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紫霞宮
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夕食を終えてソファへと場所を移してもらう。左腕はまだしくしくと痛むが我慢出来ない程ではない。
4人のSPのうち2人が夕食に食堂に降りていた。
周が淹れてくれたお茶を飲みながら武は手帳を開いている。
「本当に、学祭の出し物どうするかなぁ……」
「どんな意見が出ているのですか?」
「一番に上がってるのは軽音楽はどうか…っての」
「軽音楽ですか…」
「何しろ俺が楽器ダメだからさ…」
「歌ですか。去年、歌い損ねましたものね」
「でも曲に…困ってんだ。みんな普通に流行歌とか知らないし…最低、5曲くらいやらなきゃ時間潰せないし」
せめて何か楽器が出来れば…と武は思う。雅久に習って今は周が師範を務めているが、未だ人に聴かせる状態ではない。
「曲の候補はないのですか、全く?」
「一曲だけ希望があった」
「どんな曲ですか?」
「うん…『翼をください』」
「それはまた…切実な曲ですね…」
昨年心中した司も、残した詩に繰り返し《翼》という言葉を使用していた。学院から出る事の叶わなくなった者にとってそれは切実な願いである。
この学院都市から逃亡に成功した者は一人もいない。 まさに翼でもなければ逃げ出せないのだ。
「気持ちはわかる。 だから歌う気ではいるよ? でも後の曲が決まらない限り、軽音楽をやるって決められないんだ」
武の声域ではクラシックの曲は難しいと言える。
「夕麿、何か良い曲ない?」
「そうですね…そういうのは、私より周さんの方が詳しいのでは?」
「そうなの?」
武は向かい側のソファに座っている周に問い掛けた。
「ギターを弾きますので、多少は。 楽譜を明日、持って来ましょう。 ですが武さま、オリジナルを1~2曲、入れるべきだと思いますよ?」
「オリジナル!?」
「そこに作曲出来るのがいるでしょう?」
「あ、そっか」
「待ってください、武。 私には軽音楽の曲は作れません」
夕麿が慌てたように言う。
「心配するな。 アレンジ次第でそれらしくなる。 詩は武さま、ご自分でお書きになってください」
「え!?俺!? 無理だよ、慈園院さんじゃあるまいし!」
今度は武が慌てた。
「春の花見の歌を伺いましたが良い出来であられました。 武さまが詩を書いてくださるならば、作る気になるだろう、夕麿? どうか武さま従兄としてお願い致します、彼の為に熱烈なLOVE SONGを」
「ええ!?」
「それならやってみましょう」
「夕麿!?」
「決まりですね。 下河辺君に連絡を、周さん」
「引き受けた」
「ちょっと、二人とも!?」
武は慌てた後、覚悟を決めたように、けれど拗ねた顔で言った。
「作りゃ良いんだろ!だけど内容は学祭まで、お前には教えないからな!」
最後は真っ赤になって横を向く。ふと視線感じた夕麿が見ると、雫が武のそんな様子を目を細めて眺めていた。
「え…何、夕麿?」
不意に抱き寄せられて武が戸惑う。夕麿は雫に得意気な眼差しを向けてから周を見て言った。
「周さん、学祭の映像をお願いします。音声はまた『暁の会』の為に録るのでしょう、武?」
「いや…そこまでは…」
自分の歌が売れるとは思わない。
「あ、でも夕麿の作曲だって言ったら、売れるか…」
武は自分の魅力を今一つ理解していない。特に最近は夕麿が卒業したので、自力で頑張っている所為だろうか。少年の顔から脱却しつつある面差しが、母小夜子似の秀麗さを帯びはじめていた。ギリシャ彫刻を思わせる美貌の夕麿とはまた違った、美少年ぶりであるのを本人は自覚していない。夕麿という伴侶がいる最も高貴なる存在として、知られていなければ面倒な事になっていた筈だ。
「あなたは…相変わらず、自覚しないんですね…」
「何を?」
夕麿の溜息の意味が、武にはまるでわからない。
「わからなくても良いのです、あなたは。 そのままでいてください」
何を言われいるのか、訳がわからない。 そこへドアホンが鳴った。 雫が受話器を取りセキュリティー・ドアを、警備している警官と会話する。
「学部長が面会を求めていますが、如何なさいますか?」
雫が夕麿を見て言った。 夕麿が武を見て武が頷く。
「お会いになられるそうです」
「わかりました」
雫がセキュリティー・ロックを解除し、そのまま玄関へと向かう。
身分の高い者は直接下の者と話さない。 それが通常のルールだ。 侍従や執事、典侍などが間に入る。 これは夕麿が武に一番最初に教えた事だった。 だから武はSPたちや都市警察の警官と直接話しをしない。 夕麿も彼らと会話を直接しない。 どうしてもの場合は雫が間に入る。普段の学院生活ではそういう事はしないが、必要ならば必ず誰かが取次を行う。
学部長は言わばここにある中・高・大学の全部のトップを兼ねる存在であり、この学院都市の市長的な存在ともいえる。 温和な人柄で知られているが、余り学院の変化を好まない人物でもある。 彼は20年以上に渡ってこの学院都市に君臨している。歴代の生徒会長の要望書を却下し、はねつけて来た張本人でもある。 この特待生寮を新築した折に、最上階にこのような形で特別室を造らせたのも彼だ。
「夜分に申し訳ございません」
学部長はにこやかな笑みを浮かべて、立ち上がった夕麿へ歩みよった。相手が学部長ならば夕麿が対応しなければならない。
