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1 悪役令嬢
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私はアリシア・アンリエッタ。
アンリエッタ侯爵家の一人娘、悪役令嬢と名高い女だ。
私はそんなつもり、毛ほどもないのだけれど。
この前、狭い道でたむろしていた令嬢達に注意をすると、その令嬢たちは一斉に泣き出した。
その後流れたのは、悪役令嬢アリシアが令嬢たちに罵詈雑言を浴びせたという根も葉もない噂だった。
ーー今、貴族学院の書庫で一人泣いているのは、シャーロッテ・エディット。
私と同い年で、魔法のセンスを抜擢され、庶民から成り上がった。
まさに、物語のヒロインのようだと噂されている。
私が書庫に入ってきたのにも気づかず、泣いている。
私も悪役令嬢と後ろ指をさされ始めた頃、書庫に来てひっそり泣いていた。
滅多に人のこないこの書庫は穴場なのだ。
どこか近いものを感じ、つい話しかけてしまう。
「これ、差し上げるわ」
シャーロッテにハンカチを差し出す。
彼女は心底驚いたような顔をした。
当たり前だ。
悪役令嬢として有名な令嬢に話しかけられるなんて、恐怖を感じてしまうだろう。
余計なことをしない方が良かったかしら。
そんなことを考えていると、意外にもあっさりハンカチを受け取ってくれた。
私が去ろうとすると、シャーロッテは何かを言いたげに私を見つめてきた。
ハンカチのことだろうか。
「それはあなたに差し上げるわ。返していただかなくて結構よ。」
会釈をし、書庫を出た。
貴族学院の中庭をちらりと覗く。
薔薇園のベンチに座り、子爵家の令嬢と親しげに歓談しているのはこの国の第一王子で、私の婚約者のアランだ。
アランは笑いながら令嬢の方に腕を伸ばしている。
……まだ喋ってる。
かれこれ三時間以上は喋っている。
何分かおきに令嬢を変えて。
婚約者を置いて他の令嬢を取っ替え引っ替えしている彼の様子に、婚約したての頃は戸惑ったけれど、今はもう慣れた。
私の家柄が高いということで幼少期に親に決められた婚約だったし、アランとしても不満があるのだろう。
そんな私たちを見かねて、互いの両親は、仲を深めるためにと週に一回、一緒に屋敷へ帰るようにと決まり事を作った。
アランを待っている間、書庫に行って時間を潰そうと考えていたけれど、先客がいたのでそれもできない。
中庭に面している渡り廊下をうろうろしているとアランと目が合った。
アランは明らかに嫌そうな顔をし、顎で正門の方を示した。
一人で帰れと言っているようだ。
今日も一人、か。
この数ヶ月アランと一緒に帰れた日は一度もない。
第一、一緒に帰ったとしてもアランのクソつまらない武勇伝を馬車で聞くだけになるので、ああやって令嬢とイチャコラしてればいい。
一緒に帰る気は全くないが、形式だけでもと待つふりをしているだけなのだ。
残念そうな顔を作り、会釈をして中庭を離れる。
アランは満足げに鼻を鳴らすと、また令嬢たちと喋り始めた。
正門前待っていると、他の貴族の令息や令嬢がチラチラとこちらを見て、何かを話している。
これもいつものことだ。
悪役令嬢の名はもう学院全体に知れ渡っており、どこにいても噂される。
もう慣れたが、集中出来ないので学院の授業の間くらいは黙っていてほしい。
ジト目で待っているとアンリエッタ家の馬車が来た。
アンリエッタ家の馬車には、私が王子と婚約しているということで王族の家紋がいれられている。
要するに、滅茶苦茶目立つ。
ひそひそ声が一層大きくなる。
そんな仲、一人の男が馬車から降りてきた。
「お嬢様、こちらへ」
「ありがとう、エリオット」
断言する。
今、ひそひそと喋っている令嬢の視線の先はエリオットだろう。
エリオットは私が幼少期の頃から、仕えてくれている二歳上の執事だ。
白髪碧眼の彼は、私から見ても端正な顔立ちをしている。
「黙らせてやりましょうか?」
エリオットの視線はいまだに喋っている令嬢たちに向けられる。
何を話しているか知りもしない令嬢たちは、小さく黄色い歓声をあげた。
エリオットを手で制し、笑顔を作りその場で手を振る。
「ご機嫌よう、皆様」
令嬢たちの顔がサーッと青くなった。
馬車が走り出す。
一つ気になったことがあったことを思い出し、尋ねてみる。
「ねえ、エリオット」
「はい」
「私の笑顔って怖いのかしら」
「いえ、お嬢様の笑顔は世界一です」
キッパリ断言するエリオットの態度に、少し笑ってしまった。
「ありがとう」
明日、お茶会がスーウェル伯爵家で開かれる。
アランの婚約者として初めて同席するのでかなり憂鬱だ。
