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本編【シャーロット】
昇進祝いパーティー9 再会
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後ろ姿を向けて人気のない外のテラスに立っている人物に対して、シャーロットは恐る恐る声をかけた。
「ヴェルナー?」
エメラルドの目をした、聡明そうな顔立ちの少年だ。
「シャーロット」
あの時もそうだったが、年の割に痩せているような気がする。もう十五、六歳になっているはずなのに、少女のようにほっそりとしている。今でもお腹を空かせてはいないだろうかと心配になった。
シャーロットは、目の前の少年と自分の記憶を必死で照らし合わせようとしていた。
彼は呆然と立ち尽くすシャーロットに向かって口元をほんの少し緩めただけで、冷静な口調で続けた。
「本当に来てくれたんだね」と微笑んだ。
「最初は悪戯かと思ったけどね。あの時、握手した時に教えてくれたでしょう?」
少年のエメラルド色の目の奥が暗く光ったような気がした。
握手の時、「二人きりで会おう ヴェルナー」というメモを受け取っていたのだ。
「あの時は、ちゃんとお別れの挨拶もできなくてごめんなさい」
「お互い様だよ」
少年は、なんでもないと言った様子で、シャーロットを責めるわけでも擁護するわけでもないような、中立的な口調で答えた。
シャーロットはただ、申し訳なさそうに目を伏せていることしかできなかった。
「ヴェルナー。……また会えてよかった。ほんとうに」
これだけは信じてほしいと言うように、シャーロットは誠心誠意、心を込めて言葉を絞り出した。
「ロイだよ。今の僕の名前。この国に来て変えたんだ」
「ええ……」
そこまでしないといけないものなのか、皆目分からなかったが、改名する戦争孤児は少なくないのは知っていた。なんせ彼らは、国境を越えてきたのだから。
住む国だけではなく、名前も変えなければならなかっただなんて、とヴェルナーもとい『ロイ』の苦労を思うと、シャーロットは胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「大きくなったね……」
感動の再会のはずが、こんな言葉しか出てこないのは、自分でも滑稽だった。
シャーロットは、自分とほぼ同じ目線にあるロイの顔を見据えながら、ロイが当時の自分の肋骨あたりまでの背丈しかなかったことを思い出して、にわかに信じられないような面持ちだった。
「改めて、昇進おめでとう。少佐になったんでしょう? 新聞でも見たよ」
言葉は柔らかいが、淡々としている。
「うん。……ありがとう」
シャーロットは顔を強張らせながらも笑顔を浮かべた。こうもぎこちなくなってしまうのは、年月を隔てた再会だからというだけではない。『ロイ』が、シャーロットが知っているかつての面影を残しながらも、表情も、話し方も、雰囲気も、全く別人のようになっていたからだった。
いつも楽しそうに笑っていた朗らかなあの子は、一体どこへ行ってしまったのだろう。戦争がこうもこの子を変えてしまったのか、胸がざわざわして落ち着かなくなっていた。
「そう言えば、ロッテは? ロッテは一緒じゃないの? アリスさんの他にもロッテがいるんじゃないの?」
「いないよ。……もう」
ただでさえ色白のシャーロットの顔が青ざめていく。
ロッテが「もういない」? 「いない」って? どういう意味……?
「どういうこと?」
「仕方ないよ。ロッテの他にも、たくさんの人がいなくなったんだ」
絶句しているシャーロットに向かって、ロイは精密な機械のように滑らかな口ぶりで語った。
「そんな……」
いつもリボンを付けていたロッテ。いつも可愛かったロッテ。初めて会った時、「同じ名前だね」と言い合ったロッテ……。
そんなロッテが、もう『いない』だなんて。
頭が混乱して、泣きたくても涙が出てこない。
「そう……、でも、会えてよかった……。さっきも言ったけど」
「あなただけでも」とまでは言えなかった。
「僕はあまり、会いたくなかったよ」
「私は、あの時みたいに無力じゃない。きっと助けてあげられる。この国で困っていることがあるなら、なんでも言って。力になるから」
「そう? それは助かるよ。それなら、僕とは他人ということにしておいてくれないかな? 『会ったのも今日が初めての初対面』ってことで」
「そんな」
「あと、その名前はやめてくれない? もう別人なんだ」
「でも、あなたヴェルナーでしょう?」
「そうだけど、僕はもう生まれ変わったんだ。それに、昔のことを思い出したくないんだ」
シャーロットはもうそれ以上、何も言えなくなってしまった。
「ごめんなさい」
「?」
「私の国のせいで、ロッテが……」
「今は僕の国でもある」
「あの子に、どれだけ救われたか」
「ロッテが喜ぶよ。ロッテは、シャーロットが大好きだった。いつも君の話ばかりしていたよ」
その言葉を聞いて、初めてシャーロットの目から涙が溢れた。
「戦争から帰ってから、一度も泣かなかったのに」
変わったのは、ロイだけではなかった。
「ヴェルナー、私ね、少し前までスカートもドレスも着れなかった。あんな格好じゃ、何かあった時に誰も助けられないから」
「そう? 今日のドレスだって、とてもよく似合っているのに」
「……ありがとう。ハグしてもいい?」