「このような時間に何でしょうか?」
「申し訳ございません」
学部長が夕麿に向かって更に一歩踏み出したその時、武が叫んだ。
「夕麿、そいつから離れろ!!」
「え!? ……あっ…何を!?」
学部長はいきなり夕麿を羽交い締めにすると首に刃物を当てた。 全員が青ざめた。学部長の手にあったのはナイフ型の剃刀である。 ドイツ製のそれの切れ味は驚異的である。刃に軽く触れただけで皮膚を切り裂く。
現に夕麿の首に当たっている刃は、持つ手の僅かな震えに反応して、既にその皮膚を傷付けていた。
「学部長、夕麿さまを離しなさい!」
雫が銃を構えて威嚇するが、撃つことは出来ずにいる。 この距離で学部長を狙撃するのは雫でなくても簡単だ。 だがその反動で剃刀は間違いなく夕麿の首を切り裂く。二人のSPたちもそれがわかって、銃を構えたまま身動きが出来ない。
周も武を庇うように移動したまま、身動きが出来なくなった。
ひとり武だけが立ち上がった。
「武さま、お動きにならないでください」
学部長が言う。この様な真似をしておきながらやはり、皇家の血を受け継ぐ者に刃を向けるのを恐れているらしい。
「俺が動こうが動くまいが、夕麿を殺しに来たんだろう?」
武は構わず学部長と向き合った。 その手には銀色に光るものが握られている。周が慌てた。 彼が上着のポケットに入れていた、金属製の医療器具ケースの中のメスだったのだ。
「いつの間に…」
武は周が夕麿に気を取られている間に、ソファの上に置いていたジャケットのポケットから盗ったらしい。
「動かないでください!」
学部長の動揺が手を震わせ、一層、夕麿を傷付ける。
夕麿は覚悟を決めたように、澄んだ眼差しで武を見ていた。
「殺れよ。 だがよく覚えておけ。俺は夕麿ひとりを死なせるつもりはない」
「武!」
「武さま!」
手にしたメスの切っ先を左の首に当てる。
「お前が夕麿の喉を切り裂いた瞬間、俺もこれで頸動脈を切る」
「う、嘘を申されるな!」
「嘘? 嘘を言って何の意味がある? 俺は夕麿を犠牲にしてまで、生きたいとは思っていない。夕麿本人か周さんに聞いてみろよ? 俺は本当にやるって言うぞ?」
その言葉に夕麿は目を伏せ、周は頷いて口を開いた。
「武さまは過去に2度、同じようになさっている。 そうだな、夕麿」
夕麿が同意するように瞬く。
「主治医の高辻医師によると、武さまは自傷傾向がおありになる。ご自分が傷を負われる事に、武さまは恐怖をお持ちになられない…」
それは本当に高辻医師の診断だった。
「まだ疑う? これでも?」
全員が息を呑む。 メスの切っ先が僅かに移動し、切り裂かれた傷が口を開く。 一瞬遅れて血が玉のように浮かび、みるみるうちに膨らんで決壊し流れ落ちる。 武が着ている淡いブルーのパジャマの襟が血に濡れて染まった。
皇統譜に名を記された存在に血を流させる。それは神への~冒涜に久しいと貴族たちは考えられて来た。夕麿に剃刀をあてた手が更に震え出していた。
「ね、学部長。 聞いていいかな? 何で俺をここへ閉じ込めたいわけ? 誰かに頼まれたから…だけじゃないよね?」
メスの切っ先を当てたまま武は、穏やかな口調で問い掛けた。
「そんな事…どうでもよろしいでしょう!」
「…ッ…」
学部長の興奮と動揺がそのまま、剃刀の刃に跳ね返る。 夕麿のシャツも傷から流れ出した血に染まっている。
「関係あるよ? 俺も夕麿も何で死ななきゃならないか…くらい知りたいからね。
……ごめん、夕麿……俺はお前を守れなかった。 でもひとりじゃ逝かせないから。 約束通りまた来世で逢おう」
「…武…必ず、私を探してください」
悲痛な会話に雫は息を呑む。 だが周だけは違った。 武の物言いに余裕がある。 夕麿もわかっているようで目に力が戻っていた。
「40年だ…私がここに閉じ込められて…学部長になどなりたくはなかった。 私は双子の弟だというだけでここに投げ込まれ…閉じ込められた。 後任が出れば、解放してもらえる筈だった。
24年待った。 ただひたすらに待ち続けた。 夕麿さまに初めておめもじした時、やっと見付けた後任に相応しい方が現れたと思った」
学部長は夕麿を見て呟いた。
「六条夫人から彼をここから出れなくなるようにしてくれと頼まれた時は、八百万の神々の思し召しであると歓喜に涙が止まらなかった程だ。
夕麿さま、あなたは優秀だし…人望もある。 だからあなたを後任に押すつもりでいた」
「そこへ、俺が編入して来た…というわけか?」
「夕麿さま以上にあなたこそ私の後任に最も相応しいと感じました。第一、皇家の方は学院都市に入られたら、二度と外には出られないのが創立の時よりの慣例。従ってあなたが私の後任になられる事はなんの差し障りもおありにならない。
けれど御園生家と小夜子さまがあなたをここへ閉じ込めない措置を取られていた」
「夕麿や義勝兄さんまで出してしまったからな、俺は」
「諦めたんだ、それでも一度は!」
だがこの期に及んで武をここへ、閉じ込めたい人間が現れ学部長を誘惑した。
「もう一つ聞きたい。
多々良を学院都市に入らせたのは、お前だろう? あれで俺と夕麿の間が壊れると思ったか?」
「あれは…六条夫人に脅迫されたんだ!」
どこまでそして何にあの女が関係していたのか。 何故そこまでして、夕麿を排除しなければならなかったのか。 人間の憎しみや妬みは、どこまで暴走するものなのだろ?
