の文字で我慢なさるべきです」
自分を間に挟んでのやり取りに、武は段々腹が立って来た。
「いい加減にしろよ、二人とも!」
武の声に二人は黙る。
「夕麿、面白がって成瀬さんに突っかかるのはやめろ。 成瀬さん、一々夕麿を煽るのをやめてください、おとなでしょう、あなたは」
いたたまれなさに怒り出した武が、可愛くて仕方がないという目で二人が見つめる。
「な、何だよ…?」
戸惑う武を余所に、雫がポケットから手帳を出した。
「必要なものを仰ってください、メモをとりますから」
武に笑顔で言って、夕麿にはこれで文句はないだろうという顔を向けた。 夕麿は喉の奥て笑い満足げに頷いた。
その日の昼食は少し遅めになったが、ダイニングテーブルいっぱいに武の手料理が並べられた。 夕麿や雫だけでなく、SPたちも武の手料理の味に舌鼓を打った。
食後はSPたちがも器の片付けを手伝った。 武は夕麿に絶対に手伝わせない。彼が指を傷付けるのを本人以上に嫌がる。 ピアノ奏者にとっては指は何より大事と聞かされてから、ことさら神経質にその可能性がある事から夕麿を遠ざけたがった。
武には夕麿が喜んで食べてくれるの何よりも嬉しい。無理をしてでも彼が再び渡米する前に手料理を食べてもらいたかった。
食後のお茶も終わったところで、夕麿は厳しい顔で武の方を向いた。 武も意味がわかっていて伏し目がちに夕麿と向き合う。
「自分のした事の間違いはわかっているようですね、武?」
武は無言で頷いた。
「あなたの気持ちは、私は嬉しいと思いました。 でもそれは私個人の感情でしかありません。 あなたは昨夜、私と成瀬さんと周さんに、今日はおとなしく寝ていると約束しました。
そうですね?」
「はい、しました」
「ではあなたのわがままが、みんなに迷惑を掛けたのも自覚していますね?」
「夕麿さま、私たちは迷惑だとは…」
「口出しをしないでいただけますか?」
「しかし、今日のは理由がおありになったわけですし」
「人の上に立つ者がわがままを言って周囲を振り回せば、個々人が担っている役目が果たせなくなります。 身分が上がれば日常生活が、ある程度スケジュール管理されます。 その中で約束を違えてわがままを言う事が、仕えてくれる者たちにどのような迷惑をかけるか。 それはあなたならおわかりになる筈です。
先程の武さまはその自覚と配慮より、ご自分のわがままを優先なさいました。 間違いは間違いとして正さなければなりません。
武さま、まず、皆さんに謝罪なさい」
教育係としての夕麿には容赦なく武を叱る。
「ごめんなさい、皆さん。 わがままを言って困らせました」
武は立ち上がって頭を下げて、皆に対する謝罪の言葉を口にした。
雫は夕麿が自分よりも相応しいと、小夜子が判断した一番の理由を理解した気がした。 自分ならばこんな時には、武の気持ちのみを優先させる。 だが夕麿は私人しての立場と、身分ある公人としての立場の双方を区別する。
高等部編入時に庶民として育ったままの武に、身分ある者としての自覚と覚悟を持たせ、やるべき事とならない事を理解させる。 庶民としての周囲に対する感覚を捨てさせて、皇家の自覚を持たせるのは並大抵ではない。 庶民が抱く身分ある者のイメージと、本当の身分ある者の姿にはかなりのギャップが存在するからである。
それは雫自身が感じた経験がある。 警察キャリアとして現場の経験を積む為に、所轄へ配属されてかなり戸惑い困った。 それでも「あれは貴族の子息だから」で許されてしまった。だが逆ならばそんな許しは存在しない。 公私を混同しない夕麿の線引きの潔さと潔癖さ。 自分にも武にも正しい事は正しい悪い事は悪いと判断が出来て、すかさず実行に移れる行動力。皇家の人間に過ちは本来は許されない。人々の頂点に位置する存在として完璧さを求められる事を考えて、武を導ける資質の持ち主である必要が確かにある。 それこそが夕麿が伴侶に選ばれた本当の理由ではないのかと。
「罰を受ける覚悟は出来ていますね?」
「はい」
「あれはあなたの部屋ですか?」
「はい」
「持って来なさい」
「はい」
乗馬用の鞭は今は武が持っている。 武は言われた通り螺旋階段を上がって、自分の部屋から乗馬用の鞭を持って降りて来た。
