難攻不落の黒竜帝 ――Reload――

遊木晶

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たった1つの約束《Ⅰ》

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 「……死ぬかと、思った」

 1人ベッドの上で、呟いた黒が心電図モニターに目を向ける。数値は角度的に確認出来ない。
 だが、自分の体がどうなったのかは容易に想像がつく。その上、肉体の状態を魔力で事細かに理解する事も出来る。

 「……」

 時計の針が進む音1つしない。物音1つしない中で、まぶたを閉じる。
 死ぬ一歩手前であったのに、自然と落ち着いていられるのは仲間達との思い出を夢で見たからだ。
 起き上がれない体をどうにか動かそうと奮闘していると、部屋の扉が開くのが見えた。
 トテトテ――と、保育園児ぐらいの女の子が花を持って黒の隣へと来ていた。
 椅子を頑張って動かして、戸棚の花瓶に花を入れる。歳の割には、なかなか出来た子であった。
 このぐらいの頃であれば、黒は泣きながら母親にべったりで甘えていた。

 「ねぇねぇ、お兄ちゃんは起きてますか~?」

 不意に戸棚の子とは別の方向から声が聞こえた。ゆっくりと振り向くと、双子と思われる女の子が笑みを浮かべていた。
 丸々と開いたその綺麗な両目でこちらの顔を覗き込んでいる。
 掠れた声で彼女へと返事をすると、驚いた表情と声を挙げて2人は元気に走り出していく。
 その姿を見送った直ぐ後に、聴覚や嗅覚などと言った感覚が戻り始める。
 特殊な薬の効果が切れたのか、感覚が戻ると同時に激しい痛みが全身を襲い始める。
 子供の後に白衣を着た大人が、慌ただしく処置を始める。そして、処置後に再び感覚が消え始める。
 それと、強烈な睡魔によってまぶたが重くもなった。もう一度深い眠りに入れば、また夢を見る事が出来るのだろうか? 


 「――目を覚ましたようです。数値にも異常はありません」
 「直ぐに、抑制剤の投入を…。もう一度、魔物への信号を発して応答があるかの確認を――」
 「やはり、ありません。宿主の体内に、魔物の存在がありません」
 「やはり、2年前のままか――」

 朧気な意識の中で、医者と思われる男女が話している。内容は、意識が混濁しているからうまく聞き取れない。
 だが、自分の中に居るべき『存在』が存在しないと言う言葉は聞き取れた。

 (元気かな? 俺の半身は……)

 2年も存在を感じない半身とでも呼ぶべき存在である魔物ギフトを失ってから、久しく味わっていなかった喪失感が胸の中で渦巻いている。
 魔力の元である魔物を失ってしまったこの体は、魔力の回復に常人以上の相当な時間が必要である。
 そして、魔力は肉体を動かすのにも必要不可欠な物でもあった。
 必然的に、魔力が完全に無くなれば身体機能が著しく衰え、最後には『確実な死』が待っている。
 だから、何をするにしてもこの状況をどうにかしない限り。マトモな生活を黒が送るのは厳しい。
 手足の先から、魔力に呑み込まれる不思議な感覚が訪れる。
 水の中へと、ゆっくりと浸かるかのように指先から手足と徐々に沈む。
 再び意識を失くした時には、全身が鉛のような重さを持った水の中へと落ちていく。



 「……目を覚ましたか」

 梓の冷静な声と共に、黒の意識は覚醒する。今までのような一時的な目覚めではなく。完全な目覚めが訪れる――
 ベッドから起き上がり、包帯が取れた傷1つ無い体。器に溢れんばかりに注がれた水の様な魔力の満ちた感覚――

 「……そうか、やっぱり魔物との繋がりはなかったか」
 「黒、2年前にも言ったが……。お前は、魔力の源である《魔物》を失っている。僅かにでも動く度に、その魔力は漏れ出ていく」
 「――で、だから?」

 梓が歯軋りする。その表情から、何が言いたいかなど読み取れる。
 ――部屋の外で、静かに涙を流してる妹達の扉から漏れるすすり泣く声が聞こえる。
 自分の体は、自分が一番分かっている。梓もそんな事など分かりきっている。
 言葉を濁したまま梓は、黒達の近況を母親へと伝えると言った。
 大切な娘を失くして、心を壊した母親に付き添って父親は倭へと共に移った。
 本来なら、異形の侵略の少ない帝国での療養が一番安全だが、帝国の空気では娘の事を思い出してしまう。

 「それで、お前の事も大丈夫だと――」

 梓の言葉を遮る様に一言だけ、告げる。

 「――俺は、倭に行く」

 手を握り締め、俯いてしまう。きっと、分かっていたのだろう。
 黒ならそう言うと、言うからこそ止めねばならない。止めては行けない――
 黒が倭へと赴けば必ず良い結果にはならない。なる筈が無いのだからだ。
 倭は現在でも、異形侵攻の最前線とでも言って良いほどに異形の数が多い。
 ただでさえ、2年前の戦いで大半の戦力を失った倭に残された戦力は当時の見習いや候補生と言った。経験も実力も足りないおおよそ戦力とは呼べない者達だけである。
 少ないながらも、戦力と呼べる存在はいるがそれでも倭全域の守護をしながら人を守るのは困難を極めている。
 そんな猫の手でも借りたい程の状況下で、魔力が常時減少し続けると言ったハンデを背負っていても、黒レベルの戦力は喉から手が出るほど欲している。
 必然的に、倭へ赴けば異形討伐の依頼を全て任される可能性は十分高い。
 そして、倭の市民は知らない事だが。倭に残った唯一の戦力と、黒との関係性は良いとは言えない。
 異形討伐を名目に、殺害される可能性も高い。それほどまでに、黒は彼らを怒らせた。

 「……分かっているのか、今の状況が」
 「分かっているつもりだ。どう転んでも、マトモな死に方はしないな。寝首をかかれてもおかしくはねーや」
 「――ッ! だったら!!」
 「だからこそ、なおさら行かない訳には行かない。それが、未来との《約束》だからな」

 昔を思い出す。何度かデートへと無理やり連れ回され、異形とは一切関わらない平和な時間――
 未来と2人で、そんな楽しい日々を送る中で、黒は未来と約束をしていた。
 未来と簡単な約束をしていた――

 「約束して欲しい事があるの……」
 「危険な事は、約束しねーぞ?」
 「ふふっ……心配?」

 真っ直ぐな目をして、彼女は黒を見詰める。照れ隠しにそっぽを向いた黒の頬に触れ、未来が無理やり自分の方へと向き直らせる。
 黒の耳元で囁く。小さな声で囁くので、黒は思わず聞き直す。
 すこし、照れ臭そうに未来は頬を膨らませ唇を尖らせる。
 黒が聞き逃さないように、耳を掴んで内容を口にする。


 もう一度、小さな声で――誰にも聞かれないように――


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