武は何だか悲しくなった。 もっと別の方向へそのエネルギーを、使えばたくさんの事が出来た筈。
夕麿を危険にさらしたくないから彼らを破滅させた。しかしだからと言って武には、そこまで誰かを憎むという感覚がわからない。夕麿へ危害を加え始めたのは彼が5歳の時。そんな子供をそこまで憎めるのか…雅久の時にもそう思った。 あの時、夕麿は人間を有り得ない方向へと走らせるのは、恐怖が原因なのだと言った。 恐怖ならば武もたくさん感じて生きて来た。
でも…やっぱりわからない。 他を傷付けて恐怖は解消されるものなのだろうか? いや解消されないから暴走するのか? 武にはわからない。
「何をどう、脅迫されたわけ?」
「それは…」
「あのさ、学部長。 隠しても結局は言わなきゃならなくなると思うよ? これだけ警察官がいる中で、逃げ出したり出来ないんだから。
洗いざらい言ってしまえよ?」
ここで全ての膿出しをしてもう夕麿を解放してやりたい。 卒業して自由になったんだから、心も軽くなって欲しい。 夕麿には何も罪はないのだから。
「多々良を…学院に雇ったのは、佐田川 省蔵に命じられたからだ」
「じゃ、何故従ったわけ?」
「株式で失敗して…学院の金に穴を開けてしまったんだ。 佐田川 省蔵は…それを補填してくれた」
「業務上の横領をなさっていたのですか、あなたは… 株式取引の才能もないのに、大金をつぎ込むからです」
夕麿がうんざりした顔で言う。 武も呆れたし無性に腹が立った。 そんな事がきっかけで夕麿が滅茶苦茶に、傷付けられたのだと思うとまさに腑が煮えくり返る心地がする。
だがここは感情的になってはいけない。
「佐田川はもとから学院の生徒を欲しがっていたんだ。 出来れば手付かずの子供を」
「それで中等部か…慈園院さんたちを殺したって、自覚はあるのかな? 呆れたよ」
「私は…私は…」
学部長が武の言葉に戸惑った。 さすがに罪の意識はあるらしい。その動揺に一瞬、剃刀を持つてが夕麿から離れた。
と…夕麿が剃刀の刃から逃れるようにスッと身を沈めた。タイミングを待っていたらしい武は、握っていたメスを落としてその手に密かに溜めていた気を放出して、学部長の身体が背後のドアに叩き付けられた。
雫が駆け寄り学部長の頭に銃を突き付けSPたちも駆け寄る。 全てがスローモーションのように見えた。
「武さま、お見事です!」
雫の言葉に武は我に返ってガクリと武が膝を付いた。 ポロポロと涙が溢れ出す。 緊張が解け無視していた恐怖が戻って来る。
「武!」
夕麿が這うように来て、武の身体をしっかりと抱き締めた。
「ごめっ…ごめん…夕麿…俺…俺…」
殺すなら殺せ……やむを得なくであっても酷い事を口にした。 学部長はすぐに夕麿の首を切り裂いた可能性もあったのだ。
「俺…酷い…言った…」
震えながら泣きじゃくっている為、言葉が上手く紡げない。
「武、武、落ち着いて。 私は大丈夫です。 あなたが助けてくださったのです。 全部わかってますから、ね?」
夕麿の手が優しく武の背を撫でる。 それでも震えが止まらない。
「夕麿、立てるか?」
「大丈夫です」
「武さまを寝室へ。 二人とも傷の手当てをする」
周は携帯を切りながら言った。どうやら校医を呼んだ様子だった。だが夕麿に武を抱き上げる程の余力はなく、立って歩くのがやっとという状態だった。 見かねた雫が駆け付けた都市警察の警官に、学部長を委ねて武を抱き上げて寝室に運んだ。
「夕麿、そこへ座れ」
傷の治療の為に周が座るように言う。 すると夕麿は首を振って答えた。
「武を先に」
「武さまの傷よりお前の傷の方が酷い。このような場合は、傷の酷い方から優先するものだ」
「でも…」
「黙れ、武さまの手当てを早くさせたかったら、素直に従え夕麿」
「…はい」
「少し上を向け。 ……浅い傷ばかりだ…沁みるぞ?」
「…ッ…」
消毒をしてガーゼを当て軽く包帯を巻く。 武はその様子をぼんやりと見つめていた。 ベッドに運ばれて震えは止まったが、今度は見ているものに現実感がしない。メスで切った傷の痛みすらない。パジャマを着替えさせてもらっても余所事のようだった。
やって来た校医が腕に注射針を刺すのもぼんやりと見ていた。
注射は嫌いなのに… すぐに意識が薄れた……
とうとう武の17歳の誕生日が来た。本来ならば参内して叙位の儀式を行う。だが紫霄学院に在校している限り外出は不可能である。肉親の死にすら立ち会えない。それがこの学院の鉄則なのだ。正式な叙位は正月に…と言う事で勅使が生徒会室を訪れた。学院の授業を一切休みにして、生徒たちは寮での待機を命じられた。
ただ生徒会執行委員と見回りの風紀委員、介添えとして周が在校生として行動可能許可が出た。夕麿や雫も生徒会室に詰めたが、叙位に立ち会えるのは介添えに任命された周ただ一人。
武は会長執務室で周と共に勅使を迎えた。
『御園生 武に紫霞宮武王の名を与える』
勅使はそう書かれた勅書を読み、介添えである周に手渡した。
「謹んで拝命いたします」
武は周に教えられたままはっきりと答えた。否…と答える事は許されなかった。
小夜子が懸命に辞退を奏上したのだがとうとう叶わなかった。勅使が帰り武は執務室の椅子で茫然としていた。周は勅書を生徒会室に詰める者全部に、公表する為に執務室のドアを開けた。
すぐに夕麿が飛び込んで来た。
「武…大丈夫ですか?」
「夕麿…俺…訳わかんない」
拒否する言葉は口に出来ない。 武は抱き締めてくれる夕麿に身を預けて、背負わされた運命の重みに耐えた。 さもなくばストレスで吐きそうだった。 本来ならば祝いの言葉を並べるところだが、武が一番望んでいないものを、与えられたと知っている彼らはただ黙して立っていた。
「ね、周さん。 夕麿は、夕麿の立場はどうなるの?」
御園生家の人間としてなら小夜子が言うように夕麿は武の婿と言う立場だ。でも武が宮となってしまった今は? それは武の純粋な疑問だった。 もし別々にされてしまうならば、嫌だと思ってしまう。