それを見て雫が息を呑んだ。 夕麿の厳しさを自分は到底、真似出来ないと思ったからだ。
「持って来ました」
武は鞭を夕麿に手渡した。 夕麿はそれを受け取って、加減を確かめるようにしならせた。
「バスルームに行って準備をして待っていなさい」
「はい」
武は口答えひとつせずに、従順にバスルームへと行く。 見送った夕麿は小さく溜息を吐いた。 それから鞭を手に夕麿もバスルームへ行った。
SPが青ざめる中、武の抑えたような悲鳴が聞こえて来た。
雫はソファに座って、瞑目して武の悲鳴を聴いていた。 決して公の場で本当の身分を明かせない立場。 雫ならば庶民的な感覚を捨てさせたりしない。
だが夕麿はそれではいつかどこかで武自身が、恥をかいたり困ったりする可能性があるのを理解しているのだ。 身分というものを身をもって自覚させる。
皇家は通常、『否』を教えない。 拒否はされた人間を傷付ける。 戦前ならばその者の人生や生命を左右した程の力があった。
武を厳しく教育するのもまた、深い愛情故の行動。 鞭打つ行為を夕麿が楽しんでいる訳ではないのは先程の溜息でわかる。 それでも実行する意志の強さに雫は感心する。
バスルームから聞こえて来る悲鳴はやがて、啜り泣きに変わった。
しばらくして鞭を手にした夕麿に続いて、目を真っ赤にした武がフラフラと出て来た。
「これを片付けて、パジャマに着替えなさい。 残りの時間はベッドにいるのですよ、わかりましたね?」
「はい、わかりました」
武は夕麿から鞭を受け取り、階段を上がって自分の部屋へと姿を消した。 夕麿はキッチンへ行って、冷蔵庫からミネラル・ウォーターを出してグラスに注いだ。 それを手にリビングに戻る。
誰も何も言えなかった。
武は鞭を片付けるとノロノロと寝室へ行った。 左腕を庇いながらパジャマに着替え、鞭打たれて痛む尻を気にしながらベッドに入った。 それでも夕麿に手料理を作ってあげられて満足していた。 喜んでたくさん食べてくれたから。 ジンジンと痛む尻だって我慢出来る。
それに…久しぶりに夕麿らしい夕麿を見た。 叱られてお仕置きされても武は幸せな気分だった。
ところが生徒会室では、物井と周が一悶着起こしていたのだ。
「だから、大学生が何でここにいるんだ、久我 周。 確か御園生は熱を出して、今日は出て来れない筈だろう?」
「ですから僕がオブザーバーとして来ているんですよ、先生」
「何がオブザーバーだ、偉そうに! 現役時代に会長の仕事をせずに、下級生を執務室に引っ張り込んでいた貴様に、そんなものが務まる訳がなかろう!」
彼が声を張り上げて生徒会室に居座っているので、下河辺たちは業務どころではなくなってしまった。 迷惑この上ない。
周は先程まで過去記録の自分の任期だったものを、デジタル入力していたのだ。 役に立っていなかった訳ではない。
デジタル化は慈園院の任期に始められ、夕麿の任期中にかなりの分量が進められたが、戦後の学院高等部の記録は膨大で、武の任期になっても続けられている。 記録のデジタル化は周の任期に、藤堂 影暁が要望して認可されたものである。 故に生徒会記録は慈園院の任期からは、デジタル記録されている。 デジタル化作業は周の任期までであり、自分たちがやれなかったものを朝から懸命に入力して、昼食で一息吐いた時に物井が来たのだ。
「お言葉ですが物井教諭、それなりに仕事はしていましたよ、僕は?あなたが僕にそのような態度をされるのは、自業自得だと思っているから仕方がないでしょう。しかし夕麿は生徒会長として大変優秀で、功績もたくさん上げています。あなたは彼ら81代執行部が制作した、業務マニュアルをご覧になりましたか?」
「マニュアルだと?」
「ご存知ないようですね。10年先、20年先を考えて制作してあります。生徒会としての非常時の危機管理マニュアルもあります」
「何が危機管理だ。伝説だなんだと言われているが六条は問題ばかり起こしていたではないか」
「彼が問題を起こした訳ではないでしょう?しかも12月の事件は明らかに、学院の失態ではありませんか。夕麿は被害者ですよ?」
「何が被害者だ?中等部ん時の男が、事件起こしただけじゃないか。どうせ自分で招き入れたんだろう?」
