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しおりを挟むエベルハルト伯爵邸ーー。
執務机の上、予定表には赤字で記された項目が一つ。
――「スティール公爵家・冬の舞踏会」
カタリナはペンを止め、背凭れに身を預けた。公務の帳簿と舞踏会の準備とで、一日が過ぎるのが早い。
机の端では、“永遠花(とわのはな)”が、相変わらず淡い光を零していた。
(……手紙。どちらが先に届くかしら)
二日前に投じた二通の手紙。王都本局と、商人ギルドの北路経由。
結果はまだ戻らない。けれど、待つこともまた一つの答えになる。
*
午後の執務を終えてひと息をついた頃に、執事がドアをノックし、用件を伝えに来た。
「カタリナ様。シトラール伯爵家のアイザック様がお見えです。なんでも、書簡の件でお話があるとか」
「わかりました。こちらにお通しして」
カタリナが落ち着いた声音で返答をする。執事は、カタリナの指示を受け、素早く退室した。
「やあ、カタリナ。お忙しいところ失礼するよ」
執事に案内されたアイザックは、執務室のソファへと腰掛けた。
「アイザック様。書簡の件でお話があると?」
アイザックの正面にカタリナは腰掛け、
口を開く。彼は頷きながら懐から一枚の封を取り出した。
「商人ギルドの知人から預かった追跡票だ。君が託した“北路便”は、無事にハバナール方面の中継で受領印が入った」
差し出された票には確かに印が押されている。カタリナは受け取り、胸の奥でわずかに息をついた。
「まぁ、わざわざお運びくださったのですね」
「直接渡す方が確実だと思って。王都の風は……どうも信用ならないからね」
彼は冗談めかして肩をすくめたが、その目は真剣だった。
「王都本局の方は?」
「記録が曖昧に濁されていた。――止まっているのは、やはりあちらだろう」
夕陽に照らされた彼の横顔は穏やかだったが、言葉には確かな警告が含まれていた。
カタリナは頷き、票を丁寧に折り畳む。
「ご厚意、感謝いたします。……舞踏会でも“風の向き”を確かめるべきかもしれませんね」
「そうだ。君なら風向きを読めるだろうね」
言葉を交わすと、アイザックは深く頭を下げ、庭園を抜けていった。
残されたカタリナは、永遠花の光を思い出しながら、静かに拳を握った。
***
夜。執務室に戻ると、侍女アリサが一通の便箋を差し出した。
商人ギルド経由で届いた、薄い海色の封筒。
――朝の市場の水桶に、虹が浮かんでいたよ。君にも見せたかった。L
身近く、どんな意図があるのか、掴みどころがない文面だった。けれど確かに彼の文章であった。
二年の沈黙が嘘のように、すぐそこに息づいている。
「……リュミエール」
名を呼んで、カタリナは窓を開けた。夜気の冷たさが頬を撫でる。
永遠花の光が静かに揺れ、まるで遠い国と繋がっているようだった。
(舞踏会……必ず出席して、風を読む)
机上の予定表に、しるしを一つ加える。
“舞踏会”
その筆跡は強く、揺らぎがなかった。
***
スティール公爵家の冬の舞踏会。
磨かれた大理石の床にはシャンデリアの光が幾重にも反射し、宝石のようにきらめいていた。
カタリナは淡いラベンダー色のドレスに身を包んでいた。裾には銀糸で星々の刺繍が散らされ、歩くたび光が流れるように揺れる。
髪は一つに結い上げられ、額には小さな星型の髪飾りがひとつ。伯爵家の当主としての威厳と、若き令嬢らしい華やかさを併せ持っていた。
「まあ、カタリナ。今宵は随分とお美しいこと」
声の主はエメラルダだった。
群青色のドレスに金糸を惜しみなく使い、自己主張の強い宝飾を重ねている。隣には婚約者パウルが控えていたが、彼は終始所在なくオロオロしているだけだった。
「ところで……リュミエール様からの便り、まだ届いていないのですって?
二年も沈黙を保つなんて、普通では考えられませんわ。
婚約者を思うなら、一言でも手紙を書くのが筋でしょうに」
わざと周囲に聞かせる声色。取り巻きの令嬢たちがさざめき、好奇の視線が集まる。
カタリナは微笑を崩さずに答えた。
「大切なものほど、静かに守られているのです。……届くべき便りは、必ず届きますわ」
その一言に、エメラルダの眉がぴくりと動いた。
「強がりを……。でも、まあいいわ。
せいぜい信じておいでなさい。どこまで続くかしらね」
エメラルダの瞳の奥が翳った。
(……彼女が“便り”に執着している理由は?)
カタリナは心の奥で静かに疑念を覚えながらも、表情は乱さなかった。
「失礼」
そこへ、アイザックが颯爽と現れた。
漆黒の燕尾服に深紅のチーフを差し、背の高さとすらりとした体躯をさらに際立たせていた。
彼の佇まいは凛とした騎士を思わせ、場の視線を自然と集める。
深紅のチーフが舞踏会の光に映え、彼が差し伸べた手は自然で、しかし誰の目にも鮮烈だった。
「女伯爵殿を、一曲お借りしてもよろしいかな?」
その場の空気が一変する。カタリナは優雅に会釈し、手を取った。
楽団のワルツが流れ出す。
二人の足取りは完璧に調和し、周囲からため息が漏れた。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ。君と踊れる機会を、逃すわけにはいかないからね」
踊りながら、ふと強い視線を感じた。
広間の片隅に、一人の令嬢がカタリナを鋭く見つめていた。
「……あの方は?」
「僕の元婚約者だ」
アイザックは低く答えた。
「“好きな人ができた”と言って婚約を解消したと、以前、話をしただろう?
その相手と、どうやらうまくいかなかったらしく……今さら僕と寄りを戻したいようだ」
「……まぁ、それは。いかがされるのです?」
「政略結婚に多くを望むつもりはないが……
移り気な人を妻にする気はない。
僕は、誠実でいてくれる人を望む」
足さばきは軽やかで、声は穏やかだったが、その言葉は鋼のように揺るぎなかった。
舞曲が終わり、二人は深く礼を交わした。
久しぶりに踊った高揚感からか、触れていた手の温もりが残る中、カタリナの胸に小さな鼓動が広がっていった。
そして――視線の端では、エメラルダが唇を強く噛みしめていた。
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