「御園生家では夕麿…いえ、夕麿さまはあなたの婿君ですが、紫霞宮家ではお妃の立場になられます」
「え? 夕麿が今度はお嫁さんなの? あらら…あっちとこっちでは逆転しちゃうんだ?」
目を丸くする武に夕麿が苦笑した。
「お二人の間柄そのままではありませんか」
周が笑いながら答えた。 二人は顔を見合わせて、瞬時に真っ赤になった。
「えっと…こっち側の夕麿の名前は、どうなるの? 御園生のまま?」
半分誤魔化すように問うと、夕麿が上着のポケットからパスポートを出して開いた。
「たった今、受け取りました」
『夕麿』とだけ記されていた。皇家には姓がない。また宮としての名前は本人一人だけに与えられるものであるからだ。
「妃はつかないんだ?」
「からかわないでください、武」
「からかったつもりはないけどね。表向き書けないか。
ふふふ…よろしくね、俺のお妃さま」
悪戯っぽくウィンクすると、夕麿はまた頬を朱に染めた。
周が茶化してくれて、少し気持ちが軽くなった。
「周さん、今日はお疲れさまでした。 介添えをありがとうございました。 これは宮さまからの御礼の品でごさいます」
作法に則り夕麿が周に、武の御印の刻印された蒔絵細工の小箱を手渡した。
「ありがとうございます。 久我 周、生涯の宝とさせていただきます」
恭しく周が受け取り、武は安堵の笑みを浮かべた。
「周さん、お願いがあるのですが…」
夕麿が帰ろうとした周に声を掛けた。
「なんでしょう、夕麿さま?」
「…それをやめていただきたいのです。 必要な場所では仕方がありませんが…」
武には夕麿のその気持ちがわかる。 第一、夕麿も2つの立場を分けて使わなければならなくなった。 それは武と同じである。
「周さん、表向きの事もあるから、使い分けをお願いするよ。 夕麿とは従兄弟同士なんだから、いろいろ面倒だと思うし」
武が言葉を添える。
「承知いたしました。
では、僕はこれで…あ、夕麿、ロサンゼルスにはいつ発つ?」
「3日後の夕方に学院を出る予定で」
「半日で良い、青紫に会いに行って欲しい。 武さまのお怪我から考えても、しばらくは誰も乗ってはやれないだろう?」
「そうですね、今日の夕方にでも顔を出します」
「そうしてやってくれ。 また僕の愛馬に噛み付かれたらかなわない。
では武さま、失礼いたします」
「うん、お疲れさま!」
立ち去って行く周を全員が見送った。
「武さま、少し早いですが昼食に参られませんか?」
行長の言葉に武は笑顔で頷いた。 休日扱いの今日は、校舎側の食堂は休みである。 生徒会執行委員は全員、ぞろぞろと一般生徒寮の食堂へ向かう。既に疎らに昼食を摂る生徒がいた。 彼らは一斉に立ち上がり、入って来た武に礼をとった。 武はちょっとげんなりして、横にいる夕麿を見上げた。
「皆さん、武さまの事はもう聞かれたと思います しかし武さまはお立場が変わられても、皆さんに今までと変わらない姿勢をお望みです」
よく通る夕麿の声。 それを武は羨ましく思うと同時にとても誇らしく思う。
食堂にいた生徒たちが返事をして頭を下げる。
「出来ればここにいない人にも、今の話を伝えていただけますか?」
夕麿の笑顔に誰もが頷いた。
その日の昼食ビュッフェは和食。 未だ残暑が続いている為、豆腐や素麺などの冷たい食べ物が多かった。それを見た武が困った顔をする。 余り丈夫でない武は飲み物は別にして、冷たい食物をほとんど口にしない。 夏でも家では小夜子お手製の鍋焼きうどんを食べているくらいだ。 時間が過ぎて冷えた物ならば、レンジで温めれば良い。 だがこんなに冷たい食べ物を並べられると、ただでさえ食欲がないのに…と戸惑ってしまう。
「武、何とかさせますから、先に座っていてください。食欲がないのでしょう?」
「うん…ごめんなさい」
「大丈夫ですから、私に任せてください」
「わかった」
夕麿の言葉に何も持たずに、上の特待生用のテーブルに着いた。 心配した康孝が温かいお茶を淹れてくれる。
しばらくして夕麿が、トレイを手に上がって来た。
「これなら食べられるでしょう?」
夕麿が武の前に置いたのは湯豆腐だった。 添えられたポン酢に入れられた柑橘類の香が、武の食欲を刺激する。
「美味しそう…夕麿、ありがとう!」
こういう細やかな気遣いは夕麿ならではの事だ。 もし夕麿がいなかったら武は、みそ汁か吸物だけですませてしまっただろう。 武の体調や食べ物の好みを、夕麿は小夜子と同じくらいに熟知している。 わずか一年で覚えて配慮してくれる事に武は彼の愛情を感じる。
「やっぱり夕麿がいると…俺、甘えっぱなしだなぁ…」
豆腐をポン酢に入れながら何となく呟く。
「甘えて欲しいからしているんですよ、武?」
「え…?」
「私もあなたに甘えていますから」
囁かれて胸がときめく。 後3日しか一緒にいられない。 その前にどうしても、やっておかなければならない事があった。
「午後なんだけど…ちょっと、外していて欲しいんだ。 多分、1時間もかからないと思うから」
「構いません。 音楽室でピアノを弾いていますから、終わったら呼んでください」
「そうする。 成瀬さん、もう大丈夫だとは思うけど、夕麿の警護をお願いします」
「承知いたしました」
雫は今月末まで学院で武の警護に就く。 夕麿が学院にいる間は、まだ警護して欲しいと武が要請していた。 夕麿をひとりで居させるのが武は心配でならない。 ロサンゼルスの方でも心配でこっそり貴之に再度頼み込んだ程だ。心配し過ぎなのはわかっている。 だが首に巻かれている包帯を目にする度に、剃刀の刃に皮膚を切り裂かれて血を流す光景が武の頭を過ぎる。
自分の血は怖くない。 自分で自分を傷付ける痛みもさほど気にならない。 けれど愛する人が傷付けられて、血を流す光景の恐ろしさを知ってしまった。一年前の頭部の傷より喉の傷が流した血に染まっていく、シャツがとてつもなく恐怖を呼んだ。 傷は皮膚の表面だけで、痕も残らずに完治すると言われたけれど、疵ひとつ、シミひとつ、黒子ひとつない夕麿の肌に、少しでも残らないか…それも心配だった。
