蓬莱皇国物語Ⅱ~飛翔

翡翠

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   荒れた中等部

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 前期試験が無事終了し武たち高等部生徒会も、一安心で試験休みを迎えていた。 夕麿たちが制作したマニュアルのお陰で生徒会業務も、予定よりも早くに一段落したので、透麿に会いに行く名目で中等部へ行長と敦紀をお供に出向く。

 車を直接、待ち合わせの校舎の投降口に横付けすると、透麿が風紀委員の腕章を付けた生徒二人に掴みかかられていた。

「透麿君、どうかしたのですか?」

 敦紀が車から降りて声をかけた。 その背後で雫が恭しく頭を下げる中、武が行長に続いて車を降りた。

「御厨先輩…」

「彼から手を放しなさい」

「それは出来ません。 こいつは最近、生意気に高等部へ勝手に出入りしてます」

「勝手ではありません!」

「嘘ばかり言うな!」

「お前にそんな許可が出る筈ないだろ!」

 頭ごなしな物言いに武はげっそりする。

「下河辺」

「はい。 御厨君、武さまの御前ですよ!」

「はい! 君たち、紫霞宮さまの御前で見苦しいですね」

「紫霞宮…さま…?」

「高等部生徒会長…?」

 驚愕する二人を無視して、武は直接に透麿に声を掛けた。

「遅くなって悪かったね、透麿」

「いえ、わざわざありがとうございます、武さま」

「お土産を持って来たよ?」

「お土産? 何ですか?」

「ふふん、俺だけが持ってる夕麿のあれこれ」

 夕麿の名前を出すと透麿の顔が瞬時に明るくなった。

「兄さまの…何を持って来てくださったのですか?」

 『夕麿』『兄』……そして透麿の姓『六条』。 並べられた言葉に二人の風紀委員の顔がみるみるうちに強張った。

「君たちに言っておきます。 六条 透麿君は紫霞宮さまのご伴侶、前任の高等部生徒会長夕麿さまの弟君です。 故なき暴挙は武さまに対する無礼になりますよ?」

 敦紀が二人に告げる。

「彼が先程言った高等部に出入りする許可は、中等部・高等部双方の部長先生からいただいています。 頭ごなしではなく、何故確認をとらないのですか?」

 風紀委員二人は黙り込んでしまう。

「御厨君、もうおやめなさい。 いつまで武さまにここへお立ちいただくつもりです?」

 行長が冷たく言い放つ。 武は寄って来た透麿に、雫から荷物を受け取って手渡していた。

「そちらのお二人、先に生徒会室へ知らせなさい。 高等部生徒会長紫霞宮武王殿下が、中等部生徒会をご訪問に参られました。

 生徒会長 戸沢 美禰とざわよしやに申し伝えてください」

「は、はい!」

 二人は血相を変えて駆け出して行った。

「透麿、中等部の風紀委員はいつもあれ?」

「はい」

「貴之先輩なら全員、武道館で正座だな。 あれじゃ、風紀をただすんじゃなくて乱してるだろ」

 現状に呆れはてる。

「さ、武さま、参りましょう?」

「なあ、下河辺、殿下はやめろよ? それ気持ち悪い」

「しかたありませんねぇ…もう少し自覚なさったら如何です?」

「そんな自覚はしたくないぞ、俺は」

 最初はこのやり取りに戸惑った透麿も、すっかり慣れてしまって、横でクスクスと笑い声を上げる。

「透麿…笑うなよ。 変な所が夕麿にそっくりだな、お前」

 笑い方や仕草がそっくりで、武は嬉しいような苦しいような、切ない気持ちになってしまう。

「似てますか、兄さまに?」

「同じ仕草するから、時々びっくりする。 声変わりしたら同じ声…になりそうだな」

「初めてお会いした時も、仰ってましたよね、それ?」

「ああ、録音された声だけど、一度だけ聴いた事があるんだ」

「それって、ボクも聴けます?」

「………いや、もうないから…無理だよ」

 スッと陰った武の表情に、行長は裏から得た情報を思い出していた。 中等部の事件の時の夕麿の映像が、外部に漏れていなかっただけで、存在していたらしい話だった。 今の武の表情でそれが本当で、どういう経路かは不明だが、彼が観たらしい事がわかる。

