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9. サンフランシスコ Jan

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 もう一人話を聞かなければならない人物がいる。
 サンフランシスコ、シリコンバレーにある自身のオフィスに久しぶりにエドは帰還した。

「トマス! どこにいる? ユーリとお前は何の契約をしたんだ?!」

 出迎えたトマスに向かって、早々に用件を怒鳴る。

「お帰りなさい、ボス。ああ、気がついたのですね? ユーリが話しました?」
「ユーリは契約だといって何も話さない!」

 トマスが珍しく驚いた顔をみせる。

「……そうですか。たわいもない話ですよ、貴方を生かすことができたら一月あたり2000ドル支払う。彼の命の期限まで最大半年で12000ドルになりますね」

 エドは憮然とした。

「――私の値段が一月2000ドルだなんて安すぎる」
「ええ、ええ。そうでしょう。上手くいくなんて思ってもいなかった」

 トマスは嘲笑った。
 防音がきちんとなされているCEOの部屋に場所を移す。トマスが普段使っているのだろうそこは資料が積まれ、空調が効いていた。

「ですが、あの子はその2000ドルを手に入れるため必死に貴方を生かす方法を考えた。棺桶リストなんて作って貴方をイタリアに連れて行こうとした。貴方のオメガは日本人だったと私が漏らしたから、リストに寿司が食べたいなんて書いた。いじらしいじゃないですか」

 トマスがシニカルに唇を吊り上げる。

「それがやたらお前もイタリア行きを勧めた理由か」
「はい。おもしろくて」

 しゃあしゃあと彼はのたまう。

「しかし、不思議ではありませんか? あと半年で死ぬと言っている人間がどうして金を欲しがる?」

 秘書は挑むようにエドの瞳を覗き込む。

「お前はどこまで知っている?」
「全てを。貴方が知らない真実まで。私は優秀なので」
「……話せ」

 トマスはエドの覚悟を見定めるように目を眇めた。

「ユーリから振込みの口座を受け取りました。宛先はアメリア・ゴドフリー」
「ゴドフリーだと?!」
「おや。ウィル・ゴドフリーのことはご存知で。説明の手間が省けました。アメリアはウィルの妹ですよ」
「お前はどうやって、ウィルのことまで辿りついたんだ?」

 一瞬、トマスは視線を彷徨わせた。

「……私の運命の番が、アメリア・ゴドフリーだったのです」
「え?」
「驚きました。金の受取り先を調査していたら運命と出会った」
「そんなことが」
「ええ。運命とは不思議なものですね」

 番のことを話すトマスは優しげだ。

「ここまでは順調でしたが、この後の調査が難航を極めました。
 ユーリは莫大な借金を抱えていた。そして生き血を啜る変態爺に売られて、臓器を売り捌かれる、そう彼ははじめに語りました。マフィア映画のような馬鹿馬鹿しい話です。誰が聞いても適当な嘘にしか思えない。
 しかし、全て真実でした」

「え?」

「言ったままですよ。彼の借金はマフィアに集約された。返済のために、彼は自分を、若くて綺麗な少年の血を信仰するカルト教に売った。血を抜いた後の体には興味がないから臓器売買にかけられる。
 そんな輩がアンダーグランドにはいるのですね。世も末です。
 ローマの真実の口も彼に噛みつくことはできないはずだ」
「……そんな」

 エドは絶句した。

ーーボス、とトマスは呼びかけた。重要な取引を相談していた時のような真剣さで。
「借金を集約するマフィアとコンタクトを取るのが大変だった。いいですか。
 もしも、一括・・で彼の借金を返済できるのなら、クソ変態ジジイへ売るのはキャンセルしてもらえるそうです」
「……」

 エドは沈黙を守った。優秀な秘書はまだ情報を出し切っていない。

「しかし、一つ疑問が残ります。私たちは知っています。彼のspiritがどれだけ高潔で強いかってことを。
 彼なら少しずつでも借金を返済して行く道を選びそうじゃないですか? どんなに苦しくても。アメリアを見守りながら。実際2年ほどはそうしていました。
 何故、半年後に死ぬ決断を下したのか。
――これは彼が誰にも明かしてない事実です。彼は男性オメガの子宮に悪性腫瘍を患っている」