「……いいよ」
二人は抱擁を交わした。
シャーロットもロイも気づいていなかった。
この様子をカレンに見られていたことに。
「ヴェルナー?」
エメラルドの目をした、聡明そうな顔立ちの少年だ。
「シャーロット」
あの時もそうだったが、年の割に痩せているような気がする。もう十五、六歳になっているはずなのに、少女のようにほっそりとしている。今でもお腹を空かせてはいないだろうかと心配になった。
シャーロットは、目の前の少年と自分の記憶を必死で照らし合わせようとしていた。
彼は呆然と立ち尽くすシャーロットに向かって口元をほんの少し緩めただけで、冷静な口調で続けた。
「本当に来てくれたんだね」と微笑んだ。
「最初は悪戯かと思ったけどね。あの時、握手した時に教えてくれたでしょう?」
少年のエメラルド色の目の奥が暗く光ったような気がした。
握手の時、「二人きりで会おう ヴェルナー」というメモを受け取っていたのだ。
「あの時は、ちゃんとお別れの挨拶もできなくてごめんなさい」
「お互い様だよ」
少年は、なんでもないと言った様子で、シャーロットを責めるわけでも擁護するわけでもないような、中立的な口調で答えた。
シャーロットはただ、申し訳なさそうに目を伏せていることしかできなかった。
「ヴェルナー。……また会えてよかった。ほんとうに」
これだけは信じてほしいと言うように、シャーロットは誠心誠意、心を込めて言葉を絞り出した。
「ロイだよ。今の僕の名前。この国に来て変えたんだ」
「ええ……」
そこまでしないといけないものなのか、皆目分からなかったが、改名する戦争孤児は少なくないのは知っていた。なんせ彼らは、国境を越えてきたのだから。
住む国だけではなく、名前も変えなければならなかっただなんて、とヴェルナーもとい『ロイ』の苦労を思うと、シャーロットは胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「大きくなったね……」
感動の再会のはずが、こんな言葉しか出てこないのは、自分でも滑稽だった。
シャーロットは、自分とほぼ同じ目線にあるロイの顔を見据えながら、ロイが当時の自分の肋骨あたりまでの背丈しかなかったことを思い出して、にわかに信じられないような面持ちだった。
「改めて、昇進おめでとう。少佐になったんでしょう? 新聞でも見たよ」
言葉は柔らかいが、淡々としている。
「うん。……ありがとう」
シャーロットは顔を強張らせながらも笑顔を浮かべた。こうもぎこちなくなってしまうのは、年月を隔てた再会だからというだけではない。『ロイ』が、シャーロットが知っているかつての面影を残しながらも、表情も、話し方も、雰囲気も、全く別人のようになっていたからだった。
いつも楽しそうに笑っていた朗らかなあの子は、一体どこへ行ってしまったのだろう。戦争がこうもこの子を変えてしまったのか、胸がざわざわして落ち着かなくなっていた。
「そう言えば、ロッテは? ロッテは一緒じゃないの? アリスさんの他にもロッテがいるんじゃないの?」
「いないよ。……もう」
ただでさえ色白のシャーロットの顔が青ざめていく。
ロッテが「もういない」? 「いない」って? どういう意味……?
「どういうこと?」
「仕方ないよ。ロッテの他にも、たくさんの人がいなくなったんだ」
絶句しているシャーロットに向かって、ロイは精密な機械のように滑らかな口ぶりで語った。
「そんな……」
いつもリボンを付けていたロッテ。いつも可愛かったロッテ。初めて会った時、「同じ名前だね」と言い合ったロッテ……。
そんなロッテが、もう『いない』だなんて。
頭が混乱して、泣きたくても涙が出てこない。
「そう……、でも、会えてよかった……。さっきも言ったけど」
「あなただけでも」とまでは言えなかった。
「僕はあまり、会いたくなかったよ」
「私は、あの時みたいに無力じゃない。きっと助けてあげられる。この国で困っていることがあるなら、なんでも言って。力になるから」
「そう? それは助かるよ。それなら、僕とは他人ということにしておいてくれないかな? 『会ったのも今日が初めての初対面』ってことで」
「そんな」
「あと、その名前はやめてくれない? もう別人なんだ」
「でも、あなたヴェルナーでしょう?」
「そうだけど、僕はもう生まれ変わったんだ。それに、昔のことを思い出したくないんだ」
シャーロットはもうそれ以上、何も言えなくなってしまった。
「ごめんなさい」
「?」
「私の国のせいで、ロッテが……」
「今は僕の国でもある」
「あの子に、どれだけ救われたか」
「ロッテが喜ぶよ。ロッテは、シャーロットが大好きだった。いつも君の話ばかりしていたよ」
その言葉を聞いて、初めてシャーロットの目から涙が溢れた。
「戦争から帰ってから、一度も泣かなかったのに」
変わったのは、ロイだけではなかった。
「ヴェルナー、私ね、少し前までスカートもドレスも着れなかった。あんな格好じゃ、何かあった時に誰も助けられないから」
「そう? 今日のドレスだって、とてもよく似合っているのに」
「……ありがとう。ハグしてもいい?」
「……いいよ」
二人は抱擁を交わした。
シャーロットもロイも気づいていなかった。
この様子をカレンに見られていたことに。
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