「透麿、今の話…夕麿には言うな?」

「え?」

「理由は聞かないで欲しい」

「わかりました…」

 中等部で密かに流れている噂と数年前の教師の事件。 それの被害者に夕麿の名前がある……透麿には噂が紛れもない真実だとわかっている。 母が兄を口穢く罵って、何かを渡していたのを目撃しているからだ。 あれが武の顔を曇らせ、夕麿に対しての口止めをする原因ならば、とんでもないものだったに違いない。 透麿はそう考えてそれ以上は追求しなかった。

 武たちが生徒会室に到着すると、会長以下全員が出迎えた。 特待生の制服を着用しているのは、会長の戸沢 美禰と副会長の相良 通宗あいらみちむねの二人のみ。 特待生を生徒会執行部に任命する伝統すら、危うくなっている様子だった。

「突然で驚いてます」

 挨拶はおろか敬語もない。 むしろ何をしに来たと言わんばかりに、あらかさまな不快さを示していた。 だがその横で副会長の相良が、もっと不快そうに戸沢から視線をそらした。

「突然でなければ意味はないと思います。 ここの実情を見るのは」

「実情? 御厨さん、あなたはもう高等部へ進学した人だ。 中等部への口出しはやめてもらいたい」

「御厨には案内をさせただけだ」

 武の声が響く。

「俺が来たいと言ったんだ」

「わざわざ高等部の生徒会長さまが? あなたは高等部からの編入ですよね? 中等部の何がわかるんです?」

「少なくとも規律と秩序が中等部では守られているようには見えない。 ここへ来てすぐにそこの風紀委員二人が、無抵抗な一般生徒に掴みかかっているのを目撃した。

 もし高等部でそんな事が行われれば厳罰は免れない。 風紀委員は生徒の規律と秩序と安全を守る為に、わざと生徒会とは別に結成される、そうだな、下河辺?」

「間違いございません」

「ふん、一般生徒ってのはそこのチビだろう? 勝手に高等部へ出入りするから、お仕置きしろと命令しただけだ」

「君の命令か? 彼は許可を得て高等部へ来ている」

「俺は許可していない」

「中等部生徒会長の許可は必要ない」

 美禰がどんなに高飛車な態度をとっても、夕麿に上に立つ者としての教育をされている武には通じない。 むしろ美禰が口を開けば開く程、格の違いが顕著になっていく。

「長年の要望書の一つを学院側に認めさせたからと、いい気になってませんか、あなたは?」

「別に。 俺がやりたい事のたった一つが通っただけだ。 歴代の高等部生徒会長の要望は無数に存在する。 一つが通ったくらいで天狗になるような者に、学院内で最も歴史と伝統を誇る、高等部生徒会長は務まらない。

 そうですよね、成瀬さん?」

 武は無言で控えていた雫を振り返って問い掛けた。

「高等部の生徒はちょうど、その先が決まる者が多いですから。 学院から出る事が許されなくなる者。 海外へ出る許可は得られても、二度と日本の土を踏む事の許されない者。 留学するだけの才能を持ちながら、国内に止めおかれる者。

 皆、自分の運命を嘆きながら高等部に在籍します。 その彼らをも統括するのが、高等部生徒会長とその執行部です。 故に身分や優秀さが問われるのです」

 先程まで雫は武の背後でほとんど気配を消していた。 そして武の問い掛けに応えた。その威圧感に生徒会長と言えどもたかが中学生の彼らはたじろいで腰が引けていた。

「あ、あんた…誰だよ?」

「彼は成瀬 雫さん。今は俺の警護だが、第66代高等部生徒会長だ」

「ついでに言いますと高等部より12年歴史が浅い、中等部生徒会の第54代生徒会長でもあります」

 武のように高等部編入で生徒会長になる者は珍しい。大抵は中等部生徒会長を経験して、高等部生徒会長に着任する。それは夕麿や周も同じであり、今、武の補佐をしている次期会長候補の御厨 敦紀も、中等部生徒会長経験者である。