何か問題が起きないといいけれど。
アンリエッタ侯爵家の一人娘、悪役令嬢と名高い女だ。
私はそんなつもり、毛ほどもないのだけれど。
この前、狭い道でたむろしていた令嬢達に注意をすると、その令嬢たちは一斉に泣き出した。
その後流れたのは、悪役令嬢アリシアが令嬢たちに罵詈雑言を浴びせたという根も葉もない噂だった。
ーー今、貴族学院の書庫で一人泣いているのは、シャーロッテ・エディット。
私と同い年で、魔法のセンスを抜擢され、庶民から成り上がった。
まさに、物語のヒロインのようだと噂されている。
私が書庫に入ってきたのにも気づかず、泣いている。
私も悪役令嬢と後ろ指をさされ始めた頃、書庫に来てひっそり泣いていた。
滅多に人のこないこの書庫は穴場なのだ。
どこか近いものを感じ、つい話しかけてしまう。
「これ、差し上げるわ」
シャーロッテにハンカチを差し出す。
彼女は心底驚いたような顔をした。
当たり前だ。
悪役令嬢として有名な令嬢に話しかけられるなんて、恐怖を感じてしまうだろう。
余計なことをしない方が良かったかしら。
そんなことを考えていると、意外にもあっさりハンカチを受け取ってくれた。
私が去ろうとすると、シャーロッテは何かを言いたげに私を見つめてきた。
ハンカチのことだろうか。
「それはあなたに差し上げるわ。返していただかなくて結構よ。」
会釈をし、書庫を出た。
貴族学院の中庭をちらりと覗く。
薔薇園のベンチに座り、子爵家の令嬢と親しげに歓談しているのはこの国の第一王子で、私の婚約者のアランだ。
アランは笑いながら令嬢の方に腕を伸ばしている。
……まだ喋ってる。
かれこれ三時間以上は喋っている。
何分かおきに令嬢を変えて。
婚約者を置いて他の令嬢を取っ替え引っ替えしている彼の様子に、婚約したての頃は戸惑ったけれど、今はもう慣れた。
私の家柄が高いということで幼少期に親に決められた婚約だったし、アランとしても不満があるのだろう。
そんな私たちを見かねて、互いの両親は、仲を深めるためにと週に一回、一緒に屋敷へ帰るようにと決まり事を作った。
アランを待っている間、書庫に行って時間を潰そうと考えていたけれど、先客がいたのでそれもできない。
中庭に面している渡り廊下をうろうろしているとアランと目が合った。
アランは明らかに嫌そうな顔をし、顎で正門の方を示した。
一人で帰れと言っているようだ。
今日も一人、か。
この数ヶ月アランと一緒に帰れた日は一度もない。
第一、一緒に帰ったとしてもアランのクソつまらない武勇伝を馬車で聞くだけになるので、ああやって令嬢とイチャコラしてればいい。
一緒に帰る気は全くないが、形式だけでもと待つふりをしているだけなのだ。
残念そうな顔を作り、会釈をして中庭を離れる。
アランは満足げに鼻を鳴らすと、また令嬢たちと喋り始めた。
正門前待っていると、他の貴族の令息や令嬢がチラチラとこちらを見て、何かを話している。
これもいつものことだ。
悪役令嬢の名はもう学院全体に知れ渡っており、どこにいても噂される。
もう慣れたが、集中出来ないので学院の授業の間くらいは黙っていてほしい。
ジト目で待っているとアンリエッタ家の馬車が来た。
アンリエッタ家の馬車には、私が王子と婚約しているということで王族の家紋がいれられている。
要するに、滅茶苦茶目立つ。
ひそひそ声が一層大きくなる。
そんな仲、一人の男が馬車から降りてきた。
「お嬢様、こちらへ」
「ありがとう、エリオット」
断言する。
今、ひそひそと喋っている令嬢の視線の先はエリオットだろう。
エリオットは私が幼少期の頃から、仕えてくれている二歳上の執事だ。
白髪碧眼の彼は、私から見ても端正な顔立ちをしている。
「黙らせてやりましょうか?」
エリオットの視線はいまだに喋っている令嬢たちに向けられる。
何を話しているか知りもしない令嬢たちは、小さく黄色い歓声をあげた。
エリオットを手で制し、笑顔を作りその場で手を振る。
「ご機嫌よう、皆様」
令嬢たちの顔がサーッと青くなった。
馬車が走り出す。
一つ気になったことがあったことを思い出し、尋ねてみる。
「ねえ、エリオット」
「はい」
「私の笑顔って怖いのかしら」
「いえ、お嬢様の笑顔は世界一です」
キッパリ断言するエリオットの態度に、少し笑ってしまった。
「ありがとう」
明日、お茶会がスーウェル伯爵家で開かれる。
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何か問題が起きないといいけれど。
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