武は自分の左上腕の手術痕は気にしていない。 元々、身体が弱くて入退院が多かった武の両腕には、点滴などの注射針の痕が無数にある。 だから夕麿のように綺麗な肌にどのような痕も残したくないのだ。 初めて出会った時から夕麿の姿に憧れたのだから。
「全部食べましたね。 フルーツでも食べますか?」
さすがに食べ物でもフルーツは冷えた物を食べる。
「オレンジがありましたよ?」
「じゃ、食べる」
「待っていてください」
夕麿のこの行動を行長がジッと見ていた。 彼は武が夏休み前に倒れ、すっかり痩せてしまったのを気にしていた。 周と相談して武にいろいろと食べさせたが、半分近くまで減った体重を元に戻せなかった。 行長や周に気を遣って、武が無理をして食べていたのに気付いてしまったからだ。
けれど学院に戻って来た武を細やかに気遣って食べさせる夕麿は、みるみるうちに武の体重を戻してしまった。
今だって自分ならばわからなかっただろう。 武を補佐する副会長として、夕麿にも義勝にも武の事を頼まれていた。 それでもやっぱり夕麿にはかなわない。 愛する人への気遣いすら夕麿は完璧だと思った。
「武、入らなかったら残してください。 後は私が食べますから」
「うん」
綺麗に剥かれて実だけになったオレンジを、武は嬉しそうに口に運ぶ。
「美味しい!」
武の笑顔に夕麿も満面の笑みを浮かべる。
生徒会執行委員全員が二人の睦まじく美しい姿に感嘆した。 夕麿が卒業してから、武のこんな笑顔は見た事がない。 わかってはいるけれど武には、やはり夕麿が必要なのだと誰もが思った一時だった。
4人のSPのうち2人が夕食に食堂に降りていた。
周が淹れてくれたお茶を飲みながら武は手帳を開いている。
「本当に、学祭の出し物どうするかなぁ……」
「どんな意見が出ているのですか?」
「一番に上がってるのは軽音楽はどうか…っての」
「軽音楽ですか…」
「何しろ俺が楽器ダメだからさ…」
「歌ですか。去年、歌い損ねましたものね」
「でも曲に…困ってんだ。みんな普通に流行歌とか知らないし…最低、5曲くらいやらなきゃ時間潰せないし」
せめて何か楽器が出来れば…と武は思う。雅久に習って今は周が師範を務めているが、未だ人に聴かせる状態ではない。
「曲の候補はないのですか、全く?」
「一曲だけ希望があった」
「どんな曲ですか?」
「うん…『翼をください』」
「それはまた…切実な曲ですね…」
昨年心中した司も、残した詩に繰り返し《翼》という言葉を使用していた。学院から出る事の叶わなくなった者にとってそれは切実な願いである。
この学院都市から逃亡に成功した者は一人もいない。 まさに翼でもなければ逃げ出せないのだ。
「気持ちはわかる。 だから歌う気ではいるよ? でも後の曲が決まらない限り、軽音楽をやるって決められないんだ」
武の声域ではクラシックの曲は難しいと言える。
「夕麿、何か良い曲ない?」
「そうですね…そういうのは、私より周さんの方が詳しいのでは?」
「そうなの?」
武は向かい側のソファに座っている周に問い掛けた。
「ギターを弾きますので、多少は。 楽譜を明日、持って来ましょう。 ですが武さま、オリジナルを1~2曲、入れるべきだと思いますよ?」
「オリジナル!?」
「そこに作曲出来るのがいるでしょう?」
「あ、そっか」
「待ってください、武。 私には軽音楽の曲は作れません」
夕麿が慌てたように言う。
「心配するな。 アレンジ次第でそれらしくなる。 詩は武さま、ご自分でお書きになってください」
「え!?俺!? 無理だよ、慈園院さんじゃあるまいし!」
今度は武が慌てた。
「春の花見の歌を伺いましたが良い出来であられました。 武さまが詩を書いてくださるならば、作る気になるだろう、夕麿? どうか武さま従兄としてお願い致します、彼の為に熱烈なLOVE SONGを」
「ええ!?」
「それならやってみましょう」
「夕麿!?」
「決まりですね。 下河辺君に連絡を、周さん」
「引き受けた」
「ちょっと、二人とも!?」
武は慌てた後、覚悟を決めたように、けれど拗ねた顔で言った。
「作りゃ良いんだろ!だけど内容は学祭まで、お前には教えないからな!」
最後は真っ赤になって横を向く。ふと視線感じた夕麿が見ると、雫が武のそんな様子を目を細めて眺めていた。
「え…何、夕麿?」
不意に抱き寄せられて武が戸惑う。夕麿は雫に得意気な眼差しを向けてから周を見て言った。
「周さん、学祭の映像をお願いします。音声はまた『暁の会』の為に録るのでしょう、武?」
「いや…そこまでは…」
自分の歌が売れるとは思わない。
「あ、でも夕麿の作曲だって言ったら、売れるか…」
武は自分の魅力を今一つ理解していない。特に最近は夕麿が卒業したので、自力で頑張っている所為だろうか。少年の顔から脱却しつつある面差しが、母小夜子似の秀麗さを帯びはじめていた。ギリシャ彫刻を思わせる美貌の夕麿とはまた違った、美少年ぶりであるのを本人は自覚していない。夕麿という伴侶がいる最も高貴なる存在として、知られていなければ面倒な事になっていた筈だ。
「あなたは…相変わらず、自覚しないんですね…」
「何を?」
夕麿の溜息の意味が、武にはまるでわからない。
「わからなくても良いのです、あなたは。 そのままでいてください」
何を言われいるのか、訳がわからない。 そこへドアホンが鳴った。 雫が受話器を取りセキュリティー・ドアを、警備している警官と会話する。
「学部長が面会を求めていますが、如何なさいますか?」
雫が夕麿を見て言った。 夕麿が武を見て武が頷く。
「お会いになられるそうです」
「わかりました」
雫がセキュリティー・ロックを解除し、そのまま玄関へと向かう。
身分の高い者は直接下の者と話さない。 それが通常のルールだ。 侍従や執事、典侍などが間に入る。 これは夕麿が武に一番最初に教えた事だった。 だから武はSPたちや都市警察の警官と直接話しをしない。 夕麿も彼らと会話を直接しない。 どうしてもの場合は雫が間に入る。普段の学院生活ではそういう事はしないが、必要ならば必ず誰かが取次を行う。