「元生徒会長なら、まだ二人程知り合いがいるけど? この中等部生徒会の状態を普通だって言うかな?」

 武の言葉に美禰は舌打ちした。 貴族の子息ならば絶対にしない行為である。 敦紀が最低の成金と呼ぶのがわかる。 庶民の中で育った武すら、そんな行為は恥ずべき事だと思っていた。

「来年、君が高等部に上がって来ても、俺は君を御厨の後の生徒会長にはしない。 それは覚えておいてくれ。 少しくらい身分が下でも構わない。 相応しい人選をさせてもらう。

 話は以上だ。 透麿、それ一部だから俺の部屋へ残りを取りにおいで」

「はい、ありがとうございます」

 踵を返して立ち去ろうとした武の背中に、美禰の言葉が投げ付けられた。

「あなたも物好きだよな? 中等部時代に教師とよろしくヤってた奴を伴侶にするなんて。それともそれぐらいのテクニシャンなわけ?」

「…お前は破滅したいらしいな? 未だかつて、俺の夕麿を侮辱して無事な奴はひとりもいないぞ?」

 武の全身から怒気が、ゆらゆらと立ち昇る。

「武さまが動かれる必要はございません。 こんな成金の田舎子爵の息子、私たちでも簡単に潰せます」

 行長の言葉に笑った武の顔は、悪鬼さながらの形相だった。

「じゃあ、お前に任せるよ、下河辺」

「お任せください。 夕麿さまを知りもしないで、噂にのせられる愚か者め」

 夕麿信奉者の行長にとっても、彼が侮辱されるのは許せない。 絶句する美禰を残して、武たちは中等部生徒会室を出た。

「透麿、驚かせてごめんな? 俺は夕麿を穢す奴は許さないと誓ったんだ。 過去の出来事は夕麿には何の罪もない」

「わかっています」

「……俺は透麿に憎まれても仕方がない立場だぞ?」

「兄さまの為になされた事なら、憎んだり恨んだりしません」

「そうか…ありがとう」

「お礼を申し上げなければならないのは、ボクの方ですから」

「じゃあ、言いっこなしな?」

「はい」

 いつもの笑顔に戻った武に、透麿も笑顔で返す。

「持って来たそれは、夕麿のピアノ演奏を録音した奴だ。 それを寮に置いて…今日は土曜日だから、泊まり掛けで来る? 透麿なら泊めても夕麿は文句言わないだろうから」

「文句…? 兄さまがですか…?」

 透麿には穏やかで優しい兄のイメージしかないらしい。

「…あれで結構、嫉妬深いぞ、夕麿は」

「本当ですか!?」

「最近はちょっとマシになったけどな。 ぬいぐるみを抱いて寝るだけで怒る。 訳わかんないから聞いたら、自分以外を抱いて寝るな…だってさ」

 透麿が武の話にあんぐりと口を開ける。

「同級生が肩に手を置いただけで、文句言うしさ…」

「…信じられない…兄さまって、みんなに優しいのかと…」

「優しいよ? 俺が絡まなきゃ…ね」

 深々と溜息を吐く武の後ろで、行長と敦紀が声をたてて笑う。

「全く夕麿さまのあれには、最初に驚かされました」

 行長がぼやく。

「武さまに抱き付いたある生徒に、『私の武に気安く触れないでください』ですからね」

「……そんな事もあったなあ…俺もさ、『はあ?何それ?』って思ったもの」

「ええ!? 武さま、それって困りませんでした?」

 驚いたのは敦紀の方だった。

「お陰で武さまは同級生のご友人は、生徒会にしかいませんよ」

「下河辺、実はもっとげっそりするのがある…最初に御厨を、昔の夕麿に雰囲気がそっくりだって紹介しただろう?」

「ええ…って、御厨にまで?」

「そ、雰囲気が似てるからって、いない間に浮気するなって言われた」

 全員が絶句する。

「あの…武さま、それで夕麿さまにどのように、お答えになったのですか?」

 知らぬ間に嫉妬の対象にされていた敦紀が恐る恐る問い掛けた。

「声が違う…って言った」

「武さまは夕麿さまのお声、お好きですものね」

 敦紀の言葉に武が真っ赤になる。 そんな話を夕麿以外にはした記憶はない。

「あれ…? みんな気付いてますけど?

