【完結・R18】祈りより深く、罪より甘く

とっくり

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 ふたりの呼吸が静かに落ち着き始めた頃。

 セラは、ジュールの腕の中で、まだ細かく震えていた。

 汗の残る肌同士が触れ合うたび、余熱がじわりと滲み、胸の奥がまだじんじんと疼いている。

 ジュールの胸に頬を押し当てると、強く脈打っていた鼓動が、ようやくゆっくりとした速度に戻り始めていた。

 その音を聞くだけで、セラの目がじわりと熱を帯びた。

 最奥に放たれた彼の熱が残っている。
離れれば消えてしまいそうで怖かった。

 ジュールも、セラの背中に腕を回したまま、しばらく彼女を抱きしめ続けていた。

「……セラ」

 呼ばれた名は、行為の最中よりもずっと柔らかくて、胸の奥をかき乱す。

 セラは、ゆっくり顔を上げた。

 ジュールの瞳は、さっきまでの激情とはまるで違っていた――

 優しく、切なく、どうしようもないほど求めている瞳をしていた。
 セラの指が、ジュールの頬にそっと触れると、彼は小さく息を吸って目を伏せた。

「……君を‥愛している」

 掠れた声は、罪悪感と渇望が絡み合っていた。

 セラは胸の奥で何かが崩れるのを感じながら、それでも、震える声で答えた。

「……わたしも、愛しているわ」

 その瞬間、ジュールの腕が、まるで何かを守るように、奪うように、ぐっと強くセラの身体を抱き寄せた。

 額と額が触れ、互いの呼吸がゆっくり溶けていく。

 ジュールはセラの髪に顔を埋め、押し殺したように低く囁いた。

「……君と会えなかった三ヶ月、まるで自分じゃなかった。
息がしづらくて……胸の奥がずっと凍っていた」

 その横顔は、端正さを失うほど苦痛に歪んでいた。

「……私も……あなたに会えなくて苦しかった」

 セラの瞳に涙が滲む。
 それを見たジュールは、決意を押し出すように、かすかな息とともに言った。

「……君と暮らしたい」

「え?」

「まだ……レアは回復途中だ。
今は、その選択をすることはできない。
だが――彼女が回復したら、離縁して……
君と一緒になりたい」

「ジュール……?」

 あまりにも真っ直ぐすぎて、痛いほどの言葉だった。

「ずっと考えていたんだ。私はもともと、貴族社会に未練はない。レアと出会っていなければ……元より、平民になるつもりだった」

「……あなたは、それでいいの?」

「ああ。君と――どこか自然の豊かな場所で暮らしたい。それだけで、十分なんだ」

 熱を失ったあとの静けさは、ふたりの言葉だけを浮かび上がらせた。

 ジュールの指が背をそっと撫でるたび、
慰めではない。哀れみでもない、――愛されている。
 その確信が胸の奥で静かに膨らみ、どうしようもなく苦しくて、それなのに愛しくて――

 セラは耐えきれず、きゅっとジュールにしがみついた。

 その抱擁は、罪の形をしているのに、
どんな未来よりも温かかった。






 執務室の奥の仮眠室は、カーテンが引かれ、暗がりになっていた。
 扉の隙間は、細い光の刃となってレアの視界に真っ直ぐ伸びていた。

 その先で――ジュールとセラが激しく抱き合っていた。

 ジュールが貪るように唇を奪い、セラの身体を求めていた。
 セラもジュールの渇望に全身で応え、彼に両腕を伸ばしてしがみつく。

 まるで飢えた獣のように――
 抑えがたい衝動で身体を繋いだ。

(ジュール!!)

 呼吸が凍るほどの衝撃。
 自分が抱かれたときのジュールはいつだって、気遣うような、時には躊躇いが混じるような柔らかい手つきだった。

 決して乱暴でなく、丁寧で……
 優しいけれど、欲という熱がなかった。

 だが今、眼前で繰り返されているのは――

 身体と心を焼き尽くす情熱そのものだった。
 セラはジュールの腕の中で全身を震わせ、我を忘れたように快楽に支配されている。
 ジュールも、セラの名を掠れた声で連呼し、反り返った肉棒を何度も何度も、セラに打ち付けている。

ばちゅっ、ばちゅっ・・・

 淫らな水音が室内に響き渡る。

(……ああ、本当に……二人は……)

 胸の奥で何かが裂ける音がした。
レアの嫉妬が、燃えるような熱を持って立ち上がる。

(やっぱり……ずっと隠れて会っていたんだわ……!)

 だが――地獄はまだ続いた。

 しばらくして、二人の荒い息が落ち着いたと思った矢先、ジュールは、もう一度セラを抱き上げ、ソファへと倒れ込むように押し倒した。

(……嘘‥)

 レアは目を見開いた。
 悲鳴が喉まで込み上げるが、出なかった。
 ジュールが、求めるなんて。

(そんな……そんなはず……ない……)

 自分といた時のジュールは――
 何度も求められたことはなかった。
 淡白で、静かで、“彼は”だと信じて疑わなかった。

 けれど今、ジュールは一度目の熱をセラに注ぎ込んだ直後に、再び、深くセラを貫き、欲望のままに腰を振り続けている。

「……セラ……っ」 

 情欲が孕んだ瞳でセラを射抜き、苦しげに名を呼んだ。

 その声がレアの胸を真っ二つに引き裂いた。

(……ジュール……そんな顔……私には……)

 視界がじわりと揺らぐ。
 涙は落ちなかった。

 これ以上ないほどの怒りが、涙を蒸発させた。

 二人が二度目の絶頂を迎えたあとーー。
 ジュールはセラを胸に抱き、髪に顔をうずめていた。

 【愛している】という言葉。
 【自分じゃなかった】という声音。

 どれもレアの知らないものだった。

 そして――

【レアが回復したら、離縁をして君と暮らしたい】

 その言葉を聞いた瞬間、
 レアの胸の奥で、音もなく“何か”が死んだ。

(離縁……?私を……捨てる……?)

 静かに、感情が消えていく。
 哀しみも、嫉妬も、痛みすらも沈んでいく。

 そして浮かび上がったのは――
 黒く、凍りついただった。

(……捨てる、ですって?私を?妻の私を、あの薬師のために?)

 レアの唇が、ぞっとするほど静かに歪む。

(誰が……誰が許すものですか)

 その瞳は、底の見えない狂気で満たされていく。

(あの女……必ず排除する。二度と王都のどこにも戻れないように。――ジュールは、絶対に渡さない)

 レアの嫉妬と狂気の炎が、静かに、確実に心の中で燃えていた。

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