灰燼の少年

櫻庭雪夏

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本編【シャーロット】

過去編 二人のロッテ

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 そんな折、シャーロットは子供らしい遊びに挑戦したこともあった。
 水面に向かって石を投げて、回転をかけて遠くまで飛ばす、『水切り』である。
 何度か試したが、いつも手前の方で石が沈んでしまう。
 気がつくと、小さな子供が二人、目をパチクリさせながらシャーロットを見つめていた。
 「あ……」
 見られた。こんなに下手なところを、よりにもよってこんなに小さな子たちに。
 羞恥心のあまり、シャーロットは顔を赤めた。二人に子供は何かをヒソヒソと話し込んでいる。きっと自分のことを小馬鹿にしているのだろう、とシャーロットは悲観した。
 やっぱり、こんなことやるんじゃなかった。もう帰ろう、と二人に背を向けて立ち去ろうとした時、それぞれの腕に二人が抱きついてきた。
 「まって!!」
 「行かないで!」
 驚いて、二人の顔を交互に見た。最初は気付かなかったが、二人の顔はそっくりだった。もしかしたら、双子なのかもしれない。
 「おねえさんは魔女なの?!」
 女の子の方が言った。
 「魔女なんでしょう?!」
 すがるように、男の子の方も言った。
 いきなりしがみついてきて魔女呼ばわりだなんて、とシャーロットは柄にもなくムキになって答えた。
 「魔女じゃない! わたしは人間!! 普通の人間なの!」
 羞恥心と、困惑と、苛立ちの感情が混ざり合って、この状況をどうすればいいのか分からなかった。
 シャーロットの気迫に再び目をパチクリさせた二人だったが、それでも一歩も引かずに、決めつけたような口調で男の子が言った。
 「っ……じゃあ、ようせい? それか、水のせいれいなんだ!」
 「何言ってるの?! 私は魔女でも妖精でも精霊でもなくて、人間なの!」 
 二人はそれでも、「信じないぞ」と言わんばかりにシャーロットの腕を掴んで離さない。シャーロットは余計に苛立って、小さな二人の手を力ずくで振り解いた。
 「もうほっといてよ! わたしは外国人だしこの地域の人間でもないけど、だからってわたしのことを魔女呼ばわりしないで!」
 自分が外から来たよそ者だから、しかもあんなに遊びが下手だから、この子たちはからかっているんだ、とシャーロットは思い込んでいた。
(わたしだって、毎日君たちみたいに野原を駆け回っていたら、そりゃあお遊びの一つや二つだって上手くなるでしょうね)
 ところが、二人はシャーロットを見つめながら、今度は目を丸くして立ち尽くしている。「まだ何か用なの?」と口を開く前に、女の子が「信じられない」と言う顔で言った。
 「がいこくじん……?」
 男の子も同じ反応だった。国境に近い地域なのに、この子たちは外国の人間に会ったことがないのだろうか? シャーロットは不思議に思った。
 「がいこくってどこから来たの?!」
 「どうしてぼくたちの言葉話せるの?!」
 「やっぱり魔女なんだ!!」
 「そうなの?!!」
 興奮して捲し立てる二人を見て、シャーロットは頭が冷えて冷静になっていくのを感じた。
 この子たち、こんな田舎に暮らしているせいで世間ずれしてしまったのだろう。知らない外国人を見て「魔女だ」などと驚くのも、仕方ないのかもしれない。
 「魔女だからじゃなくて、勉強したから話せるの。あと、わたしはここのすぐ隣の『オルニア』って国から来たの。だから、魔女じゃなくて人間なの」
 淡々と説明するシャーロットは見て、二人の口は顎が外れたかのようにあんぐり開いている。「驚いた」という気持ちが隠しきれていない。
「ほんとうに外国人なの……?」
 女の子はシャーロットの腕を取り、まじまじと観察し始めた。男の子もシャーロットに詰め寄り、シャーロットの顔を観察した。
 シャーロットは見つめられるのが気まずくなって、「やめて」と突き放してしまおうかと考えているところに、男の子はボソッと「ぼくもべんきょうすれば、『おるにあ』語はなせるようになる?」と尋ねてきた。女の子も顔を上げて、「わたしも?」とシャーロットを見つめている。
 シャーロットは純真な二人を励ましたいという気持ちに駆られ、できるだけ希望を持たせてあげられるような明るい声色で「あなたたち二人ともまだ若いんだし、すぐに覚えると思う」と答えた。
 二人の顔はパッと華やぎ、喜びに溢れた。喜びのあまり興奮した男の子は、その勢いのまま女の子の首に抱きつき、二人は抱きしめ合ったまま楽しそうに飛び跳びまわった。
 シャーロットはそんな二人の様子を見て、なぜか笑みがこぼれた。そして、興奮がおさまらない男の子が、ついうっかり「ぼくも魔女になりたいっ!」などと口走ったのを聞いて、さらに笑いが止まらなくなった。「外国語を話したい」の意味で言っているのは分かったのだが、それにしても「魔女になりたい」だなんて、と。
 「都会の人たちは、みんなそんな顔して暮らしてるの?」
 「よくねむれないの?」
 「どうしてねむれないの?」
 「一日中遊びまわったら、夜にはぐっすりねむれるよ?!」
 「シャルロッテもたくさん遊びなよ」
 「いっしょに遊ぼうよ!!」
 二人は、期待に満ちた眼差しでシャーロットを見上げている。その目には、上部だけの社交辞令や偽りの感情は込められていない。美しい好奇心と他者への慈愛に溢れていた。

 *****

 「都会だと、なにして遊んでたの??」
 二人は都会の生活に興味津々のようだった。
 「えぇっと、お人形で遊ぶ……とか」
 とっさに、嘘をついた。ここで「本当は楽しく遊んでいたことなんてない」などと言ってしまえば、二人をがっかりさせてしまうと思ったからだ。
 「「お人形?!」」
 二人は、興奮と驚きで目を丸くした。そして、せきを切ったように喋り始めた。
 「お人形なんて、都会みたい!」
 「都会のお人形たちは、きれいで服も着てて種類もたくさんあるんだってお母さんが言ってた!!」
 「町に行けば買えるけど、高いしいつもおんなじのしか売ってない」
 「町に出るのも遠いし」
 「だからぼくたちは、自分でわらとか土とか葉っぱで作るんだよ」
 「うっかり外に起き忘れちゃうと、雨や風や動物たちに持っていかれちゃうんだよ?!」
 「でもそのかわり、おんなじ形のお人形は一つもないんだ」
 「髪の毛がなくてかわいそうな時は、馬のしっぽをつけてあげるの」
 「すぐに取れちゃうけどね」
 「あははははっ」と、二人は楽しそうに笑った。シャーロットもつられて笑っていた。
 「あなたたち、名前はなんていうの?」 
 すると、二人は顔を見合わせた。
 顔だけで会話をしているようだ。
 「ロッテ」
 「ぼく、ヴェルナー」
 「私はシャーロット。シャルロッテ。同じ名前ね、ロッテ」
 三人は笑い合った。
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