次の瞬間、物井は周に殴り飛ばされていた。
「夕麿があれ以来、心的外傷でどれほど苦しんでいるか、知らないとは言わせませんよ?よくそんな無神経な事が言えますね。 この事は学部長にお知らせしておきます。
武さまのご身分が決定される今、伴侶である夕麿も身分が上がります。 あなたのそういった言動は外では問われませんが、この学院では不敬に問われます。覚悟なさった方が良いですよ。
夕麿を侮辱したあなたを武さまは、絶対にお許しにはならないでしょうから」
「たかが学生に何が出来る?」
「教員として様々な事情をご存じの上でそう思われるならどうぞ、ご自由に。
下河辺、今の物井教諭の言葉、録音したな?」
「完璧に」
行長がICレコーダーを周と物井に見せた。
「お前ら、教師にそんな事をして良いと思っているのか!?」
物井は顔を真っ赤に染めて怒鳴った。 恐らく学院の外の学校では通じていたのだろう。 生徒に暴言を吐いても、それが通用したような学校が。
だが紫霄学院は違う。 身分や地位のある子息たちは、普段は物腰が柔らかく穏やかだ。 武にしても夕麿にしても、物井の暴言を柳の枝のようにしなやかにかわして来た。 他の生徒たちも身分も立場も考えずに傍若無人に振る舞う彼を、一教師としての分を弁えない哀れな人間として見ていた。 彼にすれば上から見下ろされている気分だったのかもしれない。 だが自制が出来ない自分の愚かさを遂に悟れなかったとも言える。
「下河辺、武さまにそれをお聴かせしろ。 僕はもうこの男に我慢がならない」
「わかりました」
行長は携帯を取り出して武をコールする。
ベッドでおとなしくしていると、サイドテーブルの上の携帯がなった。 武は身を起こして出る。
「下河辺? 何か問題でも?」
〔武さま、これをお聴きになってください〕
「何?」
聞こえて来た物井の言葉に、武は怒りのあまり危うく携帯を床に投げ付けそうになった。
「物井先生はそこにいるんだな?」
〔久我先輩の命令で生徒会室から出られないようにしています〕
確かに電話の向こうで何かを叫んでいる、物井らしき声が聞こえる。
「わかった、すぐ行く」
携帯を切って武は飛び起きた。 クローゼットに飛び付いて、制服を急いで身に着ける。 左腕を吊り直し、携帯を手にして階段を駆け下りた。
「何事です、武?」
制服姿の武の慌て様に夕麿が立ち上がった。
「ちょっと生徒会室まで行って来る。 夕麿はここから出るなよ?
成瀬さん、ここの警備を増やしてください」
「わかりました。 すぐに手配いたしますので、お待ちください」
「急いでください」
武の様子がおかしいと夕麿は気が付いたらしい。
「武、私も行きます」
「ダメだ」
きっぱり言い切った武の全身からは、怒気が溢れ出していた。 すぐに隣室から警官が駆け付けた。 次いでSP二人と成瀬が武に付く。
「夕麿、絶対に出るなよ? 命令だからな?」
そう言われると夕麿は逆らえない。
「御意…」
不安に顔を曇らせる彼に背を向けて、武は生徒会室へと急ぐ。
「武さま、何があったのですか?」
武の余りの怒り様に、成瀬が並びながら聞いた。
「先日の会議室で悶着がありましたよね?」
「あの弁えのない教師ですか?」
「生徒会室でとんでもない暴言を吐きました」
「暴言?」
「行けばわかります。 あなたには証人になっていただきます。 今まで俺たちはあの教師の暴挙を黙認して来ました」
生徒会室へのエレベーターを降りて真っ直ぐに向かう。 扉を叩くとすぐさま中から久留島 成美が開けてくれ、武が室内へと踏み入れた。
「御園生、熱があるのにわざわざご苦労だな?」
ソファにふんぞり返って武を睨み付ける。
「下河辺、さっきのをもう一度聴かせて」
「はい」
聴こえて来た内容に成瀬が青ざめた。
「あなたは…何という事を…皇家の貴種を何だと思っている……」
「証人になっていただけますよね、成瀬さん?」
「もちろんです」
成瀬の言葉に頷いて、武は物井を見下ろした。
「どうしてあげましょうか」
「生徒会長がどれだけ偉いか知らんが、教師にその態度は何だ!?」
「俺の夕麿を侮辱した時点で、あなたと俺は教師と生徒じゃなくなったとわからないんですか?教師にあるまじき事を言ったあなたを、最早生徒として接する事など出来ません」
