【完結】不可解な君に恋して

とっくり

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 学園の食堂にて。
クラリッサとセザンヌ、そしてカタリナは三人で昼食を摂っていた。

 昼休みの食堂は、いつもながら大混雑。
 あちこちで「この席空いてます?」との声が飛び交い、両手にトレイを抱えた生徒たウロウロしていた。

 運良く三人分の空席を確保できたのは、ほとんど奇跡に近かった。

「席が空いていて本当に良かったわ。少し遅れていたら、三人で並んで座るなんて到底無理だったわね」
 クラリッサが安堵の吐息を漏らすと、セザンヌも大きく頷いた。

「まったくよ。テーブル席をもう少し増やしてほしいわ。これじゃあ日々が“椅子取り合戦”よね」

「学園長に投書してみるのも一つの手ですわね」
 カタリナが真顔で提案すると、二人は思わず顔を見合わせ、同時にくすくすと笑った。

「さすがカタリナね。すぐに解決策を考えるところが、あなたらしいわ」
「ほんとほんと!」

 そんなやりとりをしていたとき――

「あら?入り口のところにいるの、リュミエール様じゃなくて?」
「まぁ、本当。席を探しているご様子ね」

 クラリッサとセザンヌが同時に声を上げ、カタリナの視線を促す。

「…リュミエール様」
 カタリナが小さく呟いたとき、セザンヌが思いついたように手を打った。

「この席に呼んだらどうかしら?私とクラリッサはもう食べ終わってるし、席を空けられるわ」

「そうよ。婚約者なんだから、堂々と仲睦まじくしていらっしゃればいいのに」
 クラリッサがにっこり微笑む。

 だがその瞬間――

「リュミエール様!」

 甲高い声が響いた。
 近くのテーブルに座っていた令嬢が、華やかに手を振っていたのである。

 声の主は、燃えるような赤髪に翡翠色の瞳を持つ少女――スティール公爵令嬢、エメラルダ。

 背筋をすっと伸ばし、赤い宝石のように輝く姿は、ただ座っているだけでも人目を引く。気の強そうな微笑みと、わずかに反り返った顎が「選ばれるのは私」とでも言いたげだった。

 そして彼女の隣には、茶色の髪の男子生徒が座っていた。
 笑うと目尻が下がり、そばかすが一層目立つその顔は、人の良さが滲み出ていた。

 エメラルダの勢いに気圧されながらも、真面目に頷き続ける彼の姿は、忠実な従者のように見えた。

 リュミエールは、一瞬カタリナたちに気づき、近づく。柔らかく笑みを浮かべて声を掛けてきた。

「カタリナ。ここで食事してたんだね」

「ええ。リュミエールは、これからですの?」

「先生に用事を頼まれていて、少し遅れてしまったんだ。――おや、君たちは初めましてだね?」
 クラリッサとセザンヌに気づき、爽やかに微笑む。

「こちらのお二人は、クラリッサ・ベルナー侯爵令嬢と、セザンヌ・リデル伯爵令嬢ですわ」

「初めまして。シュタイン子爵令息様」
 二人は息を揃え、優雅に一礼した。

「どうか“リュミエール”とお呼びください。カタリナと仲良くしてくださって、ありがとうございます。僕の方こそ、お見知りおきを」

「「もちろんですわ」」
 再び、声を揃えて答える二人。
 
 その直後――

「リュミエールさまっ!」

 再び呼ばれた声に、リュミエールは苦笑を浮かべる。声の主はもちろん、エメラルダだった。

 翠玉のような瞳で熱っぽくリュミエールを見つめる様子は、隣の男子生徒の存在など、忘れてしまったかのよう。

「……ああ、申し訳ない。呼ばれてしまった。では、また。カタリナ、ごめんね」

「……ええ、また」

 カタリナの返答を聞き、リュミエールは申し訳なさそうにしてエメラルダたちの席へと歩いていった。

 そして始まる、エメラルダの情熱的なお喋りと、それに律儀に相槌を打つ男子生徒。
 いつも通りに柔らかく応じるリュミエール――という、奇妙な三角形。

「ねぇ、カタリナ」
 クラリッサが小声で身を乗り出す。

「リュミエール様と一緒にいる令息はご存知?」

「……マイヤー侯爵家のパウル様かしら?」
 努めて冷静に答えるカタリナ。

「そう、そのパウル様よ。彼、エメラルダ様の婚約者なの」
 クラリッサが意味深に言うと、セザンヌはパンッと手を叩いた。

「来たわね!これは、恋の三角関係……いや、カタリナも入れて四角関係かも!?」

「なんてことかしら!」
 クラリッサまで乗っかり、二人で小さく盛り上がる。

「そんな……婚約者がいるのに、他の婚約者になんて、ありえないわ」
 カタリナは呆れたように返すが、視線の先の光景はどう見てもクラリッサたちの想像を煽るものだった。

 エメラルダは恋する乙女の瞳でリュミエールを見つめ、パウルはその横で「今日のスープ美味しいよね!」と楽しげに話題を振っている。

……どう見ても、何かがズレている。

「何だか、不思議な関係ですこと…」
 思わず、カタリナは本音を零していた。

 クラリッサは小首を傾げ、カタリナに尋ねた。
「入学式の頃は、大体、リュミエール様のお隣に座っていたでしょう?でも、最近はあまりご一緒のところを見かけないわね」

「そうよね。リュミエール様は、エメラルダ様に限らず、いろいろな令嬢方に囲まれているのをよく見るわ。……あれはあれで、ひとつの見ものよね」
 セザンヌが肩をすくめながら言うと、クラリッサも小さく笑った。

 カタリナはわずかに眉を寄せ、静かに答える。
「……確かに、学園では、あまり話をしていないかもしれないわ。婚約者としては、月に一度のお茶会があるけれど…」

「婚約者なのに、学園では別々に過ごしているなんて……寂しくない?」
 セザンヌが驚きで瞳を丸くする。

「…どうかしら?寂しいとか、そうは考えたことがないから」

 口調は端然としていたが、その胸の奥では小さな波紋が広がっていく。

――避けられているのではないか。

 そう感じる瞬間が、学園に入ってから幾度もあった。

「まあ、心配はいらないわよ」
 クラリッサが穏やかに言葉を継ぐ。

「リュミエール様は、あのお顔立ちですもの。人々に囲まれてしまうのは避けられませんわ。むしろ、堂々と構えているカタリナの方が素敵だわ!」

「そうよそうよ!」
 セザンヌは元気いっぱいに両手をひらひら振る。

「私なら嫉妬で胃が痛くなって、すぐ入院してるわ!」

「入院て……」
 カタリナは思わず目を見開きそうになる。セザンヌは、肩をすくめて大袈裟に振る舞う。

 その様子に三人で笑い合ったが、笑いの影に、カタリナは小さな痛みを隠す。

――学園では別々。婚約者としては月に一度。

 それが今の、二人の距離感。
 その距離感に、ほんの少しの寂しさを覚え始めていたのだった。
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