「え……」

 エドは目を剥いた。

「癌と言い換えてもいいでしょう」
「しかし、ユーリは元気で、旅にも出て」
「あまり、症状が出ないタイプの癌のようです」
「な、治るのか?!」

「はい。治ります」
「え?」

 あっさりと言われた言葉にエドは混乱する。

「治ります。
 まず、番を見つけること。オメガはアルファに項を噛まれる番の儀式で、ホルモンの状態が安定します。番のいない状態で発情期の度にホルモンバランスが変動するのは、癌細胞を刺激する、いえ、餌をやっているようなものです。
 次に、きちんとした病院で抗がん剤の治療を受けること。高額ですが」

「そうか、治るのか……」
「ええ。ただし子宮に癌細胞が限局していれば、の話です。全身に、他の臓器に転移すれば一気に治療は難しくなって生存率が下がります。
 いつ転移するかはわからない。――彼は爆弾を抱えているような状態ですね」

 トマスは真剣な顔をしていた。

「彼の診断をした医者の口をなんとか割らせました。あの子に余命を聞かれ、とりあえず一年後どうなっているかわからないと答えたそうですよ。
 そこから、ユーリは自分の最期を自分で決めたのでしょう。
 件のクソ爺に彼の身柄が渡されるまでもう日にちは幾ばくもありません」

 深い沈黙が落ちた。

「ボス。この後のスケジュールを伺っても?」

 エドと秘書としてのトマスが毎日のように交わしていた台詞だ。

「確認したいことがある。経営上の権利は全て・・お前に引き継がれるように手配は終わっているな」
「はい。問題なく」

 優秀な秘書に手抜かりはない。

「では、私財の売却について手続きを手伝ってほしい。それからニューヨークまでの航空券の手配も。時間が惜しいな」

 エドの指示に従ってトマスはデスクトップパソコンの前に移動した。しかしその指はキーボードの上でぴたりと止まる。エドが訝しがるが、先にトマスが言葉を発した。

「……貴方は、大きな決断をくだすのが早い。そして間違わない。ボスとして完璧です」
「そうか? 自分ではわからないな」

 突然の賞賛にエドは片眉を上げた。

「ユーリと番になられるのですね」
「ああ。申し込むつもりだ」

 振られるかもしれないなと苦笑する。しかしエドはユーリを救うことをもう決断したのだ。
 トマスはひとつ大きく息を吐いた。

「貴方を見くびっていました。サチさんのことを考えて、躊躇するかと」
「サチはオメガを助ける医師になりたがっていた。私の判断を認めてくれるだろう」
「貴方が決断なさらないようなら、薬で眠らせて強引に番にするつもりでした。無駄になりましたね」

 エドはぎょっとして目を剥く。トマスはデスクの引き出しから紙袋を取り出した。ごとり、とそれを机の上に投げだす。注射器が転がった。

「……私の秘書は優秀すぎだ」
「ええ。ユーリの治療費は私が出します。私の運命の番の恩人ですので」

 トマスは口角を上げるとキーボードに指を走らせた。

「ボス。航空券を用意しました。病院のアポイントも。急いで」
「トマス、私はもう君のボスではない。本当に、ありがとう」

「……エド。どういたしましてyour welcome

 エドは厚手のコートを羽織ってマフラーをしっかり巻いた。
 いつの間にか、エドの中で大きな位置をしめるようになった大切な少年が待つニューヨークは、ここサンフランシスコよりずっと寒いのだ。



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  しあわせのリスト 


× ローマの休日 
• 南極へ行く
× 運命に出会う
× おいしいコーヒーを飲む
× スシをお腹いっぱい食べる
× カジノで大金を使う
× 世界一の相手に抱かれる
× 英語でケンカをする
× 天空のプール
• オーロラ
• 信頼に応える
• 最高の治療を提供する
× 大切な人に会いに行く


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