学部長は言わばここにある中・高・大学の全部のトップを兼ねる存在であり、この学院都市の市長的な存在ともいえる。 温和な人柄で知られているが、余り学院の変化を好まない人物でもある。 彼は20年以上に渡ってこの学院都市に君臨している。歴代の生徒会長の要望書を却下し、はねつけて来た張本人でもある。 この特待生寮を新築した折に、最上階にこのような形で特別室を造らせたのも彼だ。
「夜分に申し訳ございません」
学部長はにこやかな笑みを浮かべて、立ち上がった夕麿へ歩みよった。相手が学部長ならば夕麿が対応しなければならない。
「このような時間に何でしょうか?」
「申し訳ございません」
学部長が夕麿に向かって更に一歩踏み出したその時、武が叫んだ。
「夕麿、そいつから離れろ!!」
「え!? ……あっ…何を!?」
学部長はいきなり夕麿を羽交い締めにすると首に刃物を当てた。 全員が青ざめた。学部長の手にあったのはナイフ型の剃刀である。 ドイツ製のそれの切れ味は驚異的である。刃に軽く触れただけで皮膚を切り裂く。
現に夕麿の首に当たっている刃は、持つ手の僅かな震えに反応して、既にその皮膚を傷付けていた。
「学部長、夕麿さまを離しなさい!」
雫が銃を構えて威嚇するが、撃つことは出来ずにいる。 この距離で学部長を狙撃するのは雫でなくても簡単だ。 だがその反動で剃刀は間違いなく夕麿の首を切り裂く。二人のSPたちもそれがわかって、銃を構えたまま身動きが出来ない。
周も武を庇うように移動したまま、身動きが出来なくなった。
ひとり武だけが立ち上がった。
「武さま、お動きにならないでください」
学部長が言う。この様な真似をしておきながらやはり、皇家の血を受け継ぐ者に刃を向けるのを恐れているらしい。
「俺が動こうが動くまいが、夕麿を殺しに来たんだろう?」
武は構わず学部長と向き合った。 その手には銀色に光るものが握られている。周が慌てた。 彼が上着のポケットに入れていた、金属製の医療器具ケースの中のメスだったのだ。
「いつの間に…」
武は周が夕麿に気を取られている間に、ソファの上に置いていたジャケットのポケットから盗ったらしい。
「動かないでください!」
学部長の動揺が手を震わせ、一層、夕麿を傷付ける。
夕麿は覚悟を決めたように、澄んだ眼差しで武を見ていた。
「殺れよ。 だがよく覚えておけ。俺は夕麿ひとりを死なせるつもりはない」
「武!」
「武さま!」
手にしたメスの切っ先を左の首に当てる。
「お前が夕麿の喉を切り裂いた瞬間、俺もこれで頸動脈を切る」
「う、嘘を申されるな!」
「嘘? 嘘を言って何の意味がある? 俺は夕麿を犠牲にしてまで、生きたいとは思っていない。夕麿本人か周さんに聞いてみろよ? 俺は本当にやるって言うぞ?」
その言葉に夕麿は目を伏せ、周は頷いて口を開いた。
「武さまは過去に2度、同じようになさっている。 そうだな、夕麿」
夕麿が同意するように瞬く。
「主治医の高辻医師によると、武さまは自傷傾向がおありになる。ご自分が傷を負われる事に、武さまは恐怖をお持ちになられない…」
それは本当に高辻医師の診断だった。
「まだ疑う? これでも?」
全員が息を呑む。 メスの切っ先が僅かに移動し、切り裂かれた傷が口を開く。 一瞬遅れて血が玉のように浮かび、みるみるうちに膨らんで決壊し流れ落ちる。 武が着ている淡いブルーのパジャマの襟が血に濡れて染まった。
皇統譜に名を記された存在に血を流させる。それは神への~冒涜に久しいと貴族たちは考えられて来た。夕麿に剃刀をあてた手が更に震え出していた。
「ね、学部長。 聞いていいかな? 何で俺をここへ閉じ込めたいわけ? 誰かに頼まれたから…だけじゃないよね?」
メスの切っ先を当てたまま武は、穏やかな口調で問い掛けた。
「そんな事…どうでもよろしいでしょう!」
「…ッ…」
学部長の興奮と動揺がそのまま、剃刀の刃に跳ね返る。 夕麿のシャツも傷から流れ出した血に染まっている。
「関係あるよ? 俺も夕麿も何で死ななきゃならないか…くらい知りたいからね。
……ごめん、夕麿……俺はお前を守れなかった。 でもひとりじゃ逝かせないから。 約束通りまた来世で逢おう」
「…武…必ず、私を探してください」
悲痛な会話に雫は息を呑む。 だが周だけは違った。 武の物言いに余裕がある。 夕麿もわかっているようで目に力が戻っていた。
「40年だ…私がここに閉じ込められて…学部長になどなりたくはなかった。 私は双子の弟だというだけでここに投げ込まれ…閉じ込められた。 後任が出れば、解放してもらえる筈だった。
24年待った。 ただひたすらに待ち続けた。 夕麿さまに初めておめもじした時、やっと見付けた後任に相応しい方が現れたと思った」
学部長は夕麿を見て呟いた。
「六条夫人から彼をここから出れなくなるようにしてくれと頼まれた時は、八百万の神々の思し召しであると歓喜に涙が止まらなかった程だ。
夕麿さま、あなたは優秀だし…人望もある。 だからあなたを後任に押すつもりでいた」
「そこへ、俺が編入して来た…というわけか?」
「夕麿さま以上にあなたこそ私の後任に最も相応しいと感じました。第一、皇家の方は学院都市に入られたら、二度と外には出られないのが創立の時よりの慣例。従ってあなたが私の後任になられる事はなんの差し障りもおありにならない。
けれど御園生家と小夜子さまがあなたをここへ閉じ込めない措置を取られていた」
「夕麿や義勝兄さんまで出してしまったからな、俺は」
「諦めたんだ、それでも一度は!」
だがこの期に及んで武をここへ、閉じ込めたい人間が現れ学部長を誘惑した。
「もう一つ聞きたい。
多々良を学院都市に入らせたのは、お前だろう? あれで俺と夕麿の間が壊れると思ったか?」
「あれは…六条夫人に脅迫されたんだ!」
どこまでそして何にあの女が関係していたのか。 何故そこまでして、夕麿を排除しなければならなかったのか。 人間の憎しみや妬みは、どこまで暴走するものなのだろ?