生徒会室の空気が武の放つ怒気に染まって、ピリピリとした刺すような感覚に包まれていた。
夕麿を傷付ける者には、鬼や悪魔になってでも報いを受けさせる。その誓いを武が違える事はない。愛らしさを持った綺麗な顔が、鬼神の如く壮絶な残忍さを帯びていた。
温厚で穏やかな性格。
学院では武をそんな風に皆が見ていた。夕麿たちに守られて大事にされていた、可愛くて綺麗で最も身分の高い生徒。
けれど15㎝差の夕麿を抱く事もある、意外な一面。ひたすらに夕麿だけを愛する姿。先日の襲撃で身分が上の彼が、夕麿を命がけで守ったのも生徒たちの好感を高めた。
だから今の武の姿は物井だけではなく、生徒会室にいる全員を震撼させるには十分だった。
「な、何を言ってる!お前、六条をヤってるならわかってるだろ!」
「確かに俺は夕麿を抱きますが、何をわかるって言うんです?」
側にいる周と雫が物井の品の欠片もない言い方に鼻白んで不快な顔をした。
「六条は色気を振りまいて、相手を誘うような淫乱な奴だ。 あれだって、誘ったに決まってるだろ。 え? お前もその口だろ、御園生?」
「あなたという人は…」
武は怒りの余り絶句する。不意に横から周が光る物を手にして、物井の顎を掴んだ。
「その無礼な舌をこれで切り落としてやろうか!?それとも耳まで口を切り裂いて欲しいか!?」
周が手にしていたのは一本のメスだった。
「夕麿が淫乱だと? 彼は武さま以外の人間に、触れるのも触れられるのもダメなんだぞ? それをよくも…!!」
周の怒りは夕麿の苦しみに何も出来ずにいた、自分への後悔でもあった。
「お前に何がわかる!? 夕麿が今でも苦しみ続けているのを知りもしないで…」
「周さん、ありがとうございます」
武は周の言葉に感謝しながらも、メスを握った手をそっと押さえて首を横に振った。
「武さま…」
「夕麿に代わってお礼を言います」
周は言葉をなくしてメスを握った手を引いた。
「うわああああ!!」
その隙を突いて物井は武に飛び付いた。 慌ててSPが物井を引き離したが、武は倒れた時に左腕を床に打ち付けてしまった。 左腕を押さえて、痛みに床をのた打ち回る。
「武さま!」
周は慌てて武を抱き起こした。 先程のメスで制服の袖を切り裂いた。 包帯の下の傷口が露わになって、全員が息を呑んだ。 刺さった硝子の破片を抜き去り、血管を縫合する為に切り開かれた手術痕は、左腕の上腕を肩から肘にまで走っていた。
昨今は手術の傷は接着するのが普通である。本来ならばその上から、合成樹脂ギプスを巻いて固定する。だが極端に皮膚の弱い武にはそれが行えず、通常のように糸で縫合した上で包帯を巻いてあるだけだった。幸いにもまだ抜糸の済んでいない傷は、開いてはいなかった。
だが左肩から床に倒された衝撃は、生徒会室の床に敷き詰められた絨毯でも緩和出来なかったようだ。
「皇家に対する障害及び不敬で逮捕する」
雫の声が冷酷に響いた。二人のSPが物井を拘束し外で警護に就いている、都市警察の人間に渡した。
周は校医に連絡を取って状況を報告する。次に武をソファに寝かせて傷の状態を再度確認する。恐ろしいのは縫合した血管が、今の衝撃で損傷してしまっていた時である。再び大量に失血すれば、それに耐えられるだけの体力は武には恐らくはない。痛がる武を雫や行長に押さえさせて触診する。僅かに指先が触れるだけで、武は悲鳴をあげてもがく。
周は何ヶ所か詳しく触れた後、安堵の息を吐いた。内出血を起こしている様子は、今のところは感じられない。時間の経過を観察して見なければならないが、取り敢えずは安心…というとこれだ。
校医が駆け付けて来た。 彼は周の報告に頷いてから、用意して来た痛み止めを武に打った。 ゆっくりと確実に痛みが治まって行く。 同時に強い眠気が襲って来た。
「夕麿には…話さないで…」
「話せません。 大丈夫ですから御静まりくださいませ、武さま」
「うん…」
もっと何かを言っておかなければ……と思うが、眠気に引き込まれて意識が途切れた。
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