【完結】不可解な君に恋して

とっくり

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 母ケリーが遺した鉱石を調べ始めてから、リュミエールは次第に鉱石そのものへも興味を持つようになっていた。

 シュタイン家の蔵に眠る数々の石を眺め、図書室の鉱物誌を開き、家庭教師に質問を投げかける。

 透明な石が光を受けて虹色に輝く様子や、黒曜石の深い闇のような光沢は、彼の心を不思議と慰めた。


(石は、誰のものでもない。ただそこにあって、光を受ければ輝く……)

 幼い彼にとって、鉱石は「謎の手掛かり」であると同時に、静かに寄り添ってくれる友のような存在になりつつあった。

 やがて、リュミエールは調べるだけでは飽き足らず、シュタイン家が所有するいくつかの鉱山へも足を運ぶようにもなった。

 岩肌に触れ、手をかざして光の反射を確かめ、鉱石の生まれる過程を肌で感じることができた。
 深い坑道の湿った空気や、地中で眠る石の重みが、彼の好奇心を一層刺激した。

 ロバートとサラは、聞き分けがよく、決してわがままを言わないリュミエールが、楽しそうに鉱石を集める姿を微笑ましく見守っていた。


***


 エベルハルト伯爵令嬢のカタリナとの婚約話が決まったとき。

 リュミエールの胸にひとつの考えが浮かんだ。

(初めて会うなら、贈り物をしたい。僕が持つもので、いちばん誇れるものを――)

 思いついたのは、珍しい鉱石だった。
 
 それはシュタイン家が代々扱い、財を成した象徴でもある。

 そして、母から受け取った石が自分の心を救ってくれたように、伴侶となる少女の心に少しでも温かさを灯せたら――そんな願いがあった。

 懐にそっと忍ばせた鉱石を指で撫でながら、彼はまだ見ぬ婚約者の姿を思い描く。


(名門の令嬢、エベルハルト伯爵家の娘……。
僕とは釣り合わない存在かもしれない。
けれど、せめて最初の瞬間だけは、心を込めて迎えたい)

 その想いを胸に、リュミエールは伯爵家の重い扉をくぐった。

 そして――光を背に立つカタリナと、運命の初対面を果たすことになる。




 数日後、リュミエールは初めてエベルハルト伯爵邸を訪れた。

 荘厳な石造りの建物に足を踏み入れた瞬間、胸の奥に冷たいものが広がる。

 建国以来続く名門――。

 その格式と伝統を目の当たりにすればするほど、自分の出自との差がくっきりと浮かび上がるようでだった。

(僕の母は、名前すら語られぬまま命を落とした……
父もわからない。そんな僕が、この伯爵家に婿入りだなんて――)

 足取りがわずかに重くなる。
 だが顔には、いつもの柔らかな笑みを貼り付けた。

 彼自身を守る鎧となるのは「完璧な仮面」だけだった。

 重厚な扉が開き、リュミエールの視線は自然と一人の少女に吸い寄せられた。

 質素な紺のドレスに包まれ、長く結い上げられた黒髪。まだ幼さの残る輪郭ながら、その瞳には驚くほど凛とした光が宿っていた。

(……これが、エベルハルト家の令嬢、カタリナ)

 名門の娘なら、もっと華やかに着飾っているのだと思っていた。
 だが目の前にいるのは、飾り気のない衣装のままでも毅然とした空気を纏い、場を引き締めてしまう少女だった。

 思わず胸の奥がざわめく。

 自分の出生――“血筋の影”を意識するほどに、彼女のまっすぐな姿が眩しく見えた。

 それでも、口元にはいつも通りの笑みを浮かべる。
 肩まで伸ばした金髪を揺らしながら、自然に声がこぼれた。

「君が、カタリナ嬢だね。はじめまして」

 碧眼に映った彼女は、少しだけ瞳を揺らしながらも平静を崩さずに答える。

「はい、初めまして。リュミエール様」

 ――揺るがない。

 幼いのに、この場の重みを真正面から受け止めている。それが、彼にはどこか羨ましくもあった。

 両家の大人たちが契約書を手にして言葉を交わすのを横目に、リュミエールはそっと箱を開いた。

 リュミエールが差し出したのは、手のひらに収まるほどの大きさの青い鉱石だった。

 深い瑠璃色に光を湛え、表面には自然が描いたような微細な結晶の模様が走っている。
 光を当てる角度によって、まるで海の奥底や夜空の星々が閉じ込められているかのように、青が深く揺らめいた。

「これは、僕が見つけた宝石なんだ。君に幸せをもたらすかは分からないけれど、今日の記念にどうぞ」

 驚いたように眉を上げ、カタリナが小さく呟く。

「今日、初対面なのに、この大きさの鉱石を?」

 先ほどの落ち着いた態度は変わらない。

 「ありがとう」「嬉しい」といった言葉は口にしないものの、それでも、カタリナの黒曜石のような瞳には光が宿り、言葉や態度以上に、喜びの感情が雄弁に伝わってきた。

 その反応に、思わず口元が緩む。
 自分の仕掛けた“サプライズ”に、素直な驚きで応えてくれるのだ。

 彼女の反応は、無機質な貴族的礼儀ではなく、確かな“人間味”に満ちていた。

「ふふ、サプライズは、僕の性分なんだ。驚いた顔も似合っているね」

 口にした瞬間、自分でも少し照れくさかった。

 だが、彼女が小さく笑みを返してくれたことが、胸の奥にじんわりと温かさを広げた。

 二人は契約書に手を添え、互いの手を軽く握る。

「これで、僕たちは婚約者だね」

 軽やかに言葉を投げながら、リュミエールは碧眼に力を込める。

 照れた感情を軽口で隠しても、この瞬間だけは――彼女を見据える眼差しに、真剣な想いが滲んでいた。


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