武は何だか悲しくなった。 もっと別の方向へそのエネルギーを、使えばたくさんの事が出来た筈。
夕麿を危険にさらしたくないから彼らを破滅させた。しかしだからと言って武には、そこまで誰かを憎むという感覚がわからない。夕麿へ危害を加え始めたのは彼が5歳の時。そんな子供をそこまで憎めるのか…雅久の時にもそう思った。 あの時、夕麿は人間を有り得ない方向へと走らせるのは、恐怖が原因なのだと言った。 恐怖ならば武もたくさん感じて生きて来た。
でも…やっぱりわからない。 他を傷付けて恐怖は解消されるものなのだろうか? いや解消されないから暴走するのか? 武にはわからない。
「何をどう、脅迫されたわけ?」
「それは…」
「あのさ、学部長。 隠しても結局は言わなきゃならなくなると思うよ? これだけ警察官がいる中で、逃げ出したり出来ないんだから。
洗いざらい言ってしまえよ?」
ここで全ての膿出しをしてもう夕麿を解放してやりたい。 卒業して自由になったんだから、心も軽くなって欲しい。 夕麿には何も罪はないのだから。
「多々良を…学院に雇ったのは、佐田川 省蔵に命じられたからだ」
「じゃ、何故従ったわけ?」
「株式で失敗して…学院の金に穴を開けてしまったんだ。 佐田川 省蔵は…それを補填してくれた」
「業務上の横領をなさっていたのですか、あなたは… 株式取引の才能もないのに、大金をつぎ込むからです」
夕麿がうんざりした顔で言う。 武も呆れたし無性に腹が立った。 そんな事がきっかけで夕麿が滅茶苦茶に、傷付けられたのだと思うとまさに腑が煮えくり返る心地がする。
だがここは感情的になってはいけない。
「佐田川はもとから学院の生徒を欲しがっていたんだ。 出来れば手付かずの子供を」
「それで中等部か…慈園院さんたちを殺したって、自覚はあるのかな? 呆れたよ」
「私は…私は…」
学部長が武の言葉に戸惑った。 さすがに罪の意識はあるらしい。その動揺に一瞬、剃刀を持つてが夕麿から離れた。
と…夕麿が剃刀の刃から逃れるようにスッと身を沈めた。タイミングを待っていたらしい武は、握っていたメスを落としてその手に密かに溜めていた気を放出して、学部長の身体が背後のドアに叩き付けられた。
雫が駆け寄り学部長の頭に銃を突き付けSPたちも駆け寄る。 全てがスローモーションのように見えた。
「武さま、お見事です!」
雫の言葉に武は我に返ってガクリと武が膝を付いた。 ポロポロと涙が溢れ出す。 緊張が解け無視していた恐怖が戻って来る。
「武!」
夕麿が這うように来て、武の身体をしっかりと抱き締めた。
「ごめっ…ごめん…夕麿…俺…俺…」
殺すなら殺せ……やむを得なくであっても酷い事を口にした。 学部長はすぐに夕麿の首を切り裂いた可能性もあったのだ。
「俺…酷い…言った…」
震えながら泣きじゃくっている為、言葉が上手く紡げない。
「武、武、落ち着いて。 私は大丈夫です。 あなたが助けてくださったのです。 全部わかってますから、ね?」
夕麿の手が優しく武の背を撫でる。 それでも震えが止まらない。
「夕麿、立てるか?」
「大丈夫です」
「武さまを寝室へ。 二人とも傷の手当てをする」
周は携帯を切りながら言った。どうやら校医を呼んだ様子だった。だが夕麿に武を抱き上げる程の余力はなく、立って歩くのがやっとという状態だった。 見かねた雫が駆け付けた都市警察の警官に、学部長を委ねて武を抱き上げて寝室に運んだ。
「夕麿、そこへ座れ」
傷の治療の為に周が座るように言う。 すると夕麿は首を振って答えた。
「武を先に」
「武さまの傷よりお前の傷の方が酷い。このような場合は、傷の酷い方から優先するものだ」
「でも…」
「黙れ、武さまの手当てを早くさせたかったら、素直に従え夕麿」
「…はい」
「少し上を向け。 ……浅い傷ばかりだ…沁みるぞ?」
「…ッ…」
消毒をしてガーゼを当て軽く包帯を巻く。 武はその様子をぼんやりと見つめていた。 ベッドに運ばれて震えは止まったが、今度は見ているものに現実感がしない。メスで切った傷の痛みすらない。パジャマを着替えさせてもらっても余所事のようだった。
やって来た校医が腕に注射針を刺すのもぼんやりと見ていた。
注射は嫌いなのに… すぐに意識が薄れた……
とうとう武の17歳の誕生日が来た。本来ならば参内して叙位の儀式を行う。だが紫霄学院に在校している限り外出は不可能である。肉親の死にすら立ち会えない。それがこの学院の鉄則なのだ。正式な叙位は正月に…と言う事で勅使が生徒会室を訪れた。学院の授業を一切休みにして、生徒たちは寮での待機を命じられた。
ただ生徒会執行委員と見回りの風紀委員、介添えとして周が在校生として行動可能許可が出た。夕麿や雫も生徒会室に詰めたが、叙位に立ち会えるのは介添えに任命された周ただ一人。
武は会長執務室で周と共に勅使を迎えた。
『御園生 武に紫霞宮武王の名を与える』
勅使はそう書かれた勅書を読み、介添えである周に手渡した。
「謹んで拝命いたします」
武は周に教えられたままはっきりと答えた。否…と答える事は許されなかった。
小夜子が懸命に辞退を奏上したのだがとうとう叶わなかった。勅使が帰り武は執務室の椅子で茫然としていた。周は勅書を生徒会室に詰める者全部に、公表する為に執務室のドアを開けた。
すぐに夕麿が飛び込んで来た。
「武…大丈夫ですか?」
「夕麿…俺…訳わかんない」
拒否する言葉は口に出来ない。 武は抱き締めてくれる夕麿に身を預けて、背負わされた運命の重みに耐えた。 さもなくばストレスで吐きそうだった。 本来ならば祝いの言葉を並べるところだが、武が一番望んでいないものを、与えられたと知っている彼らはただ黙して立っていた。
「ね、周さん。 夕麿は、夕麿の立場はどうなるの?」
御園生家の人間としてなら小夜子が言うように夕麿は武の婿と言う立場だ。でも武が宮となってしまった今は? それは武の純粋な疑問だった。 もし別々にされてしまうならば、嫌だと思ってしまう。
「御園生家では夕麿…いえ、夕麿さまはあなたの婿君ですが、紫霞宮家ではお妃の立場になられます」
「え? 夕麿が今度はお嫁さんなの? あらら…あっちとこっちでは逆転しちゃうんだ?」
目を丸くする武に夕麿が苦笑した。
「お二人の間柄そのままではありませんか」
周が笑いながら答えた。 二人は顔を見合わせて、瞬時に真っ赤になった。
「えっと…こっち側の夕麿の名前は、どうなるの? 御園生のまま?」
半分誤魔化すように問うと、夕麿が上着のポケットからパスポートを出して開いた。
「たった今、受け取りました」
『夕麿』とだけ記されていた。皇家には姓がない。また宮としての名前は本人一人だけに与えられるものであるからだ。
「妃はつかないんだ?」
「からかわないでください、武」
「からかったつもりはないけどね。表向き書けないか。
ふふふ…よろしくね、俺のお妃さま」