 ねぇ、副会長?」

「でもそれって…別の嫉妬になりませんか?」

「え?」

 雫の言葉に全員が首を傾げた。

「透麿君がこの先、声変わりによって夕麿さまに似るとすれば、あの方はきっと嫉妬されますよ?」

「はあ? いや…成瀬さん、透麿は夕麿の弟だよ?」

「わかってます。 それどころか、今でも笑い方や仕草が似てるわけでしょう? それに武さまが一々反応されているのを耳にされたら…」

「ああ、なる程。 それはきっと嫉妬なさいますね、夕麿さまなら」

「おい、下河辺!?」

 雫の言葉に行長が同意したので武が慌てる。

「愛されていらっしゃいますねぇ、武さま」

「え…いや…あの…」

 からかいたっぷりの雫の言葉に、武は首まで真っ赤になった。

「まあ、ともかく、この事については夕麿さまのお耳に入らないように努力しましょう」

 行長の言葉に武は心の中で、貴之に口止めしておかなければ…と考えていた。

 程なく武の部屋に泊まる用意をして透麿が戻って来た。 車で高等部の特待生寮へと戻る。

 その車の後ろ姿を舌打ちをして美禰と風紀委員長 五嶋 忠臣ごしまだだおみが憎々しげに眺めているのを知るよしもなかった。



 透麿を連れて寮に戻った武はリビングに入るなり、リモコンを操作してオーディオを起動する。 透麿がいるのでボリュームは少し抑え目にした。

「あの…これ…」

「うん、夕麿のピアノ。 さっき渡したのはこれのコピーだ。 ああ、ちょっと待ってて」

 武は透麿を残して階上へ駆け上がった。 すぐにファイルを幾つか抱えて降りて来た。

「まずこれな?」

「あ、はい」

 最初に手渡されたのはアルバムだった。

「半分は学院のイベントで撮影されたもの。 後半分は俺や前任の生徒会で撮影したもの。 6月の卒業式までのしかないけどね」

「あ、ありがとうございます」

 兄の様々な姿に透麿は瞳を煌めかせた。

「で、こっちのファイルだけど…中等部の時の夕麿のノートのコピーだ」

「え?兄さまのノート?」

「一年の分だけコピーした。 ノートそのものは俺が持ってるんだけど、あくまでも借りてるたけだから、コピーで我慢してくれな?」

「いえ…でもどうして?」

 高等部から編入の武が、夕麿の中等部の時のノートを持っているのだろうか?

「俺、高等部に外部編入生だろう? たった一人の特待生だったから、トップから落ちるわけにはいかなかったんだ。 最初の中間試験でストレス溜めてさ、試験は何とか受けたんだけど…熱出して倒れちゃったんだ」

 そこまで言ってあの温室の出来事が記憶の底から、浮かび上がって来るのを無理やり押し込んだ。

「それが夕麿と付き合うきっかけになったんだ。 ここのシステムに慣れない俺が、勉強をし易いように中等部からのノートを貸してくれた。お陰で2学期の期末にはあまり苦労しなくてよくなった。 夕麿のノートは彼らしくて、丁寧で綺麗だから透麿の勉強の参考にもなると思う」

「はい、ありがとうございます」

 夕麿の事を語る武は笑顔だが、時折寂しげな顔をする。 それは再び夕麿と遠く離れてしまった、寂しさや恋しさをどうしてもぬぐえない武の本心を表していた。

「武さま」

「ん?」

「先程、夕麿兄さまの嫉妬のお話をされてたけど…武さまは心配じゃないのですか? その…兄さまのお側には、生徒会で一緒だった方々もいらっしゃるし…」

「…別の心配はしてるけど…浮気の心配はしてない。 冗談では言うけどね…夕麿は…無理なのわかってるから」

「え…?」

 武は透麿には教えておくべきだと、夕麿が心的外傷の治療を受けている事や、他人に触れるのも触れられるのもダメなというのを説明した。

「そんな風には見えませんでしたけど…」

「高等部の生徒なら夕麿が、触れられるのがダメなのは知っているからな」

「でもボクには普通に触ってました」

「お前は弟だから大丈夫なんだよ。 発作起こしたらわからないけど」

「発作起こしたら、どんな風になるのですか!?」

「軽いので気分が悪くなる。 過呼吸を起こす。 ……最も酷い状態になると、錯乱したり意識を失う。そうなると俺しか触れられない。 だから離れていると心配なんだ。

 精神科医は同行してはいる。

 それでもね…苦しんでいないかって…」

 心配すればキリがないのはわかってはいる。 それでも不安で仕方がない。 カリフォルニアは晩秋から冬にかけて雨の季節を迎える。 日本より降雨量が少ないと言っても雨は雨だ。 梅雨を乗り越えたけれどそれでも心配だった。

 過呼吸の苦しさや恐怖を経験した今は前にも増して。せめて発作が小さく軽く済むようにと、願いだけでも届いて欲しいと思っていた。


 この時、行長たちが密かにこのような会話をしていた。

「夕麿さまの弟君を悪くは言いたくはないのですが……」

 敦紀が言葉を濁した。彼らは見てしまったのだ。武が視線を外した時に見せた、透麿の計算高そうな表情を。

「兄である夕麿さまに対する気持ちは本物でしょう。ですがあの方の気持ちを自分に向ける為、武さまの事を利用するだけ利用しようとするでしょう」

 行長も懸念を強く抱いていた。今は状況を見ながらも雫と相談して、透麿の動向を計る事に決めたのであった。


 学祭に向けての中・高・大合同の実行委員会の企画会議が始まった。 高等部は武が率いる生徒会を中心にして、各学年各クラス選出の実行委員がきちんと連携を取る。 大学部は生徒会自体はないが、『白露会』という学生の自治組織がある。 本年度の世話役に周がなってまとめている。

 実行委員も自主参加なのだが、今年は希望者が多かったという。 その参加希望者の中心が、馬場で武と顔を合わせている学生たちだったのだ。 そう彼らは武に惹かれて参加したのだ。元々、実行委員会の議事進行は伝統的に高等部生徒会長が執る決まりになっていた。 ましてや今は学院全体で武が最も身分が高い。

 会議場となるのは都市部の自治行政機関の施設で、本来は学院都市行政の為の会議が行われるものである。ここに生徒側の実行委員全員と都市警察、行政職員が集まる。

 雫によって厳重な警備体制が敷かれた中、武は生徒会執行部と高等部実行委員を率いて会場入りした。 警備の為に時間を調節して一番最後に入る。 会議場に集合した全員が立ち上がって起立して武を出迎えた。すぐに周が武を議長席へ誘う。 普段、学部長が会議の折りに座る席である。 現在は代理が立てられてはいるが、学部長の席そのものは空席である。

  都市行政機関は武より身分の低い代理人を、高い位置に着席する事を問題視した。 そこで雫と周、双方の指示を仰いだ結果、武をここへ着かせる方向に決定したのである。

 武はこの扱いに内心戸惑った。 ただ夕麿から迷ったりわからない事には、周や雫の判断に委ねるように言われていた。 この席に案内する周を見ると、彼は周囲にはわからないように小さく頷いた。

 武の着席を確認して全員が座る。

 周と雫は武の後ろに付き、両側には行長と康孝、拓真、そして本年度の高等部風紀委員長 久留島 成実くるしまなるみが左右に分かれて着席した。

「では、本年度の学祭実行委員会第一回会議を始めさせていただきます」

 会議が始まったが武は慣例通りに議長を務める事はしなかった。皇家本来のルールが優先された為だった。議事進行は実際には行長が行う取り決めがなされていた。武は自分が議事進行を執り仕切りたかったが、周と雫が身分に相応しくないと反対した。