悪戯っぽくウィンクすると、夕麿はまた頬を朱に染めた。
周が茶化してくれて、少し気持ちが軽くなった。
「周さん、今日はお疲れさまでした。 介添えをありがとうございました。 これは宮さまからの御礼の品でごさいます」
作法に則り夕麿が周に、武の御印の刻印された蒔絵細工の小箱を手渡した。
「ありがとうございます。 久我 周、生涯の宝とさせていただきます」
恭しく周が受け取り、武は安堵の笑みを浮かべた。
「周さん、お願いがあるのですが…」
夕麿が帰ろうとした周に声を掛けた。
「なんでしょう、夕麿さま?」
「…それをやめていただきたいのです。 必要な場所では仕方がありませんが…」
武には夕麿のその気持ちがわかる。 第一、夕麿も2つの立場を分けて使わなければならなくなった。 それは武と同じである。
「周さん、表向きの事もあるから、使い分けをお願いするよ。 夕麿とは従兄弟同士なんだから、いろいろ面倒だと思うし」
武が言葉を添える。
「承知いたしました。
では、僕はこれで…あ、夕麿、ロサンゼルスにはいつ発つ?」
「3日後の夕方に学院を出る予定で」
「半日で良い、青紫に会いに行って欲しい。 武さまのお怪我から考えても、しばらくは誰も乗ってはやれないだろう?」
「そうですね、今日の夕方にでも顔を出します」
「そうしてやってくれ。 また僕の愛馬に噛み付かれたらかなわない。
では武さま、失礼いたします」
「うん、お疲れさま!」
立ち去って行く周を全員が見送った。
「武さま、少し早いですが昼食に参られませんか?」
行長の言葉に武は笑顔で頷いた。 休日扱いの今日は、校舎側の食堂は休みである。 生徒会執行委員は全員、ぞろぞろと一般生徒寮の食堂へ向かう。既に疎らに昼食を摂る生徒がいた。 彼らは一斉に立ち上がり、入って来た武に礼をとった。 武はちょっとげんなりして、横にいる夕麿を見上げた。
「皆さん、武さまの事はもう聞かれたと思います しかし武さまはお立場が変わられても、皆さんに今までと変わらない姿勢をお望みです」
よく通る夕麿の声。 それを武は羨ましく思うと同時にとても誇らしく思う。
食堂にいた生徒たちが返事をして頭を下げる。
「出来ればここにいない人にも、今の話を伝えていただけますか?」
夕麿の笑顔に誰もが頷いた。
その日の昼食ビュッフェは和食。 未だ残暑が続いている為、豆腐や素麺などの冷たい食べ物が多かった。それを見た武が困った顔をする。 余り丈夫でない武は飲み物は別にして、冷たい食物をほとんど口にしない。 夏でも家では小夜子お手製の鍋焼きうどんを食べているくらいだ。 時間が過ぎて冷えた物ならば、レンジで温めれば良い。 だがこんなに冷たい食べ物を並べられると、ただでさえ食欲がないのに…と戸惑ってしまう。
「武、何とかさせますから、先に座っていてください。食欲がないのでしょう?」
「うん…ごめんなさい」
「大丈夫ですから、私に任せてください」
「わかった」
夕麿の言葉に何も持たずに、上の特待生用のテーブルに着いた。 心配した康孝が温かいお茶を淹れてくれる。
しばらくして夕麿が、トレイを手に上がって来た。
「これなら食べられるでしょう?」
夕麿が武の前に置いたのは湯豆腐だった。 添えられたポン酢に入れられた柑橘類の香が、武の食欲を刺激する。
「美味しそう…夕麿、ありがとう!」
こういう細やかな気遣いは夕麿ならではの事だ。 もし夕麿がいなかったら武は、みそ汁か吸物だけですませてしまっただろう。 武の体調や食べ物の好みを、夕麿は小夜子と同じくらいに熟知している。 わずか一年で覚えて配慮してくれる事に武は彼の愛情を感じる。
「やっぱり夕麿がいると…俺、甘えっぱなしだなぁ…」
豆腐をポン酢に入れながら何となく呟く。
「甘えて欲しいからしているんですよ、武?」
「え…?」
「私もあなたに甘えていますから」
囁かれて胸がときめく。 後3日しか一緒にいられない。 その前にどうしても、やっておかなければならない事があった。
「午後なんだけど…ちょっと、外していて欲しいんだ。 多分、1時間もかからないと思うから」
「構いません。 音楽室でピアノを弾いていますから、終わったら呼んでください」
「そうする。 成瀬さん、もう大丈夫だとは思うけど、夕麿の警護をお願いします」
「承知いたしました」
雫は今月末まで学院で武の警護に就く。 夕麿が学院にいる間は、まだ警護して欲しいと武が要請していた。 夕麿をひとりで居させるのが武は心配でならない。 ロサンゼルスの方でも心配でこっそり貴之に再度頼み込んだ程だ。心配し過ぎなのはわかっている。 だが首に巻かれている包帯を目にする度に、剃刀の刃に皮膚を切り裂かれて血を流す光景が武の頭を過ぎる。
自分の血は怖くない。 自分で自分を傷付ける痛みもさほど気にならない。 けれど愛する人が傷付けられて、血を流す光景の恐ろしさを知ってしまった。一年前の頭部の傷より喉の傷が流した血に染まっていく、シャツがとてつもなく恐怖を呼んだ。 傷は皮膚の表面だけで、痕も残らずに完治すると言われたけれど、疵ひとつ、シミひとつ、黒子ひとつない夕麿の肌に、少しでも残らないか…それも心配だった。
武は自分の左上腕の手術痕は気にしていない。 元々、身体が弱くて入退院が多かった武の両腕には、点滴などの注射針の痕が無数にある。 だから夕麿のように綺麗な肌にどのような痕も残したくないのだ。 初めて出会った時から夕麿の姿に憧れたのだから。
「全部食べましたね。 フルーツでも食べますか?」
さすがに食べ物でもフルーツは冷えた物を食べる。
「オレンジがありましたよ?」
「じゃ、食べる」
「待っていてください」
夕麿のこの行動を行長がジッと見ていた。 彼は武が夏休み前に倒れ、すっかり痩せてしまったのを気にしていた。 周と相談して武にいろいろと食べさせたが、半分近くまで減った体重を元に戻せなかった。 行長や周に気を遣って、武が無理をして食べていたのに気付いてしまったからだ。
けれど学院に戻って来た武を細やかに気遣って食べさせる夕麿は、みるみるうちに武の体重を戻してしまった。
今だって自分ならばわからなかっただろう。 武を補佐する副会長として、夕麿にも義勝にも武の事を頼まれていた。 それでもやっぱり夕麿にはかなわない。 愛する人への気遣いすら夕麿は完璧だと思った。
「武、入らなかったら残してください。 後は私が食べますから」
「うん」
綺麗に剥かれて実だけになったオレンジを、武は嬉しそうに口に運ぶ。
「美味しい!」
武の笑顔に夕麿も満面の笑みを浮かべる。
生徒会執行委員全員が二人の睦まじく美しい姿に感嘆した。 夕麿が卒業してから、武のこんな笑顔は見た事がない。 わかってはいるけれど武には、やはり夕麿が必要なのだと誰もが思った一時だった。
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