 面倒くさいと本当に思ってしまう。それでも話し合われる議題に懸命に耳を傾けた。

 今年の一番の議題は何と言っても、OBたちの学祭参加だった。武の警護問題もあり、参加可能な立場にいるOB全員に招待状を発送。参加希望の返信者にのみ、身分証明付き許可証を発送する事が決定された。夕麿たちのように欧米留学しているOBは、クリスマス休暇が11月の第四木曜日の感謝祭から始まる。故に11月の初めから中盤にかけての学祭には休みが間に合わない。

 また期末試験期間になる大学も多々あり、ほぼ帰国参加は不可能と言えた。

「周さん、OBの宿泊先はどうなってるの?宿泊は禁止なの?」

 武が周に声をかける。周は頷いて行長に合図した。

「どうぞ、ご発言ください」

「都市行政と学部長代理に、武さまがお伺いです。

 OBの宿泊については許可されますか?許可されるならば、宿泊先についての手配や規制はどうなっていますか?」

 武にすればOBたちの宿泊の許可が欲しい。 遠方から参加する者や学院内に親しい者がいる場合、宿泊を望む筈なのだ。 それでなくてもOBの参加は、2週間の学祭のうちの3日の文化の日に続く4日間のみ。 宿泊許可が出なければ、彼らの参加を許可させた意味がない。

 すると行政側が答える前に、美禰が手を挙げた。

「中等部生徒会長、どうぞ」

「ありがとうございます。 私としては近くの街との距離を考えて、宿泊許可は必要ないと思います」

 そう言うと武たちに挑戦的な眼差しを向けて来た。

「街が近いと言っても出入りの都度、本人の確認をする人員を考えると、宿泊許可を与える方がセキュリティーの方面からも相応しく思われます」

 久留島 成美が答える。

「でしたらOBの入場を1日限定にすれば良いでしょう? 学祭に何故OBが参加する必要が、あるのかすら理解出来ません」

 美禰が真っ向から反対して来る。

「中等部生徒会長、OBの参加は既に可決された事項です。 異議の申し立ては認められません」

 行長が注意すると彼は鼻で笑った。 恐らく彼らは議題の内容などどうでも良いに違いない。 この会議を引っ掻き回して、武に恥をかかせたいのだ。 だが所詮は中等部の生徒。 それこそ誰も鼻にもかけない。

 ようやく行政側の担当者が立ち上がった。

「宮さまにお答え申し上げます。 都市部に幾つか空きがございますので、そちらをまず用意いたします。大学寮、高等部寮にも空きがございますので、OBの方のご身分などを考慮した上で利用いただきます。

 また学院内に家族や親しい者がいる場合、届け出をしていただいた上で在校生の居室にも宿泊許可をお出しします」

 彼の説明に武は笑顔で頷いた。次に大学学生会の世話役として、周が発言の許可を求めた。

「毎年、大学部では夕方からのイベントを行っていますが、いつも15時くらいまでは時間的余裕があります。昨年の状況やOB参加を鑑みて、最も混雑が予想されるのは高等部です。紫霞宮さまのお立場やご体調も考慮して、大学部学生会は半数を15時まで高等部の手伝いに派遣したく思います」

 この発言に全員が驚いた。前例がないのだ。

「久我先輩…確かにそれは非常に助かります。昨年は一般生徒から、風紀ボランティアを募りましたから。でも、本当に大学部は大丈夫なのですか?」

 行長が冷静に問い掛けた。

「実行委員ボランティアの希望者が多くてね。人員が余っているんだよ。あちらはサブに任せて僕と滝脇 直明、間部 岳大を中心に信用の於ける人員を派遣する事が可能だ。間部は前々年度の風紀委員長でもある。 良岑 貴之ほどではないが、武道の使い手だ。 成瀬さんの護衛も今月限り。学祭の間だけでも、間部に武さまの護衛を専任させたいと思う」

「武さま、如何なさいますか?」

「周さんのご好意をお受けします」

「ありがとうございます」

 真実、昨年の騒動程ではなくても、OBたちがどんな行動に出るか不明なのだ。 人員は多い方が確かに助かる。

 このやり取りに美禰は不快そうな顔をしていた。 学院が武の意向で動くのが、余程面白くないようだった。

 その様子に武は透麿に警護を付けた事を、間違ってはいなかったと確信していた。

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